オーバーロード・あんぐまーると一緒 ~超ギリ遅刻でナザリック入り~ 作:コノエス
web版と書籍版の設定・展開をツギハギにしております
灰色の曇天は空を覆ってからしばらくの間、獅子がうなるような鳴動を続けていたが、やがて大きな雨粒をぽつり、ぽつりと地面へと投じ、それは数秒もしないうちに平地を泥濘と変える激しい豪雨となった。
舗装もされていない土の道を泥を跳ね上げて疾駆する、闇のように真っ黒な、それでいてその瞳は燃え盛る炎、鼻息は荒く馬というよりは人食い虎のような猛々しいその騎馬に鞍をかけてまたがり、漆黒のマントをたなびかせて馬の足をさらに速めようとその腹を蹴るのは禍々しき鎧姿の騎士。
鉄の鎖帷子に黒檀色のプレートを打ち付けた金属甲冑がジャラジャラと耳障りな音を立て、腰には上古の時代に鍛えられたような古びた大小の剣を二本差しにして帯び、そして全身からは黒い霧のようなオーラを立ち上らせていた。
その顔は灰色のフードの奥に隠されて、見えない。
馬の体重が乗った蹄鉄が深い水溜りをものともせずに掻き、時に飛び越えて猛然と乗り手を運ぶ。
たとえ嵐が吹きつけようとも、まるで騎士と馬とが一つの嵐そのものとなったかのように人馬は人も通らぬ辺境の街道をひたすらにまっすぐ走り続けていた。
と、その時手綱を握る騎士へと<伝言>の魔法が届く。
繋がった先に居る者の声は、己が剣を捧げるギルドの長、盟主と仰ぐ不死者の大魔法使い。
「……はい。 あと1分で目標地点Aへと到達します。 接敵後は威力偵察を行ないつつ、誘導。 ええ、我が任務はあくまでも囮。 無理は致しません。 必ずや目標地点Bまで敵を引き付けます。 ……アインズ・ウール・ゴウン、ならびに我らが盟主に栄光あれ」
<伝言>による通信が終了する。 目標地点まであとわずかだ。 騎士は馬上で腰の剣を抜き、そのところどころ刃こぼれした……しかし見るものに寒々しい異様な気分を覚えさせる冷気を帯びた刀身を水平に構えた。
この絶好の雨は視界を悪くし、敵から己の姿を視認させにくくする。
ただでさえ探知阻害や各種抵抗、威圧、混乱、恐怖、遅延の効果を発生させる各種装備で固めたこの身の突撃をさらに効果的にすることが出来るだろう。
街道の先、森にかかるところに固まっている徒歩の集団を発見する。 場所、タイミング、人数。 すべてに間違いがなく予定通り。
アレが敵だ。 格下のギルド、初心者すら抱える烏合の衆とはいえ、たった一人で蹴散らすには容易くはない相手だ。
だが、この任務を失敗するような不安など微塵もない。
騎士は乗馬にさらに拍車をたてて、その集団へと猛然と稲妻のように踊りかかった。
西暦2138年某月某日 日本国I県K市
帰宅した私を待っていたのは、ちょうど家に到着する時間に合わせて電源オンになるようタイマーをセットしていた部屋と家電の明かりである。
同居者は居ない。 独身。 アラサー。
親元から独立して一人暮らしを始めたのは20を超えてすぐ。 といっても実家まで50mの距離。
仕事はキツくもなく楽しくもなく。 完全に生活の糧を得る手段だけの業務。
兄弟親戚とはお盆や正月には必ず顔を合わせるけど、自分より先に結婚した弟たちのリア充っぷりが眩しい最近である。
甥や姪も元気に育っている。 最近は両腕に捕まらせてのダブルラリアットをするのがきつくなってきた。
幼少期から絶えず実家で飼い続けている犬(四代目)と猫(三代目)ももうそろそろ歳だ。
実家に幾たび彼らもおっくうそうに挨拶してくる。
歳を取ったのだ。 そして私も。 あらゆることが昔のように…若かった頃のようには行かない。
疲れているのは年寄りになったからだ。 そう自分に言い訳をしながらソファーに倒れこんで目を瞑った。
今日は特に疲れた。 まず、朝からケータイを家に置き忘れたのに気づいた。
おかげで休み時間にネット小説をスコップする楽しみができなかった。
今の時代に文字媒体の創作投稿ジャンルは、動画製作・編集のジャンルに比べて衰退している。
年々良作も減っているし、スコップは折れるばかりだ。
紙媒体の書籍すら電子書籍に押されて減っているのだ、アマチュアのそれなど何をいわんや。
一時期は自分も執筆して投稿する側でもあったが、それもいつの間にかエターなって何年も止まっている。
