『チーム・ガーネット所属ミタテ・テルミーシュ・ア・リャーイ・シャイル隊員、メモリーを認証しました』
機械音声と共に鋼鉄の自動ドアが開き、“彼女”は薄暗い『重要機密資料室』に足を踏み入れた。
彼女はいくつかの棚を見回した後、ある場所で足を止めた。
8年前の資料という札のかかった棚を探り、彼女は一冊のファイルを手に取り、資料に目を走らせた。
「……違う」
彼女はファイルを戻した。それから、その下の段にあった別のファイルを開いた。早いペースで次々とページを開いていくが、やがてあるページで手を止めた。
そのページの題目には『ガイアインパクト犠牲者一覧』と記されていた。
「……死因、不明」
その時、一度閉まったはずのドアが開き、通路の電灯の明かりが資料室内に差し込んだ。
「シャイを困らせたらあかん」
キクの言葉に対する返事は無い。
「ここで何がしたかったのか、分かってるつもりやで。愛美」
「……」
ファイルを棚に戻し、愛美はゆっくりと振り返った。その目つきは、普段彼女がキクに向けるものとは違っている。
「どうして、分かったの」
「今日の朝、シャイに聞いた。あいつはドジやけど、自分のメモリーディスプレイを無くすほどアホやない」
「それで私を疑ったんだ? 私がこれをシャイさんから盗んだって」
「昨日、シャイが日本の家に泊まったって聞いてな」
「予想してたんだね。私がこうすること」
「愛美がいずれ、自分の過去を探しに来ることは……何となく分かってた」
「じゃあ教えて、私の過去のこと。私のお父さんとお母さんのこと!!」
愛美はキクに詰め寄った。涙を溜めた目は、キクの気持ちを大きく揺さぶる。
「……愛美が知ってる通りや。8年前の任務中、ダイさんは英雄として敵を打ち破って亡くなった。ミカさんも、地上での任務中に命を落とされて――」
「そんなんで……私が納得すると思った?」
愛美はもう一度振り返ってキクに背を向け、再びファイルを開いた。
「無駄や、愛美。当時の記録は全然当てにならへん。なんせ、生き証人が少ないんやから」
「その少ない生き残りの一人のキクさんは、どうして何も教えてくれないの?」
「ウチかて、詳しいことは何も――」
「嘘。コウヤさんも、シャイさんも……私に何か隠してる」
「ウチは何も隠してへん。シャイもコウヤも、真実は誰も分からへん!」
「じゃあどうやって……どうやって記憶を取り戻せばいいの!?」
一瞬、場が静まり返った。
「……一つだけ言えるんは、あの日NYで、愛美がお母さんと一緒に逃げた時、生き残ったのは愛美だけだってことだけや。この意味が分かるか?」
キクは愛美を後ろから抱きしめ、愛美の手を握った。
「自分の過去を捨てろとは言わへん。でもな、絶対に分からへん答えを探してこんなんするんは、誰も望んでないんよ? 愛美にはただ、幸せになって欲しい。辛い過去を追っかけるのはこれが最後や」
「嫌だよ……! お父さんとお母さんの最期の記憶が無いなんて、寂し過ぎるよ……!」
「そのための私らと、友達やろ?」
「でも――」
ブーブーブーブー
「警報!? 一体何や!」
同時に、キクのメモリーディスプレイが鳴り響く。
「こちらキシン!」
『キシン隊員。本部敷地内へ侵入者あり!』
切迫した様子の隊員の声は、すぐ近くにいた愛美の耳にも伝わった。
「今すぐ向かう。それから、民間人一人の保護を頼みたい。資料室前に居さすから、急いでや!」
キクは愛美から手を離し、彼女に背を向けた。
「シャイには自分から言うんやで!」
そう言い残し、キクは走って資料室を出て行った。
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フォークに巻かれたナポリタンを口に運ぼうとした矢先、私は何かを感じた。
その瞬間、食堂内に非常ベルの音がこだました。
「なんだ!?」
ステーキをフォークに差したまま、草津が立ち上がる。
