school live! ~ようせい~   作:どっかのだれか

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「妖精さんと、いちにちのおわり」

 とりあえずゆきさんには妖精さんの存在だけ話して、一通りの説明は終わりです。なんだかんだで四人と親睦を深めることに成功しました。好感度が高いと言うのは、教師と言う立場からすれば一番良い状況です。四人の性格も含めて、ABC三人を教えていた時のような悲惨なことは起きますまい。なんて気楽な役職でしょう。ゾンビさんを除けば。

 いや、そうですね。生きていると分かった以上、ゾンビと言うのも語弊がありますので、これからは感染者と言い換えておきましょうか。しかし生きているとは。倫理的に扱いが面倒になりました。

 考えることは山済みですが、一先ずただ談笑していたい。これが現実逃避。でも全然逃避出来てない気がする。ゆきさんに後で上手い現実逃避のやり方を教えてもらいましょうかね?

 

「みんな~! うごけないよ~! 助けて~!」

「本当にぽんぽん増えるな……」

 

 当のゆきさんは妖精さんに纏わりつかれています。やはり相性がいい模様。

 

「見てるだけで癒されるわね」

「はい。何だか和みますよね」

 

 そりゃあそうでしょうよ。ざっと数えても20人以上はいますもの。極度の危険はただのスリルに成り下がります。何でもありの状態です。何かの切欠で暴発すれば、ある意味危険になりますが。

 とは言え現在はそんな様子もなく、ゆきさんを相手にわらわらと楽しんでる状態です。楽しい人間の近くであれば、何もなくても楽しくなるようです。

 

「てんごくー」「ごくらくー」「ゆめごこちー」「ここにはゆめがちゃんとあるー」「でもきぼうは」「ありゃ」「じゃ、つくります?」「つくるって?」「きぼう」「それもいっきょう」「でもどうやって?」「そもそもきぼうとは」「こじんによりけり」「きぼうがわからぬ」「きぼうをよそう?」「きぼうてきかんそく?」「きぼうをきぼう」「にんげんさーん」

「あなたたちが希望のようなものですよ」

「おお!」「なんと!」「われわれが」「おおきなきたい」「せおってる?」「ぷれっしゃーです」「おしつぶされそう」「がくがく」「ぶるぶる」

 

 暴発しないように言葉を選ぶのも一苦労です。危険もスリルもパニックもいりません。

 そんなこんなで、予期せず消費者がぽんぽんと増えてしまったわけですが、ゆうりさんがそれに対して一つの不安を口にしました。

 

「食量はどうしたものかしら……」

「その点は大丈夫です。妖精さんはお菓子などの嗜好品しか食べません」

「お菓子ですか……それもそれでストックが少ないんです」

 

 これだけの妖精さんを賄うお菓子は無いとのことです。まあ、サバイバルに必要な食料以外が充実しているとは思っていませんでした。あるだけましでしょう。

 しかしそれでも、足りないことに変わりは無いわけで。

 

「おかしなし?」「たべたし」「でもなし」「どうする?」「じゅようときょうきゅうがどーのこーの」「かんたんにゆーと?」「あぶれものがでます」「どえりゃいこっちゃ」「どないしょーか?」

「需要量が過多ならば、需要量を減らせば良いのでは?」

「それだ!」「さすが」「たよりになりますなー」「じゃあそれで」「じゅようりょうをへらします」「ほうほうは」「たべるひとをすくなくすればいー」「それは」「つまり」「まびき……?」「…………」「…………」「…………」

 

 妖精さんの間に激震、走る!(ミステリ風)

 しかしいきなりスプラッタなんて御免です。

 

「つい消滅すれば良いのでは?」

「あ」「そか」「なるほどなー」

「え? ……あー!」

 

 わたし以外の皆さん(きっと幽霊二人は除く)の頭の中に、妖精さんがぽぽぽーんと入っていきます。傍から見るととんでもない光景ですね。ですがこれで妖精さんの数は減らせましたし、生徒四人の安全も確保されたので一石二鳥です。

 

「あ、頭、頭の中に!」

「なにがどう、ぅえ!?」

「い、一体どうなって!?」

「妖精さんが、消えちゃった!」

 

 パニックです。失念してました。うっかりうっかり。

 物質と反物質が衝突すると、互いの質量が全てエネルギーに変わり消滅します。これを対消滅と言います。詳しいことはおじいさんに聞いてください。

 それとは全く関係ありませんが、妖精さんは神話や伝承と言った物語の中に入ることができ、これをつい消滅と言います。記憶も物語としてOKなようで、妖精さんは時々人の頭の中に入って遊ぶことがあるようです。別に害はありませんのでご安心を。

