留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

75 / 167
第30話「災いの予兆」(後編)

「きゃぁっ!」

 

 早馴の身体が、思いきり私の胸に飛び込んできた。私は彼女を抱きかかえる形になりながら、近くの柱に捕まっていた。

 揺れは一瞬だった。日本は地震大国であるが、これは地震などではない。先の爆音から察するに、下の階で爆発が起こったに違いない。

 

「みんな、怪我はないか?」

 

 零洸が、私たちを含め自分の周りを見回したが、他の客にも怪我人は無さそうだった。

 

「早馴さんも大丈夫ですか?」

 

 私の腕の中に収まっている早馴は、無言で頷いた。しかし、その右手は強く私の上着の裾を握りしめていた。

 

「安心してください」

「う、うん」

 

 早馴はそっと、裾から手を離した。

 

「ニルは、大丈夫?」

「ええ」

「よかった」

 

 さっきまで怯えていたはずの彼女は、今度は相手の心配をし始める。早馴らしいことだ。

 

「ともかく、ここを出た方がいいな。また地震が来るかもしれない」

 

 草津の言葉を皮切りに、周りの客たちも動き始めた。私たちは零洸を先頭に、割れた皿の破片が散乱する床を慎重に踏みながら店の外に出た。店の外でも色々なものが散乱していて、少しの距離を歩くのにも時間がかかった。下の階に降りると、一気に焦げ臭さが鼻をさした。

 

「っ!」

 

 突如零洸が振り返り、その目が私の背後に何かを捉えた。

 何か、固くて小さな物が転がってくる音。

 私が振り向いた瞬間、その物体は強烈な光を放った。

 視界が奪われる。しかし、数人、いやもっと多い数の何者かが一気に接近してくるのを耳で感じた。徐々に光が弱まり、私の視界が回復してくるとそこには、先ほどとはうって変わった光景が広がっていた。黒い戦闘服に身を包んだ何者かたちが、数人の一般人を捕え、その一人一人に銃口を突き付けていた。誰だか知らないが、あの短時間でここまでするとはなかなかの仕事である。

 

「愛美!! 逢夜乃!!」

 

 零洸が叫んだ。

 人質の中には、早馴と杏城も含まれていた。彼女たちは恐怖と驚きに満ちた表情で固まっていた。

 

「おっと、動かないでもらおう」

 

 黒服の一人が、ヘルメット越しに言う。

 

「こいつらは人質だ。今からこの中にいる、ある人物に対して要求を突き付ける。それがなされない場合、こうだ」

 

 無機質な銃声が鳴り響く。人質の一人――小さな女の子を抱きかかえていた母親の頭部が、爆発したように吹き飛んだ。

 

「ママ!!!」

 

 女の子の悲痛な叫び声が上がる。隣に立つ零洸から、一瞬恐ろしい“殺気”を感じた。

 

「落ち着いてください、零洸さん」

「……分かっている」

「何を話している?」

 

 黒服の男の銃口が、こちらに向けられた。

 

「いえ、何も」

 

 私の答えに満足したのか、それとも興味を無くしたのか、奴はすぐに銃口を下げた。

 

「お前たち!! 俺を人質にする代わりに、女性と子供を放すんだ!!」

 

 草津が声を張り上げる。が、黒服たちは返事をしない。女の子の泣き声だけが響いていた。

 

「黙っていろ。さて、こちらからの要求を述べる」

 

 しかし回りくどいやり方だ。多くの人を巻き込んで要求を飲ませるなど、失敗のリスクが上がるだけだ。その対象だけを捕まえて尋問や拷問でもすればよいものを……。

 まさか、そうすることができない相手、つまり自分たちよりも遥かに力を持つ人物を相手にしているからか?

 だとすれば、奴らの目的は――

 

「我々は――」

 

 黒服たちが、一斉にヘルメットを脱ぎ捨てる。

 

「我々の名は、カイラン星人」

 

 カイラン星人……8年前の“星間戦争”で地球に宣戦布告した連中の名前だ。もう地球に攻めてくる気配は無かったはずだが、諦めてはいなかったのか。

 

「さぁ、この中に居るはずだ。自分の正体をこの場で白状し、自ら命を絶て。それだけだ」

 

 連中の長と思しきカイラン星人は、それ以上何も言わなかった。

 その間、人質、その他の一般人を含めた全体が、微かにざわついた。

 殆どの人間が、この状況を理解できていない。

 理解できているのは、私と、そして零洸だけだ

 

