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まさにそれは、血祭りであった。
「もうお終い?」
百夜の全身は血まみれだった。左腕は肘から先が千切れて無くなり、止めどなく血が流れている。顔も半分以上が赤い血に染まっていた。
しかし彼女の右手だけは、緑色の液体にまみれていた。
「ぐおぉ……私が、こんな小娘にぃ!!」
テンペラー星人の青い肉体は、百夜以上の損傷を得ていた。両手両足は切断され、胴体だけが無残に地面に倒れていた。切断面からは緑色の粘液――つまりテンペラー星人の血液がどくどくと流れていた。その緑色の血液は、辺りの床や壁にも大量に飛び散っていた。一見すると、それは緑のペンキをぶちまけたかのようだった。
「さぁて。後は息の根を止めるだけかしらね♪」
楽しげな歩調でテンペラー星人に迫る百夜。しかし彼女を阻むように、ヒッポリトカプセルが現れる。
「お前が現れたせいで計画が台無しだぞ、ソールクラッシャー」
「首突っ込む気? ヒッポリト」
百夜はふらりと体の向きを変え、零洸と睨み合っていたヒッポリト星人の方を向いた。
「ヒッポリト! 俺に加勢しろ! この女を叩き潰す!」
テンペラー星人が叫ぶが、ヒッポリト星人はやれやれと両手を広げた。
「無理だ無理だ。この状況でその女には勝てる気がせんよ。お前を助けに行ったら、ソルに背後を襲われてしまう」
ヒッポリト星人と未来の周りには、無数のヒッポリトカプセルの残骸が散乱していた。それでもソルには、まだ戦闘を継続できるくらいの体力は残されている。
「これはもう終わったな」
「待て、貴様何処へ行く気だ、ヒッポリト!」
「帰らせてもらうんだよ。お前と心中なんて御免だからな」
「この裏切り者ぉぉぉ!!!」
「じゃあな」
ヒッポリト星人は黒いオーラに包まれ、姿を消した。
「さてと、お仲間に見捨てられた哀れなお馬鹿さん。私の質問に答えた後に、死んでちょうだい♪」
百夜の手がテンペラー星人に近づく。
「待て、百夜」
未来が二人の間に割って入る。先ほどまで彼女を襲っていた痺れは、今では回復していた。
「奴は捕まえる」
「何言ってるのよ。もたもたしてたら、こいつ再生するわよ」
「大丈夫だ」
零洸の左手が発行し、そこから紐状の光がテンペラーの肉体に向かっていく。
「な、何をする!!」
「光の拘束具。私のエネルギー以外では破れない。今のお前の体力では力づくというわけにもいかないだろう」
「ふーん。ま、未来ちゃんがそう言うなら、良いけど」
百夜は右手で左腕の切断面に触れた。すると瞬時のうちに腕が再生してしまった。
「愛美を探さなければならない。私は行く」
零洸は覚束ない足取りで、ニルと愛美が向かった先へ進んだ。
「じゃあ、私はやることやろうかしら」
去って行く未来を見送りながら、百夜は捕らわれのテンペラー星人の腹を踏みつけた。
「アンタ“星間連合”のメンバーだったわよね? じゃあ知ってるんじゃない? 私を地球に差し向けたヤツのこと」
「ふっ、それを聞いてどうするのだ?」
「ちょっと昔の仕返しを――」
その時百夜、そして歩き出していた未来も、迫り来る気配に気付いた。
「誰だ!!」
「ほう、鋭いな。私の気配に気付くとは」
未来の声と共に、彼女と百夜たちの間に黒いオーラの渦が現れる。その中からは、あのババルウ星人が姿を見せた。
「貴様……ババルウ星人!」
「ソル、あの時はエースと一緒だったな。そっちのお前は“彼”と一緒に居た……たしかソールクラッシャーとか」
ババルウ星人は百夜の方を向いたが、すぐにテンペラー星人に目線を移した。
「困っているようだな」
「黙れ!」
「まぁいい。お前は十分に役目を果たしてくれた。共に帰ろう」
ババルウ星人の右手から、黒いエネルギー光が放たれる。それは光の拘束具に直撃し、テンペラー星人の拘束が解かれた。
「なかなか硬かったが、破れぬものでもないな」
「ババルウ! 2人に何をした!」
「そう早とちりするなよ、ソル。ニル=レオルトンも早馴愛美も生きている」
ババルウ星人の身体を中心に、円状に衝撃波が放たれる。不意を突かれた未来と百夜は、思いきり吹き飛ばされた。その間にババルウ星人はテンペラー星人の傍に立ち、黒いオーラを発生させた。
「さらばだ。ソル、ソールクラッシャー。また会おう」
2人は姿を消した。それと同時に、零洸は立ち上がって駈け出した。彼女は通路を抜け、ニルと愛美が向かった方へ駆けていった。
(無事でいてくれ……!)
細い通路を抜けてデッキに飛び出した瞬間、彼女はすれ違った。
「レオルトン?」
未来は半ば安心し、足を止めた。
「……そちらは終わったんですね」
ニルは無表情のまま、足を止めずに歩き続けた。
「その怪我、大丈夫なのか?」
「ええ」
彼は振り返らない。
「待て! 愛美は……愛美はどうした!?」
未来がニルの肩を掴もうとするが、彼はするりと避けて通路の奥へ向かった。
彼女は一瞬彼の背を追おうとしたが、すぐに考え直してニルの来た方向へ向かった。未来がデッキの先端まで辿り着くと、そこに愛美は居た。見たところ怪我はなく、手すりに手をついて立ったまま、船の行く先を見つめているようだった。
「愛美!」
「……」
愛美は何も応えなかった。
「愛美。怪我はないか?」
「……」
「愛美。キミに話すことが――」
「全部、正直に話してくれるの?」
彼女はようやく振り返った。
その表情は、深く、激しい“怒り”に染まっていた。
「未来がついていた、嘘のこと」
「嘘……か」
2人の間に沈黙が降りた。愛美の顔には何の表情もなく、それは先ほどのニルと同じような面持ちだった。
「おかしいと思ってたんだよ、私たち、やたらと宇宙人に狙われてたよね。それに未来は何かと授業抜けるし、GUYSの一員だった。だから知ってたんだよね」
愛美は微笑んだ。
「ニル=レオルトンが、宇宙人だってこと」
未来は目を見開いた。
その“宇宙人”という言葉。
愛美にとっての“宇宙人”という言葉。
未来は知っていた。その言葉の意味、その言葉に込められた感情を。
そして彼女は知っていたからこそ――
「言えなかったんだ。本当に……済まない」
「……そっか」
愛美は背を向けた。
「未来には一度話したよね。私が小さい頃、この国で体験したこと」
「ああ」
「だったらどうして黙ってたの!?」
愛美は泣いていた。
「どうして言ってくれなかったの? ずっと知ってたんでしょ?」
「しかし彼は――」
「良いやつだった!!!」
愛美の絶叫が、未来に言葉を許さなかった。
「だから、だから……余計に辛いの」
愛美は再び振り返り、未来を押しのけて走り出した。
未来は、追わなかった。いや、追えなかった。
―――第35話に続く
次回より、ついに最終章に突入します!
愛美に正体を知られてしまったニルは、果たしてどのような行動に出るのか?
ソルと愛美の間に、いったい何が起きていたのか?
星間連合との激戦の行方は?
そして、その背後で暗躍する”真の敵”の正体とは?
これまで長い間読んで下さった皆さまにご満足頂けるフィナーレを迎えられると自負しています。どうか最後までこの物語を楽しんで下さい!