 そんな感じで補足をすると、皆さんは安心した様子で胸を撫で下ろしました。

 

「妖精さんってつくづく不思議な生き物だな……」

「ええ本当に。わたしたちでも手に負えません」

「未来ってすごいのね……」

 

 失礼な。こんなトンデモ、ありえません。

 なんか字余りながらも一句できてしまいましたが、未来はむしろ、この時代より退化しています。妖精さんと発掘された古代技術が凄いだけですよ。

 わたしからすればこの時代の方がすごいです。例えば、この事態を引き起こした生物兵器を筆頭に、車だのコンクリだの太陽光発電だのと、そう簡単にはお目にかかれないものがゴロゴロ転がっています。それに食べ物も保存食なのに品揃えが豪華です。しかも品質も良く、たった一手間加えるだけでまるで出来たてほやほやの温かいクリーミーなシチューに……

 

「……あれ?」

「では、いただきます」

「いただきまーす!」

 

 気がつけば夕ご飯が用意されていました。ごちそうさまでした。美味しかったです。

 

 

(・ワ・)

 

 

 なんと、この学校にはシャワーまで完備している模様。校舎にあるまじき豪華さ。避難施設として機能すると言うのは本当のようですね。浴槽がないことだけが、唯一残念な点です。

 そうしてシャワーを浴びて、着替えは妖精さんにお願いしました。背が高いってこう言うときに不便ですよね。校舎内の服ではサイズが合いませんでした……太ってないですよ?

 

「あれ? その服はどこから持ってきた?」

 

 入れ替わりで来たくるみに感づかれてしまいました。

 

「ああこれですか。妖精さんに頼んで作ってもらいました」

「へー。妖精さんって便利なんだな」

「いいえ。目的に利用するために、それ以上の労力を払う危険な賭けです」

「はい?」

「この服の性能、聞きます? 多分驚くと思いますよ」

 

 耐水、耐塵、耐刃、耐弾、耐火、耐電、耐放射線、耐その他諸々の性能を持った服ですって。誰がそこまでやれと言った。わたしは普通の服で良いと言ったのに。防じゃなくて耐なのがポイント? なおたちが悪いです。見た目は普通だから? 中身も普通にして下さい。

 しかしこれでも抑えた方なんですよ? 最初は”かるな”さんとやらが持っていたと言う見るからに仰々しい鎧を作ろうとしてましたし。それに、これだけの性能も目には見えないですからね。まだまともな内です。

 とそのようなことをつらつら話してみると、くるみは微妙な顔をしています。

 

「大は小を兼ねるって言うし、別にそんな慌てるようなことじゃないんじゃないの?」

 

 ああ、まあ、知らない人はそう思いますよね。うん。

 

「……妖精さんはお菓子好きですよね」

「? そうみたいだけど……」

「わたしも妖精さんたちのためにお菓子を作っていたりします。でもご存知の通り、妖精さんは増える場合はとことん増えるものなので、必然的に手が足りなくなります。その時ふと妖精さんに漏らしてしまったんですよ。わたしがもう一人いたら良いのにって」

「……それで、どうなったの?」

「わたしのクローンが生まれるところでした。最終的にタイムパラドックスが起きてわたしが何人もいる状態になりましたよ。下手をすれば矛盾が作用して消えてたんじゃないですかね?」

「…………」

 

 実際は矛盾による負債を犬の形にして出す(Time Paradogs)ことで解消してました。当初はわけが分からずにスルーしてましたが、あれって今考えるとものすごい危険な橋を渡ってた気がします。時間なんてもう二度と手を出したくない。あ、今現在進行形で手を出してるや。

 

「と言うわけで、妖精さんに頼めばとんでもない過程を得てぶっとんだ結末を迎えるわけですが……どうでしょう? 信じられません? ならあなたももう一人の自分と言うものを試してみます? 何ならわたしが頼んできてあげましょう」

「うん、妖精さんには気をつけないとな!」

 

 慌てて前言撤回しているくるみを見て、内心で上手く行ったと笑います。

 妖精さんは扱い方が分かれば頼もしいものなのですが、現代の人にその有益性を教えるわけには行きません。わたしたちの祖先すら存在が知られていないらしい現代において、妖精さんの存在は世界を揺るがしかねないものです。わたしのせいで歴史が変わったりしたら目も当てられません。

