留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第33話「欲望の果て」(その4)

「ふふふ……もっと苦しめるつもりだったけれど、死んでしまったかしら?」

 

 消えかかる意識の中、紫苑の声が私の耳に届いた。

 

「あら、まだ生きて――」

 

 そこで紫苑の言葉が途切れる。

 そしてぼやけた視界が徐々に明確になっていく。そこでようやく気付いた。私はゆっくりと、紫苑に向かって歩を進めていたのだ。

 

「近寄るなっ!!」

 

 紫苑が再び鉄扇を振るった。

 何かがこちらに飛んでくる。

 かすかな熱さを感じる。

 

「そうか……痛覚が死んでいるのか」

 

 私は止まらない。温いとも言える熱さを若干感じながら、紫苑の目の前までたどり着いた。

 そして彼女の表情を見た瞬間――私の感覚は、一気に研ぎ澄まされた。

 

「そうだ。私は、お前を殺さなければならない」

 

 私の右手は、恐怖に染まる紫苑の首元に伸びる。

 

「い、いやっ!」

 

 苦し紛れに突き出された鉄扇の端を掴む。

 何と脆いことか、簡単に握り砕ける。

 凄まじい力が私の中を駆け巡っているようだった。私は更に手を伸ばし、彼女の首を掴む。そしてそのまま投げ飛ばし、廃材の積まれた山の中に彼女をぶち込んだ。

 

「何……何なの?!」

 

 紫苑は右手を挙げ、再び火球を放つ。

 私はそれらを、今度は全て避けた。まるで火球はスローモーションで私に迫ってくるようだった。私から距離を取ろうとする紫苑の動きすら、私には緩慢な動作にしか見えない。

 

「捕えた」

 

 私の手は、すぐに彼女の右手を掴んだ。

 

「やめ――」

 

 彼女の言葉を切るように、私の膝蹴りが彼女の右肘を砕く。紫苑の右腕は肘から分断され、私の手には切れた右手があった。

 

「あぁぁぁぁ!!!!」

 

 紫苑の悲鳴を聞きながら、私は右手をその辺に投げ捨てた。

 

「今なら……戦闘狂たちの気持ちが、分かる気がします。これが――」

 

 ――快感だった。

 紫苑の腕を破壊したあの感覚――

 

「もっとだ!!」

 

 私は快楽の虜となっていた。

 もっと壊したい。もっと壊したい。

 もっと壊したい。もっと壊したい。

 

「これが戦いというものか!!!!」

 

 気づけば、目の前に紫苑はいなかった。ただ、私の足の下に彼女の頭があった。私は彼女の頭を踏みつけているのだ。

 

「……」

 

 もはや紫苑の口からは、音の一つも発せられていない。全身のアーマーは、私の殴打によってぼろぼろに砕けていた。

 それを確認した時、私の体の内側から、何かが溢れてくるような感覚にとらわれた。それは何かが破裂するような――とにかく私は尋常ではない痛みを覚えたのだ。

 

「ぐあぁっ!!!!」

 

 同時に、気が狂いそうになるくらいの欲求――足元に転がる紫苑を八つ裂きにしたいという欲求――が頭を超えて全身に駆け巡った。

 

「メフィラス……ゴーデス細胞を……自ら打った、わね……?」

 

 足元の紫苑が言葉を紡ぐ。それによって私の理性が一気に目を覚ました。

 

「そう……よく、分かりましたね」

「見れば、分かるわ……」

 

 私は自分の左腕を見た。破けた服から垣間見える肌は、醜く変色していた。

 

「しかし……知ったことではない!!」

 

 私は紫苑の首を掴み、彼女を持ち上げた。

 傷だらけの彼女の顔は、何とも美しく思えた。

 

「この細胞は……非常に面白い。我々が理解できなかった“感情”というものを爆発させる。私は今、感情に従ってお前を殺そうとしている。狂おしいほどの痛みすら、その欲求の前には霞んでしまいそうだ」

「可哀そうね……醜い殺意の奴隷よ……今のアナタは――くぅ……あぁっ」

 

 苦悶に満ちた紫苑の顔を見ていると、得も言われぬ悦びが内側から湧き上がってくるようだった。

 こいつの全てを奪ってやりたい――そんな欲求がとめどなく溢れてくるのだ。

 

「あの鍵も、お前の命も、全部私に寄越せ」

「そん……なこと!!」

 

 紫苑は狂ったように目を見開いた。

 同時に、彼女の周りの空間が穴を空け、数発の火球が私に襲いかかった。

 衝撃で、思わず腕の力が抜ける。その隙に紫苑は私の手から逃げおおせ、背を向けながらよろよろ離れて行こうとする。

 

「鍵は私の物よ。地球も、何もかも……全部私の、もの――」

 

 彼女はそれだけ言って、倒れた。

 私は数秒、その姿を目にした後に近づこうとした。

 しかしその前に、雪宮が立ちふさがった。さすが不死身の宇宙人だけあって、燃やされたぐらいでは死なないのか。

 

「もう、やめて」

「そこをどけて下さい」

「どかない」

 

 彼女は、私が使った物とは別の注射器を、私に向けた。

 

