リポート25 GS試験本戦 ~終焉の前奏曲~その9
ピートの名前を叫んで反対側の観客席へ走っていく唐巣先生。私は試合会場で荒い息を整えている伊達を見ていた
「はぁ……はぁ……なんだ?どうなった?俺の……勝ちなのか?」
呆然とした様子でそう呟いている伊達。私は魔装術の事は詳しくない、だから隣で険しい顔をしている聖奈にどうなっているのか尋ねることにした
「聖奈。あれはどういうことなのかしら?」
「恐らくですが……あの伊達雪之丞と言う男の本質が表に出ているのでないでしょうか?」
本質?氷のように冷酷?って事?と尋ねると聖奈は小さく首を振りながら
「酷い凍傷を負うと寒いのではなく、寧ろ熱いのです。うちに秘めた燃える様な熱さ、それがなにかのきっかけで氷へと変化したのでしょうね」
燃えるような熱さが氷にねえ……?そういわれても正直実感が持てない。強いて言えば危険な相手としか思えない
(今度こそこれまでね)
あのベルトは既に使ってしまっているし、その反動で霊力も体力も限界を超えている。そんな状態でいつ暴走するか判らない相手と戦わせる訳にはいかない
「では失礼します。使い魔の対策を考えるので」
そう笑う聖奈を見送り、私は大急ぎで復旧作業をしているGS協会の人員を見ながら、その場を後にするのだった……
小竜姫様の治療のおかげか、横島がさっきよりも元気そうになったのは良い。うん、横島が元気だと私も嬉しいから……でも!でも!!
「えっと……その」
「あ、はい。なんでしょうか?」
お互いに話しかけようとしていえいえと言ってそっぽを向き、またお互いに話そうとしては黙り込んでいる小竜姫様と横島を見ていて段々苛々してきた
「中学生か!?」
だから思わずこう叫んでしまった私は絶対悪くない。この甘酸っぱいような雰囲気にも耐えられないし!そもそもそう言うポジションはこの私ッ!!
「はい!治療が終わったら離れて!」
小竜姫様を無理やり引き離し、横島を自分のほうに引き寄せる。この人は駄目だ、危険なのは未来の小竜姫様だけだと思っていたけど、この人も駄目だ。なんだかんだ言って初心な横島と修行漬けでそう言う経験のまるで無い小竜姫様が一緒にいると自動的に甘酸っぱい中学生のような雰囲気になる。そんなヒロイン的な空間を許すわけにはいかない
「あ、あうあう……」
私の方に抱き寄せた時に目を白黒させている横島。私の事もちゃんと意識してくれているようで何より
「……あ」
なんか寂しそうに手をこっちに向けようとしている小竜姫様から見えないように引き離す
【ずるい!ずるいですー!!】
私から横島を奪おうとするおキヌさんの手を回避しながら、しっかりと横島を抱き抱える。ちょっと恥ずかしいけど胸を横島の腕に当ててみると
「ぶぶっ!?」
鼻血を出すというリアクションを見せてくれた。その事が嬉しくて思わず笑みが浮かんでしまう
「蛍さん。そういうのはですね、あんまり良くないと思います。まずは文通から始めるのが……」
なんか訳の判らない説教を始めた小竜姫様に見せ付けるようにして更に抱きしめると
「ギリッ」
雰囲気ががらっと変わった、多分未来の小竜姫様に意識が切り替わったのだろう。だが仮にそうだとしても怯む私じゃない、腕の中の横島の顔が鼻血のせいでまた青白くなっているから、そろそろ止めないといけないけど……多分まだあと少しは大丈夫な筈だ。もう少し横島に意識して貰おうと思っていると急に医務室の温度が下がった気がした……
「【ひう!?】」
「みぎゃぁ!?」
「きゅーうきゅいー」
「こ、こん」
……振り返りたくない……小竜姫様とおキヌさんの引き攣った声に、お腹を出して降参の意を示しているチビやモグラちゃん……
「……お前ら、横島がまだ病人だということを理解していないのか?」