 ……あれ? 何か引っかかったような。

 まあとにかく、妖精さんのことに関してはなるべく秘密にするのです。秘密にするほど多くのことを知っているわけではありませんが、出来る限りは秘匿します……出来る限りは。

 

「……どうしたの?」

「いえ、なんでもありません。ただ、わたしの努力はどこまで報われるのでしょうかと」

「努力って、何の?」

「胃に穴が開かないようにする努力でしょうか」

「へー、先生も苦労するんだ」

「そりゃあもう、苦労してばっかです」

 

 どこからか”嘘吐け”と言うおじいさんの声が聞こえてきましたが、苦労を吹っかけてくる張本人が何をおっしゃいますか。わたしはただ、仕事のために妖精さんと遊んで、仕事のためにお菓子を作り、ついでにお茶会をしているだけです。決して遊んでなどいませんよ?

 それから暫しの談笑の後、くるみとはそのまま別れて、わたしは夜風に当たるために屋上へ向かいます。屋上には菜園、太陽光発電、貯水槽などの施設が完備されているそうです。昔の建物がここまで便利だったなんて。またもや文明の違いを痛感。

 

「慣れてしまうと元の暮らしに戻れないかも……」

 

 とは言え、いくら環境が良くたって、定住するつもりは更々ありませんけどね。わたしが帰るために、まずはやるべきことを見つけなければ。

 屋上の手すりに身を寄せて、もうすっかり夜になった世界を眺めます。夜空はわたしたちの時代とあまり変わりませんが、校庭に蠢く感染者の皆様にどうしても目が行きます。大体の影が四人と同じ制服を着ているのを見るに、元々は彼らもこの学校の生徒だったのでしょう。悲しめば良いのか恐れれば良いのか、なんとも微妙な感覚。

 そうやって暫く黄昏ていると、もぞもぞとポケットが動きます。おや?

 

「おたそがれー?」

「いつのまにポケットに……」

「いつのまにかー」

 

 妖精さんが一人転がり込んでいたようです。この服の性能に常時1fが追加されました。

 妖精さんはポケットから手すりに飛び移ると、そのまま眼下の風景を見ます。

 

「あらー」

 

 そんな感嘆符一つきりで、妖精さんのリアクションは終了。助手さんの紙芝居でダウンするくせに、こう言うのは平気なんですね。まあわたしも感想はと改めて問われれば、感嘆符二つ分くらいしか返せないでしょうけれど。

 それよりも、わたしは一つの可能性に行き当たりました。

 

「……ねえ妖精さん」

「はあい」

「彼らを元に戻せますか?」

 

 指差すのは変わり果てた人々。肉体がボロボロでは、たとえウイルスを取り除いたとしても、元の姿に戻ることはないでしょう。ウイルスのおかげで活動できているとしたら、それを取り除いたとしても最悪死んでしまうかもしれません。わたしたちの手には負えないものです。

 妖精さんはじっと彼らを見て、わたしに向き直りました。

 

「なおせますが?」

「本当ですか?」

「ただしはりぼて」

「駄目じゃないですか」

 

 まあ妖精さんもこんな事態は初めてですからね。殆ど死んでいるような人たち。肉体も精神も崩れ、魂も散らばっていると聞いた時から、嫌な予感はしてたんですよ。

 

「けんぜんなるたましいは、けんぜんなるにくたいと、けんぜんなるせいしんにやどるとか」

「誰の言葉ですかそれ」

「しにがみ?」

「わーお」

 

 死神っていたんですねえ。死ぬときは痛みなく死にたいものです。

 それはさておき、妖精さんでもあの状態を治すのは難しいようです。ですがもう少し粘ってみると、妖精さんから結構良い反応が返ってきました。

 

「はりぼてじゃなく、うごかします?」

「動かすのではなく、自分で動くようにしてほしいんですが」

「……できるっちゃできる」

「おおっ」

 

 さすが妖精さん。わたしたちに出来ないことを平然とやってのけます。

 

「うごいてればいいんで?」

「…………」

 

 希望が見えて舞い上がっていたわたしですが、続く妖精さんの言葉に我に返ります。動いていれば? なんですかその動いてりゃなんでもいいだろ的な言葉は。

 

「ここどことか、わたしだれとかいいます」

「記憶喪失ですね」

「ちかくのひとにおそいかかるかもです」

「発狂ですね」

「あと、たまにがくがくふるえます」

「禁断症状ですね」

「それでもいーです?」

「いけないです」

 