「やめろぉぉ!!!」

 

 私は雪宮を蹴ろうとしたが、そこに彼女はいなかった。

 気づくと、そこに倒れていたはずの紫苑すら消えている。

 

「レオルトン。もう十分」

「邪魔をするな」

「レオルトン」

「邪魔をするなぁぁ!!!!!!」

 

 私は雪宮に向かって飛びかかった。

 私と雪宮の間に、巨大な氷塊が現れる。私はそれを拳で砕いたが、その隙に彼女が私の懐に潜り込んでいた。

 

「目を覚ませ」

 

 注射器の針が、私の胸に突き刺さっていた。

 私の意識は、そこで途切れた。

 

 

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「何故私を……助けたの…?」

 

 ニルの身体を、愛美の眠る寝台に寝せていた雪宮の背中に向かって、紫苑が言った。

 

「分からない」

「変わったコね」

「レム。裏切ってしまって……ごめんなさい」

「今更? もうどうでもいいわ」

 

 紫苑は立ち上がった。失われた片腕からの出血は止まっていたが、彼女はふらふらとおぼつかない足取りで歩き始めた。

 

「待ってレム。行く前に“鍵”を渡して」

「何を言っているの?」

 

 紫苑は振り向きざまに高らかに笑った。

 

「私はこれを使って、この地球を手に入れるわ」

「させない」

「私はね、望むものは全て手に入れないと気が済まないの。全てを自分のものにしたいのよ!」

「地球は、人間たちのもの」

「ねぇグロルーラ。アナタおかしくなっちゃったの? 故郷の無い私たちが、自らの故郷を手に入れるために一緒にやってきたんじゃない。同じ苦しみを共有していたはずじゃない」

「その苦しみを知っているから、止めたいの。彼らから故郷を奪わないで」

「もういいわ。アナタにはがっかり」

 

 心のどこかで、デスフェル――紫苑レムは信じ込んでいた。

 グロルーラ――雪宮悠氷は決して裏切ることなどしない。彼女は自分によって救われたと、紫苑は信じていたのだ。

 ただ強者と戦うことだけを生きる糧とし、宇宙を彷徨っていた不死の戦士。彼女に新たな生きる目的を与えたのは自分――そう紫苑は思っていたのだ。

 だからこそ、視界の中にいたはずの雪宮が姿を消した刹那、紫苑レムは次に起こり得る事を微塵も予見できなかったのだ。

 

「……まさか、ね」

 

 自分の胸から突き出た氷の刃を見た瞬間、彼女は漠然と自らの“死”を理解し始めた。

 

「は、ははは……まさか、本当にするとは、ね」

 

 振り向いた紫苑の視線の先――彼女の背後に立つ雪宮は、絞り出すように言葉を紡いだ。

 

「……止めると、言った」

「この世の全ては、私の、もの……地球も、この力も――」

 

 紫苑レムは、ゆっくりと倒れていった。

 いや、雪宮にはそう見えただけだった。紫苑の膝が折れ、上半身が地面につくまでの1秒にも満たない時間が、雪宮には途方にもなく長い時間に思われていたのだ。

 

「紫苑レム」

 

 雪宮が、その名を呼んだ。

 

「さようなら」

 

 次の瞬間、紫苑の身体から炎が上がった。

 炎は紫苑の肉体を焼き焦がし、ついには黒い灰と銀色の鎧、そして“鍵”だけがそこに残った。

 デスフェルは、自らの業火に焼かれて死んだのである。

 残された雪宮は、静かにその鍵を拾い上げる。

 彼女は、そのちっぽけな石版を握りしめ、ニルと早馴のもとに向かった。

 雪宮はふらふらとした足取りだった。思わず手から落としてしまった鍵が、早馴の手に触れた。

 鍵は何の光も放たなかった。

 

「っ!」

 

 突如雪宮は、自分の背後に気配を感じて振り返った。

 

「どうやら……粛清の手間は省けたようだな」

 

 彼女は全く気付いていなかった。いつの間にか黒い影が、気絶しているニルと愛美の傍に立っていたことに。

 

「状況は察したようだな、グロルーラ」

「誰」

「それは言えんよ。しかし、大体の察しはつくはずだ」

 

 雪宮は、その人物が持つ、強大な闇の力を感じ取った。そして察した。今の消耗した自分では、奴には勝てないと。

 

「さすが、歴戦の戦士は引き際をも心得ている」

 

 黒いローブを羽織ったその人物は、雪宮に向かって手を差し出した。

 

「“鍵”を渡してくれないか?」

「……」

「安心しろ。私は誠実であると自認している。お前が言う通りにしてくれれば、この2人には手を出さずに帰るとしよう」

「……分かった」

 

 雪宮は、鍵を拾い上げ、ローブの人物に向かって投げた。

 

「ありがとう。賢い者と話すのは楽でいい」

 

 ローブの人物はニルと愛美から離れ、工場の出入り口へ向かっていった。

 

「さらばグロルーラ。いつか会えることを楽しみにしているぞ」

 

 彼はそう言って、闇の中に消えていった。

 

 

―――第34話に続く


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