留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第32話「交差する策謀」(その4)

 

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 その頃、NYのホテルのロビーに、一人の男が現れた。

 彼は黒いレインコートに身を包み、フードを深々とかぶっていた。この怪しいなりの男を目にするなり、ホテルのスタッフたちは息をのんだ。

 男はきょろきょろとロビー内を見回しながら歩いていた。

 

「失礼。どなたかをお探しですかな?」

 

 黒いスーツの初老の男性が、レインコートの男に声をかける。彼はホテルの支配人である。彼は3人の屈強な男を背後に立たせていた。

 

「この少年を探している」

 

 男は、一枚の写真を支配人に差し出した。

 

「……残念ですが、当館のお客様にこのような方はいらっしゃいません」

 

 支配人は、一瞬で男の正体を見抜いた――この男は、悪人である。

 伊達にNYの巨大高級ホテルの長を務めているわけではない、という矜持と自信が彼に確信を持たせていた。

 

「お引き取り下さい」

 

 支配人の背後の男たちの目つきが変わった。

 まるで獲物を前にする肉食動物のような猛々しさを、その瞳の奥に秘めていた。

 

「お引き取りを」

 

 支配人がもう一度口を開く。

 レインコートの男は動かない。

 

「……もう一度言いますぞ。お引き―――」

「貴様に用はない」

 

 支配人の身体が何らかの衝撃を受けた。彼の身体は一瞬宙に浮き、地面に叩き落とされた。

 

「やれ!」

 

 支配人が、血を吐きながら叫ぶ。背後に立っていた男たちが一斉に動く。

 レインコートの男を取り囲んだ瞬間、彼らは支配人と同様に吹き飛ばされた。そのうちの一人は上方ではなく真横に飛ばされたため、その身体はロビーの受付の机に突っ込んだ。

 

「きゃぁぁぁ!!!」

 

 一人の女子生徒が叫ぶ。レインコートの男はそれを見るなり、一瞬で彼女の背後に回り込み、その首を掴んだ。

 

「おい。こいつの居場所を教えろ」

「あ、え……」

 

 女子生徒は写真を顔の前に持ってこられたが、声が出せないでいた。

 

「答えろ!!!」

 

 男の怒声がスイッチとなり、ロビー内に大混乱がもたらされた。パニックを起こした人々は一斉に玄関に向かって走り出すが、男はそちらには見向きもしない。

 

「さぁ小娘。もう一度聞くぞ。このガキは何処だぁ!!」

「きさまぁぁあ!!!!」

 

 突然の叫び。

 男の顔面に向かって、何者かの飛び蹴りが炸裂した。不意を突かれた男がよろめいて倒れた隙に、女子生徒が男の手から逃れた。

 

「麗しの女子に手をかけるとは、貴様許せんな」

 

 男に蹴りを入れ、その前に立ちはだかる少年。

 彼の名は草津一兆。

 

「大丈夫か? 走れるか?」

「ごほっごほっ! は、はい……」

 

 男に捕えられていた女子生徒は、草津に言われるままに走って逃げて行った。

 

「貴様ァ……よくも俺の顔に蹴りを見舞ってくれたな」

 

 レインコートの男は、ゆっくりと立ち上がった。

 

「許さんぞ」

「それはこっちのセリフだ。悪党め! 成敗してくれる!」

 

 草津は地面を蹴る。

 

「草ァァ津キック!」

 

 彼は再び飛び蹴りを繰り出した。

 

「ゴミがァ!!」

 

 男は草津の足首を掴んだ。

 

「なんの!」

 

 草津は空中で身体を思い切りひねり、もう片方の足で男の側頭部を蹴った。

 

「効かぬわ!!」

 

 その片方の足も掴まれ、草津は思い切り投げられた。彼の身体はロビーの真ん中に設置されているソファーに突っ込んだ。

 

「ぐふっ……強い……」

「ぬ? 貴様、その写真を返せ」

「こ、これ、か…?」

 

 草津は、投げ飛ばす瞬間に男の手から離れた写真を、無意識のうちに掴んでいた。彼は飛びそうな意識の中で、それを広げた。

 

「ふふ……こいつを、探しているのか」

「知っているのか」

 

 男は草津の首を正面から掴んだ。

 

「うぅ……」

「死にたくなければ教えろ」

 

 男は首を絞める力を強めた。

 

「ぐあぁ……!」

「さぁ言え!」

「はっ……バカめ。誰が言うものか」

「何?」

「親友の居場所を……誰がお前なんかに教えるか!」

 

 草津は足元に落ちていたビニール傘を足で蹴り上げ、それをキャッチした。

 そして、その先端を男の腹に突き刺した。

 

「……愚かな人間めぇぇ!!!」

 

 男は自分の腹に刺さった傘を躊躇なく引き抜き、片手でへし折った。

 

「馬鹿な……」

「もう一度聞いてやる。死にたくなければ、言え!」

 

 草津の首がもう一度締められる。

 

