留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第3話「その名はソル」 その2

「礼っ!」

 

 結局私は放課後、剣道部の練習場へ足を運んでいた。借り物の戦闘服(胴着というものらしい)に身を包み、私は正座させられている。

 

「先生が無理やり呼んだらしいね。なんだかゴメン」

 

 早坂は申し訳なさそうにそう言った。

 

「いいえ。自分がまいた種ですから」

 

 原因は昨日、草津が言いだした“部活乱入”だった。あんな男でも能力は高評価されており、常に様々な部活に引っ張りだこだ。それを利用し、奴は暇な時には各部に混ざって運動をしている。そんな遊びが、この面倒な状況を生んでしまったのだ。

 

「でもニルくんの運動神経なら剣道もできると思うけど……」

「次っ!早坂」

「はい」

 

 早坂は3年と思われる男に呼ばれて立ち上がり、頭部の防具をかぶった。

 剣道とはこの国古来の戦闘術の訓練だった。日本刀を模した竹の棒でお互いを叩きあう、何とも野蛮なものである。

 

「はっ!」

 

 流石訓練しているだけあって、早坂の動きは俊敏だった。あれに真剣やビームサーベルを持たせればなかなかの戦士になりそうだ。

 

「そこまでっ!流石だ早坂。いつも通りだな」

「ありがとうございます」

 

 早坂は再び私の隣に帰って来て、防具を頭から外した。

 

「早坂君、お上手ですね」

「そ、そうかな?」

「ええ。とても」

「そんなこと――」

 

 急に早坂が口をつぐんだ。そして、若干厳しい顔つきになった。

 

「どうしました?」

「しっ。しゃべっちゃダメだ」

 

 周りの剣道部員も一斉に姿勢を正し、練習場の出入り口に視線を移す。

 

「部長に、礼っ!」

 

 早坂の相手をしていた男が大声で号令をかけた。なるほど。この部の大将のお出ましというわけか。

 

「……一人多い」

 

 美しい女子生徒だった。

 青みがかった銀色の長い髪を2つに結んでいる。肌は白く、日本人のそれとは思えないほどであった。

 ここの部員が身につけている胴衣という物を着ているものの、可憐な彼女が同じように棒を振るうようには思えなかった。

 

「おお来たか、雪宮。彼が今朝話した例の生徒だ」

 

 顧問の教師が私の後ろに立った。彼女は真っ直ぐに私の目を見つめた。まるで私の内側を見透かされているのではと、一瞬錯覚した。

 

「ニル=レオルトンと申します。よろしくお願いします」

雪宮 悠氷(ユキミヤ ユウヒ)。3年、剣道部部長」

 

 彼女は私から目を離すこと無く、淡々とそう言った。

 

「よぅし、レオルトン。部長も来たことだし、お前も実際に竹刀を使ってみろ」

 

 顧問に渡された竹刀と呼ばれる竹の棒を持ち、そして非常に重たく、着け心地が良くない(特に悪臭は不快でならない)防具を身にまとう。私にとってはただただ邪魔なだけであった。

 

「これまでの稽古を参考にお前も打ち合ってみろ。早坂、お前が相手をしろ」

「は、はいっ」

 

 いきなり打ち合えとは、私が並の人間であったら無茶にも程がある。

 だが私は、人間などでは足元にも及ばない程の頭脳と身体能力を持つ者。この程度造作もない。

 

「始めっ!」

 

 顧問の声と共に、早坂が動き出す。

 

「っ!」

 

 突如繰り出される中段への打ちこみ。ただ観察していた時よりも太刀筋の速さを感じる。

 しかし反応が違う。どんなに早坂の太刀筋が速くとも、止められないわけはない。私の竹刀と早坂の竹刀がぶつかる。なかなかの衝撃だ。

 

「ほぅ。あの打ちこみを止めるか。早坂、そのまま攻め続けろ」

 

 顧問め、なかなか無茶を言ってくれる。

 しかし人間レベルでこなすには限界だった。いくら守ろうと、その次の攻撃がこちらを休めることなく続く。防戦一方という、一見情けない状況に追いやられていることは明白だった。

 

「止めて」

 

 突如、竹刀を片手に雪宮悠氷が私たちに近付いてきた。早坂は彼女の言う通り構えを解き、彼女はそのまま私の前までやって来た。

 

「ニル=レオルトン」

「はい」

「次は私」

 

 その瞬間、静かだった練習場内がざわついた。

 

「防具はいらない。遠慮なく打って」

「いえ、さすがに危な――」

「どうせ当たらないから」

「……分かりました」

 

 人間の女風情に舐められるのは癪だが……何故だか雪宮からは、普通の人間という感覚を得られなかった。

 

「それでは、始め!」

 

 再び顧問の声が場内に響く。

 そして、今度は沈黙が場内を支配した。

 雪宮は全く動く気配を見せない。

 竹刀の切っ先を私の頭部に向けながら、真っ直ぐな眼で私を見る。

 

「打って」

 

 彼女はそう言うが、彼女からは微塵の隙も感じない。動き出した瞬間打たれる――人間に対して大袈裟かもしれないが、直感的にそう感じた。

 

「来ないなら――」

 

 雪宮が、ゆっくりとした動作で竹の棒を頭上に高く上げる。

 バシッ!

 一瞬の出来事だった。

 雪宮の一撃、いわゆる面が恐ろしい速さで繰り出され、すんでのところで私の竹刀がそれを防いだ。

 その勢いに押され、私の面に自分の竹刀がぶつかったが、その衝撃は面越しでも目を見張るものがあった。

 この女、本当に人間か?

 

「もういい、充分だ。レオルトン、よく雪宮の面を防いだな。正直驚いたぞ」

 

 顧問が手を叩いた。それに対し、他の部員たちは唖然としている。

 

「ありがとうございます」

「どうだ、このまま剣道部に――」

「ちょっと待てぃっ!!!」

 

 同情の扉が、勢いよく開け放たれた。

 

「草津?」

「俺の許可なくレオルトンを勧誘するとは、無礼にも程があるというものだっ! さぁレオルトン、帰るぞ!」

 

 正直草津には救われた気分だ。このまま勧誘されては面倒だったからな。

 

「すみません。帰らせていただきます。今日は打ち合いの相手をしていただきありがとうございました」

 

 私は雪宮に向かって礼をした。

 

「こちらこそ」

 

 彼女もそう答え、武道場の端の方へ歩いて行った。

 それにしても強い人間だった。

 どの人間もこの程度の戦闘能力を有していれば、我々のような侵略者に狙われることもなかっただろうに。

 

 

―――その3に続く


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