オーバーロード モモンガ様は独りではなくなったようです   作:ナトリウム

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第六話 王国戦士長

 

 やがて広場へと続く中央の道の向こう、先程よりも統一性のない一団が見え始めた。

 騎士というよりも傭兵という言葉の方が似合っているだろう。様々な武装をざっと眺めた限り目ぼしい物はない。ナザリックならば日用雑貨にさえ使われないような素材の品ばかりだ。

 外見では判別できぬ特殊なマジックアイテム、だとしても貧相すぎるか。仮面越しに鋭く睨んでいたモモンガだが心配性が再発したと呟きながら肩を竦めた。

 

 やがて一団は馬脚を緩めながらも、乱れぬ動きで広場へと入って来る。

 村を襲っていたのとはデザインが違う鎧を着た集団だ。不安を覚えていたらしい村長の顔色が少しマシになり、あれは王国騎士の鎧ですよ、と胸を撫で下ろしながら教えてくれた。

 

 

「――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を退治するために王の御命を受け、村々を回っているものである」

 

 

 外見通り岩が擦れ合うような声が響き、モモンガの隣に立つ村長が驚いた顔をして 「あれが……」 と小さく声を漏らす。内容はともかく場上からの宣言にセバスが眉を顰めた。

 モモンガの代わりにケイおっすが小声で尋ねると。 「その、商人から聞いた話でしかないのですが、王国で最も優れた戦士だと聞いた事があります。御前試合で優勝を果たしたとか」 村長は恥ずかしげに言葉を切った。 「ただ聞いただけでして、生憎と顔までは……」 機嫌を伺うように申し訳無さそうな顔を浮かべて頭を下げた。

 

 

「……ケイおっすさん、強さとか、分かりますか?」

 

「うーん、本気じゃないから、今はちょっと……。

 もしかしたらマジックアイテムとかで隠蔽してる可能性もあるし。まだ分からない。正確に言うと後ろの人と区別が付かない……」

 

 

 彼らは胸に同一の紋章を刻んでいる。しかし有名であればあるほど、偽装など簡単だ。

 今度は王国側の偉い人か。あっさりと信じかけたケイおっすは 「へー」 と呟いて。それを耳にしたモモンガから 「ケイおっすさん、偽物の可能性もありますよ」 と注意されてしまった。

 やっぱり自分は交渉事には向いてない。ケイおっすはバツの悪そうな顔で視線を逸らす。

 

 

「村長どの、そちらの方々は? 失礼かもしれないが任務なのでね。答えて頂けると仕事が早くて助かるのだが」

 

 

 村長から順に視線が向けられる。魔法使い、メイド(?)、執事、という組み合わせは彼でなくても首を傾げる内容だろう。これで平然としていたら、彼がプレヤーだと疑ってしまう。

 特にケイおっすの頭部にある小さな角に気付いたらしい。目立つ金銀の髪で半ば埋もれているのだが観察眼は鋭いようだ。敵意と呼べるほど厳しい視線が迸った。

 

 

「おお、此方の方々は、村を救ってくださったのですよ!」

 

 

 村長は必死で伝える。しかしガゼフの顔は硬いままである。

 邪悪な者であれば誰であれ、対処せねばならない。彼の態度がそう告げていたし、背後の隊員たちも無言のまま戦闘準備に入っている。

 魔法の中には精神操作を行う物もあるのだ。ケイおっすのような異形種、いや現在の見た目だと亜人種と認識されているだろうが、偏見だとしても疑わざるを得ない立場なのだろう。

 或いは威圧する事で此方の出方を伺っているのかもしれない。そうだとしても友好的な接触だとは言い難い状況だった。

 

 

「どうする? 【レイザー・バースト/爪骨爆裂】のスキルを使えば、彼らほぼ全員が効果範囲に収まってるけど」

 

 

 背後など死角を潰すため眼を生み出しながら、ケイおっすはメッセージの魔法を送る。

 名前を出したのはクレイモア地雷とほぼ同じ効果を持つスキルだ。鋭い爪や骨の破片を指定方向に向けて撒き散らす。ユグドラシルでは近~中距離に分類されている技である。

 

