リポート22 英雄の見る夢は? その4
目の前に現れた紅い鎧武者を見て、あたしはこの仕事を受けた事を心底後悔した
(こんなの交渉出来るわけが無い!?)
目視できるほどに穢れきった霊力と完全に我を失っているその表情。今この場から逃げたいと思っている自分が居る
「なんと愚かな事をしたな、人間ッ!!!」
その真紅に光る目であたし達を睨みつけながら義経は凄まじい殺気を放ちながら叫ぶ。その殺気だけで足が震えてくる……
「誰も居なければ!自刃して果てた物を!貴様らが前に立った!!!よもやこのまま無事で帰れるなどと思うな!」
鋭い風切音を立てて2振りの刀を構えた義経を見て
「令子、オタクなにしてくれたのよ」
話を聞いている限り、自刃し果てるつもりだったらしい義経。無論幽霊なのでそれでは死にはしないが、一時的に弱まるのでそこを封印すれば良かったんじゃ……
「エミさん。もうなんとかなる段階じゃないと思います、それにそんな都合よく行くと思いませんよ」
蛍が険しい顔でそう呟く、確かに本人がそう思っていても、義経の身体を覆っているどす黒い霊力。それが義経を操つり、被害を拡大する可能性もある。とは言え、あくまで両方とも可能性の話だ。どちらに転んでいたかなんて判りはしない
「……今は何とか無力化することを考えれば良い、だが判っているな」
「最初の計画は諦めるわ」
タイガーの精神感応を使って説得を試みる。それが最初の計画だったが、あの義経と精神をつなげればタイガーが再起不能になる可能性がある。こうして見るだけでもひしひしと伝わってくる憎悪……人間が触れれば即座に発狂してもおかしくないレベルだ。折角スカウトしてきた弟子を再起不能にされては困る
「その首!魂ごと刈り取ってくれるッ!!!!」
それにこれ以上話している時間も無さそうだしね。あたしは愛用のブーメランを構えながら
(帰ったら絶対倍以上に請求してやる)
こんな命懸けの仕事を復帰して最初に回してきた琉璃の事を恨みながら、こちらを睨んでいる義経と対峙するのだった……
俺とチビ達が頑張って作成した結界は義経を捕らえる為ではなく、俺とタイガーを護る為に使用されてしまった。結界の中から美神さん達の激しい戦いを見る事しか出来ない
(また俺は……なにも出来ない……!)
韋駄天の時はあの謎のベルトと八兵衛と九兵衛のおかげで何とかなった。でもそれは自分の力とは言えない、いつも、いつもだ。俺は何も出来ない、自分の無力さに苛立ちばかりが募る
(どうして今は使えない!)
黒坂を殴り飛ばし、シルフィーちゃんとピートの父親であるブラドーに取り付いた魔族を吹き飛ばした。あの拳が……
あげはちゃんと天竜姫ちゃんを助けたいと思って、そして一度は義経を退散させた。あの盾が……
時々凄い効力を発揮するあの陰陽術が……
どれか1つでも自分の意思で使えれば美神さんや蛍の手伝いをする事が出来ると言うのに
「……ちいっ!!!電撃は不味い」
「ははははッ!どうしたどうした?逃げ回るだけか!」
義経が刀を掲げると漆黒の稲妻が周囲の木々を薙ぎ払いながらシズクに迫る。シズクが顔色を変えて逃げ回っているのが見える、水は電気を良く通す、シズクが電気を苦手としているのは聞いていたが、いつものポーカーフェイスを維持することが出来ないほどに動揺しているのは初めて見たかもしれない
「……行けッ!!」
シズクが氷のクナイを先に飛ばし、それを避雷針として義経に斬りかかって行くが義経はにやりと笑い。シズクの攻撃を全く意に介した素振りも見せず笑いながらその刃を片手で受け止める
「はっ!竜神とは驚いたがその程度かッ!!温い!温いぞ!!!」
シズクが両手の水の刃と氷の刃を作り出し、義経と切り結んでいるが、水の刃は一瞬でかき消され、氷の刃は1合打ち合わせただけで砕け散る。シズクが地面を蹴って間合いを大きく取る。それに合わせて
「精霊石よっ!」
美神さんが義経が刀を振り切ったその隙を突いて精霊石を投げつけるが
「無駄だッ!!」
足の鎧で精霊石を器用に蹴り上げた義経はシズクを見てにやりと笑う
「シズクッ!!!」
その顔を見て、咄嗟にシズクの名前を叫ぶ、だがそれは余りに遅かった……
「ほらよっ!!!」
「くううっ!?」
シズクに向かって蹴り込まれた精霊石が炸裂し、シズクの小柄な身体を吹き飛ばす。その時に聞こえたシズクの苦悶の声に思わず結界から出ようとするが……
「横島さン……堪えて下さい。ワッシらにはなんもできんです」
【結界から飛び出したら横島さんが死んでしまいます!お願いだから結界の中に居てください】
タイガーに肩を掴まれ、おキヌちゃんがその目に涙を浮かべてそう言う。
「みーむう」
「うきゅ……」
「コン……」
足元で俺を見上げているチビやタマモが心配そうに俺を見ている……判ってる。判って……いるんだ。俺に出来ることなんて何にも無いってここで隠れているのが一番正しいんだって!!
