留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第33話「欲望の果て」(その2)

 

「くくく…しかし良いタイミングで現れてくれたな、グロルーラ」

 

 NYのGRAND HOTELのロビーにて、黒いレインコートの男はにやりと口を歪め、無表情の雪宮に歩み寄った。彼女は眉一つ動かさない。

 

「知っているぞ。お前がデスフェルの命令で沙流学園とやらに潜入していたのは」

「そう」

「ならば知っているだろう。写真の少年の居場所を」

 

 雪宮は何も答えず、一歩踏み出した。

 

「言わねば殺す!!!!」

 

 男が凄まじい速さで雪宮に近づき、鋭いパンチを繰り出した。

 

「遅い」

 

 しかし雪宮はそれをかわし、刀を両手で構えた。

 

「逆胴」

 

 その瞬間、男の腹部に横一文字の斬撃が叩き込まれた。男はその勢いで吹き飛ばされ、壁にめり込んだ。

 

「貴様ぁ!! 何を……何をするか!」

 

 男は素早く雪宮と距離をとり、絶叫した。

 

「意外と固い」

 

 雪宮の刀は、ぼろぼろに刃こぼれしていた。雪宮はそれを砕いて捨てる。

 

「この俺に向かって……不遜な態度を取りおってぇぇぇ!!!!!!」

 

 男が黒いオーラに包まれる。

 

「この場で処刑してくれるわ!」

 

 オーラの中から、青い肉体が現れ出る。

 

「我は、テンペラー星人だ!!!」

 

 極悪宇宙人の姿が、黄色い照明の下に晒された。

 雪宮は瞬間移動で、咄嗟に動いた。

 彼女が元々いた地点の後方の壁が、巨大な爆発を起こした。

 

「逃げ足だけは大したものだ!」

 

 しかし雪宮が次に立つ位置を知っていたかのように、テンペラーは移動を終えた雪宮の背後に立っていた。

 

「死ねェ!!!」

 

 テンペラーの左腕が凄まじい速さで振るわれる。その手は空を切ったが、雪宮の頬には一筋の傷が走っていた。

 

「運の良い奴――何だとぉ!?」

 

 テンペラーは突然声を上げた。彼はまるで、誰かと会話しているかのようにぶつぶつと何かを呟いていた。

 

「くそ……“連合の意思”ならば仕方がない。貴様、今は見逃してやろう!」

 

 テンペラー星人はマントを翻し、目の前に現れた黒いオーラの中に消えて行った。

 

「せいぜい楽しんでおけ!! くはははは!!!」

 

 テンペラー星人の醜悪な声が鳴り響き、その後は静寂が訪れた。

 しかし静寂はすぐに破られ、パトカーのサイレン音がホテルを取り囲んだ。

 

「……行かなきゃ」

 

 雪宮は自ら頬の傷を凍らせ、走り出した。

 

「ゆ、雪宮先輩……貴方、まさか宇宙人なのですか?」

 

 雪宮が振り向いた先には、意識も絶え絶えの草津が倒れていた。しかし雪宮はそれを無視してホテルの裏口へ歩を進めた。

 

「待ってくれ! 何故あなたがここにいるんだ!」

「……言えない」

 

 雪宮は振り返らないまま、ホテルから去って行った。

 

「草津!!」

 

 ホテルの外へ去って行った雪宮と入れ替わるように、今度は未来が草津の目の前に走ってやって来た。

 

「未来か……?」

「誰にやられたんだ?!」

「て、テンペラー星人とか名乗って……うぅ……」

 

 未来はぼろぼろの草津を抱きかかえた。

 

「未来……他のみんなは全員無事か?」

「部屋に籠っているはずだから、きっと大丈夫だ」

「なら、いい……。それより、まずいことになった」

 

 草津は身体の痛みに、顔をしかめながら言葉を続けた。

 

「狙われている……レオルトンが狙われているんだ!」

 

 草津は、真っ二つになったニルの写真を未来に渡した。

 

「奴らの狙いは……レオルトンだったのか」

「奴ら?」

「いや、それは―――」

 

 未来が言葉に詰まった瞬間、武装した警察が一気に駆け込んできた。同時に救助隊もやって来て、草津をタンカーに載せながら応急処置をしていた。未来は草津が救急車に運び込まれるまで見守り、学園生が宿泊している階に向かおうとした。

 

「未来さん!!」

「逢夜乃か!」

 

 逢夜乃が駆け寄ってきて、未来を思い切り抱きしめた。しかしすぐに未来の身体を放して、

 

「大変ですの!! 愛美さんが誰かにさらわれたって!」

 

と叫んだ。

 

「ど、どういうことだ……」

 

 未来は度重なる出来事に若干狼狽しつつも、逢夜乃の話を最後まで聞き、思案した。

 

(テンペラーの仲間なのか? しかし愛美を人質に取って誘い出したなら、ここで暴れる意味は……)

「とにかく、私は彼らを探す。警察には話さなくていい」

「でも、お一人では危ないですわ!」

「大丈夫だ。仲間を呼ぶ」

「仲間?」

「逢夜乃。君だって今日会ったはずだ」

 

 未来はかすかに笑い、逢夜乃に背を向けて走った。

 

