留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第35話「その日常を切り裂いて」その2

 

 市街地の人間たちは、既にパニックに襲われて我を無くしていた。

 そこかしこで言い争い、時には暴力沙汰が引き起こされ、秩序は完全に崩壊していた。

 都市システムも壊滅しており、バスやタクシー、一般車ですら多重事故を起こし、何かに衝突した車からは黒煙が上がっている。

 計画通り。人間たちは私の術中にはまっていた。隣に居合わせた他者に敵意をむき出しにし、自らの欲求にのみ従って行動している。

 人間たちは“心”を失ったのだ。

 故障した車から降りてきた男性が、たまたま見つけた私に声をかける。

 

「なんなんだよ! 俺はこの後取引先とのアポイントがあるんだ。これじゃ間に合わないだろ!!」

 

 私は彼に近づき、にこやかに話しかけた。

 

「それもこれも、貴方の周りを走っていた車、そしてその辺を歩いている歩行者のせいですね」

「そうだよな!! くそっ! どうすりゃいいんだよ……」

「簡単ですよ。彼らに責任を追求しなさい。全て彼らが悪いんです」

 

 男性は周りの人間たちに、敵意むき出しの視線を飛ばした。

 

「そうだ……あいつらが全部悪いんだ!」

「あんな人間、私なら全て消し去ることができますよ」

「本気で言ってんのか?」

「私に、地球をくれると言うのなら」

「いいよ、別に! 地球でもなんでもくれてやる。それより車をよこせ!」

「……お前ごときに言われても、意味はありません」

 

 私は男の頭に手を触れ、気絶させた。

 つまらない問答だ。

 早馴からはどうやっても引き出せなかった言葉――おそらくここにいる人間どもは平気で口にするだろう。それがどんなに愚かしいことか、何も気づかずに。

 

「人間たちよ、聞きなさい」

 

 私の声に、周辺の人間たちが一斉にこちらを向いた。

 

「これは宇宙人の襲撃です」

「宇宙人!?」

「おいおい……GUYSは何してるんだ!」

 

 彼らの動揺が、手に取るように分かる。

 

「彼らは何の役にも立ちません。しかし私には、この惨状を打開することができます」

 

 人間たちは何かを期待するような目をしながら、徐々に私の周りに集まってきた。

 

「GUYSは既に崩壊しました。これからは新しい“誰か”がこの地球を守らなくてはならない」

「誰かって、誰なの!?」

 

 怪我をした子供を抱えた女性が、涙を流しながら私に近寄ってくる。子供は頭から血を流しているが、大事ではない。

 私は小型の治癒装置を使って、子供の怪我を治してやった。

 

「あ、ありがとうございます!」

「すげぇ、アンタ何者だ!?」

 

 私を囲むようにして、人間たちは私の言葉を待っていた。その人数はざっと20人を超えようとしていた

 信じるべき、愛すべきものを失った人間は、操るに容易い。

 

「私は、新たに人間を救う者」

「もしかして、ウルトラ――」

「いいえ、違います。光の戦士はもはや戦えない。彼らに代わり、私が地球を守ります」

「ソルは、もういないの……?」

 

 先ほど怪我を治してやった子供が、今にも泣きそうな顔で私に尋ねた。

 

「そう。ソルはもう居ません。でも大丈夫」

 

 子供の頭を撫でる。無垢な目が、私を刺すように見つめてくる。何かをすがるように、求めるように。

 

「私に地球をくれるなら、守って差し上げます。怖いもの全てから」

 

 子供の表情が、明るくなる。弱々しくも温かい笑顔がそこにあった。

 彼だけではない。周り立っていた大人たちも、まるで光明を見出したかのような、希望に溢れた表情を見せている。

 彼らは見つけたのだ。信ずべき、いや“依存”すべき対象を。

 

「レオルトンさん!!」

 

 その時私の名を呼んだのは、杏城だった。

 

「レオルトンさん?」

 

 私は無言のままその場を離れ、近づいてきた杏城のもとへ歩いた。

 

「ニルくん、探したんだよ?」

 

 後から早坂と樫尾、そして零洸が追い付いてきた。

 

「……早馴さんはどうしました?」

「やはりキミも知らなかったか……」

 

 険しい表情の零洸がそう言った。

 自らの正体が露呈するのを構わずに電車を止めた彼女。しかし何事もなかったかのように振る舞っている。

 それを目にしたはずの樫尾も同様だった。

 

「実は、電車での騒動の直後から姿が見えないのです」

 

 杏城によると、彼女ら4人は電車での騒ぎの後合流したが、どうしても早馴を見つけることはできなかったようだ。

 