「令子。あたしはもう二度とあんたとつるんで仕事しない……」
「たまにはこういう事だってあるわよ!っつうか諦めないでなんか考えなさい!!!エミ!」
神通棍とブーメランを失い、精霊石も持って来ていた高級な破魔札も全て使い切って丸腰の美神さんとエミさんがなんとか義経を倒す手段を考えながら叫ぶ
「くっうう……本当洒落にならない強さ……」
「……これは流石に勝てない……」
刀の一撃は喰らっていないが、それでも強力な蹴りを喰らって動く事が出来ないでいる蛍と精霊石が直撃した事で、水を操ることが出来ず、地面に横たわっているシズク
「悔やむならば……私の前に立った自分達の愚かさを悔いろ!」
ガチャリッ!ガチャリっと音を立てて一番近くにいるシズクと蛍の方に向かっていく義経……
【いつか君は強いGSになれる】
何度も蛍や美神さんに言われた……いつか……いつかと……じゃあそのいつかっていつだ!!!
もう自分の心に嘘はつけない……
いつかいつかと言われて、諦めて見ているだけ……
だけどそんな事をしても何も変わるわけがない!
そんなんじゃ変われる訳がない!!
そんな事じゃ前に進める訳がない!!!!
もうただ見ているだけの俺にはうんざりだ
自分から前に進まなければ!
自分から一歩前に足を踏み出さなければ!!!
「前になんか進めるわけねぇだろうがッ!!!!」
【横島さん!?】
「横島さん!戻ってつかあさい!!」
タイガーとおキヌちゃんの結界の中に戻れという声が聞こえる。きっと今ならまだ戻れる、だけど俺は……俺はッ!!!
2人の呼び声を無視して、蛍とシズクの前に走りだした……何かを変える為にはきっと自分から変わらなければ何も変える事なんて出来ないのだから……
これはかなり不味いわね……私は冷や汗を流しながらどうやってこの場を切り抜ける事が出来るのか?そればかりを考えていた。完全に正気を失っているが、それでも義経の剣術に一切の陰りが見えない。むしろより研ぎ澄まされているように思える
(お父さんに頼んでビュレトさんに付き添って貰えば良かった……)
魔界で調べ物があると言っていたビュレトさん。お父さんに頼めば、もしかしたら付き添ってきてくれていた可能性がある。結界で封印すれば良いし、もしかしたら交渉が通用するかもしれない。なんて甘いことを考えていた自分の愚かさが判る
「覚悟は出来たか。せめてもの情け、一太刀でその命を刈り取ってくれる」
ゆったりとした動作で刀を振りかぶる義経。美神さんとエミさんの声がやたら遠くに聞こえる、近くにいるシズクは精霊石のせいで水を操ることが出来ないでいるから、護ってくれるなんて思えない……
(こういう危機的状況になると、なんか余裕が出てくるって本当なのね)
こんな間の抜けたことを考えることが出来ている自分がいて、思わず苦笑してしまう。だがこく一刻と迫る刀を見て、そんな余裕が無いのも判っている
(もうこれを使うしか……)
精霊石は炸裂する前に両断される、破魔札も同じで、私のサイキックソーサーではあの一撃を防ぐことは出来ない。もう魔力を使うしかない、ブレスレットに手を伸ばそうとした瞬間
「む……う」
パンっと乾いた音を立てて、義経の顔に破魔札が命中し、炸裂する。もう美神さんとエミさんは持ってないから……まさか!!血の気が引いていくのが判る、どうか違っててくれと祈りながら振り返るが
「はーっ……はーっ!!」
肩で大きく息をしている横島がそこにいて
「なんで結界から出てきたの!!早く戻りなさいッ!!!」
