「礼っ!」
結局私は放課後、剣道部の練習場へ足を運んでいた。借り物の戦闘服(胴着というものらしい)に身を包み、私は正座させられている。
「先生が無理やり呼んだらしいね。なんだかゴメン」
早坂は申し訳なさそうにそう言った。
「いいえ。自分がまいた種ですから」
原因は昨日、草津が言いだした“部活乱入”だった。あんな男でも能力は高評価されており、常に様々な部活に引っ張りだこだ。それを利用し、奴は暇な時には各部に混ざって運動をしている。そんな遊びが、この面倒な状況を生んでしまったのだ。
「でもニルくんの運動神経なら剣道もできると思うけど……」
「次っ!早坂」
「はい」
早坂は3年と思われる男に呼ばれて立ち上がり、頭部の防具をかぶった。
剣道とはこの国古来の戦闘術の訓練だった。日本刀を模した竹の棒でお互いを叩きあう、何とも野蛮なものである。
「はっ!」
流石訓練しているだけあって、早坂の動きは俊敏だった。あれに真剣やビームサーベルを持たせればなかなかの戦士になりそうだ。
「そこまでっ!流石だ早坂。いつも通りだな」
「ありがとうございます」
早坂は再び私の隣に帰って来て、防具を頭から外した。
「早坂君、お上手ですね」
「そ、そうかな?」
「ええ。とても」
「そんなこと――」
急に早坂が口をつぐんだ。そして、若干厳しい顔つきになった。
「どうしました?」
「しっ。しゃべっちゃダメだ」
周りの剣道部員も一斉に姿勢を正し、練習場の出入り口に視線を移す。
「部長に、礼っ!」
早坂の相手をしていた男が大声で号令をかけた。なるほど。この部の大将のお出ましというわけか。
「……一人多い」
美しい女子生徒だった。
青みがかった銀色の長い髪を2つに結んでいる。肌は白く、日本人のそれとは思えないほどであった。
ここの部員が身につけている胴衣という物を着ているものの、可憐な彼女が同じように棒を振るうようには思えなかった。
「おお来たか、雪宮。彼が今朝話した例の生徒だ」
顧問の教師が私の後ろに立った。彼女は真っ直ぐに私の目を見つめた。まるで私の内側を見透かされているのではと、一瞬錯覚した。
「ニル=レオルトンと申します。よろしくお願いします」
「
彼女は私から目を離すこと無く、淡々とそう言った。
「よぅし、レオルトン。部長も来たことだし、お前も実際に竹刀を使ってみろ」
顧問に渡された竹刀と呼ばれる竹の棒を持ち、そして非常に重たく、着け心地が良くない(特に悪臭は不快でならない)防具を身にまとう。私にとってはただただ邪魔なだけであった。
「これまでの稽古を参考にお前も打ち合ってみろ。早坂、お前が相手をしろ」
「は、はいっ」
いきなり打ち合えとは、私が並の人間であったら無茶にも程がある。
だが私は、人間などでは足元にも及ばない程の頭脳と身体能力を持つ者。この程度造作もない。
「始めっ!」
顧問の声と共に、早坂が動き出す。
「っ!」
突如繰り出される中段への打ちこみ。ただ観察していた時よりも太刀筋の速さを感じる。
しかし反応が違う。どんなに早坂の太刀筋が速くとも、止められないわけはない。私の竹刀と早坂の竹刀がぶつかる。なかなかの衝撃だ。
「ほぅ。あの打ちこみを止めるか。早坂、そのまま攻め続けろ」
顧問め、なかなか無茶を言ってくれる。
しかし人間レベルでこなすには限界だった。いくら守ろうと、その次の攻撃がこちらを休めることなく続く。防戦一方という、一見情けない状況に追いやられていることは明白だった。
「止めて」
突如、竹刀を片手に雪宮悠氷が私たちに近付いてきた。早坂は彼女の言う通り構えを解き、彼女はそのまま私の前までやって来た。
「ニル=レオルトン」
「はい」
「次は私」
その瞬間、静かだった練習場内がざわついた。
「防具はいらない。遠慮なく打って」
「いえ、さすがに危な――」
「どうせ当たらないから」
「……分かりました」
人間の女風情に舐められるのは癪だが……何故だか雪宮からは、普通の人間という感覚を得られなかった。
「それでは、始め!」
再び顧問の声が場内に響く。
そして、今度は沈黙が場内を支配した。
雪宮は全く動く気配を見せない。
竹刀の切っ先を私の頭部に向けながら、真っ直ぐな眼で私を見る。
「打って」
彼女はそう言うが、彼女からは微塵の隙も感じない。動き出した瞬間打たれる――人間に対して大袈裟かもしれないが、直感的にそう感じた。
「来ないなら――」
雪宮が、ゆっくりとした動作で竹の棒を頭上に高く上げる。
バシッ!
一瞬の出来事だった。
雪宮の一撃、いわゆる面が恐ろしい速さで繰り出され、すんでのところで私の竹刀がそれを防いだ。
その勢いに押され、私の面に自分の竹刀がぶつかったが、その衝撃は面越しでも目を見張るものがあった。
この女、本当に人間か?
「もういい、充分だ。レオルトン、よく雪宮の面を防いだな。正直驚いたぞ」
顧問が手を叩いた。それに対し、他の部員たちは唖然としている。
「ありがとうございます」
「どうだ、このまま剣道部に――」
「ちょっと待てぃっ!!!」
同情の扉が、勢いよく開け放たれた。
「草津?」
「俺の許可なくレオルトンを勧誘するとは、無礼にも程があるというものだっ! さぁレオルトン、帰るぞ!」
正直草津には救われた気分だ。このまま勧誘されては面倒だったからな。
「すみません。帰らせていただきます。今日は打ち合いの相手をしていただきありがとうございました」
私は雪宮に向かって礼をした。
「こちらこそ」
彼女もそう答え、武道場の端の方へ歩いて行った。
それにしても強い人間だった。
どの人間もこの程度の戦闘能力を有していれば、我々のような侵略者に狙われることもなかっただろうに。
―――その3に続く