「何か心配事があり、どこかに向かったのでしょう。それより――」

「おい、それよりって、何だ」

 

 急に樫尾が、私の肩を強く掴んだ。

 

「……痛いですよ」

「愛美が心配じゃねェのか!?」

 

 突然怒り出した樫尾を、早坂と零洸が止めようとする。しかし樫尾は私に対して、今まで見せたことが無かった形相で睨んでくる。

 

「ちょっと、その人に乱暴しないで!」

 

 先ほどの母親が、樫尾の腕を掴んだ。

 

「そうだ! その人に何する気だ!」

 

 私を信じ切った人間たちが、次々に樫尾に掴みかかる。

 

「お、おい――」

 

 1人の男が、戸惑う樫尾の頬を殴りつけた。

 

「何しやがる!!」

 

 樫尾もそれに応戦する。樫尾は男を一発で突き倒した。

 

「大丈夫ですか?」

 

 私は、倒れた男に手を差し伸べる。

 

「待て、落ち着け――」

 

 零洸が進み出て、樫尾を止めようとしたその時、私は叫んだ。

 

「――人間たち! 彼女こそ、この街を陥れた宇宙人です!! 共に戦い、この街を、人々を救いましょう!!」

 

 その言葉を皮切りに、人間たちが一斉に零洸に襲いかかった。

 

「なっ!」

 

 虚を突かれた零洸は、大人数の人間たちに押し倒される。

 その隙に私は、ガルナ星人から奪っていた拘束具を使って零洸の動きを封じた。

 

「止めてください!」

 

 早坂と樫尾が援護に入ろうとするが、複数の大人たちに阻まれている。その間に私は、零洸の持ち物を探るように、人間たちに命じた。

 

「この女、変な物を持っていました!」

 

 1人の男が、零洸の上着のポケットからペン状の道具を見つけ出した。

 

「それは彼女の武器です。渡して下さい」

 

 男からそれを受け取る。

 

「クリティムアを……!」

 

 零洸が凄まじい怒気を込めて、私を見る。

 

「ようやく、奪うことができました」

「レオルトン、お前……!」

「常に警戒を怠らない貴女の自由を奪うには、人間を利用するしかないと考えていたのですよ。私の勝ちです、零洸さん――いやソル」

「レオルトン、てめェ!」

 

 私の後ろで人間たちに押し倒され、身動きの取れない樫尾が叫ぶ。同様に捕まっている早坂と杏城は、驚きに満ちた顔をしていた。

 

「レオルトンさん! どうしてしまったのですか!? 様子がおかしいです!」

 

 私は振り返らなかった。

 

「皆さん。彼らは全て、平和を乱す敵です。そちらで見張っていてください」

 

 人間たちに3人を引き離してもらい、私は拘束された零洸と2人きりになった。

 

「レオルトン、人間たちに何をした!」

「……あれを見てください」

 

 私はスマートフォンを操作した。

 私と零洸の視線の先、上空に私の“円盤”が現れる。

 

「あそこから、人間たちの精神を乱す波長を流しています。彼らの“心”を壊しました」

「心を壊す、だと?」

「ええ。私はずっと、人間の“心”こそ、我々侵略者を打ち破る要因だったと考えていました。ではどうやって“心”を壊すか。答えはシンプルです。彼らの“愛情”を奪ったのです。とはいえ、本当に心からの愛を奪うことは難しい。だからせめて隣人に対する思いやりや気遣い、信用……つまり“上辺の愛情”を消してしまうことにしました。するとどうでしょう、人間は自分のことばかり考え、自分にとって都合の良いものだけを盲信し、都合の悪いものは否定する」

 

 都合よく目の前に現れた“まがい物”の救世主は信じるに容易く、

 都合よく目の前に現れない“本物”の救世主のことは信じるに値しない。

 

「これが、人間です。所詮同じ生き物ではない我々宇宙人など、人間にとって心の底から愛すべき対象にはなり得ません。彼らにとって“光の戦士”は、上辺でしか信用できないのですよ」

 

 零洸の目が、大きく見開かれた。

 

「さようなら、ソル」

 

 私は手駒になった人間を呼びつけ、零洸と樫尾達の監視を命じた。

 

「お前は、最初からこうするつもりで地球にやって来たのか! こうするつもりで私たちに近づき、騙していたのか!」

 

 何も答えず、私はその場を後にした。

 

「答えろ、レオルトン!!」

 

 零洸の叫びは、もはや私には聞こえないも同然だった。

 

 

―――その2に続く


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