嫌だけどゆっくり振り返ると、髪が伸びてそれがまるで竜のようにざわめいているシズクが凄い目で私達を睨んでいて……
【「「すいませんでしたーッ!!!」」】
声を揃えて謝るが、横島に対して非常に過保護なシズクが許してくれるはずも無く
「……泣いて悔いろ」
凄まじい勢いで迫ってくる氷に逃げることも出来ず、器用にうねる氷の波に私達は完全に捕らえられてしまうのだった。なお横島は壊れ物を扱うかのように丁寧に氷に運ばれていた、この扱いの差は酷すぎると思う
「……何してるの?」
それから数分後。氷の重りを膝の上に乗せ正座している私達を見た美神さんが絶句するのは当然の事だと思った……
全くこいつらと来たら……私は蛍から取り返した横島を再びモグラの上に横にし、部屋の入り口で硬直している美神に
「……馬鹿なことをしたから反省させている。後15分はこのままにする」
ええっと呻く蛍達を一瞥するうぐうっと呻いて黙り込む
「蛍ちゃん達何をしたの?」
美神が自分に飛び火をしないように警戒しながら尋ねてくる。別に美神に怒る必要は無いのだからそこまで警戒しなくてもいいんだがなと思いながら
「……横島の取り合いをしていた」
「何してるの?」
呆れた様子で呟く美神。本当に私からしても何をしてるんだ?と言う問題だ。頭が痛いのか頭に手を当てている美神を見ていると
「美神さん。ピートの試合はどうなりました?」
横島がモグラの上から上半身を起してそう訪ねる。すると美神は言いにくそうな素振りを見せてから
「負けたわ。タイガーほどの重症じゃないけど、ピートはそのまま病院に搬送されたわ」
ここの設備では治療が出来ない怪我……その言葉を聞いた段階でタイガーよりも酷い重症だというのは判ったが、横島自身も怪我を負っているので要らない心配をさせない為の美神の配慮だと判断して口にしない
「嘘でしょ?ピートっすよ?吸血鬼のハーフの……そんなピートが負けたって言うんですか!?」
私も正直負けるとは思っていなかった。人間と半吸血鬼の身体能力の差は努力などで埋められる物ではない、己の力の引き出し方を知らないとは言え人間相手……負ける可能性は低いと思っていた
「た、対戦……相手は……伊達……雪之丞でしたっ……け?」
足が痺れているのか苦しそうに尋ねる蛍。だが後11分はそのままで反省してもらう
【ううう……なんで幽霊なのに足が痺れるんですかぁ……】
私の氷なら霊体にだってダメージを与える事が出来る。幽霊だから平気と言う考えは甘すぎるぞおキヌ。しっかりと反省してもらうからな
「ええ、白竜会の伊達雪之丞が相手だったわ。最初はピートの方が劣勢だったんだけど、徐々に押し返して勝てると思ったんだけど……」
そこで言葉に詰まった美神。勝てると思った状況から逆転負けをして酷い怪我を負って病院に搬送された……それが意味する事は
「……あの陰念と言う奴みたいに化け物になったんですか?」
陰念と戦った横島がそう尋ねる。十中八九私もそうなっていると思ったのだが
「一瞬だけね。直ぐに元に戻ったわ、霊力切れなのか、体力切れなのか……それとも陰念みたいに素質が無かったのか判らないけど……それよりも、横島君。あなたが次の雪之丞の相手よ」
美神の言葉を聞いて顔を引き攣らせる横島。もし横島を戦わせるというのならば、私だって黙っていない、全員の視線が自分に集中しているの気付いた美神が慌てて手を振りながら
「馬鹿ね。何を勘違いしてるのよ、あのベルトの反動があって碌に動けない横島君に戦えなんて言わないわよ。幸いベスト8には入ってるからGS免許もちゃんと発行されるし、横島君貴方は良く頑張ったわ。次の試合は棄権しなさい」
賢明な判断だ。今の横島はとてもではないが戦えるだけの霊力も体力も無い、大分回復させたと言ってもそれは表面上だけで身体の中はまだボロボロなのだから