「もしかして、怪獣ですの?」
杏城は驚きのあまりか、握っていたサンドウィッチを皿の上に落とした。
「落ち着くんだみんな。ここはGUYS本部。一番安全な場所と言ってもいい」
草津がそう言った時、彼女の後ろに何者かがやって来た。
「いや、そうとも言い切れないぞ」
いつの間にか戻って来ていたコウヤ=サクライが、一層真剣な面持ちでそう言った。
「ん? 愛美はどこだ?」
「そういえば愛美さん……お知り合いに会いに行くとか」
杏城がすかさず言った。
「愛美、一体どこに……!」
「おい、サクライ! やばいことになった!」
オレンジに白のラインの入った隊長服を着た男が、切羽詰まった様子で駆け込んできた。
「サンダース隊長、いったい何が?」
「お前とキシンの機体、いや基地にある機体が全部使えなくなっちまった」
「くっ……カイ隊長のチームは、ハワイでのミッションでしたね」
GUYS・NY本部には多数のチームが存在する。この男リック・サンダース、そしてケンイチ・カイも共にチームを指揮する隊長であった。
「くそっ。こんな時に外部とも通信ができないなんて」
「俺とキクは初期対応班の支援にいきます。サンダース隊長はディレクションルームで指示を」
「ああ! 二度も基地をやられてたまるか!」
かつて存在した『W.I.N.R.北米支部基地』は宇宙人の侵略の際、防衛には成功したものの壊滅的被害を受けたという記録を以前目にした。リック・サンダースはその時苦い経験をしているせいか、その面持ちはやけに険しかった。
「君たち」
サクライは努めて冷静な声色でこちらに声をかけた。
「基地の敷地内に巨大宇宙人が現れた。大きな被害は出ていないが、最悪のケースもあり得る。非難区画へ移動してもらうから、こいつに従ってくれ」
彼は通信端末と思われる機械を草津に渡した。
「目標地点までガイドしてくれる。愛美はこちらで捜索依頼をかけておくから、心配するな。また後ほど会おう」
彼はサンダース隊長と一緒に走って食堂を出て行った。
「よし、これに従って避難を――」
「待ってください、草津さん! 愛美さんを探さないと!」
「サクライさんが言っていただろう? 俺たちが闇雲に探すより、GUYSに任せた方が良い。それに……」
「はい。先ほどから携帯に電話をかけていますが、繋がりません。恐らく電波障害です」
草津の目配せを受け、私はそう答えた。
「まずは俺たち自身の安全を確保しよう。大丈夫、必ず会える!」
草津は、杏城の頭の上に手を乗せて、髪をぐしゃぐしゃとするように撫でた。
「行くぞ!」
私たちは、草津の持つ端末に従って移動を始めた。
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未来は、基地内に現れた敵を見て驚きを隠せなかった。
(一体、どういうことなんだ?)
未来の目に映るのは、まさに自分の姿であった。
基地で暴れているのは、光の戦士ソルと瓜二つの巨人であった。巨人はGUYSの戦闘兵器の弾幕の中を、ゆっくりと基地の中心である司令部へと向かっていた。
未来はすぐにソルに変身した。偽物はソルの登場に気付き、歩みを止めてソルの方を凝視した。
『何者だ?』
しかしソルの問いに対する答えは返ってこなかった。そして偽ソルはソルの方へ向かって歩み始めた。
『お前を倒す』
ソルが両手を構えた瞬間だった。
上空から強烈な光線が降り注いだ。光線は偽ソルの肉体を貫いた。
『ぐあぁぁぁぁぁ!!!』
甚大なダメージを負った偽ソルの身体が、青白く発光し始める。やがて、ソルと瓜二つだった肉体が、醜い黒い体に変わった。
『ザラブ星人。お前はこの場で倒す。この私――』
ソルの前に、もう一人の巨人が舞い降りる。
力強い真紅の肉体と、誇り高く天空に穿つ銀色の双角。
――ウルトラマン、ナンバー6!
『――ウルトラマンタロウが!』
―――第32話に続く