「くくく…しかし良いタイミングで現れてくれたな、グロルーラ」
NYのGRAND HOTELのロビーにて、黒いレインコートの男はにやりと口を歪め、無表情の雪宮に歩み寄った。彼女は眉一つ動かさない。
「知っているぞ。お前がデスフェルの命令で沙流学園とやらに潜入していたのは」
「そう」
「ならば知っているだろう。写真の少年の居場所を」
雪宮は何も答えず、一歩踏み出した。
「言わねば殺す!!!!」
男が凄まじい速さで雪宮に近づき、鋭いパンチを繰り出した。
「遅い」
しかし雪宮はそれをかわし、刀を両手で構えた。
「逆胴」
その瞬間、男の腹部に横一文字の斬撃が叩き込まれた。男はその勢いで吹き飛ばされ、壁にめり込んだ。
「貴様ぁ!! 何を……何をするか!」
男は素早く雪宮と距離をとり、絶叫した。
「意外と固い」
雪宮の刀は、ぼろぼろに刃こぼれしていた。雪宮はそれを砕いて捨てる。
「この俺に向かって……不遜な態度を取りおってぇぇぇ!!!!!!」
男が黒いオーラに包まれる。
「この場で処刑してくれるわ!」
オーラの中から、青い肉体が現れ出る。
「我は、テンペラー星人だ!!!」
極悪宇宙人の姿が、黄色い照明の下に晒された。
雪宮は瞬間移動で、咄嗟に動いた。
彼女が元々いた地点の後方の壁が、巨大な爆発を起こした。
「逃げ足だけは大したものだ!」
しかし雪宮が次に立つ位置を知っていたかのように、テンペラーは移動を終えた雪宮の背後に立っていた。
「死ねェ!!!」
テンペラーの左腕が凄まじい速さで振るわれる。その手は空を切ったが、雪宮の頬には一筋の傷が走っていた。
「運の良い奴――何だとぉ!?」
テンペラーは突然声を上げた。彼はまるで、誰かと会話しているかのようにぶつぶつと何かを呟いていた。
「くそ……“連合の意思”ならば仕方がない。貴様、今は見逃してやろう!」
テンペラー星人はマントを翻し、目の前に現れた黒いオーラの中に消えて行った。
「せいぜい楽しんでおけ!! くはははは!!!」
テンペラー星人の醜悪な声が鳴り響き、その後は静寂が訪れた。
しかし静寂はすぐに破られ、パトカーのサイレン音がホテルを取り囲んだ。
「……行かなきゃ」
雪宮は自ら頬の傷を凍らせ、走り出した。
「ゆ、雪宮先輩……貴方、まさか宇宙人なのですか?」
雪宮が振り向いた先には、意識も絶え絶えの草津が倒れていた。しかし雪宮はそれを無視してホテルの裏口へ歩を進めた。
「待ってくれ! 何故あなたがここにいるんだ!」
「……言えない」
雪宮は振り返らないまま、ホテルから去って行った。
「草津!!」
ホテルの外へ去って行った雪宮と入れ替わるように、今度は未来が草津の目の前に走ってやって来た。
「未来か……?」
「誰にやられたんだ?!」
「て、テンペラー星人とか名乗って……うぅ……」
未来はぼろぼろの草津を抱きかかえた。
「未来……他のみんなは全員無事か?」
「部屋に籠っているはずだから、きっと大丈夫だ」
「なら、いい……。それより、まずいことになった」
草津は身体の痛みに、顔をしかめながら言葉を続けた。
「狙われている……レオルトンが狙われているんだ!」
草津は、真っ二つになったニルの写真を未来に渡した。
「奴らの狙いは……レオルトンだったのか」
「奴ら?」
「いや、それは―――」
未来が言葉に詰まった瞬間、武装した警察が一気に駆け込んできた。同時に救助隊もやって来て、草津をタンカーに載せながら応急処置をしていた。未来は草津が救急車に運び込まれるまで見守り、学園生が宿泊している階に向かおうとした。
「未来さん!!」
「逢夜乃か!」
逢夜乃が駆け寄ってきて、未来を思い切り抱きしめた。しかしすぐに未来の身体を放して、
「大変ですの!! 愛美さんが誰かにさらわれたって!」
と叫んだ。
「ど、どういうことだ……」
未来は度重なる出来事に若干狼狽しつつも、逢夜乃の話を最後まで聞き、思案した。
(テンペラーの仲間なのか? しかし愛美を人質に取って誘い出したなら、ここで暴れる意味は……)
「とにかく、私は彼らを探す。警察には話さなくていい」
「でも、お一人では危ないですわ!」
「大丈夫だ。仲間を呼ぶ」
「仲間?」
「逢夜乃。君だって今日会ったはずだ」
未来はかすかに笑い、逢夜乃に背を向けて走った。
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「私の仲間になりなさい。ニル=レオルトン」
