留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第34話「明かされる真実」その3

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「……ふぅ」

 

 未来は、2人の姿が見えなくなるとため息をついた。

 

「茶番は終わりか?」

「よく待っていたな」

「奴を追いかけるよりも、お前をいたぶる方が楽しそうだからな。ソルよ」

 

 テンペラー星人は高らかに笑った。

 未来は、思うように動かない身体で戦う最善策を思案した。

 このまま戦えば、勝てる見込みは少ない。

 生徒たちを巻き込まないためにも、一度離脱して奴をおびき寄せるか?

 しかし奴を自由にすればするほど、生徒たちが危険に晒されてしまう。

 

(今までで、一番の窮地かもしれないな)

 

「なーに、諦めかけちゃってるのよ」

 

 人を嘲笑うかのような声。

 

「それじゃ、張り合いがないってものでしょう?」

 

 その声は、未来の後ろに続いている通路の奥から聞こえてきた。

 未来は、テンペラー星人を前にしても、その声に振り返らざるを得なかった。

 

「お前……!」

 

 零洸の背後には“彼女”が立っていた。ワインの瓶を片手に持つ姿は、今にも激突しようとしている零洸たちの鬼気迫る様子とは対照的であった。

 

「お久しぶり、未来ちゃん」

「百夜……過去!!」

 

 彼女は瓶に口をつけ、中身を飲み干してから未来に近づいた。未来やニルとの戦闘の傷は完全に癒えており、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「ふははは。また会うとはな、ソールクラッシャー。いや、今は裏切り者と呼ぶべきか?」

「ごちゃごちゃうるさい」

 

 百夜はテンペラー星人に目を向けることすらせず、空瓶を近くに放り投げて未来の両肩に手を置いた。

 

「座ってて?」

 

 百夜は未来を無理やり座らせた。

 

「ちょっと待っててね、あいつ殺してくるから」

「ま、待て百夜。お前、何故ここに……」

「何故って、未来ちゃんに会いに来たに決まってるじゃない?」

 

 百夜は前かがみになり、未来の唇にキスをした。百夜の舌が口内にするりと入って来たところでようやく、未来は百夜を突き放した。

 

「な、何をする!」

 

 未来は再び立ち上がった。彼女は手の甲で唇を隠しながら、顔を赤らめていた。

 

「それに、アイツに聞きたいこともあるのよね」

 

 百夜はテンペラー星人に向かって歩みを始めた。

 

「まずはお前から血祭りに上げてやる、ソールクラッシャー!」

 

 二者の激闘が始まった。

 その間に、未来はニルと愛美を追おうと考えていた。しかし、彼らが走り去った通路に、黒いオーラが立ち込めているのを目にした。

 

「ふっふっふ……行かせると思ったか?」

 

 そのオーラの中から、ヒッポリト星人が姿を表した。

 

「逃がさんぞ、ソル」

「く……」

「安心しろ。お前を殺すつもりは無い。今は、な」

(こいつがここにいるということは…“奴”もどこかに!)

 

 未来は、痺れる身体を軋らせながら、構えを取った。

 

「お前を倒す」

「できるかなぁ? フフフフ!」

(早く行かなければ……彼らが危ない!)

 

 未来は追いたい気持ちを抑えながら、ヒッポリト星人に相対した。

 

 

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 私と早馴は、船体の前方に向かっていた。船のデッキ出たところで、彼女は私の腕の中から飛び降りた。

 

「自分で……歩ける」

「……ええ」

 

 いつもの彼女なら、危険を顧みず零洸の所に戻っていただろう。

 しかし先ほどの零洸のただならぬ様子のせいか、彼女は零洸の所に戻ろうとはしなかった。

 それにしても連中はなかなか頭が利くようだ。船は未だに動いており、ハドソン川のほぼ中心を走っていた。これでは外部から船内の異常を感知することはできないだろう。

 

「GUYSが、この船を監視してくれていれば良いのですが……」

 

 彼らの監視網も敵の手に落ちているに違いない。船内にもGUYSの手の者が紛れていただろうが、恐らく奴らによって無力化されている。

 

「やっぱり……外に出ても電話使えない」

 

 早馴が自分の携帯をいじっているが、上手くいかなかったようだ。

 

「何か特別な電波が船内を飛んでいるのでしょう」

「どうするの……?」

「どこかに隠れるしかないですね。」

 