それでも私のささやかな楽しみの一つであり、お気に入りの作家が更新してないか毎日チェックし、感想欄やメッセージに続きはまだですかと催促する、その日課が今日は全く出来なかったというだけで腹立たしい。
私が嫌いなのは物事が予定通りに行かない事だ。
……そして、次に疲れたのはまさにその予定通りに行かない事で、予定では今日発注した品物が仕事場に届くはずだったのに午前中に届かず、お昼を挟んで午後になっても来ず、結局就業時間間際になって品が今何処に運ばれているのか確認しようと問い合わせたところ、発注先から送られておらずしかもその原因がこちら側……新人の一人が納入日時の指定を一日間違えて入力したため発送されて無かったと判明した事だ。
ふざけんじゃねえこのやろう。 今日あれが届かなかったら明日以降の予定も全部一日ずれて、それをあちこちに頭下げなきゃならないんだぞ。
課長や部長には愛想ふりまいて媚び媚びでそのくせ仕事は覚えないしミスばっかりするしほんとマジむかつくあの女。
てめえの取り得は若さだけか。 どうせそのうち相手見つけて結婚して退職することしか考えてないんでしょう。
誰だあんなやつ採用したの。 教育係をぶん投げされてる私の身にもなってみろ死ね人事部長のハゲ。
最後に疲れたのは私よりも古参の古株であるお局さんたちに飲み会に付き合わされたことだ。
職場での人間関係は可もなく不可もなく、波風も立てず上手くやっていけてる。
お局さんたちからも私が新人だったころから目をかけてもらっている。
とはいえ、アラフォーやアラフィフ迎えているおばあちゃん達の相手をしてあげるのもそれなりに気を使う事柄なのだ。
老婦人たちのたっぷりの愚痴と悪口と昔話に3時間も付き合わされて(その代わりワインを奢って貰ったが)心身ともにへとへとになって家に辿り着き、私は思う。
いったい何が楽しくて今の生活を続けてるんだろう。
恋人は居ない。 友達はあまり多くない、というか気軽に会える距離には居なくて疎遠。
趣味もあんまり充実していない。 休みの日はだいたい眠っているかネットのニュースサイト巡っているだけ。
生きがい、生きる目的、私自身の存在意義、そういうものが明確によくわからない状態をもう何年も続けているような感覚がある。
気がつくと一週間が終わっていて、日曜日の終わりにまた明日から仕事に行かなくちゃというのを漠然と考える。
代わり映えのしない毎日に今日が何曜日だったのかを時々忘れる。
前はこうじゃなかった筈だ。 前はもっと楽しかったもの。 前は何をしていたんだっけ。
私はテーブルの上に忘れ置かれていたケータイに手を伸ばす。 起動して、マイフォルダに保存していた書きかけの小説のテキストデータを開く。
そこには、瀑布のような雨を切り裂いて、闇を鋳とかした甲冑に身を包む異貌の騎士が哀れな敵の小隊の応急の防御陣形を突き破り、うろたえ逃げ惑う若い戦士の首を手にした剣で一撃の下に刎ねてその仲間たちに挑発し、そして包囲を脱出する場面の書きかけの文章があった。
ああ、懐かしい。 昔……まだ20代前半だったころに夢中になっていた国民的流行を誇るDMMO-RPG、ユグドラシル。
その頃に所属していたギルドと自分のキャラクターを元に、そのときのギルド抗争の思い出を下敷きに書き始めた物語だった。
私はその中で、一番最後に……ギルドがこれ以上の参入者を締め切ると決めたその直前に参入したもっとも若い新人メンバーだったのだ。
あのころは楽しかった。 尊敬すべきみんなのリーダー、頼れる先輩たち、愉快な友達、そして……我が剣を捧げその肉体も魂も御身のために使うと誓った「盟主」。
盟主がおられたからこそ、盟主こそが私があのギルドに身を置く機会をくだされたのだ。
私がもっとも充実していた日々……そうだ、給料で何を買うかと言ったら、化粧品やブランドの服や生活用品なんかよりもゲームのために課金に、自分の作りたいキャラクターを作り上げるために使うほうがよほど有意義だと本気で心の底から思えていた、あの頃の思い出だ。
それがまざまざと私の中に蘇っていた。
それと同時に、私は急に寂しくなった。 ホームシックに似た感情に包まれ、とても心細くなった。
実家には今すぐでも歩いて帰れる距離にあったが、それとは違った。
私はあの頃に帰りたいと思ったのだ。 仲間が、友達が、人生の輝く時期があったあの場所に。
ナザリックに。