美神さんが横島にそう怒鳴るが、横島はその声が聞こえない筈が無いのに震えながら義経と対峙する
「横島!お願いだから戻って!今の横島じゃ何も出来ない!」
「……早く……戻れ。今は隠れろ……!」
シズクと一緒に結界の中に戻るように言うと、横島は義経を見据えたまま
「いつかっていつだ?」
驚くほど冷淡な声に思わず、えっと聞き返すと横島は前を見て、破魔札を投げつけながら
「いつかっていつも蛍も美神さんもシズクも言ってくれる……でもそのいつかっていつなんだよ。いっつも隠れて!逃げて!見てることしか出来なくて!!!そのいつかを俺はいつまで待てばいいんだッ!?」
さっきの声と違ってあまりに激しいその声に思わず息を呑んでしまった
「いつかいつかいつか!!!いろんな才能がある!そんなの……そんなの!!!俺は要らないッ!!!」
それは横島が溜め込み続けていた感情の爆発だった。がむしゃらに札を投げ続ける。だがそんな物は義経にとってなんの障害にもなりえない
「気持ちは判らんでもない、だが戦場に立つには早すぎたな……小童」
「ぐうっ!?」
刀が振るわれた、それだけで真空の刃が発生して横島を引き裂く
「よこしまぁっ!!!」
ゆっくり倒れていく横島の姿を見て思わず叫ぶ。もう考えている時間は無い、ブレスレットを力任せに引きちぎろうした瞬間。足を地面に叩きつけるようにして、倒れるのを堪え真っ直ぐに義経を見据え
「いつかじゃねえんだ!力が要るのは!!!今!!この瞬間なんだっ!!!!」
「叫んだ所で力が手に入る訳も無い。まずは貴様からだッ!!!」
義経が地面を蹴ろうとした瞬間、この場には不釣合いなまでの鮮やかな黄色の球体が義経と横島の間に割り込んだのだった……
黄色の光が横島と義経の間に割り込む数分前……東京では
「ぐっ!ば、馬鹿な!この私が!封じきれないだと!!!!」
ガンッ!!!ガンガンッ!!!何度も何度も何かにぶつかるような激しい音が優太郎の部屋に響いていた
「アシュ様!これ以上は!」
土偶羅魔具羅が叫ぶ中。既に優太郎としての姿ではなく、魔神アシュタロスとしての姿をしているのにも拘らず、暴れているその何かを封じる事が出来ないでいた
「駄目だ!これを解放したら!」
結界の中に眠っている物。それは韋駄天が暴走した時に横島が手にした球体。カオスと優太郎によって眼魂と名づけられたそれは、今まで沈黙を保っていたのだが、つい先ほど凄まじい勢いで暴れだした
「ぬっぐうう……だ、駄目だ!」
パンッっと乾いた音が響き、カオスとアシュタロスの2人で作成した結界を砕き、黄色の眼魂はそのまま溶ける様に消えて行った……自身を求める主の元へと向かって
義経を弾き飛ばし、俺の手の中に飛び込んできた球体を握り締める。それは間違いなく、韋駄天の時のあの球体。そしていつの間にか腰に巻かれていたベルト……
「ははっ……ああ、そうだな」
判っている。今の俺には何の力も無いって……こうして飛び出して癇癪を起しても何も変わる訳ない。自分1人ではなにも出来ないって……なら俺は……
「力貸してくれよ……ウィスプ」
きっとこの球体の中にいる幽霊の名前はウィスプ。そんな気がしたんだ、小さく声を掛けるとそれに返事を返すように
【イッヒヒーッ♪】
手の中でぶるぶると震える球体の側面のボタンを押し込み、ベルトのカバーを開ける
「横島君!それは使ったら駄目だって言ったでしょう!!!」
美神さんの怒鳴り声が聞こえる。きっと後でまた怒られるだろうけど……それでもいい、今この一瞬だけは……自分の意思を通す!
