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インターフォンが鳴る。その音に、愛美は素早く反応した。
「はーい」
愛美はインターフォンの呼び鈴に喜びを隠せなかった。ドラマ鑑賞をためらいもなく中断し、急いで玄関の扉を開けた。
「おかえりなさい!」
「アミちゃん、お久しぶり」
開かれたドアから顔を覗かせたのは、長い金髪を揺らめかせた高身長の白人女性だった。
「シャイさん……会いたかった!」
愛美は勢いよくドアを全開にし、金髪女性の胸に飛び込んだ。
「そそ、そんな、いきなり抱きつかれたら……びっくりするよ」
「いーの。久しぶり何なんだから」
「ふふっ……元気でよかったよ、アミちゃん」
「シャイさんもっ」
その女性――ミタテ・テルミーシュ・ア・リャーイ・シャイルは愛美に連れられ、リビングのソファに腰を掛けた。数年来の自宅を見回し、懐かしさに浸っている。その間に愛美はキッチンに立ち、紅茶の準備をしていた。
「お掃除とか、ちゃんとやってたんだね」
シャイは、綺麗にたたまれた服を見ながらそう言った。
「コウヤさんにみっちり仕込まれたからね。ついやっちゃうの。面倒だけどね。2人は元気?」
「コウヤさんもキクさんも、相変わらず元気だよ。そういえば、明日からだよね? 修学旅行」
「うん。2人に会えるの、すごく楽しみ」
「私はしばらく会ってないなぁ。よろしく伝えておいてね」
「もちろん。はい、紅茶」
愛美は紅茶の入ったマグカップを2つ、お盆に乗せてシャイのところまで運んだ。
「ありがとう」
シャイは愛美からカップを受け取ると一口紅茶を飲み、満足そうに笑みを浮かべた。しかし、その表情はすぐに陰りを見せた。
「あのね、アミちゃん。私、また明日からお仕事なんだ。ごめんね……一人にさせてばっかりで」
「ううん。大丈夫」
シャイの不安そうな表情をかき消すように、愛美は大きな笑みを浮かべた。
「寂しい思いばっかりさせて……ホント、ごめん」
彼女は椅子から立ち上がり、彼女の傍らに立っていた愛美を抱きしめた。
「シャイさん?」
「当たり前だよね。いつまでも忘れられないのは」
「……聞いたの? この前のこと」
「セイラさんから。宇宙人に銃を向けるなんて危ないこと、しちゃダメだからね」
「ごめんね、心配かけて。もう、二度としないから」
愛美は、シャイのブロンドの髪を優しく撫でた。
「シャイさん、せっかく久しぶりに会ったんだからもっと笑って。そうだ! あのゲームやろうよ。結構練習したから、もう負けないよ」
「……うん、そうだね!」
シャイは笑顔を見せた。しかしその内心は、申し訳無さで張り裂けそうであった。
彼女の孤独を癒してあげたくて、自分は彼女と一緒に暮らすことを決めたのに、結局は一人にしてしまっている――そんな後ろめたさがシャイをいつも苦しめていた。
しかし今だけ。今だけは笑顔でいようと、シャイは自らを鼓舞した。
「シャイさん?」
「ふわぁ~。何だか、眠くて……」
椅子に座った瞬間、強烈な眠気が彼女を襲った。相当疲れがたまっていたのだな、と彼女はかすかに苦笑いを浮かべた。
「……きっと、長旅で疲れてるんだよ。夜ご飯の前に起こしてあげるから、寝てていいよ?」
「そう、だね」
シャイは自室に戻る前に、ソファに倒れるように横たわり、間もなく寝息を立て始めた。
「……ごめん」
愛美の言葉に、シャイの返事はなかった。
彼女は、部屋着のポケットから取り出した睡眠薬を箱ごとゴミ箱に突っ込んだ。そしてシャイのバッグに触れ、その中に手を差し込んだ。
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第31話「現るは―――」
にせウルトラウーマンソル
登場
「いーないーな!! 私も修学旅行行きたーい!」