 威力自体は低いし少量ながらHPを消費するが、その代わりにクールタイムが短く連射が可能であるため脆い対空キャラを撃ち落とすのに便利だった。それ以外では回数制限のある障壁魔法を削る嫌がらせとか。ケイおっすが持つスキルの中ではかなり使い勝手が良い。

 また破片には毒や麻痺などを付与する事も出来る。特にカオスシェイプであれば猛毒や睡眠を含む爪牙を生成できるため、耐性などが充実している事が多い重戦士系のキャラクターが相手だと厳しいものの、攻撃に特化している術師キャラを削り殺す際には効果を発揮した。

 

 

「そうですね……。まずは交渉しましょうか。決裂して襲ってきたら偽物扱いして殺す、捕縛が可能なら偽物として捕縛で。私としては実力を見せつけた上で送り返したいですね」

 

 

 戦士長という肩書きが気になったらしい。モモンガは穏便な接触を選ぶ。

 とにかく情報が欲しいのだろう。 「顔を知らない村長が相手なら、偽物だったと言えば簡単に騙せるでしょうし。もしもの時はケイおっすさん、村に多少の被害が出ても構いません」 と伝えられる。

 

 

「りょーかい。捕縛メインね」

 

 

 ケイおっすは少しだけ悩んで、軽く握り込んだ右手の指先を変化させる事にした。

 人差し指に意識を向けるとヤツメウナギに似た牙を持つ蛇の魔物に変異させ、軽度の睡眠耐性ならば貫通できる強力な睡眠ガスを蓄えさせる。その他の指からはクモから生えるような硬質な毛針をワサワサと伸ばした。

 皮膚からの吸収の分でも十分だとは思う。だがモモンガの用心を見習う事にした。

 ガスの場合、呼吸を止められると……ユグドラシルでは細かすぎる呼吸判定などは無かったと記憶しているため……効果は落ちる可能性が高い。しかし直接に投与すれば効くだろうと判断して。

 

 またスカートの中ではスパイクシューズのような、湾曲した爪を持つ触手足を無数に追加。人間の足では構造上不可能なダッシュを可能にするスキルの前準備を行う。

 これを地面に打ち込みながらの機動は素早く、またネタとしては非常に受けが良かった。

 外装が人間だからこそ稲妻のように地上を駆け回る動きは読まれ難い。直立したままでも触手の動きだけで自由に方向を決定できるため、人間部分のモーションで身体を傾けるなどフェイントをかけてやると、初見ならばほぼ確実に引っ掛かるのだ。

 

 

「あの馬、ちょっとぐらい齧ってもいいかな? 馬刺しって食べてみたかったんだ」

 

 

 身体を人型から外した影響だろうか。少しばかり食欲が湧き上がってくる。

 ケイおっすが赤い舌先を覗かせて唇を舐める……と、馬は雰囲気で察したらしい。訓練を受けた軍馬であっても本能的な部分は失われていないのか、捕食者からの視線に恐怖したのかタテガミや尻尾を逆立てながらブルリと震わせる。

 調教された自制心を発揮してそれ以上の行動は取らなかったが、馬上の主へと助けを求めるように小さな悲鳴を漏らした。ガゼフは愛馬の異変を察したらしく驚いた顔で視線を下に向ける。

 

 

「……ケイおっすさん、食欲は後にしてくださいね?」

 

 

 半分ほど冗談だったのに。呆れを含んだメッセージを送られてしまう。

 お淑やかに見えるよう口元を抑えたケイおっすだがどうやら遅かったらしい。モモンガからは呆れ顔をされ、ガゼフからは何か不気味な物を見るような眼で見られてしまった。

 

 この身体になってから食事を取っていないせいだし。別にボク食いしん坊キャラじゃないし。……美味そうなのが悪いんだよ、ウマだけに。ケイおっすは笑って誤魔化す事にした。

 モモンガから次に送られてきたのは明らかな愛想笑いの言葉だったが、それで程よく緊張が解けたのだろう。ギルドマスターは尊大な支配者という演技を構築するとガゼフに視線を送る。

 

 

「はじめまして、王国戦士長殿。私はナザリック地下大墳墓が主、モモンガ。そして友人のケイおっすと、彼がセバス。……職業は見れば分かるでしょう?