【アーイッ!シッカリミナー!シッカリミナー!】
ベルトのカバーを閉じると陽気な歌が流れだす。そのこの場に似合わない音楽に思わず笑ってしまいながら、ベルトの側面に付けられたレバーを握り締める
(変わりたい、守られるだけの俺じゃなくて……誰かを守れる俺になる!)
「変身ッ!!!」
今までの俺から変わってみせる!そう自分に誓ってレバーを引っ張りながら叫ぶ
【カイガン!ウィスプ!アーユーレデイ?】
真っ直ぐに突っ込んできた黄色の幽霊に向かって手を伸ばす、あれは俺だ。俺の半身だ……怖がる必要も、拒絶する必要も無い、ただ受け入れれば良い
「さあ!行こうぜッ!ウィスプッ!!!」
【イヒヒーッ♪】
嬉しそうに手を伸ばしてきたウィスプと空中でハイタッチを交わす
【OK!レッツゴーッ!イ・タ・ズ・ラ!ゴ・ゴ・ゴーストッ!!!】
八兵衛が居た時とは違う、ウィスプと完全に一体化したような感覚が俺を包み込む。パーカーのフードに手を伸ばしフードを取り払い
「しゃあっ!!行くぜッ!!!」
気合を入れる為に自分の頬を両手で叩く、この鎧のせいかあんまり痛くないけど、気合は入った
「面妖な……しかしそんな玩具で私を倒せるものかッ!!!」
「うっせえ!そんなのやってみないとわかんないだろうがッ!!!」
足が震えるほど怖い、だから自らに気合を入れる為にそう叫び。俺は拳を握り締め、義経のほうに向かって走り出すのだった……
「ふんっ!!」
「のおおおおっ!?」
義経の強烈な横薙ぎを上半身を反らすことで回避し、回し蹴りを叩き込んで距離をとる横島君
「ぜー……ぜー……やっべえ……」
「くっくくっ……今のは中々だった」
韋駄天の時の黒い鎧に、黄色のパーカーを纏った奇妙な姿をしている横島君を見て、愉しそうに笑う義経
(あれは芦さんが封印したんじゃ)
あれは横島君に対する負担が大きいから二度と使わせないと言って、カオスと一緒に封印された筈のあの球体が何故ここに
「ちょっと!令子なんなのよあれ!!あんなのあるなら早く出しなさいよ!」
エミが耳元で怒鳴る。その大声に眉を顰めながら
「あれは使ったらいけないのよ!みりゃ判るでしょうが!!!」
霊力を噴出して空中を舞う横島君。普通の人間がそんな事をすれば霊力が枯渇して生死に関わってくる
「……確かにね。後で詳しく聞かせてもらうワケ!蛍とシズクを結界の中に引っ張ってからね!」
「私も判ってることなんて殆ど無いわよ!」
とりあえず今はあれが何なのか?なんて話している場合ではない、横島君がさっきからこっちを何度も見ているのは早く蛍ちゃんとシズクを安全な場所に連れて行ってくれと合図しているに違いない
(師匠として情けないけど、今は1度準備を整えないと)
結界の中にまだ除霊具を残している。横島君が何とか義経を押さえ込んでいる内に準備を整えないと……
「一旦結界の中に退却するわよ!!!」
蛍ちゃんを掴んで結界の中に戻ろうとすると
「で、でも!よ、横島が!」
置いてはいけないと言う蛍ちゃん。気持ちは判る、だけど今はそんな事を言っている場合じゃない
「助けたいならまずは装備を整えなおすの!横島君!準備を整えるまで、少し粘ってなさい!!!」
なんでか知らないけど、横島君が義経と同等に戦えている、それなら使えないと思って、結界の中に戻した呪縛ロープや結界札が使える。破魔札や精霊石が通用しないなら、補助に徹底すればいい、横島君にそう指示を出して蛍ちゃんの胴に腕を回す
「……わ、判りました」
納得行かないという顔をしている蛍ちゃんを私が抱え、シズクは
「……早く水を……横島だけに任せてられるか」
「判った!判ったから大人しくしなさい!!」
見かけによらず好戦的なシズクがエミに抱えられて暴れている。それだけ横島君が心配と言うことなのだろう。今は少しでも早く結界の中で準備を整える、それだけを考えて私は蛍ちゃんを連れて結界の中へと退却するのだった