「くっ、くそ……」

 

 草津の意識が遠のく。

 

(死ぬのか……俺は)

 

「だが……言わない!」

「そうか。ならば死――」

 

 その瞬間、草津の首を掴む男の腕に何かがぶつかった。そして肘のところで腕は切断された。

 

「ぐ!」

 

 自由となった草津はそのまま倒れる。男は草津ではなく、その背後に目を向けた。

 

「よくも俺の腕を!」

 

 絶叫する男をよそに、草津は強烈な寒気を感じながら、後ろに振り返った。

 

「彼は、渡さない」

「ゆ、雪宮先輩!!」

 

 そこに立っていたのは雪宮悠氷だった。彼女は氷の刀を片手に、ゆっくりと歩みを進めた。

 

「グロルーラ、貴様裏切る気か!!!」

「最初から、お前の仲間だったつもりは無い」

 

 彼女は、草津の足元に落ちていた写真を拾い上げた。

 

「お前には、殺させない」

 

 彼女は写真を真っ二つに破いた。

 

 

 

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「来たわね。ニル=レオルトン」

 

 切れかかった電灯の明かりと、月の光だけがこの空間に差している。

 わずかな光の中に、紫苑レムが佇んでいた。その傍ら、粗末な寝台に寝かされた早馴の姿があった。

 写真ではほぼ半裸状態だったが、今は私服を着せられている。胸の上下が見えるため、息もしているようだ。

 

「随分急いできたみたいね」

「単刀直入に聞きます。お前は何者ですか」

「自己紹介は、まずは聞く本人から始めなくてはね」

「私は――」

 

 もはや隠す意味は無い。

 この空間に満ちる邪悪で強大なマイナスエネルギー――私の目の前にいる紫苑レムは、人間ではない。

 

「メフィラス星人。名前はニル」

 

 私の正体を知っている以上、生かしてはおけない。

 ――この女は、ここで消す。

 

「ふふ……私はデスレ系星人。名はデスフェルよ」

 

 一瞬、月明かりが消える。雲で隠れたのだ。

 そして再び差し込む月の光は、紫苑レムの真の姿を映した。

 白い骨のような鎧で全身を包み、右手は巨大なかぎ爪になっていた。しかし全体的な身体つきは細く、女性的だった。凶悪さと美しさが絶妙に混ざり合ったその出で立ちは、非常に印象的である。かつて地球を侵略すべくエンペラ星人につき従った四天王の1人――策謀宇宙人デスレムと似ているが、どこか様相が異なっていた。

 

「あまり好きではないの。こっちは」

 

 彼女はすぐに、あの妖艶な人間女性の姿に戻った。

 

「あなたの目の前では、この姿がぴったりだと思うの」

「そうですか。で、私に何の用があってこのような真似を? まさかただの自己紹介のためではないでしょう」

 

 私は、彼女が渡してきた写真を投げ捨てた。

 

「アナタとお話がしたかったのよ。メフィラス星人のアナタとね」

「私もですよ。デスフェル」

 

 私は追想した。

 こいつと初めて会った瞬間から、“侵略者”同士睨み合うこの瞬間までを。

 

「以前グロルーラを差し向けたのも、生徒を洗脳して私を狙わせたのも、お前の仕業ですね」

「ご名答。もしかして、私の正体に気付いていたのかしら?」

「まさか。徹底的に証拠の隠滅がなされていましたからね」

 

 私が地球に来てから侵略行為を行った者の正体は、ほぼ全て見抜いていたが、洗脳事件からはどうしても犯人が割り出せなかった。

 

「お見事でしたよ、実際」

「ありがとう。身体を張って貴方を助けたところなんて、なかなか迫真の演技じゃない?」

「それに、最初から私の正体に気付いていましたね?」

「ふふ……そうよ。私は“星間連合”という仲良しグループに所属していてね。その仲間に教えてもらったのよ」

 

 彼女は右腕を真横に伸ばした。その瞬間、何もない空間が僅かに歪み、口を開けるように別の空間が現れた。その奥は炎に満ちたており、人間の言うところの“地獄”のような空間だった。彼女はそこに腕を突っ込み、何かを掴んで引き出した。空間の穴はそれと同時に閉じる。

 

「これが見えるかしら?」

 

 彼女の手に乗るそれは、小さな石版であった。

 

「これは“鍵”と呼ばれるものよ」

「鍵?」

「そう……8年前、この地を地獄に変えた“ガイアインパクト”を引き起こすための、ね」

 

 彼女は妖しく微笑んだ。

 

「それが“星間連合”とやらの目的ですか」

「残念だけど、彼らとは縁を切ったわ。私は独断で、これをアナタに見せた」

 

 彼女は言葉を切り、私を見つめた。

 

「その意味が、分かるでしょう?」

 

 彼女は私に向かって、手を差し伸べた。

 

「私の仲間になりなさい。ニル=レオルトン」

 

 

 

―――第33話に続く


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