 この村が騎士に襲われているのを見ましてね。助けに来たのですよ」

 

 

 モモンガは慇懃無礼な調子を声に滲ませる。言外に 「お前らの代わりにな」 と乗せて。

 それを受けたガセフは僅かに目を細めた。村長の顔色を読もうと鋭い目線を送っているが読めるものではないだろう。必死に肯定している動作さえ疑い出したらキリがない。

 

 

「……」

 

 

 村長から視線を外したガゼフは疑わしげに首を向けた。モモンガを睨む顔に深い皺が寄る。

 実に怪しげなマスクだ、と思っているのだろうか。そんな物で顔を隠している魔法使い、そんな存在に対し警戒するのは仕方が無い話かもしれなかった。

 

 セバスは自らの主に向けられる視線に対して眉を寄せ、態度こそ変えずともやや不愉快そうに鼻息を漏らす。だが一方では仕事熱心さを褒めているような雰囲気もある。

 確かにガゼフという人間は真っ直ぐな印象が強い。権限を振り回す愚物ならば卑屈な雰囲気があるだろう、しかし彼にはそのような雰囲気が無いので、とケイオッスに小声で伝えてくれる。

 髪の毛の1本を極細の蛇に変えて近づけていた。流石のセバスはそれも認識していたらしい。凄い執事である。

 

 

「ほう……助けに? あのような存在を連れて?」

 

 

 向き直って。ガゼフが最も注目したのはやはり、暴力の顕現たるデスナイトだった。

 データ上では防御に向いたモンスターだ。攻撃能力はやや低いが、どのような攻撃を受けても一撃死はせずHP1をだけ残す、という特性がある。

 つまり戦士長らしいガゼフがいくら強くても一撃では倒せない。襲い掛かれば必ずモモンガやケイおっすからの反撃を許す事になる。非常に絶望的な組み合わせだろう。

 

 それに外見が齎す威圧感。ガゼフと較べてさえ大人と子供のような体格差があった。

 王国最高の戦士(?)である彼とてデスナイトの前では貧弱な坊やに見えてしまう。明らかに人間からは逸脱している身体の厚みなどオーガ級だ。アレを見て 「実は装備の関係上モモンガより筋力値が低い」 とは思わないだろう。

 またアンデッドは多少の損傷など無視して、しかも疲労せず動けるという利点もある。その事実はガゼフたちも知っているだろうから、生身を持つ自分たちの方が不利だとの判断も加わる。

 

 

「私の護衛です。見ての通り、魔法使いですので」

 

 

 細かい性能まで把握しているかは微妙、だが警戒されているのは事実。

 ガゼフが放つオーラは相当なものだ。単なる村人である村長の顔は見る間に青ざめていく。

 同じく晒されているケイおっすはちょっとだけびっくりした。害がなくてもホラー映画のギミックに驚かされるような物だ。ワッ! と声を上げられたと言っても間違いではない。

 幸いにも動いたのはスカートの中の足であり、外見上は平然と受け流しているように見えたので大人しくしておく。

 

 

「……失礼した。村を救っていただき、感謝の言葉も無い」

 

 

 しかし張り詰めていた緊張は唐突に緩む。直前までの雰囲気が嘘のように消えていた。

 彼は身軽な動作で馬から降りると視線で部下たちに命令を下す。誰が言うまでもなく全員が馬から降り、同じ目線に立つと改めて顔を向けた。

 そして深々と頭を下げる。金属のブーツが打ち鳴らされる音が響き、踵を合わせた事が切っ掛けだったように、ガゼフを含む全員が敬礼を行っていた。

 

 仮にも王国の戦士長ともあろう人物が。身元不明の存在の前で、馬を降りてまで一礼を行う。その行為に対し空気がザワめいている。

 誠実な人間である事は間違いがない。その瞳に浮かぶ色はどこまでも潔白であった。

 戦士長という地位がどの程度の物であるかは不明だが、王国一の戦士となればそれなりの特権階級であると推測できる。それでもなお誠意を示す行動にはガゼフの人柄が現れていた。

 

 

「いえいえ。何分、誤解されやすい外見である事は否定できませんしね。

 此方も少しばかり意地悪な態度でした。その代わりとは言いませんが、周辺を荒らしていた騎士のような連中でしたら、此方で確保しています。少なくとも情報はお渡し出来ますよ」