 問答無用でドクターストップ。止めときましょう。これ以上妖精さんに無理を言ったら、治った人々が逆に可哀想なことになりかねません。残念ですが治療は諦めることに。

 

「おやくだちできぬか?」

「服を作ってくれただけで十分感謝してますよ」

「そーかー……」

 

 なんでしょんぼりするんですか。ああ、ポケットの中に潜ってしまいました。倫理観に抵触するデリケートなことは、妖精さんも対応が難しいのかもせれませんね。仕方ない仕方ない。

 ゆっくりとポケットを撫でながらもう少しだけ夜風に当たっていると、屋上への扉が開きました。出てきたのはゆうりさん。シャワーを浴びた後のようですが、彼女も夜風に当たりに来たのでしょうか。

 ゆうりさんはこちらに気付くと、意外そうな顔をしました。

 

「先生、いらしてたんですか」

「少々夜風に当たりに。あなたもですか?」

「いえ、その……」

 

 ちらほらと周囲を見回すゆうりさん。ここにはわたし以外誰もいません。

 

「めぐみさんもおじいさんも、ここには居ませんよ」

「あ、そうですか……ありがとうございます」

 

 ぺこりと一礼して、ゆうりさんは菜園の奥へ向かいます。気になって付いていくと、菜園のある一角だけ何も植えられておらず、代わりに白い十字架が置かれていました。

 ゆうりさんはその十字架に向かって手を合わせ、黙祷を捧げています。それらの行動を見て、この十字架が何なのか、そして誰のものなのか察しました。

 

「これは、めぐみさんのお墓なんですね」

「はい……傍にいると分かっているのに、祈るのもおかしいと思いますけれど」

 

 そう言って苦笑するゆうりさん。ここが彼女の墓と言うことならば、ここにはめぐみさんの体は無い。それでもお墓を作り、ずっと祈りを奉げられていたとは。それだけめぐみさんが慕われていた証拠でしょう。

 

「……おかしくはないと思いますよ」

「え?」

 

 わたしがそう答えると、ゆうりさんはこちらを見つめ返してきます。

 

「めぐみさんを呼び起こしたのは、ゆきさんの思いの強さ故です。けれどゆきさんだけが原因となったわけではないでしょう。みきさんは当時居なかったそうですから、くるみにゆうりさん。あなたたちの思いだって、ちゃんと届いています」

「……ふふ、ありがとうございます。そうだと良いですね」

「これは憶測ではなくて、めぐみさんからの証言です。わたしはそれを伝えただけですよ」

「めぐねえが?」

「はい」

 

 まあ、めぐみさんが自身のことをそこまで分かっているのかはともかくとして。

 

「そうですか……そうだったんですね」

 

 嬉しそうに微笑んだゆうりさん。喜んでいただけて何よりです。が、居なくなった者の声を伝えるのって、なんだか宗教みたいですね。必要な時以外は自重した方が良いかもしれません。依存されて仕事を増やされるのも困りますし。

 とまあそんな身も蓋もないことをつらつら考えていると。

 

「……ねえ先生。先生はやっぱり、元の時代に帰りたいんですか?」

 

 ゆうりさんがとっても答え辛い問いを投げかけてくれました。今頃になって蒸し返しますかね普通。

 その言葉は僅かに緊張を含んでいて、その表情は微かに願うようでした。

 まあ、現状を受け止め、対応でき、妖精さんやめぐみさんと交流の出来る大人と言うのは、今の現状では得がたい存在なのでしょう。切羽詰った状況ならわたしだって共に行動してくれることを望みます。そんな心情を加味すれば、ゆうりさんの揺らぐ瞳も理解できないことはありません。

 ですが。

 

「そうですね。帰りたいです」

 

 前も今も、これは変わらない思いです。ここで言葉を濁すのは、わたしにも相手にも何の得もありません。だからこそ、わたしはゆうりさんたちの思いを突き放します。

 

「わたしの故郷は、簡単に捨て去れるほど軽いものではありませんから」

「そう、ですよね。すいません。おかしなことを言って」

 

 わたしの無情な答えを聞いたゆうりさんは、やはり思った通りの表情をしていました。空気を読んで欲しいところを至極真っ当な意見で崩された時の局長のような顔です。違うところと言えば、局長ならなんとも思わないのに、ゆうりさん相手だと途端に言い難い感情が芽生えることでしょうか。

 これからの関係を円滑に保つためにも、フォローは必要そうですね。

 