「は……あ、そうすっか。良かったーGS免許も貰えるなら無理をすることも無いっすからねー!次の試合は棄権させてもらいます」
それが賢明よ。良く頑張ったわと美神が横島を褒めるが、なにか上手く言えないのだが、今の横島の返答には何か違和感があったような気がする
「とりあえず、試合会場の復旧で大分時間が掛かるからその間ちゃんと休んでなさいよ。後でタクシーを呼ぶからそれに乗って病院に行くこと。蛍ちゃん達はちょっと着いて来て話したい事があるから」
医務室に横島を1人だけ残すことは不安だったが、どうしても私に来て欲しいと言うので私は美神達と一緒に医務室を後にするのだった……ただ部屋を出る前に何かを考え込んでいるような表情をしている横島を見て、私は何か言いようの無い不安を感じるのだった……そしてその不安は的中することになるのだが、今の私はそれを知る良しも無かったのだった……
伊達君まで化け物に……その可能性は考えていたが、実際に目の当たりにするとかなり驚いた。魔族ならまだしも、人間が氷を扱うなんて想像も出来ない。更に言えば伊達君と契約しているのはメドーサのはずなのだから氷を使える訳が無い、しかしその姿を見て、どこかで見たような気がしてならない
「ガープ。何をしたんだ?」
さっきの炎はまだ理解できる。アスモデウスは炎の扱いに長けているから、2重契約でその炎を使えるようになったと聞いてもそうだなと思えるが、今の氷はどう考えても不可能と言う結論になる。ガープに尋ねるとガープは笑いながら
「くっく!復元実験をしただけさ?お前なら判るだろう?同胞の姿を忘れたのか?」
その言葉を聞いて、脳裏に過ぎったのは消滅し、復活の時を待っている仲間の姿。獲物は違うが間違いない
「バルバトスか?」
正解と笑うガープ。普段は人間の姿をしているが、ひとたび戦闘となると鎧を纏いその爪と尾で神魔を屠った。だが決して見境無く暴れるのではなく、自分の正義を持った男。それがバルバトスと言う魔神だった
「他にも復活していない同胞と契約していた下級魔族を見つけ、そいつらから奪った魔力を用いて再現してみたんだが、実験段階では全く成功していなかったが、まさかここで成功するとはな、嬉しい誤算だよ」
(なんて事をするんだこいつは……)
かつての神魔大戦の際に戦力を補うためにソロモンの中で素質のある、下級魔族に自分の力を分け与え戦力を強化した。だがいくら素質があったとはいえ、その力に耐えれるわけも無く発狂していた下級魔族の事を思い出す。伊達君が耐える事が出来たのは魔装術に強い適正があったからだろう。未来の伊達君は人間の中では魔装術を極限まで極めたと言える、だが今の伊達君がいつまでも耐えれるとは思えない……早い段階で無力化できるといいのだが……
「さて、アシュタロス。次の横島忠夫の試合だが、どうなると思う?」
「普通に戦うんじゃないのか?」
ベルトの反動があるから恐らく危険だと思っているが、戦うんじゃないのか?と尋ね返すとガープはちっちっと指を振りながら
「あれだけの霊力を使っているのだ。恐らく棄権する、賢明な判断だ。私とすればあのベルトの力を見れたので十分な結果だ。まぁ戦うのなら戦うで良いが、戦わないのならそれでも構わないと思っている」
予想外のガープの返答に反応に困っているとガープは慣れた手つきでワインのボトルの封を切り
「余興だよ。所詮は余興さ、無論その余興の中にも成し遂げたい目的はいくつかあるが……その大半はもう終わっている。残る目的も後1つ……残りの試合など暇つぶしにもならん。見てみろ、下らん試合だ」
そういわれて試合会場を見ると蛍がそろばんを持った痩せ型の男を霊力の篭ったアッパーで殴り飛ばしていた
(蛍ぅ……それは霊能力者としてどうなんだい?)