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「私の仲間になりなさい。ニル=レオルトン」

 

 紫苑レム――デスレ系星雲人デスフェルの声は、はっきりと私の耳に届いた。

 

「それは、どういう意味ですか」

「文字通りの意味よ」

 

 私は何も言わず、彼女が持つ“鍵”に視線を向けた。

 

「これはね、8年前にこの地球を滅ぼしかけた……いわば兵器よ」

「8年前……まさか“ガイアインパクト”は人為的に引き起こされたとでも?」

「そう。それは8年前のこと……不幸な不幸なある娘がいました。彼女はある時、この“鍵”を手に入れ、こんな世界は滅びてしまえと願ったのです」

 

 紫苑はまるで絵本を読み聞かせるように、わざとらしい口調で語り出す。

 

「地球を守護する3大怪獣――空のシラリー、海のコダラー、そして地のイーリアは、それほど娘を悲しませた人間たちに天罰を与えるため、深い眠りから目覚めました。沢山の人間が死にましたが、彼らは再び眠りにつきました。しかしこれだけの経験をしたというのに、人間何も反省していません。相変わらず彼らは沢山の不幸を生み出します。そ、こ、で……」

 

 彼女の妖艶な笑みが、眠ったままの早馴に向けられる。

 

「私がもう一度、彼らと一緒に天罰を下して、地球をもっと素晴らしい星に変えようと考えました」

 

 紫苑は鍵を握りしめ、目を閉じた。

 彼女の手の中にある鍵が、かすかに光を放った。しかし間もなくその光は消えてしまった。

 

「でも残念。私では“鍵”を使って3大怪獣を解き放つことはできません。けれどもう1人、こんな世界はいらないと思っている少女がいたのです!」

 

 紫苑は、隣で眠り続ける早馴の手を取り、そこに鍵を握らせた。すると、鍵は先ほどよりも大きな光を放った。まるで比べものにはならない。

 

「あなたがやろうとしていることは分かりました。じゃあ何故、私を仲間にしようとするのですか」

 

 彼女は早馴の手の中から鍵を取り戻した。光は再び消える。

 

「この鍵を発動させることが出来るのは、心を持つ者だけ。心に強い感情を持つことが出来る者に限られるの」

 

 紫苑は一瞬早馴に向けて視線を落とし、

 

「強い“憎しみ”を持つことが、この鍵の発動条件なのよ」

 

と言った。

 

「憎しみ……」

 

 私は早馴を見て、以前の出来事を思い出した。

 

「私やあなたには土台無理な話だとは思わない? 感情を行動の動機としない我々には、憎しみなんて言葉は縁遠いものでしょう?」

「彼女の心の憎しみを引き出すため、私に手伝えと?」

「ご名答」

 

 私は一度、彼女の精神に介入し、彼女の人間に対する“信頼”を挫こうとした。

 

 紫苑はそれを知っているとしか考えられない。

 

「貴方をけしかけたのは、百夜過去でしょう? 彼女だって“こちら側”だったのよ。その際の報告を聞いて、アナタは使えると判断したわ。早馴愛美の内に秘められた憎しみを強め、解き放つことが出来るはずよ。アナタならね」

 

 紫苑は再び早馴の手に鍵を握らせた。

 

「見て。この鍵は無意識下の感情にも敏感に反応するわ。意識の無い状態でこれほどの光を起こすことが出来るなんて、きっとこの子の心には強大な憎しみが潜んでいるのよ」

 

 紫苑はうっとりした表情で光を見つめた。

 

「美しいでしょう? 憎しみって感情は醜いと言われるけれど、こんなにも綺麗な光を放つことも出来るのよ」

 

 私は、彼女の憎しみの正体を容易に暴けるだろう。

 そして、その憎しみを増幅させることなど造作もない。

 

「私が貴女に協力した時の見返りは?」

「見返り?そんなものはないわ。強いて言うのなら、彼女の命かしら」

 

 紫苑は早馴の頭を優しく撫でた。

 

「アナタがこの娘にご執心なのは知っているわ」

 

 早馴は、人質でもあり、紫苑にとっては重要な存在でもある。

 ここで私が、早馴の命を顧みないような行動に出れば、紫苑にとっては予想外かもしれない。

 しかし、私は動かなかった。

 

「いい子ね。私が思った通りよ」

 

 紫苑は勝ち誇ったように笑った。

 

「もう一度言うわよ。私の仲間になりなさい。ニル=レオルトン」

 

 私は目を閉じて言った。

 

「お断りします」

「馬鹿ね」

 

 突如、私の真上に空間の穴が現れ、巨大な火球が襲ってくる。私はかろうじて避けたが、熱気で服がぼろぼろになってしまった。

 

「戦闘能力は五分といったところだろうけど、人質を持つ私が圧倒的に優位よ。次動けば、彼女も焼けるわ」

 

 早馴の近くにも、先ほどの穴が開く。

 

「彼女を殺せば、その優位は無意味になります」

「その時はその時、よ」

 

 彼女からは、絶対的な自信が感じられた。

 

「その自信が、命とりです」

 

 私は両目を閉じた。

 ――その時、強烈な光の爆発が私の眼前で起こった。

 

 

―――その3へ続く


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