「まあ何です。帰るのは確かですが、方法が見つかってすぐ帰るとも言っていません」

「え……?」

「せっかく現代に来たのですし、現地調査でもします。しばらくはここに滞在することになるでしょう。その間は原住民に協力、と言う形になるでしょうね」

「……ふふ、そうですね」

 

 打って変わって笑顔を見せるゆうりさん。意図が伝わったようで何よりです。

 

「頼りにしますよ。先生」

「……あくまで協力です。無償で働くわけではありませんよ」

「それでもです。先生が来てくれて、本当に良かった」

 

 そう言って朗らかに笑うゆうりさんは、本当に安心したようで。

 ……なんだかこれ以上は踏み込んではいけないような気が。思った以上に精神的に参っているようですね。これ以上近づきすぎると、彼女達の心の中でわたしと言う存在のカーストが上がり、べたべた甘えてくるわ帰るときは大事になるわと、わたしに不都合な未来が起こると予想出来ます。

 生徒と先生。この関係性のまま、この距離感を保つように頑張ってみましょう。もう手遅れかもしれませんが、まあその時はその時です。我が身を削って事態を収めるのは得意中の得意ですから。しくしく。

 

「風も冷たくなってきましたし、そろそろ戻りましょうか」

「はい。先生」

 

 ……でもまあ、慕ってくれるのは悪い気がしませんし。別に良いかな、なんて。

 そんな思いは、来るべき別れの時の状況を想像して一瞬で吹き飛びましたがね。

 

 

(・ワ・)

 

 

 ゆうりさんと共に部室へ戻ると、みきさんが中でそわそわとしていました。

 

「あ、先生。悠里先輩も」

「どうしたの?」

「先生の寝具はどうしたら良いのかなって……」

 

 死活問題でした。廊下に立ってなさいならぬ、廊下に立って寝なさいとか?

 

「身内でも遠慮なく言うぞ。寒い」

 

 うるさいです。あといきなり入って来ないでください。思考も読まないでください。

 わたしの後ろからすっと滑り込んできたのはおじいさん。さっきまでめぐみさんとこの時代の知識について語っていたはずですが、どうせめぐみさんは重火器についての質問を出され、おろおろと戸惑っていたことでしょう。

 そう言えばめぐみさんは?

 

「彼女ならゆきと言う子を迎えにシャワー室へ行ったぞ」

 

 だから思考を読むなと言うのに。

 そんな一方的なやり取りは露知らず、二人の会話は進んでいました。

 

「予備の寝具があった筈だけれど」

「サイズが合いませんよあれ」

「えーっと、二つ繋げれば」

「いやいや。そこまでしなくても良いです。体を丸めて寝ますよ」

「……すいません」

 

 そんな程度のことなら問題ありません。寝具があるだけましです。

 席に座ると、みきさんが暖かいコーヒーを出してくれました。気が利きますね。普段はあまり飲みませんけれど、たまには良いものです。

 ちなみに、わたしのコーヒーを入れているマグカップは、ゆきさんがわたし用にと似顔絵付きで名前を書いてくれています。あの子も何かとわたしを逃がさないための包囲網を築いているような。無意識でしょうか。

 

「くるみとゆきちゃんは?」

「ゆき先輩ならシャワーです。多分もう帰ってきますよ。くるみ先輩は」

「ただいまー」

「……今、帰って来ましたね」

 

 噂をすれば何とやら。くすくすと笑い合うわたしたちに、くるみはキョトンとしています。

 

「何だ何だ?」

「いえ、なんでもありませんよ……ふふふ」

「むー、なんか疎外感を感じるなー」

「別にそんなつもりじゃないのよ。ただ、ちょっとね」

「ま、ならいいや。りーさん、私にも飲み物頂戴」

「はいはい」

 

 くるみも席に座ってカップを持ちます。甘い匂いがするので多分ココアでしょう。

 そしてそれから間もなく。

 

「たっだいまー!」

「おう。お帰りー」

「ただいま戻りました」

「お帰りなさい。めぐみさん」

 

 賑やかな子が保護者を連れて帰ってきましたよ。めぐみさんの名前を出すことで、それとなく全員にめぐみさんの存在を気付かせます。

 

「りーさん、私にもココアちょーだい!」

「はいはい。分かったから席に座って」

「うん!」

「今日はいつになくハイテンションだな」

「そうだよ! だって新しい先生が来たんだもん!」

「課題も三倍だぞー」

「そ、それは……むむむぅ」

「先輩はもう少し勉強するべきですから、丁度良いですよ」

「みーくんまでそんな~」

 

 暫くうーうーと唸っていたゆきさんですが、こちらを見る時にはとっても嬉しそうな笑顔が浮かんでいました。あれ、この子もうわたしを離さないつもり? 距離間ゼロですか?