「長瀬さんも来年行くことになりますよ」
家を出たところで、私は長瀬と鉢合わせ、そのまま登校路を二人で歩いていた。
制服姿の長瀬とは異なり、私は私服姿だった。さすがに制服姿で外国はうろつけないらしい。
「今行きたいんだもん。はぁ……すぐ成長できる薬無いかなぁ」
「そうだ長瀬さん。お土産を買ってこようと思いますが、何か欲しいものはありませんか?」
「お土産!? すっごく嬉しい! えっとねぇ……うーん……そうだな……自由の女神! 本物ね!」
「それは難しすぎます」
「ドントウォーリー! イッツジョーク! ははは!」
朝から元気な女だ、まったく。
「では、私は駅に向かうので。ここで」
「うんっ。お土産はニルセンパイが選んでください!それが一番嬉しいですっ」
「お任せを。では、行ってきます」
「気を付けて行ってきてねー。撃たれるなよー!」
長瀬は大袈裟に腕を振りながら、別の道を行く私を見送った。
しかし土産か。いったい何を買うべきか……よし、自由の女神の置物でいいか。
私は時刻を確認し、少し足を速めて目的地へ向かった。今日は学園へは向わず、空港に通じる電車に乗るために駅集合となっていた。遠くから見ると、駅前の広場には私服姿の学園生が大勢集まっていた。
「あら、レオルトンさん。おはようございます」
「おはようございます、杏城さん。あれ、早馴さんと草津は?」
「遅刻じゃないか?」
零洸が2本の缶ジュースを持って私の背後に立った。杏城はお礼を言って、そのうち一本を零洸から受け取る。
「こんな重要な日に遅刻だなんて、抜けてますのねぇ」
「だーれが抜けてるって?」
そこに、いつもの調子で現れる早馴。
しかし心なしか、いつもの気怠そうな表情が見られなかった。しゃきっとしている、と表現すべきだろう。
「さてさて、あとは草津さんが来るのを待つだけですわね」
「あの男が、このような日に遅刻するとも思えないが……」
零洸が、若干心配そうな表情を浮かべた。
「電話してみましょう」
私は草津の番号に発信したが、何度コール音が鳴っても草津は出なかった。
「出ません」
「具合でも悪くなったのでしょうか……」
杏城が不安げに呟いた。
「あの草津が、こんな日に具合を悪くすると思えませんがね」
そう言った矢先に、私の視界の端にある人物が見えた。
「あれは」
木の端から、無言でこちらを観察している男子生徒。
紛れもなく草津だった。
その視線は、珍しく女性陣ではなく私に向けられていた。
「あいつは……まったく」
零洸も気づいたようで、半分呆れたように見て見ぬふりをしていた。
しかし草津の行動の真意は何なのだろうか。尋常ではない彼の視線は、私に突き刺さらんばかりだ。
まさか私を観察しようとしているのか?
いや、まさかな。いつもの下らない事情があるに違いない。
そんなことを考えている間に、草津は何事もなかったかのように私たちの前にやって来た。
「遅くなって済まなかったな!」
「さっきは何をしていたのですか?」
「気になるのか? レオルトン」
「ええ、まぁ」
「ならば教えてやろう」
草津の目が、真剣にこちらに向けられた。
この男、何を言うつもりだ?
「レオルトン」
「はい」
「今日一日、貴様を観察させてもらう」
「……何故ですか?」
「理由は、お前が一番分かるはずだ」
そう言って、草津は隣に立っていた女子クラスメートに話しかけ始めた。
「草津、いったいどうしたんだろうね?」
早馴が、少し訝しげな様子でそう言った。
私自身、奴の行動の意味が気になる。一体奴は何を考えているのか。何故あれほど強い関心を私に向けるのか。
アリアという少女の件が原因かーー私は小さくため息をついた。
ニル=レオルトンは、人間ではないのかもしれない――彼はもしかすると、そう勘ぐっているのだろうか。
―――その2へ続く