ぱっと見た限りでは霊能力者ではなく、ボクサーか何かのように見えた。対戦相手の武器がそろばんと言うのも酷いが、とてもではないが、霊能力者同士の試合には見えなかった
「シッ!シッ!!!」
「か、ががががっがッ!?」
蛍の速射砲のような左が対戦相手の顔を右へ左で弾き飛ばす。素晴らしいジャブだ、ああ、それは認めよう。だがどう見てもやはり霊能力者の戦い方には見えない。それ所か、八つ当たりでもしているのか倒れかけるとアッパーで相手を起して再び左の連打。倒れることを許さないとでも言わんばかりの戦い方だ
『素晴らしいジャブとアッパーのコンビネーション!ドクターカオスどう見ますか?』
『あの左は世界を取れるの、なによりも体重移動とあれだけ連打をしても息切れをしていない。素晴らしいスタミナじゃな』
解説の2人もGS試験の解説と言うよりかはボクサーの試合の解説をしているように見えるし……
「見る価値もないつまらない試合だ。そもそも最後まで試合をやれと脅しはしたが……」
いつの間に?そんな事をしていたんだ?ずっと私と一緒に居たはずなのだが……使い魔でも使ったのか
「残る試合もあと少し……こんなつまらないものを最後まで見るのも苦行だな。アシュタロス悪いが、そろそろ火角結界の用意を頼む」
断るわけにもいかない……か。まぁ威力は高めておいたが、蛍にだけ判るように結界の解除方法を結界自体に施しておいた。爆発する可能性は……うん。多分限りなく0だ、だから心配はない。判ったと返事を返し、私は結界の外に出るのだった……出る前に
『深くしゃがみ込んで……これはガゼルパンチだぁ!!』
『身体ごと突っ込むフックか……耐えられる物ではないな』
どうもガゼルパンチで対戦相手をKOしたらしい蛍に、私は霊能者じゃなくてボクサーじゃないか?と思わずにはいられないのだった……
「うう……む。外の方が空気が美味いな」
あの結界の中は中々快適だが、やはり気持ち的に外の空気の方が美味く感じる。ガープと2人きりと言うこともあり、ずっと気を張っていないといけないからな……
「さてと、さっさと仕掛けを……」
ぱっと見ただけでもガープの使い魔である蝙蝠があちこちに居る。私自身も監視下にある可能性があるので、さっさと火角結界を用意することにする
(うーん。蛍は怒るだろうか、それとも赤面するだろうか?いやはやもしかすると呆れ返るかな?)
きっとこの試合会場に居る人間の中でこの結界を解除できるのは蛍しか居ないだろう。蛍にだけ判る解除方法を用意したのだから、もしガープにそのことを追及されても勘がいい人間が居たんだろう?で押し切れると思う。火角結界は強力だがデリケートな物だ、なんらかのきっかけで機能を停止する可能性だって十分にある
「……大丈夫。あたしは大丈夫……最後まで演じきれる」
通路を歩いていると自分に言い聞かせるように何度も何度も繰り返し呟いている声が聞こえた。この声は確か……鎌田勘九朗君だったかな……
(なるほど、彼も彼で出来る範囲でガープに反抗しようとしているのだな)
その強い決意を伴った声を聞いて、私はそれを確信した。だがこのままでは間違いなく彼は死ぬだろう……
(頼むよ)
それほど面識があるわけではない、だが死なせていい理由にはならない。研究段階の霊力の障壁を張る機能を持った兵鬼に彼を護るように指示を出し、私は火角結界の設置の為に試合会場を歩き出したのだが
「あ……これもしかしたら詰む?」
試合会場に私の知り合いが多く居る。もし見つかれば蛍にも何らかの疑いが掛かるだろう……
「み、見つかるわけにはいかない」
さっきまでの散歩気分から一転。私は決して見つかってはならないと言う異常な緊張感を感じながら、試合会場を進むのだった……
「ここもですか……」
さっき見つけた金色の蝙蝠。それは文献にあったガープの使い魔の特徴に酷似していた、それが凄まじい数試合会場やその周囲に居る。無性に嫌な予感がし、周囲を調べてみたが使い魔は試合会場全体を包囲していて、どこにも隙が無い
