この地に刻むよ
Do You Know?
“運命”は奪い取るもの
※【艦これ】ミッドウェータイムラバー【替え歌】より抜粋
1942年11月15日 午前1時20分
南太平洋 ソロモン諸島 ガダルカナル島沖
通称 『
どす黒い曇天の下。ブゥウン、と蝿群の羽音のような耳障りな
「霧島、逃げてぇッ!」
後方を振り返った榛名の悲鳴は爆音によって無情に掻き消された。格好の獲物を見つけた敵艦爆が、損傷のために一人艦隊から遅れていた霧島にとどめを刺さんと雪崩を打って急降下を始めたのだ。ギクリと反射的に首を振り仰いだ霧島の直上、艦爆胴体底部の爆弾
「霧島ぁッ!!」
妹の元に駆けつけんと踏み出すが、その動きに先んじた金剛が両腕を広げて立ち塞がった。思わず殺気立って睨んだ榛名に、金剛もまた強い眼差しのみを押し返して諭す。
ヒュウゥ。炸薬を満載した鉄塊の風切り音が姉妹の胸を悲痛に切り裂く。霧島の白い衣に爆雷の影が暗く落ちる。もはや間に合わない。間に合ったとしても、圧倒的な物量の前には自慢の主砲も高角砲も意味を成さない。この状況を覆して霧島を助け出す奇跡など、どう手繰り寄せようとも得られない。
否、これは最初から決まっていた結末だ。誰もが目を背けてきた現実が突き付けられたのだ。
しょせん
――――しかし、未来で生まれた
巨人が半身をもたげるように突如足元から湧き上がってきた膨大な濃霧は、周辺一帯を瞬く間に白く満たした。渦を巻く霧は触れれば掴めそうなほどに濃ゆく、自分の鼻先すらボヤけるほどだ。立ち尽くす霧島の影が、見る見るうちにせり上がる
最期すら見せないつもりか。私の、ただ一人の妹の死に様を。冷酷な運命を呪う榛名の耳に、聞こえるはずのない囁きが届く。
『さようなら、姉さんたち。お先に
ハッと霧の向こうに霧島の寂しげな横顔を幻視して、胸が切なさに締め付けられる。見開いた瞳に涙が浮かび、昔日の姉妹の思い出が脳裏を風のように冷たく駆け抜けていく。楽しかったあの日々が、もう二度と還らぬものになろうとしている。戦うために艦娘になった。後悔はしていないし、いつか訪れる結末のことも理解していた。それでも、心が抗わずにはいられなかった。
爆雷の飛来音が雷鳴のように鳴り響く。500ポンド爆弾の衝撃波は並大抵のものではない。巻き込まれまいと必死の形相の金剛が榛名を力づくに引き離しにかかる。直撃が近い。
せめて散り際だけでも看取らねばと榛名は金剛の手を無理やりに振りほどいて身を乗り出し、
次の瞬間、視界の隅を
それは艦娘のようだった。痩せた身体に角張った艤装を纏った黒髪の少女だ。腕に携えた砲塔はか細く、僅かに一本のみ。背負う艤装は少女の体躯には不釣り合いな大きな“
だが、その速力は恐ろしく速い。榛名たちの横合いをすり抜けて驀進する駆逐艦は、聞いたこともない機関の唸りを上げ、二人の耳朶を真横から
「
気付いた金剛が見覚えのない駆逐艦に向けて鋭く制止するも、その背中は瞬く間に立ち籠める霞の内に猪突して姿を消した。まるで霧の向こうを完全に見通せているような迷いのなさだった。無色の排煙は微かも視認できず、海波と機関音すら遠ざかればもはや現実だったのかすら怪しい。あれは世界が垣間見せた何かの前兆なのか、はたまた飽和した思考から染み出した幻想か。榛名と金剛はただただ忘我して未知の駆逐艦の姿を霧の中に追うしかなかった。数秒足らずの交錯と激しい波飛沫の中、榛名が僅かに視認できたのは、駆逐艦の艦首装甲に刻まれた『
霧の中、影法師のごとく立ち尽くしていた霧島がガクリと膝を折る。焼け落ちた艤装には昔日の勇壮な面影は微塵もない。姉たちには毅然とした最期を見せていたかったが、もう立っていることすら限界だった。気を抜けば今にもバッタリと仰臥してしまうだろう。醜態を隠してくれるこの霧には感謝している。
「霧島、霧の中に沈む……なんて、神秘的で気に効いた演出。何より、四肢が散り散りに吹き飛ぶ醜い様を姉さまたちに見られずに済むことが一番素敵ね」
そう、冷笑気味に独り
絶叫しそうになる己を叱咤し、震える指先を拳の中に握り締め、グッと顎を引いて来たる死神を待ち構える。
「さようなら、姉さんたち。お先に
せめて最後まで目を背けることはしまいと瞼に矜持の力を込めて歯を食い縛る。白い霧の障子に
銀色の背中が、両者の間に敢然と躍り出た。
「
流れるような台詞に弾かれ、少女の艤装が内奥から火を噴いた。側面の
「
瞬間。轟音と衝撃波を置き去りに、90本の炎の
次いで霧島に降り注ぐ、激しい光、音、風圧。間近に太陽が出現したのではと疑うほどの強烈な閃光と熱波に思わず手で視界を覆う。
だが、それだけだった。空気の塊以上の衝撃が霧島に届くことはなかった。火球が急激に収縮する。爆光が少しずつ光度を落とす。奇妙な静けさが雪のようにゆっくりと降り積もっていく。爆弾の落下音も敵機の飛来音も聞こえない。
「―――
不意に、
「助けに来たよ。本当は会えないはずだけど、奇跡が起きたの。
「貴女は、一体―――」
視界の明滅が回復する。目の前を覆っていた手を翻し、霧島は少女に問う。
しかし、そこにはすでに何者の影もなかった。いつの間に夜が明けていたのだろう。目に映る光景いっぱいに、世界を縁取るような地平線が青々と輝いている。爆風は濃霧どころか遥か上空の曇天すら吹き飛ばして、眩い青空と暖かな朝日の陽光が霧島を労るように降り注いでいた。空を埋め尽くすほどだった爆弾や敵艦載機の機影など、存在すらしなかったかのように跡形もなくなっていた。
「霧島っ!!」
夢から醒めたような面持ちで呆然とする霧島の横腹に、突然ドスンと強い衝撃が走った。
「……痛いですよ、榛名姉さん」
海面に押し倒された格好のまま、霧島は自身の胸に顔を埋めて離れようとしない
戦艦霧島は、その後深海棲艦との戦争を四姉妹と共に最後まで生き抜き、戦後は後人の育成と組織の安定に立派に務めたという。
謎の艦娘の正体は、結局謎のままであった。
2015年11月15日。
海上自衛隊史上、前代未聞の事件が起きた。英国訪問を終えてソロモン諸島沖を航行していたイージス護衛艦『きりしま』のミサイル
護衛艦『きりしま』。
21世紀の日本国海上自衛隊が保有する、
なお、艦番号は
かっちょいいタイトルはTwitterにて凍結する人さんに頂きました。感謝ですm(_ _)m