紫苑レム――デスレ系星雲人デスフェルの声は、はっきりと私の耳に届いた。
「それは、どういう意味ですか」
「文字通りの意味よ」
私は何も言わず、彼女が持つ“鍵”に視線を向けた。
「これはね、8年前にこの地球を滅ぼしかけた……いわば兵器よ」
「8年前……まさか“ガイアインパクト”は人為的に引き起こされたとでも?」
「そう。それは8年前のこと……不幸な不幸なある娘がいました。彼女はある時、この“鍵”を手に入れ、こんな世界は滅びてしまえと願ったのです」
紫苑はまるで絵本を読み聞かせるように、わざとらしい口調で語り出す。
「地球を守護する3大怪獣――空のシラリー、海のコダラー、そして地のイーリアは、それほど娘を悲しませた人間たちに天罰を与えるため、深い眠りから目覚めました。沢山の人間が死にましたが、彼らは再び眠りにつきました。しかしこれだけの経験をしたというのに、人間何も反省していません。相変わらず彼らは沢山の不幸を生み出します。そ、こ、で……」
彼女の妖艶な笑みが、眠ったままの早馴に向けられる。
「私がもう一度、彼らと一緒に天罰を下して、地球をもっと素晴らしい星に変えようと考えました」
紫苑は鍵を握りしめ、目を閉じた。
彼女の手の中にある鍵が、かすかに光を放った。しかし間もなくその光は消えてしまった。
「でも残念。私では“鍵”を使って3大怪獣を解き放つことはできません。けれどもう1人、こんな世界はいらないと思っている少女がいたのです!」
紫苑は、隣で眠り続ける早馴の手を取り、そこに鍵を握らせた。すると、鍵は先ほどよりも大きな光を放った。まるで比べものにはならない。
「あなたがやろうとしていることは分かりました。じゃあ何故、私を仲間にしようとするのですか」
彼女は早馴の手の中から鍵を取り戻した。光は再び消える。
「この鍵を発動させることが出来るのは、心を持つ者だけ。心に強い感情を持つことが出来る者に限られるの」
紫苑は一瞬早馴に向けて視線を落とし、
「強い“憎しみ”を持つことが、この鍵の発動条件なのよ」
と言った。
「憎しみ……」
私は早馴を見て、以前の出来事を思い出した。
「私やあなたには土台無理な話だとは思わない? 感情を行動の動機としない我々には、憎しみなんて言葉は縁遠いものでしょう?」
「彼女の心の憎しみを引き出すため、私に手伝えと?」
「ご名答」
私は一度、彼女の精神に介入し、彼女の人間に対する“信頼”を挫こうとした。
紫苑はそれを知っているとしか考えられない。
「貴方をけしかけたのは、百夜過去でしょう? 彼女だって“こちら側”だったのよ。その際の報告を聞いて、アナタは使えると判断したわ。早馴愛美の内に秘められた憎しみを強め、解き放つことが出来るはずよ。アナタならね」
紫苑は再び早馴の手に鍵を握らせた。
「見て。この鍵は無意識下の感情にも敏感に反応するわ。意識の無い状態でこれほどの光を起こすことが出来るなんて、きっとこの子の心には強大な憎しみが潜んでいるのよ」
紫苑はうっとりした表情で光を見つめた。
「美しいでしょう? 憎しみって感情は醜いと言われるけれど、こんなにも綺麗な光を放つことも出来るのよ」
私は、彼女の憎しみの正体を容易に暴けるだろう。
そして、その憎しみを増幅させることなど造作もない。
「私が貴女に協力した時の見返りは?」
「見返り?そんなものはないわ。強いて言うのなら、彼女の命かしら」
紫苑は早馴の頭を優しく撫でた。
「アナタがこの娘にご執心なのは知っているわ」
早馴は、人質でもあり、紫苑にとっては重要な存在でもある。
ここで私が、早馴の命を顧みないような行動に出れば、紫苑にとっては予想外かもしれない。
しかし、私は動かなかった。
「いい子ね。私が思った通りよ」
紫苑は勝ち誇ったように笑った。
「もう一度言うわよ。私の仲間になりなさい。ニル=レオルトン」
私は目を閉じて言った。
「お断りします」
「馬鹿ね」
突如、私の真上に空間の穴が現れ、巨大な火球が襲ってくる。私はかろうじて避けたが、熱気で服がぼろぼろになってしまった。
「戦闘能力は五分といったところだろうけど、人質を持つ私が圧倒的に優位よ。次動けば、彼女も焼けるわ」
早馴の近くにも、先ほどの穴が開く。
「彼女を殺せば、その優位は無意味になります」
「その時はその時、よ」
彼女からは、絶対的な自信が感じられた。
「その自信が、命とりです」
私は両目を閉じた。
――その時、強烈な光の爆発が私の眼前で起こった。
―――その3へ続く