【美神さん!?なんで戻って!横島さんが!】
結界の中に入るなり、凄い形相で怒鳴り込んでくるおキヌちゃん。それだけじゃなくてチビやモグラちゃんの視線も鋭い
「直ぐ準備して出るから!結界札!それと呪縛ロープありったけ用意して!」
でもそんな事をしている時間は無い、横島君と義経では圧倒的な戦力の差があるのだから
「うっひいっ!!このこのこのっ!!!」
どこかから取り出した剣から光線を放つ横島君だがそれはさっきから1つも義経にかすっていない
「無駄無駄無駄無駄ッ!!!!」
両手に持った刀で的確にはじき返し続けている、距離をとる目的で攻撃しているのに徐々に間合いを詰められている
「くっくそっ!こうなりゃ!」
射撃が駄目だと思ったのか、再び剣に組み替えるのを見て
「馬鹿っ!!そのまま距離を保ってなさい!!!」
そう叫ぶがもう遅い。剣を構えて突進していく横島君
「その程度の腕で!!」
「うわあっ!!」
鋭い斬撃音と共に横島君が吹き飛ばされる。あーっもう!!!準備が出来るまで少し粘ってろって言ったのに!!!誰が突っ込めって言ったのよ!
「タイガー!4~7の鞄持って来なさい!ダッシュで!!!」
「は、はいいい!!!」
エミに怒鳴られ鞄を集めに行くタイガーを横目に、ペットボトルに溜めておいた水をどんどんシズクの周りに運ぶ
「……もっと!水が足りない!」
キャップを外してザバザバ被っているシズク。破魔札や精霊石が使えないなら戦力になるのはシズクがメインになる。
「蛍ちゃんは横島君を見てて!なんかあったら教えて」
「は、はい!!」
ペットボトルに溜めてあった水をどんどん運ぶ。空になったペットボトルはモグラちゃんが回収して
「みむう!」
きゅっと音を立てて蛇口を回転させて、再び水をペットボトルに補充するチビ。もう賢いとかそう言うレベルで片付けられない、その外見からは想像できない知性だ。
「……これでいい」
40本近いペットボトルの水を蓄えた所でシズクが小さく呟く。自身の周りに水をヴェールのように展開している姿を見て、準備は万端の様ね。これなら反撃に
「タイガーッ!!俺と義経の精神を繋げッ!!!」
とんでもないことを叫ぶ横島君。それを聞いた私は結界のギリギリのところに走り
「何馬鹿言ってんの!!!狂うわよ!!!」
あれだけ魔族の影響を受けている義経と精神を繋げば間違いなく発狂する。だから止めるように叫ぶが
「早くしろっ!!」
私の言葉が聞こえない訳ではないのに、タイガーに向かって叫ぶ横島君
「だ、駄目だからね!そんな事したら駄目よ!タイガーさん!!」
【そんな事をしたら呪いますよ!】
「えっと!わ、わっしは……」
蛍ちゃんとおキヌちゃんに詰め寄られているタイガーが目を白黒させている。だが横島君はそんなのお構いなしで早くしろと叫んでいる
「タイガーッ!そんな事したら許さないわよ!」
エミが自身の顔に呪術を強化する模様を書き込みながら叫ぶ。師匠の言葉にビクンっと肩を竦めるタイガー
「……私が出て止める!」
シズクが結界の外に飛び出していく、義経より先にあの馬鹿をなんとかするべきだと判断し私も結界の外に出る
「え、あ……ううう!!許してくださいっ!!!」
皆に止められていたタイガーはその巨体で蛍ちゃん達を弾き飛ばし
「むんっ!!出来た!横島さん早く!」
蛍ちゃん達にぼこぼこに殴られながらも印を結ぶのを止めないタイガー。なにがそんなにタイガーを突き動かすのか判らないが、これは不味い
「おうっ!!」
「止めなさい横島君!っつ!シズク!あの糸を切って!」
「……言われなくても!」
横島君と義経を霊力の糸が結ぶ、それを見て咄嗟にその糸を切るようにシズクに叫ぶがそれよりも早く、横島君と義経の身体が重なり凄まじい閃光が周囲を照らすのだった……