「厄介な……」
先ほどから見ていたのですが、外に出ようとした人間はふらふらとまた試合会場の中に戻っている。恐らく使い魔同士が結界の基点となって試合会場の外に出れないようにしているのでしょう
(この周囲の人間は全て人質と言う事ですか……)
正直人間が対処できる結界ではない。それにこの結界自体に攻撃能力が無いことを考えると更に何かの仕掛けがあると見て間違いない
(さて、どうしたものでしょうか……)
神代琉璃に話した所で対処できる問題ではないと思いますし、先ほどからビュレト様が動いているのでビュレト様が何とかしてくれるのを待つしかないのでしょうか……私に何か出来ることはないかと考えていると
「あー資格が取れるなら無理して試合をすることも無いしなー」
【白々しいぞ横島。私に何か言いたいことがあるんじゃないのか?】
この声は……見つからない様に声のしたほうを確認すると横島が試合会場へ続く階段の所に腰掛けていた
「い、いやあ……確かに考えてることはあるぜ?でも多分無謀とかを通り越しているってお前も怒ると思って」
【言ってみろ、小竜姫様は私にお前の願いを叶える為に私を授けたのだからな】
「ちょっと無茶な願いでもか?】
バンダナの眼と話しているのですが、やはりあれは使い魔の一種だったようですね……
【ふ、そうだな……伊達雪之丞を倒すとかか?】
伊達雪之丞を倒す?それはいくらなんでも無謀と言わざるを得ないだろう。あの試合は見ていた、魔装術が変化し氷を使うようになった。霊力ならまだしも、霊力で具現化した氷だ。手足を失うくらいで済めば良いが、下手をすれば命を失う結果にもなりかねない……
「わはははは!!それは確かに無茶も良い……「止めておきなさい、死にますわよ」
止めなければと思った時にはもう声を掛けていた。横島は私を見て驚いた表情をしている
「いいですか、横島忠夫。陰念に勝てたのは偶然や、あのベルトがあったからでしょう。今の貴方はあのときよりも随分と霊力が減っている。そんな状態で戦うのは無茶を通り越して無謀ですわ。大人しく棄権しなさい」
私の言葉に横島は驚いた顔をしてから小さく笑う
「何がおかしいんですの?」
笑われていることに気付き、横島のほうに身を乗り出しながら睨みつけると
「えっと……」
赤面して目を逸らす横島。その反応を見て自分の今の格好を認識した、胸元の開いているドレスを着ているのでその胸を見せ付けるような格好をしているの気付き、咄嗟に後ずさりながら
「なんで笑ったんですの」
自分の美しさは理解しているつもりだった。それを見せ付けるような服を好んで着ているのも事実。だが横島に見られていると思うとなんか無性に恥ずかしくなった
(なんですのよ、これは……)
いままで恥ずかしいと思った事なんて無いのに、なんで急に恥ずかしいなんて思うのかそれが判らない。冷静でいようといようと思っているのに妙に心臓の音がうるさい
「いやあ……やっぱり神宮寺さんは優しいなって思って、心配してくれてありがとうございます」
頭を下げる横島だったが、直ぐに顔を上げる。その顔は真剣な表情をしていて
「でも俺は棄権はしたくありません」
「死ぬのですよ!?どうして参加すると言えるのですか!」
誰だって死ぬのは怖い。それなのになんで参加すると言えるのかと怒鳴ると
「俺は今まで何回も逃げました、自分が役立たずって言うのも知ってます。俺は変わりたいって思ってGS試験に参加することを決めました……自分で決めて、自分で参加したんです。誰に言われたんじゃない、自分の意思で参加するって決めたんです」
顔を上げた横島の目には強い決意の色が浮かんでいて、何を言ってもその考えを変えることが出来ないのだと悟った
「だから俺は棄権しません」
だからお願いですから美神さんや、蛍には言わないでくださいと再び頭を下げる横島
「……そう。そうですの……」
