『戦士タロウ……!』
目の前に現れた英雄の姿は、ソルの目には非常に大きく映っていた。
『ソル。今は戦いに集中するんだ。と言っても、既に終わったようなものだが』
ソルとタロウの前で、ザラブ星人はほぼ瀕死の状態であった。彼はもう一度立ち上がろうとするも、全身に受けた光線のダメージは甚大であった。
『何故だ……なぜこんな所にタロウとソルが……! こんな情報は受けていないぞ!』
『情報だと?』
ソルはその言葉に疑念を抱いた。
『まさか……騙されたのか? まさか――』
ザラブ星人は言葉の続きを語ることもなく、絶命した。その肉体は泥のように溶け、消え去った。
『戦士タロウ。お話があります』
『私もだ、ソル。しかしここに長居はできない。後程こちらから連絡する』
タロウは大空へ飛び立っていった。
(戦士タロウ。どうして貴方ほどの戦士がここに?)
ソルは、何か大きな災いが起こるのではないかという不安と、それに対する強い覚悟と対抗心を燃やした。
第32話「交差する策謀」
凶悪宇宙人 ザラブ星人
地獄星人 ヒッポリト星人
グローザ星系人 グロルーラ
デスレ星雲人 デスフェル
登場
GUYS・NY本部敷地正門の前に、私たちは揃って待っていた。結局一連の騒ぎの後、零洸とはすぐに合流した。まさかあの局面でウルトラマンタロウが現れるとは、零洸にも予想外であったと語っていた。
それから私たちは、早馴の帰りを待っている。
宇宙人襲来の事後処理のために、基地内への一般人の進入は一切禁止となってしまったので、私たちはかなり早い段階で次の目的地に向かうこととなったのだった。
「愛美さん!」
杏城の声に、私たちは一斉に彼女の向いた方に目を向けた。
早馴はキク=キシンとともに戻ってきた。そんな彼女を、杏城は思い切り抱きしめた。
「どこへ行ってらしたのですか?」
「えっと……」
「GUYSスクールに忍び込んでたんやって。子供のころ世話になったバスケ部のコーチに会いに行ってたんよ」
キシンは、どこか不自然な様子でそう言った。明らかに嘘をついていると分かったが、特に追求の必要はないだろう。
「心配かけてごめんね。みんな」
早馴は相当反省しているようで、すっかり意気消沈しているようだった。杏城も強く何かを言うことはせず、零洸も草津も黙って頷くだけだった。
「しかし生徒たちが無事で何よりでした。本当にありがとうございました」
そう言って深々とキシンに向かって頭を下げたのは、紫苑レムだった。彼女はGUYS・NY襲撃を聞きつけ、急遽ここまでやって来た。私たちの安全を確認した時、彼女は心底安心していた。
「いえいえ。私は何もできへんかったし、彼らが冷静に避難してくれたおかげです。むしろ助かりました」
「そう言って頂けるとありがたいです。では、行きましょうか」
紫苑と私たちは、キシンに別れを告げ、駅までの送迎バスに乗り込んだ。
「ところで」
私の隣に座った紫苑が口を開いた。
「見学はどうだった? 楽しかったかしら」
「ええ。非常に有意義でした」
「そうでしょうね。何せ、地球を防衛している戦力の総本山ですもの。ところで、もう一つ聞きたいことがあるのだけど、いいかしら?」
「ええ」
「愛美ちゃん。どうしてあんなに元気がないの?」
私は、一つ後ろの席に座る早馴の方に振り返った。彼女は私の目線にも気づかず、窓から見える外の風景を眺めていた。
「無断で個人行動をしたのを怒られてしまったのでは? キク=キシンさんとは旧知の仲だったようですし、酷く叱られたのでしょう」
「本当に?」
「……どういう意味です?」
「ううん。何でもないわ」
紫苑はそれきり、何も私に言ってはこなかった。相変わらず怪しい物言いをする奴だ。
その後15分ほどバスに乗った後、私たちは最寄りの駅で降りた。
「じゃあ後は予定通りの見学コースに戻ってね。それじゃ」
紫苑は手を振りながら、颯爽と歩いて去って行った。
「歩き方もお美しい……流石は紫苑先生だ。時にレオルトン」
草津は緩み切った表情を元に戻し、私に向き直った。
「お前は随分、紫苑先生を苦手にしているようだな」
「そうですか?」
「ああ。そう見えるな」
修学旅行が始まってから、草津がやたらと私を観察している。目的は分からないが、奴に見られていると自覚してから動きづらくなったことは確かだ。まんがいちにも宇宙人ではないかと疑われているなら、早急に疑念を払しょくしたいところである。
「嫌いではないですが、彼女はどうも綺麗すぎて話しにくいです」
「ふん! そんな一般論のような理由はどうでもいいのだがな。おっと。そんな無駄話をしている場合ではないな」
草津は腕時計を見ながら、自作の『修学旅行のしおり(草津版)』を取り出した。
「ふははは! 喜べ杏城。お前が観たがっていたミュージカルの時間だ! ちと早くはなってしまったがな」
「そうですね。わたくしとても楽しみですわ。愛美さんは?」
「あ、うん。そうだね」
彼女の表情は硬かった。しかし何を思っているのかは全く見当がつかない。他のメンバーもそれに言及することは無く、私たちはミュージカル会場へと向かうバスの停留所を求めて歩き始めた。
「それにしても、周りの方々が英語ばかり話しているのを聞くと、何となく異世界感を覚えますわね。いくら聞き取ることができると言っても」
以前知ったことだが、彼女は長期間の海外留学のために英語が堪能であった。
「何の偶然でしょうか、ここにいる私たちは皆英語が堪能ですわよね」
「そう言われてみると、そうだな」
草津が杏城、早馴、私、そして零洸の顔を順番に見て言った。
ん?零洸?