剣を打ち合って、拳をかわして……そして判ったんだ。俺の見ていた夢は義経の夢だって……タイガーのおかげで、俺は義経の心の中に入ることが出来た、一か八かだった。でも結果は俺の予想通りの結果になった
【うっ……うっ……】
白い着物を着て泣いている少女が俺の目の前にいる、手を伸ばしたいと思っても手を伸ばす事も、声も掛けることが出来なかった少女が今目の前にいる
【あ、兄上ぇ……私は……私は……どうすれば良いのですか】
ここにはいない兄を呼ぶ少女……どうすればいいのか判らない、何をすれば彼女を助けることが出来るのか?それが俺には判らない
【貴方を愛している、貴方を憎んでいる、貴方に会いたい、貴方に会いたくない……】
小さな手で顔を覆って泣きながら呟く少女
「兄貴が好きなんだろ?」
この少女を見ていれば判る。兄貴が好きで尊敬しているのだと
【うえ?あ、貴方は!?なんでここに!?唯一護れた私の心に中に何様ですか!】
その目に驚きと警戒の色を宿して、俺から離れようとする少女の手を掴む
「兄貴が好きなんだろ?憎んでなんかいたくないんだろ?」
この真っ白い空間を染め上げていく黒い光を見ながら呟く、きっとあの黒い光は義経を覆っている黒い霊力なんだ
【でも私には何も出来ない!この小さい世界で泣いているしかない!私はここから外に出ることが出来ないのだから!】
確かに彼女だけではこの世界から抜け出ることなんて出来ないだろう。だからその為に俺が来た、振りほどかれた手に若干
の痺れと痛みを感じながらも目の前の少女の眼をしっかりと見て
「一緒に行こう」
見慣れたGジャンの姿から、ウィスプの鎧とパーカーの姿に変化していることに驚きながら手を伸ばす
「俺が手伝う。兄貴を憎んでいる君を……未来の君を殴りに行こう……」
義経のことは少し調べた。幼い時の名前も……本当は少年の筈だが、目の前にいるのは少女。でもそんな事は些細なことだ、助けてくれと言っている人を見捨てたくない
「俺に出来ることなんて殆ど無い、だけど君に身体を貸すよ」
【そんな事をして只で済むと思っているのですか!?自分の身体に別の魂を入れるなど!】
俺にはそれがどれだけ危険なことなんて判らない。でもこのままだとこの少女はずっと泣いていて、蛍達にも危険が及ぶ。今の俺には自分の事よりも、目の前の少女と蛍達の方が大切だ
「そんな事はどうでもいいだろ?兄貴を憎んで居たくない、そうだろ?……牛若丸」
ビクンっと肩を竦めた少女……牛若丸に
「魔族になんか操られている未来に自分を殴りに行こうぜ。んで……兄貴を憎んでなんかいないんだって、あの馬鹿に教えてやろうぜ」
もう1度牛若丸に向かって手を伸ばす、牛若丸はその目に迷いの色を浮かべ
【本当に?私じゃ勝てないかもしれないです、私は子供ですから】
「かもな。俺だって霊力も碌に使えない未熟者だし」
でもな?っと前置きしてから両手で牛若丸の手を握って
「1人じゃ勝てないかもしれない、なら2人ならきっと勝てるだろ?」
きょとんとした牛若丸は小さく微笑みながら
【おかしな人ですね……でも、その通りです!私も未熟ですので貴方の力を貸してください!】
「おう!行こうぜ!!!」
1人で無理でも2人ならきっと出来る。届かない高みにだって……きっとその手は届く
目の前の光が弾けて横島と義経の姿が再び目の前に現れる。私はタイガーさんを殴りつけていた右拳を振り下ろすか、下に下ろすか悩んで、結局全力でタイガーさんの顔面に全力で叩き付けた
「……横島変われ!」
シズクがそう言って横島の手を掴むが、横島はそれをやんわりと振りほどいて
「駄目なんだ。あいつは……俺が……俺達が倒さないと」
「……何を言って?」
困惑しているシズクを見ながら横島は美神さんを見て、頭を深く下げて
「お願いします!義経を俺に任せてください!」
「何馬鹿言ってるのよ!早く結界の中に戻って!」