 

 

 悪い人では無いんだな。ケイおっすは眼前の騎士たちを見なおした。

 それはモモンガも同じだったらしい。想像と違ったのか言葉にも驚きを含んでいる。情報源になり得る存在を手放すという譲歩もしてみせた。

 

 襲撃者たちは"まだ"無事だろう。引き渡せない事もない筈だ。今のところは。

 その言葉に含まれる微妙なニュアンスを察したらしい。ガゼフの目が僅かに細められる。せっかく警戒が緩んだのに間違えたかな、なんてメッセージがケイおっすの脳裏に届いた。

 

 

「それはありがたい。更にお願いを重ねるようで申し訳ないが、ニつほど……」

 

 

 ガゼフの視線はデスナイトに向かう。彫像のように動かない、しかし圧倒的な存在に。

 人間では運搬すら困難だろう巨大なタワーシールドに加え、通常ならば両手でさえ持て余すような武器を、恐らくは小枝のように振り回すだろう。それが目を引かないが訳がない。

 モモンガからすれば 「こいつ、何時消えるの?」 という疑問の対象でしか無いアンデッドなのだが。チラリと視線を送ったモモンガの真意は幸いにも伝わらなかった。

 

 

「ええ、あれは私が生み出したシモベです。

 それともう一つは、この仮面について、でしょうか?」

 

 

 軽い調子で放たれた発言。ガゼフたちの雰囲気がピンと張り詰める。

 果たしてあのモンスターを倒せるか……、というシミュレーションが行われているのだろう。隊員たちの視線がデスナイトの各所を睨むように彷徨った。

 楽な戦いではない事は明白だ。そして創造者であるモモンガは更に上位の存在という事になる訳で。改めて戦闘行為への無謀を痛感したらしい。

 

 

「誤解されやすい外見、と言いましたが、私も同じでしてね。

 あまり晒したくないのが本音です。外見から来る誤解により、不幸な行き違いが生まれる……。それは悲しい事ですから。

 そうですね、まずは言葉を交わす事から始めませんか? 皆様が私を信じられぬよう、私も皆様方を信じているとは言い難いですし」

 

 

 スペルキャスターにとって間合いに入られる事は、戦闘を行うならば忌避する行為である。ならば自ら招く事も信頼への一歩だろう。

 実際はケイおっすやセバスが存在するため障害にもなり得ないのだが。それを知らないのは相手が悪い。

 

 

「そうですな。幸いと言うべきかは分かりませんが、時間も時間ですし……。村長殿が構わないのでしたら、この村で一夜を過ごさせて頂きたい。

 ああ、この村は襲われたばかりでしたね。あまり不味いようでしたら野営を致しますので、その辺りの話も含めて、椅子にでも座りながら語り合いたい物ですな」

 

 

 火花を散らす2人を眺め、ケイおっすは口を挟めずに黙っていた。

 仕方なく曖昧な笑みを浮かべている。時折 「すげー美人だ」 という感じでチラチラと視線を送られる事があるので、それには曖昧ではなく小さな微笑みを返しておく。

 外装は子供なので受けは悪くないようだ。それを利用して頭からパクリと行くのが持ち味なのだけれども。下卑た感情ではなく素直な感じで賞賛の視線を受けるのは悪くない気分だった。

 

 例えば野良猫から一方的に威嚇されたら、そのまま睨み返すとしても。

 相手から送られるのが子猫のような構ってオーラであれば……。ちょっと無下には出来ないだろう。ケイおっすからするとそのような感じだった。

 

 

「分かりました。では、私の家へ……」

 

 

 村長が歩き出そうとした、その時。蹄の音を耳にしたケイおっすは振り返る。

 荒々しい様子で広場へ飛び込む、その様子からして一大事だろう。身体に怪我は見当たらないまでも肩で息をしている状態だ。顔の開いたヘルメットであるため汗が滴る様子まで瞭然だった。

 

 

「戦士長! 周囲に、村を包囲する形での人影を確認!」

 

 

 何時まで続くんだ、この厄介事は。

 モモンガは吐き捨てるように呟く。ガゼフも苦虫を噛み潰したように表情を歪めていた。

 

 

 


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