「零洸さん、英語が話せるのですね」
「ああ。愛美と同じで、小さい頃にアメリカに住んでいたからな」
「何年前までですか?」
「……それは」
「私と未来はね、8年前に日本に移り住んできたの」
不意に口を開いたのは、早馴だった。
「ほら、ガイアインパクト。あれで住むところが無くなっちゃったからさ。て言っても、中学で一緒になるまでは未来のことは知らなかったけどね」
「愛美……」
「大丈夫だよ、未来」
早馴はぎこちないながらも、必死に笑顔を作っているようだった。
「なんかごめんね、さっきから。やっぱりさ……ちょっと思い出しちゃって」
「8年前のことを、か?」
零洸は早馴の顔を覗き込んだ。
「うん」
“ガイアインパクト”――地球が“自身”を守るために秘めていた力とも言われる怪獣コダラー、シラリー、そしてイーリアが太平洋からアメリカ本土にかけて大暴れした事件である。これは地球が初めて体験した『第一次星間戦争』の火蓋を切ったという意味合いもあった。
その事件で活躍したGUYSの隊員ダイ=サナレの娘が、早馴愛美だった。それを知ったのはここに来る飛行機の中であったが、良く考えてみると、この地は彼女にとっては忌まわしい記憶の残る場所なのかもしれない。
「まぁ気にしてないと言えば嘘になっちゃうから、今こうしてローテンションなわけで……」
早馴はまた笑った。
「愛美さん、あんまり無理をしないでください」
杏城が早馴の方に手を置く。
「ううん、大丈夫。実はね、さっき基地で抜け出した時、スクールに忍び込んだんじゃなくて両親のことを調べに行ったの」
早馴は少しずつ、ゆっくりと話し始めた。
「みんなには前に話したことあったと思うけど、私、小さい頃の……そう、この国に住んでいた時の記憶が殆ど無いの。8年前のあの災害で家も家族も、記憶も全部無くして日本に来たんだ。でも最近になって、私思ったの。このままじゃいけない気がする。何か大事なことを忘れてしまっている気がするって」
彼女は遠くを見ていた。
「それを思いだして、どうするんだ?」
零洸が問う。
「え?」
「辛い記憶かもしれない。思い出さない方が幸せかもしれない。それでもいいのか?」
いつになく零洸はむきになっていた。
「でも……」
「暗い話は止めにして、ミュージカルのことでも考えよう」
零洸は自分のカバンに入れていたパンフレットを取り出し、早馴に見せた。
「小さい頃によく観ていたと、前にキクさん達に聞いたよ」
「あぁ、うん。そうだったね」
早馴は最初こそ戸惑っていたものの、すぐにミュージカルの話で笑顔になった。そこに杏城も加わり、女子勢は数時間後の観劇の話題で大いに盛り上がっていた。
「珍しいな」
前を歩きながら話す女子勢を見ながら、草津が言った。
「確かに。零洸さんらしくなかったですね」
「まぁ、愛美が元気であれば問題ないがな。さて、俺も話に混ぜてくれぇぇ!」
草津は、見慣れた間抜けな顔をして3人の会話に無理やり混ざりに行くのだった。
―――その2へ続く