これ以上横島を危険に晒したくなくてそう叫ぶが、横島は深く頭を下げたまま動かない
「……勝算は」
きっと駄目だと思っていたのに、まさかの美神さんの返事は横島と義経の戦いを認めるような物で、顔から血の気が引くのが判った。どう足掻いたって横島じゃ義経には勝てない
「あります」
はあっと深い溜息を吐いて美神さんは背を向けて
「良いわ。今回だけ勝手を許します。でも次はないわよ」
【「美神さん!!」】
私とおキヌさんの声が重なる。なんで許可したのか判らない、美神さんが駄目なら私が止める。結界の中から出ようとすると
「大丈夫!蛍!おキヌちゃん!俺を信じてくれ!」
スーツのせいで顔が見えないが、その声には信じたくなる力強さがあって……
「負けたら許さないから……」
止めたいと思っているのに、止められないことが判ってしまって俯くことしかできない
【絶対死なないで!】
おキヌさんの言葉にも大丈夫だ!と叫んで義経の前に立つ横島
「ずいぶん待ってくれたな」
「ふん、人間に……しかも未熟者のお前に負ける道理は無いからな。最後の言葉くらい待ってやろうと思っただけだ」
確かにその通りだ、一流のGSでも勝てないのに未熟な横島じゃ勝てるわけなんか無い
「ああ、そうだろうな。俺は確かに未熟者だ、きっと捨て身でもお前に攻撃なんか届かない」
それこそ逆立ちしたってなっと笑う横島。そこまで判っているならなんで戦うなんて
「愚かだな、勝てぬ相手に立ち向かう。それは勇敢ではなく、蛮勇と言うのだ」
義経が刀を構えた瞬間横島のベルトから黄色い球体が飛び出し、のっぺらぼうのような姿になる
「ああ、そうだ、俺1人じゃ勝てない。だけど俺には味方がいる」
横島はその手の中に新しい球体を握り締めていた。一瞬見えたその色は紫、側面のボタンを押しベルトの中に押し込む
【アーイッ!シッカリミナー!シッカリミナー!】
ベルトから飛び出してきたのは白と紫の着物のようなパーカーの姿をした何か
【カイガン!牛若丸!シュバッと八艘!壇ノ浦ッ!】
横島がレバーを引くとベルトからそんな歌が響き、横島の身体をそのパーカーが覆い尽くす。両肩は船の船首を模した飾りがあり、両腕はまるで着物の袖のようになっている
「牛若……丸?」
それは義経の幼名……目の前の義経も信じられないと言う顔をしている
「1人じゃ勝てねえ、なら俺と牛若丸の2人なら!お前を超えれるぜ!行くぜ!牛若丸!!!」
【はいっ!】
腰のベルトから現れた剣を握り締め、義経と向かっていく横島の声は、八兵衛達の時と同じく、二重に重なった奇妙な声をしているのだった……
リポート22 英雄の見る夢は? その5へ続く
次回仮面ライダーウィスプは!?
タイガーの力を借りて義経の中から牛若丸の魂を連れ出し、手にした眼魂……牛若丸眼魂!
「せいっ!やっ!とおっ!!!」
横島の技術ではなく、牛若丸の技術により一時は義経を追い込んだ。しかし!
「【コワレテシマエッ!!!!】」
狂気に身を委ね、悪鬼へと変貌する義経!その力は牛若丸と横島を完全に超えていた。横島が思いついた打開策!それは
(俺の身体を預ける。牛若丸が戦うんだ)
【なぁ!?それがどういうことか判っているのですか!?幽霊に身体を預けてもし身体を乗っ取られたら!】
(大丈夫。俺は牛若丸を信じてる)
牛若丸を信じ、全てを託すこと!
次回仮面ライダーウィスプ! 英霊眼魂!
【カイガン!牛若丸!シュバッと八艘!壇ノ浦ッ!】
かなり長編となりましたね。韋駄天の話以降久しぶりのライダーの登場です。こんな感じで何かの大きいイベントのとき意外は使うつもりが無いのですが、義経攻略にはこれしか思いつかなかったので、なお牛若丸はFGO。義経は仮面を装着しているペルソナシリーズの義経をイメージしていただけると嬉しいです。それでは次回の更新もどうかよろしくお願いします