school live! ~ようせい~   作:どっかのだれか

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「妖精さんと、ぞんび……?」

 人類が衰退してはや数世紀。

 かつて栄華を誇った文明は今や見る影もなく、旧人類は地上の支配者を引退して、ゆっくりと絶滅の一途を辿っています。

 と言いますか、もう残り一人だけなんですがね。わたしではありませんよ? でもあと一人だけです。その辺りの詳しい説明は前にした気がします(だいたい小説で言う9巻)ので、ここでは説明を省略しますが。

 とにもかくにもそんな絶滅寸前の人類は、「まあ仕方ないか」と軽い感じで日々を暮らしています。人間、絶滅し掛けている程度では日常を崩すことはありません。ちゃんとご飯を食べて、寝て、働かなくてはなりません。絶滅よりもリストラの方が怖いのです。

 そんな時代の中で、わたしはそこそこ偉い地位を面倒事と一緒に押し付けられて、その面倒事を回避するために一生懸命仕事していたはずなのですよ。

 確かに時々洒落にならない事象(事件と言うと責任問題が発生しますので)が起こったり、わたしが天涯孤独になるくらいにはダークでシリアスな事もありましたが、それは昔の話。基本的には牧歌的な風景の中で、ほのぼのした暮らしを送っていたはずでした。

 

「ほうら、あそこには人影が腰を低くしてあちこち歩いてますよ。一体どこへ行くんでしょうね。あら、集って道端で何かを食べてます。おいしいものが一杯溢れてるんでしょうねえ。何故か体の一部が崩れてますけど、きっと体が崩れるくらい怠けててても問題ないくらい平和で牧歌的なんですよあはは」

 

 ……そんなわきゃねーです。

 腰が低いのは体がまともに動かないから。道端で食べてるのは人肉。身体の崩落はぼろぼろに腐ってるからでしょう。こんなののどこらへんが平和で牧歌的なんですかねあはは。

 

「……ここ、どこです?」

 

 

(・ワ・)

 

 

 状況を整理しましょう。なぜこんな現状になってるのか。

 いつもの如く仕事をして、いつもの如く妖精さんと出会い、いつもの如く童話災害に遭って、いつもの如く大ピンチ。そして今に至る。

 

「ええそりゃ知ってましたよ毎度毎度のトラブルがだいたい妖精さんの仕業だってことは」

「てれますか?」「ほめられました?」「ほめたのでは?」

「褒めてません」

「だってよ」「つまりじゅんすいなひょうかでは?」「けっこういいてんすう」「てれますな」

「褒めてませんってば」

 

 妖精さん。わたしが居た世界における新人類であり、わたしの足元に転がっている小人のような体躯の存在です。

 三頭身、身長約10cm、そして大のお菓子好き。でもお菓子を作ることは出来ません。電磁波が嫌いで、驚くとボール状に丸まり、脅すとほぼ真水を失禁します。楽しそうなことがあると簡単に増殖し、一通り騒ぐと散っていく集合離散の性質を持ち、放っておくと一夜で町やら国やらオーバーテクノロジーやらを築いてしまうトンデモ生物です。

 

「ここはやつがいませんな」「おやすみ?」「いっかいやすみ」「いっぱいやすんでもいいのよ?」「でもなにかあぶないかんじ」「これは?」「ぺろ」「これは!」「せいさんかりだ!」「じゃあしにます?」「なむあみ」「くさってもぼさつ?」「そくしんぶつでは?」「みーらですか」「ほーたいほーたい!」「たいーほたいーほ」

 

 まあ一見するとそうは見えませんけどね。

 さて、そんな彼らに付き纏われて、いつものように適当に遊んでいたんです。そしたらパッと光に包まれて、気がついたら腐った方々(物理的)の沢山いる所に飛ばされたわけです。

 

「妖精さんや。ここが何処だか分かりますか?」

「ここ?」「ここはどこ?」「ここはそこ」「そこはつまり?」「さあ?」「ちずにはのってないなあ」「まだみぬばしょですが?」

「まだ見ぬ場所……じゃあ、異世界?」

「そうかも?」「ちがうかも?」「ちがうけど」「にてる」「もともとおなじ」「にわとりとひよことか」「あっちがにわとり」「こっちがひよこ」

 

 鶏とひよこの違いは状態。わたし達の世界が鶏で、この世界がひよこ。もちろんひよこが鶏になるわけで、それを当てはめると。

 

「ここって過去なんですか?」

「そうだ」「かこだった」「かこって?」「むかしのことです」「あおかったじぶんとのであい?」「あのときへもどれたらー」「こうかいさきだたず」「しななきゃやすい」

「あなた達が過去へ送ったんですよね?」

「そうだっけ?」「そうだった」「なんとなく」「こうかいはしてない」「あのときへもどらなくてもいいです?」「かこにとらわれないので」「なんか、でじゃびゅ」

 

 そりゃあデジャヴも感じるでしょうね。なんせ何回も過去へ戻って繰り返した経験はありますから。でも今回は遡行ってレベルじゃ済まない気がする。

 

「ここは一体何年前なんでしょう?」

「にんげんさんじゃないにんげんさんがいたころー」

「人間さんじゃない人間さん? ……あれ?」

 

 ふと見ると、最初はもの珍しさからか10人以上に増えていた妖精さんですが、今ではたった3人になってます。妖精さんはいつの間にか増えることはあっても、いつの間にか減ることはそうそう無いのですが。

 

「あなたたち、なんか人数減ってません?」

「あれらなら」「どっかにいって」「たべられた」

「食べられた……?」

 

 はて、そう言えば何かとんでもないことを忘れていた気がします。それはわたしの生死に関わるやも知れない重要なことだった気が。悪寒を感じて何気なく背後を振り返ってみました。

 ……ええ。忘れていたのは一種の現実逃避だったのかもしれません。でも仕方ないじゃないですか。人間は自己を守るためにいらない記憶を削除するのです。現実逃避によってわたしは冷静に現状把握が出来たのですから、忘却法も捨てたものではありません。忘れたっていいじゃない。人間だもの。

 しかし、それは迂闊にも背後を振り返ってしまったせいで、圧倒的現実となってわたしたちに押し寄せてくるのでした。

 

「うわあああああああ!」

「きゃー」

「わー」

「ひー」

 

 妖精さん三匹をお供に、わたしは一目散で逃げます。その背後から迫るのは、人型の原型を留めていながらも、腐ってしまっている方々。まだわたしの悪友の方がましです。あれは害を撒いてはいませんでしたから。

 まあつまり、ゾンビですよ。ゾンビ。

 

 

(・ワ・)

 

 

 インドアだったはずのわたしは何時からこんなに走れるようになったのか。まず間違いなく数々のトラブルのせい。でも今はありがたい事です。こうやって逃げてるだけの体力があるのですから。

 

「とは言え、いずれ限界が来るのも事実……」

 

 そこかしこにはわたしたちでは再現できないほど高度な文明による建造物が立ち並んでます。あれがコンクリートと言うやつでしょう。中に立て篭もればしばらくは安心でしょうが、その中にもゾンビが居た場合は袋の鼠です。美味しくいただかれちゃいます。

 

「ねずみっておいしいの?」「さあ?」「たべたことないからのー」

 

 肩やら髪やらに引っ付いて、先ほどの悲鳴はどこへやらの妖精さん。どうやら楽観視しているようですが、わたしが捕まったらあなたたちも道連れですからね?

 しかし、分かってはいるのです。この非常識の塊に頼み込めば、今の状況を脱することが出来ると言うことは。でも相手だって非常識です。ゾンビです。妖精さんがゾンビとぶつかった場合何が起こるのか。考えるだけで面倒事の予感……

 なのでわたしはぎりぎりまで逃げることにしました。妖精さんが一人でもいれば死ぬことはないですし。

 

「しかし、此処にはもう生存者はいないのでしょうか?」

 

 周囲の建物は窓が壊れたり壁が崩れたりと、広範囲で争った形跡が見受けられます。きっと元々は真っ当な人間が住んでいた、と、思いたい。切実に。まさかゾンビさんが住人なんてことはないですよね?

 などと推測を重ねている内に、何だか無駄に広い広間へ出ちゃいました。周囲のゾンビさんには目を瞑るとして、地面は先ほどとは違う土。近辺には球技に使うものであろうネットやボール。そして目の前にある、これまでとは比べ物にならないほど大きな建物。

 この形は、もしや。

 

「学舎ですか?」

「がくしゃー」「でもこのじだいでは」「がっこー」

「ああ、学校と言うのでしたっけ」

 

 学校、学校ですか。学舎だったりABCの3人だったり、旅先を除いてあまり良い思い出はありませんね。あったのは面倒と厄介と疲労と腐れ縁でした。ああ! やっぱりあの女は腐ってる!

 

「こっちも腐った人ばかり……」

『そこの人! 校舎まで走れ!』

 

 周囲をゾンビさんに囲まれた中で、建物に入るべきか外へ出るべきか悩んでいると、建物の側から声が聞こえてきました。どでかい音量です。おじいさんの持ってた大砲の音のようです。これはもしや拡声器?

 とりあえず、道を示してくれたことには感謝しましょう。

 

「きゃー!」

「ぴゃー!」

「ひゃー!」

 

 おかげで妖精さんは丸まってしまいましたが。

 咄嗟に一つを掴んで確保。ほかの二つはころころ転がって、ゾンビさんたちの目を引いてくれています。彼らの犠牲を無駄にはしません。

 

「逃げます」

 

 人間っていうのは現金なもので、妖精さんが働かなくなって命の危険が迫った途端、わたしの体はフルパワーでひた走ります。しかも今回はゴールが定まっているので全力です。そこらのゾンビさんじゃ相手にもなりません。

 息せき切って校舎の中へ。二階への階段には机のバリケード。

 

「入れないじゃないですか!」

 

 これは行き止まりに誘ってゾンビに襲わせる罠だったのか……

 と思ったら、階段の奥から二人の女の子がやってきました。一人はシャベルを持ってます。何故にシャベル?

 

「待ってろ! 今どかすから!」

 

 そう言って二人はバリケードの上段部分を取り外してます。元々上の方は緩かったのか、すぐに撤去されました。

 

「掴まって!」

 

 シャベルを持った女の子がバリケードの上から手を差し伸べてくれます。なんてありがたいんでしょう。学舎の生徒やクソガキ様……もとい、ABCの三人とは大違いです。もちろんありがたく手を取らせてもらいました。

 

「よいしょお!」

「うわあ!?」

 

 バリケードの向こうへぶん投げられました。前言撤回。結構酷い。

 しかし女の子二人は大慌てでバリケードを直しています。その向こうからはゾンビさんの群れがぞろぞろとやってきます。どうやら切羽詰っていた状況みたいなので、許すとしましょう。

 女の子二人はバリケードがちゃんと機能していることを確認すると、ほっと胸を撫で下ろしてわたしに声をかけてきました。

 

「あの、大丈夫ですか? 噛まれたり、負傷したりとかは……」

「あ、はい。大丈夫です」

 

 この子はシャベルを持ってない方の子です。礼儀を持って接する子は好きですよ。

 

「本当に大丈夫か? 噛まれてるんなら本当のこと言えよ?」

「大丈夫ですってば」

 

 こっちはシャベル持ってる方。結構がさつで腕白そうです。

 それにしても、ゾンビに噛まれてるかどうかをやたらと心配してくる辺り、噛まれるとゾンビさんになっちゃったりするんでしょうか。それならあれだけゾンビさんが居た理由も説明出来ますし。だとしたら本当にまずい状況だったのかも。

 

「取り合えず、助けていただきありがとうございます」

「いえ。こちらとしても、外の状況を知ることが出来るのはありがたいですから」

「生存者が他にいるってのは安心できることだからな」

 

 一先ずお礼を言うと、気にすることはないと笑う二人。この様子を見るに、生存者はほとんどいないようですね。

 その後は流れで自己紹介。しかしプライバシーの観点から今回も名前を伏せさせて頂きます。

 

「わたしは……まあ、好きなように呼んで下さいな」

「好きなようにって、どう言う事?」

「訳あって本名を名乗れないのです。そちらも偽ってもらって結構ですよ」

「はあ……なら先生と呼ばせて頂きます。そちらの方が都合が良いですし」

 

 と言う訳で、とりあえずは先生と呼んでもらうことになりました。簡単に受け入れて貰えたのはありがたいですが、都合が良いとはどう言うことでしょうかね?

 

「じゃああたしは、シャベルちゃんとでも呼んでくれたまえ!」

「じゃあシャベルで」

「えー、そこはちゃんまで言うべきだろー?」

「良くてもさんまでです」

「ちぇー」

 

 頬を膨らませる女の子、もといシャベルを窘めてから、今度はシャベルじゃない方の子が挨拶。

 

「じゃあ、そうですね。私は部長さんでお願いします」

「部長さん?」

「ええ。こんな時でも、いや、だからこそ活動している部があるんです」

 

 部活動と言えば確か、昔の学校生活にあった生徒活動だった筈。話には聞いたことはありますが、一体何の部活をしているのでしょうか? こんな状況でも活動できる部……生物部とか、生活部? もしくはシャベル部? お喋りをする部なら、のばら会がそんなんだった気がしますが。

 と考えていると、階段の上の方から足音がします。そして間もなく、また女の子二人が下りてきました。

 

「先輩! 一体何が……え?」

「くるみちゃん。りーさん。校内放送なんかしてどうしたの?」

 

 きゃープライバシーがー!

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 本名を交換することになりました。シャベルと名乗った少女はくるみさん。部長と名乗った方はゆうりさんと言うそうです。こうなっては隠すのも憚られるので、わたしも本名をぶっちゃけておきました。ただ、一応これからも先生と呼んでくれるみたいです。ありがたい。

 

「あれー? どうしたの?」

「なんと言うか、ゆき。お前は本当に……まあいいか」

「くるみ先輩。その人は?」

「ああ、この人は今日来た新任の先生だ」

「えっ」

 

 物申す前にゆうりさんに引っ張られてしまいました。その間にもくるみ(この子は呼び捨てで丁度良い)による盛大な誤解ががが。

 

「何するんですか。早く誤解を解かなければまた面倒事です」

「……先生。お願いがあるんです。どうか話を合わせて下さいませんか?」

「……と言いますと?」

 

 どうにも真剣に話すものですから、わたしまで真剣に聞いてしまいました。

 

「ゆきちゃんは―――あの黒い帽子を被ってる子ですが―――あの子は、この災害が起きてしまって、親しい人を失ってしまったんです。それで、その、何と言うか……現実を認識できなくなってしまって……」

「……なるほど」

 

 身も蓋もなく言えば、精神を病んでしまったと言うわけですか。確かに、こんな地獄絵図を見続けた挙句に親しい者までなくしたら、そりゃあ心だって壊れる人は壊れるかもしれません。わたしは、まあ、非常識なんてものはもはや日常の域まで達し始めてますからね。決してわたしが薄情なのではありません。

 

「ゆきちゃんの中では、学校はまだ日常的な状態にあるらしくて、その、他の先生とか生徒とかが見えてるようで……」

「つまり、わたしもその幻覚症状に付き合えってことですね」

 

 申し訳なさそうにゆうりさんは頭を下げます。まあ、他人に話を合わせるのは吝かではありませんが。ゆきと言う子の巻き毛のような雰囲気はそのせいですか。ふーむ。すごく距離を取りたい。

 ちらりと向こうの方を見てみると、くるみが二人に事情を説明しているようです。時折、ゆきと呼ばれた子が虚空に向かって話しかけています。どうやら本当のご様子。

 わたしの後ろに目を向けてるのもそのせいでしょう。 わたしの後ろには誰もいません。

 ここで断っても追い出されはしないでしょうが、関係悪化は必然。かと言って外へ出る選択は論外。初めから選択肢なんてものは一つです。いつだってそうです。もう慣れました。

 

「分かりました。ゆきと言う子の前では新任の先生として振舞えば良いんでしょう?」

「はい。ありがとうございます」

 

 ほっとした表情で再度頭を下げるゆうりさん。素直に礼を言えるなんて。生きてたらおじいさんに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいです。

 と言うことで、わたしとゆうりさんは設定を整えてからくるみと二人の前へ出てきます。

 

「初めまして。今日からこの学校に勤めることになった先生です」

 

 無難な挨拶だと思います。

 

「初めまして。私はみきと言います……詳しい話は、あとでお願いします」

 

 みきさんは大人しめな子です。最後の言葉はわたしにだけ聞こえるように言ってきました。

 

「初めまして! わたしはゆきって言います! よろしくお願いします!」

 

 一番の問題児ことゆきさんは、元気のよい子供のような子です。苦手なタイプ。

 それにしても、ゆきさんのその目は至って正常に見えます。認識が違うだけで、感性は普通のように感じますが。あとちょっと子供っぽい。幼児退行をされているようですね。過度のストレスか恐怖による自己防衛の一種でしょうか。

 と観察していると、その観察対象はわたしの背後へ目を向けて、聞いたわたしが正常か異常かを決める第一声を放ちます。どうかまともな子でありますように。

 

「ところで、えと、先生達の教科はなに……なんですか?」

「……ん?」

 

 ちょっとまって。

 

「あ、ご、ごめんなさい! わたし敬語って使い慣れてなくって……」

「そんなことはいいんです。なんなら呼び捨てにして馴れ馴れしく接したところでわたしは一向に構いません。昔からそう言う期待はしてませんから」

「ほんと? やったあ!」

「そこではなく」

 

 そう。そこではありません。両側でゆうりさんとみきさんとくるみが慌てていますが知ったこっちゃありません。例え幻覚であったとしても、どのみち話を合わせるためには把握する必要がありますから。

 だから一応、確かめなくては。

 

「その、先生達、と言うと、わたしの他に……?」

「え? えっと、めぐねえでしょ?」

 

 あなたが見ている幻覚ですね。

 

「先生でしょ?」

 

 目の前にいるわたしですね。

 

「あと、おじいちゃん先生!」

 

 ……さーて。

 

 

(・ワ・)

 

 

 状況を整理しましょう(二回目)。

 妖精さんは人間さんじゃない人間さんがいる、と言っていました。それにより、恐らくこの時代の人類は助手さんのような人類だと仮定したので、助手さんと話す時のように認識を”広げ”ていました。

 しかしそこまで広範囲に”広げ”てはいません。それではおじいさんの存在など確認出来るわけもなく、おじいさんが憑いてきてる(誤字に非ず)なんて考えてもいませんでした。

 

「……? どうしたの?」

 

 目の前にいる、錯乱、幻覚症状、幼児退行の疑いがある少女。そんな子の言うことなんてものは、普段のわたしなら”はいはい(笑)”なんて思いながら軽くあしらっておりました。

 けれども。その錯乱、幻覚症状、幼児退行の三拍子は人伝に聞いたものであり、わたし自身の目では何も確認していないのです。人から聞いたことだけで憶測を並べるのは愚考だと、わたしは身に染みて実感してきたではないですか。

 確かに彼女の言動は、他人から見ると不可解かつ奇妙でおかしなものに映るかもしれません。さながら狂っているようにも見えるでしょう。事実わたしもそのように思っていましたからね。

 しかし。彼女の目に映るものが、ただの精神的異常患者の妄想などではなく。

 本当に”そこ”にあるのだとしたら……?

 

「ちなみにそのおじいちゃん先生と言うのは、白衣を着た白髪のお爺さんのことですよね?」

「え? うん。そうだよ?」

 

 はい確定。

 

「先生?」

「どうかしたのか?」

「えーっと……?」

 

 蚊帳の外である3人がおろおろしていますが、今はそれに構ってる暇はありません。

 取り合えず、もっと視野を広げ、耳を傾けてみましょう。なに、こんな非常事態の中ですから、わたしが”魔法”を使っても誰も咎めはしませんよ。きっと。

 

「―――ふむ。ようやく気がついたか」

「―――え?」

 

 はい、いました。少しだけ意識を向けるだけで、見えなかった人々が出てきましたよ。

 一人はお馴染みおじいさん。月で別れて以来、久しぶりに姿を見ました。感動の再会? ないない。少しばかりの感傷はありますが、どうせのうのうと旅してるとは分かっていましたから。まさかこんな所で会えるとは思いませんでしたけれど。

 そして、認識したもう一人は。

 

「なるほど。あなたがめぐねえ、めぐみさんですか」

「え? うぇ?」

「どーも。詳しい話は先生同士の会合で行いましょう」

「あ、はい?」

 

 ……ゆうりさんとみきさん、くるみの三人が唖然としています。これでわたしも危ない人の仲間入りなのでしょうか? まあ仕方ありませんよね。見えない人にとっては見える人も危ない人も同じですから。

 見えてる人&危ない人ことゆきさんは、幻覚と認識範囲拡大による現実の拡張が半々なのでしょう。やっぱりおかしな人はちょっとばかり変な世界にいるのでしょうか。

 

「……あ、あの」

「ああ、ゆうりさん。決してわたしが変になったわけではありませんから安心して下さい」

「はあ。でも……」

「先生。おじいちゃん先生と言うのは、つまり……?」

「何がどうなってんだ?」

「分かってます。混乱するのは当然です。なので説明はまた後で」

 

 ゆきさんの前で話すのはまずいでしょう。

 

「お前はいつも問題を先延ばしにするな」

 

 おじいさんは黙ってて下さい。

 

「あれ? おじいさんってことは、先生たちって家族なの?」

 

 それについても後で説明します。

 

「あの、どうして私が……?」

 

 めぐみさんも後で説明するって言ったでしょ。

 

「ええ分かった分かりました。皆さん積もる話も聞きたい疑問も山ほどあることでしょう。それらは全て教室へ移動してから話すことになりました。はい、解散!」

 

 とにもかくにも今は場を整えることが大事です。わたしはパンパンと手を叩き、疑問符づくめ(おじいさん除く)の皆さんを強制的に黙らせました。今なら面倒事を押し付けてきたおじいさんの気持ちが分かります。許すかどうかは別として。

 生徒四人は仕方ないとばかりに、教室へ案内してくれます。その横ではめぐみさんがおろおろしながら追従しています。そしてそれに付き従うわたしとおじいさん。

 

(とんでもない状況になっちゃったなあ……)

 

 外には動く死体ことゾンビさんがいっぱい。生存者はわたし含めて五人。しかも一人は精神的に病んでいて使い物にならない。生活状態もライフラインも不明。稀に見る大ピンチ。

 ですが、まあ、なるようになるでしょう。いつだってそんなものです。わたしばかりに厄介が来て、わたしばかりが動き回り、わたしばかりが損をして、そして小さな思い出を得る。そんな風に出来てるんです。なら今回だってそうなるってもんです。

 しかもここにはおじいさんがいて、そして、最終手段だって持ち合わせているのですから。

 

「……はへぇ?」

 

 白衣のポケットの中、ようやく目覚めたらしい小さな存在を確かめながら、わたしは此度もおきらくごきらくに事象解決に取り掛かるのでした。

 

 人類は本日も、絶賛衰退中……?


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