 しかし何故、私と早馴の料理にだけ毒が盛られなかったのだろうか。もしデスフェルのように奴らの狙いが早馴ならば、私も早馴も無力化し、彼女を連れて行ったはずだ。

 その時、私の脳裏に嫌な予感が走った。いや、予感ではない。

 全てが繋がった。

 

「誘われたのか……!」

「え?」

「君たち、無事だったのか!」

 

 聞いたことのある声が、背後から届いた。

 

「り、理事長さん……?」

 

 早馴は一瞬、安堵の表情を浮かべて振り返った。しかしその目は、突然恐ろしい者を見る目になった。

 

「早馴さん、どうしました?」

 

 私の問いに、早馴は首を何度も横に振った。

 

「何故怖がるんだ、早馴くん。私が分からないか?」

 

 戸惑う様子で近づいて来る理事長。しかし早馴は私を引っ張って、彼から遠ざかろうとする。

 

「ニル、この人、理事長じゃない……!」

「ふむ。こんな状況だと、人間の本能は馬鹿にできんな。私の変装に違和感を覚えるとは」

 

 理事長は一瞬、黒いオーラに包まれ、その中から宇宙人の姿が現れた。

 金色の髪、禍々しい仮面、漆黒のマント。奴は威厳を持って、堂々と歩みを進めていた。奴が、暗黒星雲の支配者――ババルウ星人か。

 

「さて、この状況を打破する算段があるかね……ニル=レオルトン」

「早馴さん。全力で走ってください!」

「う、うん!」

 

 早馴は咄嗟に駈け出した。しかし、私の目の前にいたはずのババルウ星人が姿を消した。

 

「きゃぁっ!」

「君は逃げてはならんよ」

 

 ババルウ星人は、早馴の両手を後ろ手に掴み、右腕の刃を彼女の首元に近づけた。

 

「ニル!」

「フハハハハ! ニル=レオルトン。彼女を助けたいか!?」

 

 ババルウは勝ち誇ったように笑いながら、私に尋ねる。

 

「愚問ですね。彼女を離しなさい」

「ならば、無理にでも奪い返すと良い! 私を殺してな」

「こ、殺すって……そんなことできるわけ――」

 

 早馴の視線が、私に注がれた。

 その瞬間に、私は渾身の力で地面を蹴った。

 

「おっと」

 

 ババルウは早馴を放置し、私から距離を取った。

 

「に、ニル! 何でそんな危ないこと――」

「危なくないのだよ」

 

 ババルウはさも楽しげににやけながら言った。

 

「彼にとっては、宇宙人に立ち向かうことなど、普通のことなのだよ。この意味が分かるか? 早馴愛美」

「どういう……こと?」

 

 恐れを帯びた視線が、早馴から私に注がれた。

 その目――私には覚えがある。随分前、彼女を襲おうとした男子学生を追い払おうとした時だ。

 

「早馴さん。ごめんなさい」

 

 私は、ババルウの方に向き直った。

 

「お前を殺す」

「フハハハハ!! やって見せろ!」

 

 私は駈け出した。

 変装に用いているエネルギーを一部解放することで、通常よりも強力な光線を放ち、ババルウをけん制する。

 

「ニル……嘘、でしょ?」

 

 背後から、早馴の震える声が聞こえてくる。

 解けかけている変装から、メフィラス星人の真の姿が早馴の目に焼き付いていることだろう。

 彼女は、どんな表情を浮かべているのだろうか。

 いや、それは考えるに値しない。

 きっと恐怖に染まっているだけだ。

 

「フハハハハ! 醜い姿だな……メフィラス星人よ!」

 

 ババルウが、左腕から何かを射出してきた。

 私は右手にエネルギーを集中させ、向かってきた射出物を弾いた。

 同時に、左手からの光線で、ババルウの足元を崩す。

 その瞬間、私は一気にババルウの懐に飛び込んだ。

 

「死ね――」

「違う。終わりなのは貴様だ! メフィラス!」

 

 私の拳は、ババルウの顔面には届かなかった。

 私の背中に、先ほど弾いた射出物――アンカーが深々と刺さっている。ババルウの左腕から、細い紐のようなものが伸びていて、それは私の背中のアンカーに繋がっているようだった。

 私は、ババルウの足元に倒れた。

 

「ふぅ、終わってしまったか。さて、後は君だ」

 

 ババルウは、私の背中からアンカーを引き抜き、離れていく。

 同時に、奴の左腕から光子ブレードが放たれているのが見える。私との戦いでは見せていなかった……つまり奴は本気ではなかったのだ。

 

「こ、来ないで!!」

 

 後ろで早馴が叫ぶ。

 

「来ないで!!!」

 

 助けたい。

 

「いや……!」

 

 彼女を助けたい。

 

「さらばだ、小娘よ」

「いやぁっ!」

 

 助けたい!