 

「でも、先生が来たくれたのはとっても嬉しいんだよ? 本当だよ?」

「ええ。分かっていますよ」

「……ああ。分かっているよ」

 

 おじいさんは本当にゆきさんに弱い様子。これは良いことを知りました。今度からゆきさんにおじいさんへ意見を言ってもらいましょう。頼りにしてますよ。ゆきさん。

 そうとは知らない当人は、にこにこと笑顔で妖精さんを握ってます……あ、そう言えばあの子ポケットにいた。いつの間にそこへ。

 

「勿論妖精さんにも会えて嬉しいよー」

「ぼくらていどがほめられるなんて~」

 

 相変わらず人間相手には低姿勢ですね。

 

「でもま、賑やかなのが増えて困るくらいだけどな」

「そこは大丈夫! 私が賑やかにはさせないよ!」

「一番賑やかな先輩が何を言ってるんですか」

「えー、私そんな賑やかじゃないよう」

「あら、いつも私たちを振り回しているのは誰かしら?」

「まあ、そこが良いんだけどな」

「褒められてるのか馬鹿にされてるのか分からない!」

「褒められているんですよ。多分」

「多分ってなに!?」

 

 あーだこーだと姦しく騒ぐ生徒四人に、いつの間にか妖精さんも増えています。全く。あとで収拾をつけるのが大変そうですね。ですが、そんなに悪い気がしないのは、見ている分には心を和ませるものだからでしょうか。

 何の悪意も裏もない、純粋に好意だけで接することができる相手。わたしには殆どおりませんし、誰も彼も癖が強くてあのような会話は出来ません。だから、彼女らの遠慮のない言動は少し新鮮で、とても微笑ましいと思います。羨ましいとは思いませんけど。

 

「……時々、自分が幽霊だと忘れることがあります」

 

 ふと、めぐみさんがわたしにだけ聞こえるよう呟きました。

 

「彼女達の会話があまりに平凡なものだったから、つい私も一教師として輪に混ざろうとして。そしてすぐに、自分はもう居ないんだって気付くことがあります」

「……恐らく、彼女の想いが君の中に混ざっているが故に、彼女の望む通りの、日常に生きる教師としての言動をすることがあるのだろう」

「……それもあるかも知れませんけど」

「うん?」

 

 わたしも、彼女達に気付かれないように呟きました。

 きっと彼女達にとっては、これこそが日常なのでしょう。外部では感染者に怯え、内部では物資の消費に怯え、助けが来るかどうかも分からず、いつ自分が死ぬか、さもなくば感染するかも分からない。

 それでも、わたしは今ここにいて、そんな鬼気迫るような圧迫感を感じません。彼女達は必要な時は必死になりますが、日々の中では変わらない日常を過ごしています。朝起きて、ちゃんとご飯を食べ、一日の仕事をしながら、その終わりに眠りにつく。そんな毎日を送ってきた筈です。感染者と言う危険はあれど、日々を生きていくことに変わりはありません。命を守る必要はあれど、日々の安息を疎かにしてはいけません。

 だから彼女達は日常を描く。昔と変わらぬ日常を。

 

「めぐみさんが惹かれるのは、日常がちゃんと回っている証明ですよ」

「そうでしょうか?」

「ええ。それくらい日々が充実していると言うことですよ」

「……そうですね」

「そうですよ」

 

 お先真っ暗でも日々を生きていかなければならないのは、わたしたちも同じですからね。

 衰退してもパンデミックでも、生きている限り日常はやってきます。それを如何に充実して過ごせるか。それが一番大切なのではないでしょうか。

 少なくともわたしは、ちょっとの刺激だけの、のんびりした日常が良いと思いますよ。

 

「さあ、そろそろ眠る時間よ」

「そうだな。今日は疲れたから……ふぁ」

「よく眠れるでしょうね……ゆき先輩。ここで眠らないでくださいよ?」

「うゆ……分かってるよぉ……」

 

 もうすぐ、その日常の中の一日が終わります。この一日は、わたしにとっても彼女達にとっても、とても充実したものであったと思います。だから願わくば……明日は何事もない、平凡な毎日であってほしいものですね。

 

 人類は本日も、絶賛生活中。

 

 

 




 これが彼女らのリアルワールド。

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