……今更帰れるはずも無い。 私は裏切ったのだ。 誓いを立てておきながら、自分でそれを破った。
その頃の私はだんだんとユグドラシルにログインする頻度が下がってきていた。
一言で言えば、飽きた……おっくうになって来ていたのだ。
確かにユグドラシルはサービスを開始してもう10年を超え、システム的にも内容的にも陳腐、旧式となりつつあったし、ギルドのメンバーにもだんだんと来ることの少ない人が増えていた。
会いたいと思ってログインしても顔を合わせられない日が続き、皆でどこかに狩りに行っても居ない人の穴があくぶん精彩を欠く。
そして何より、私はゲーム内でやりたい事の大半をやり遂げ、一定の目標が達成されて「安定した」状態になっていた。
作りたかった自キャラクターも育成が終わって完成がほぼ見えてしまい、惰性で続けている……そんな感じがあったのは否めない。
そんなこんなで、私はプレイを続けるモチベーションを失い……言い訳だ、単に面倒くさくなる時が多くなってそのまま「滅多に来ない人」の列に加わったのだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい、我が盟主……この背信の不忠者をお許しください……!」
気がつけば私はボロボロと涙をこぼしながら、ユグドラシルでの自キャラに設定したロールプレイの口調そのままで膝を抱えて懺悔していた。
もっとも輝いていた日々を自ら手放したのは私自身なのだ。 仲間たちを置き去りにして。
作り育てたキャラクターを演じ、ギルメンと触れあうもう遠い日々、ロールプレイの中で誓ったあの言葉の数々を自分で薄っぺらい偽者に変えてしまった。
かけがえの無い宝物であるはずのものを、価値の無いガラクタに。
そうしてぐすぐすと鼻をすすりながら、ふと握り締めていたケータイの表示にメールの着信があるのに気がつく。
日付は、昨日だった。
送信者欄には、忘れもしない懐かしい名が記載されていた。
「モモンガ……さん!」
私は手の甲で涙をぬぐってすぐさまメールを開封する。
その内容は、ユグドラシルが今日サービスを終了するので、ギルドのメンバー全員でもう一度集まって話さないかという招待状だった。
驚いた。 私の方から何も言わず連絡を断ち、幽霊メンバーとなってしばらく経つというのに仲間は私のことを覚えていてくれたのだ。
だがそれ以上に驚いたのは、ユグドラシルがサービス終了を迎えるという事の方で、そして、私は壁の時計の針を見て絶望しそうになった。
ユグドラシルがサービスを終了するのは今夜の0:00。
現在時刻は23:57。
「あと……あと3分しかない! うわああああナンデ!? どうして昨日のうちに気づかなかったのナンデ!? どうしようどうしよう今から入っても全然話せないし来て速攻落ちるだけだしでも行きたい行かなくちゃでもこれだけ放置しておいて今更もう来ないと思われてるメールブッチしたって絶対思われてるよおおおおお!!でも会いたい最後だから会いたい1分でも1秒でもいいから会わなきゃ……うん、帰ろう、皆のところに」
私は大急ぎでネット端末を起動し、ユグドラシルへのログインを開始する。
IDとパスは何だったっけ、と一瞬焦ったが、奇跡的にキャッシュにそのまま残されていたので記憶を掘り返しメモを探す必要は無かった。
ログイン開始。 懐かしい起動画面とBGMが流れてくる。
「たっち・みー様、
死獣天朱雀様、
餡ころもちもっち様、
ヘロヘロ様、ペペロンチーノ様、ぶくぶく茶釜様、タブラ様、武御雷様、たりすまん様、源次郎様……
そして我が盟主、モモンガ様。 アインズ・ウール・ゴウン末席 あんぐまーる、今よりナザリックへと帰参致します」
こうして、私は懐かしい仲間たちの拠点へと数年ぶりの帰還を果たすことになった。
そして、ギリギリログインに間に合った私が見たものは……誰も居ない、空っぽの円卓の間だった。
キャラクター紹介
あんぐまーる 異形種
ロールプレイに没頭する悪の騎士
役職 至高の41人 末席
住居 ナザリック地下大墳墓 第九階層にある自室
属性 悪 カルマ値:-150~-200
種族レベル レイス:15レベル
スペクター:15レベル
ワイト:10レベル
ほか
職業レベル ファイター:10レベル
ヘビーキャバリアー:10レベル
マジックファイター:5レベル
ドラゴンライダー:10レベル
ほか