 

「愛美さん!!」

 

 私は、早馴とババルウの間に立ちはだかった。持てる全力で、一瞬で移動し、私は早馴を庇うようにして立ったのだ。

 ババルウ星人のブレードが、私の胸に突き刺さる。

 

「立派だな、美しい。メフィラス星人よ」

 

 ババルウ星人は、満足げに笑っていた。

 

「たかが人間を庇うその精神には。敬意を表する。反吐が出るほどになァ!!」

 

 彼はナイフを引き抜き、私の血を払った。そして黒いハンカチでその血を拭っていた。

 だが私は、その先のババルウの動作などには目もくれなかった。持てる力を振り絞って、私は振り返った。

 早馴には怪我はない。

 しかし、まるで時が止まったかのように、微動だにせず私を見つめていた――その眼に、今まで見たことも無いような“恐怖”の色を浮かべて。

 

「どうした、メフィラス星人。私の次の一手を見定めなくて良いのか?」

 

 私は、再びババルウ星人に向き直った。

 

「私の正体を……彼女に知らせることが、目的でしたか」

「ああ。理事長に扮し、お前たちをここに乗せた。そして邪魔者を全て沈黙させ、お前とその小娘を元気なままにしておいたのだ。昨晩はデスフェルの裏切りで作戦を見送ったがな……」

「私から、居場所を奪うためか……」

「フフフフ、その通りだ。お前は沙流学園という小さな箱庭で、安穏として地球侵略の策を考えていたようだが……そんなこと、同じ“侵略者”として見過ごすわけが無かろう?」

 

 ババルウは身をひるがえした。

 

「目的は達成した」

 

 彼は、再び黒いオーラに包まれる。

 

「メフィラスよ。平穏な居場所を失ったお前が次にどうするのか……楽しみでならんよ」

 

 彼はオーラと共に、姿を消した。

 

「次にどうするか、か」

 

 私は胸と背中の痛みをこらえながら後ろを向き、早馴の方に一歩を踏み出し――

 

「……来ないでっ!!!」

 

 その叫び声は、あの夜の早馴を思い出させた。

 

「……早馴、さん?」

「……ニル。人間じゃ、なかったんだ……」

 

 あの夜、零洸の正体がソルだったと知った時と同じ。

 完全な拒絶と“憎しみ”の感情に支配された表情。

 

「宇宙人だったんだ……!」

 

 分かっていた。あの夜早馴の記憶を“能力”によって消した時、もう次は無いと分かっていたはずだ。

 理解できていたのに、何故私はこれほど、あの夜のことを後悔しているのだろうか。

 

「どうして……どうしてニルが、宇宙人なの……」

 

 そうか。私はどこかで誤解していたのだ。

 早馴ならば、私が何もしなくとも、私を受け入れるはずだと。

 それが、早馴愛美という人間なのではないかと。

 

「そうだ……全部嘘なんでしょ? あの宇宙人が言ったことなんて。……ニルは宇宙人なんかじゃない、人間なんだ――」

「人間なんかじゃありませんよ、私は」

 

 私は、容赦なく真実を告げた。

 

「私は悪質宇宙人と呼ばれるメフィラス星人。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 人間の“心”の強さを学ぶため、これまで多くの人間や宇宙人と関わってきた。

 杏城と草津。長瀬や早坂、樫尾。

 愛すべき者のため、己が信念のため、どんな不条理や逆境からも逃げない姿を目にしてきた。

 それこそが人間の強さであり、人間の“心”なのではないか。

 そしてその”心”は、宇宙人にすら向けられるのではないか。

 しかし誰しも、そう在ることはできないのだ。

 

「早馴さん。貴女はまさに、私にとって最も“人間らしい”人間です」

 

 ひときわ強い風が吹きすさいだ。

 早馴が何か言った気もしたが、私の耳には何も伝わってはこなかった。

 

 

―――その4に続く


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