もう何を言っても無駄なのだ。もう横島は決意を決めている、その決意を崩すだけの言葉を私は持っていない。これがもし……芦蛍なら違うかもしれない、彼女なら説得できたかもしれない。でもこの場に居るのは私だ……私には止める事が出来ない
(なんですの……これ)
何故か判らないが胸が痛い……こんなに痛いと思った事は今まで無いかもしれない……
「判りましたわ、横島忠夫。私は貴方の意志を尊重します、美神令子にも芦蛍にも告げ口はしません」
「本当ですか!?」
バッと顔を上げた横島に私は嘘はつきませんと返事を返し、ポケットに手を入れて横島の手をとる
「じ、神宮寺さん!?」
手を持たれたことで動揺している横島に苦笑しながら、ポケットの中から取り出した指輪を横島の右手の人差し指に嵌める
「お守りにはなるでしょう。頑張って」
「あ、ありがとうございます!俺……頑張ります」
力強く返事をする横島にもう1度頑張りなさいと声を掛け、私は試合会場の中に戻り
「どうして渡してしまったんでしょうね」
とても貴重な魔石を填め込んだ金の指輪。魔道書を持たずとも呪文の威力を上げようと思い作成し、想定した出力には届かなかった物ので護りの術式を刻み込んだ護身用の指輪。それこそ値段にすれば一千万では足りない、そんな貴重な魔道具をどうして無償で貸し与えたのだろうか……こうして思い返すと勿体無いことをしたと思いながらも、それで横島が無事ならばと思う自分が居る。そんな自分らしくない感情に頭を抱えていると
『横島忠夫選手!伊達雪之丞選手!試合会場へ!』
係員の呼び出しの声が聞こえる。私は少し考えてから、横島の戦いを見届けるために観客席へと足を向けるのだった……
神宮寺さんに激励を受けてから、俺はその場で出来るだけ集中を高める為に目を閉じて意識を集中していた
【む?女を追いかけないのか?】
心眼がそんな事を呟く、確かにねーちゃんを見たほうが霊力とか、そう言うのが上がりそうな気がするけど
「いや、なんかそんな気分じゃなくてな」
神宮寺さんがくれた指輪があるから、なんかそんな気分じゃないと言うか……
「なんで知ってるんだ?お前をつけてからそう言う事したつもり無いけど?」
なんで俺が姉ちゃんが好きなのを知っているんだ?と尋ねる。心眼は少し黙り込んでから
【少しばかりお前の記憶を見ただけだ】
……そんな事も出来るのか。まぁ俺とすれば恥ずかしい失敗とかそう言うのを見られなければそんなに気にしないけどな
【もう少し集中していろ。私がお前の霊力と小竜姫様の竜気を整える。無駄なことを考えるな】
心眼の言葉に頷き再び目を閉じて意識を集中する。正直身体は痛いし、霊力もそんなに扱えるとは思えない。それでも……それでも逃げたくないと思った。情けない自分が嫌で参加したのに、ここで逃げたら何も変わらないから……蛍や美神さんに止められても参加しようと思っていた。まさか神宮時さんに止められるとは思ってなかったけどそれでも棄権するというつもりは一切無かった
『横島忠夫選手!伊達雪之丞選手!試合会場へ!』
【時間だ。いくぞ】
心眼の言葉に閉じていた目を開く、立ち上がるとさっきまでとは大分違って身体が軽い。心眼が何かしてくれたのかもしれない……これなら行けるかもしれない
「しゃっ!行こうぜ心眼」
【ああ、行くとしようか。横島】
気合を入れるために掌に拳を打ちつける。……きっと美神さんや蛍には怒られると思うけど……自分で決めた事だ。絶対に最後まで俺は諦めない……意地でも勝つ!俺は決意を決め次の対戦相手が待つ試合会場へと向かうのだった……
リポート25 GS試験本戦 ~終焉の前奏曲~その10へ続く
今回は繋ぎの話だったので少し中身が薄かったかもしれないですね。蛍がボクシングとかしてましたけど……一応くえす様のフラグが更に進んだという感じですが……まだ完全成立じゃないですけどね。もう少しでフラグが成立する予定なのでどうなるのか楽しみにしていてください。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします