『警告、警告。基地内に怪獣出現。繰り返す。基地内に――』
その時、セキュリティの音声と共に、大きな地鳴りが響いてきた。
「この気配は……!」
「ソル、貴女も気づきましたか」
私は巨大化を中断し、人間態に姿を戻した。そしてモニターを操作して基地の外の様子を映し出した。
現れたのは、巨大化したヒッポリト星人であった。セイヴァーミラージュの近くに立ち、地上部隊と戦闘を始めている。
「なるほど、“星間連合”も動き出しましたか」
奴らの介入は想定済みだった。
タイミングとしては、奴らがソルの死を確信してからになると考えていたが、対応できないこともない。
私は近くの操作盤に手を伸ばし、ある場所に通信を飛ばした。
「現在地は?」
『はっ!こちら管制部。セイヴァーミラージュと、ヒッポリト星人を視認しました』
「よろしい。攻撃を開始してください。ヒッポリト星人を亡き者に」
『GIG!』
私はモニターに視線を移した。
「まさか……フェニックスネストか!」
零洸の言う通り。GUYSを掌握し、最優先でここに来させた兵器……GUYSの保有する巨大戦力。
「私は、手駒となる怪獣や宇宙人を持ち合わせていません。ですから人間の戦力を利用させてもらいますよ」
フェニックスネストから雨のように発射される砲撃が、ヒッポリト星人に襲いかかった。
10年前、幾多の戦いで活躍をした機動要塞だ。ヒッポリト星人ほどの宇宙人ですら倒すことも可能だろう。
それに時間さえ稼げば、全世界のGUYS戦力を集中させ、“星間連合”に対抗できるはずだ。
もう少し……もう少しで私が地球を手にする時が――
『フッフッフ……なかなか良い作戦だな』
突如ルーム内の巨大モニターに、信じがたい映像が流れ始めた。
『やぁ、メフィラス』
「……ババルウ星人」
モニターに映し出されたババルウ星人は、ブロンドの長髪をかき上げながら、さも楽しげに嗤っていた。
『君がGUYSをこれほど早く掌握するとは思わなかったよ。しかしお前が引き起こした侵略作戦のおかげで、GUYSの防衛線が一時的に緩くなり、大分動きやすくなった』
奴の姿の代わりに、宇宙空間の映像に切り替わる。
『これは、我が同胞ボーグ星人が率いる連合艦隊。既に地球への大規模侵略作戦を決行している』
巨大な宇宙戦艦が無数に、地球に船頭を向けていた。
GUYSスペーシーの戦力と思われる戦闘機や宇宙船がそれに対抗し、艦隊の大気圏内への侵入は防がれていた。だが時間の問題だ。
『お前は我々に対抗するためにGUYSを利用しようとしたようだが、我々の戦力はそれを優に超える』
再びババルウ星人に映像が切り替わった。
『惜しかったな、メフィラスよ』
「随分な自信ですね。しかし人間の戦力を甘く見過ぎです。お仲間はもう終わりですよ」
巨大な爆発音が、ルーム内にもこだました。
すぐ近くの大きな“マイナスエネルギー”が、消え去った気配も同時に感じる。
『ヒッポリト……人間の戦力ごときに敗れるか』
ババルウ星人は若干驚いた様子を見せたが、すぐに自信たっぷりの、癪に障る表情に居直った。
奴の余裕は、一体どこから来るのだろうか。“星間連合”の戦力があれ程大規模だったとはいえ、奴が容易に戦力を動かせる根拠が分からない。
いくら強力な宇宙人が仲間に揃い、巨大戦力を保有していても、我々侵略者にとって最大の障壁たる“光の戦士ソル”を放っておいたままでは、こんな大それたことは出来ない。
私がソルを倒せる可能性だって、彼ら連合にとっては高く見積もることはできないはず。だとすれば――
「まだ、奥の手を残していますね」
『よく分かったな。何故我々がソルの存在を無視して動けたか……それはな、我々には大いなる味方がいるからだ!』
その言葉とともに、再び基地の外で巨大な爆音が轟いた。
『こちらフェニックスネスト!! ヒッポリト星人撃退後、どこからか攻撃を受けて……あれは超獣です! 何体もの超獣が、本艦に集中砲火を――』
再びの爆発音と共に、通信が切れた。
超獣、だと……まさか奴の言った“味方”とは―――
『さて、テンペラー。メフィラス星人とソルを捕まえるのだ!』
ババルウ星人の言葉に呼応し、黒いオーラがブリーフィングルーム内に現れた。
「ふはははは!! ソルよ、今こそ私にひれ伏すがよい!」
テンペラー星人と、その仲間と思われるマグマ星人が姿を現す。
「次から次へと……!」
私はテンペラーたちに光線を放とうと構えた。
「待てレオルトン!!」
零洸が叫んだ瞬間、天井に亀裂が走り、爆発するようにコンクリートが砕け散った。
瓦礫が頭上に降り注ぎ、私はそれの下敷きとなる。私はすぐに瓦礫の山から抜け出しながら、破壊された天井を見上げた。
そこには、基地の外壁に大穴を開けた巨大怪獣――超獣バキシムの目があった。
「隙だらけだぞ、メフィラス星人!」
銀色の鎖が、いつの間にか私の両手両足を拘束していた。
「マグマ星人……!」
「ババルウ様の命だ。お前もソルも捕まえるだけにしてやる」
「はぁっ!」
部屋の倒壊から逃れていた零洸が、マグマ星人の虚をつく。マグマ星人はうめき声と共に跳ね飛ばされた。
しかし今度は、側面の壁からとてつもない衝撃がやって来た。バキシムの手が壁を破って突っ込んできて、零洸の小さな身体に襲いかかったのだ。
「ぐあぁっ!」
傷だらけになった零洸の身体に、マグマ星人の鎖が巻き付き、それをテンペラー星人が掴み取る。
「ちぃっ! つまらぬわ!」
意識を失った零洸は、だらりと項垂れたままテンペラー星人に首を掴まれる。もはや抵抗の余地は無かった。
『フフフ……メフィラス星人。お前の知恵も謀略も、結局は大いなる力の前では無力なのだよ!』
壊れかけのモニターから、ババルウ星人の声が聞こえてきた。
『次お前に会う時、その顔が絶望に染まっていること……楽しみにしているぞ』
ババルウ星人が、自分の後ろを見せるように画面から消える。
私はふと、頭上に空いた大穴から空を見上げた。
青かったはずの空は鈍色に濁り、巨大な割れ目から幾体もの超獣が降下していく。
「……失敗、したのか」
どんな窮地に立とうと、どんな傷を負おうと、私は常に思考を止めなかった。わずかの可能性に活路を見出し、生き抜いてきた。
この圧倒的不利な状況でも、それは変わらない。私はあらゆる手段と可能性を頭の中で試行した。
だがしかし、この時ばかりは悟ってしまった。
私は、地球侵略に、失敗したのだ。
―――第36話に続く