「さて、身に覚えのある者は即刻、出てこい」

 

 零洸が息を飲むのが分かる。彼女はここで名乗り出るのだろうか。実際彼女と私がその気になったところで、死人を出さずにカイラン星人を全滅させられるかは、現時点では不明としか言いようがない。つまり、安易に動くことはできない。

 敵の要求から推測するに、奴らの狙いは私か零洸、もしくはその両方だろう。しかしこの要求を飲めば、自らの正体をこの場にいる人間に公開することになる。私の能力で記憶を消すこともできるが、以前にその能力を行使した早馴と杏城には通用しない。

 

「随分待たせるのだな。これは急かす必要がありそうだ」

 

 長の合図を受け、別のカイラン星人が、銃口を早馴の背中に当てた。

 

「止めろ!!」

 

 零洸が叫ぶ。

 

「彼女は……関係ない」

「ほう。ならばお前は関係あるのか?」

 

 カイラン星人はいささか機嫌よさそうに問うた。

 

「……ある」

「なるほど。お前がターゲットか」

 

 奴ら、ターゲットを知らなかったのか?

 だとすれば、誰かの指示の下で動いているのか?

 

「ターゲット?」

 

 零洸は、おそらく分かっていながら聞き返した。

 

「そうだ。さて、貴様には要求に応えてもらおう」

「……分かった。それで人質を解放するんだな?」

「よかろう」

 

 零洸が、深いため息をついた。

 

「未来!! さっきから何言ってるの!?」

 

 突如、早馴がそう叫んだ。零洸は戸惑うような表情で彼女を見つめた。

 

「やはり、逃げられるものではないらしい」

 

 零洸が小さな声で、そう呟いた

 

「愛実。実はキミに、いやみんなに隠し事があった。と言っても、既に一度知られているのだがな」

 

 零洸が悟ったように早馴や杏城を見、それから草津と私の方にも目を向け、再び早馴に視線を注いだ。

 

「キミを救う」

 

 零洸が右手を握りしめた瞬間、私の隣にいた見知らぬ男女が立ち上がった。

 

「零洸下がれ!」

 

 男の方が、何かをカイラン星人に向けて投げつけた。そして再び強烈な閃光がこの場を包んだ。光の中で戦闘が始まったらしい。銃声と銃声が鳴り合う。

 他の人間よりもおそらく早く視界を取り戻した私は、一番近くにいたカイラン星人を蹴り飛ばし、そいつが拘束していた人質をこちら側に引き寄せた。他のカイラン星人も次々に撃退されていく。先ほどの男女は両方拳銃を持っていて、いつの間にか零洸も拳銃を握りしめていた。

 そして視界が完全に回復した。人質は全員生きており、カイラン星人たちは撃たれて倒れていた。早馴を撃とうとしたカイラン星人も、今は彼女の足元に倒れていた。しかしその近くで最後の一人――リーダー格の男が、小さな女の子をかかえて銃を構えていた。  

 その子は、先ほど母親を殺された女の子だった。

 

「それ以上動くな。銃を捨てろ」

 

 カイラン星人は冷静な声で言った。

 

「GUYSめ、手を出せばこの人間を撃つぞ」

 

 零洸、そしてカイラン星人を撃ち倒した2人――つまりGUYSの隊員が、今にも飛び掛からん勢いの目つきでカイラン星人を取り囲む。

 

「あなた、その子を離して」

 

 女性隊員がそう言うも、カイラン星人は黙ったままだった。

 

「もしかして、ここから逃げられると思ってる?」

「逃げる必要はない。全員殺す」

「無理無理」

「そう思っていればいい」

「じゃあ――」

 

 その時、女性隊員の目が大きく見開かれた。おそらく私も、同様の表情をしていたのかもしれない。

 早馴が、足元に転がっていた銃を構えたのだ。

 その銃口は真っ直ぐに、そして震え一つなく、カイラン星人に向けられている。

 

「今だ!」

 

 カイラン星人の視線が早馴に向けられた瞬間、その隙に男性隊員が発砲した。ビーム弾は黒服の右肩に命中した。奴は銃を落として倒れ、女の子はその隙に女性隊員のもとに駆け寄った。

 が、依然として早馴の銃は、倒れたカイラン星人に向いていた。

 トリガーにあてがわれた人差し指が、微かに動く。

 

「愛実!!」

 

 零洸が叫ぶ。

 

「草津シュート!!!!」

 

 草津も叫んだ。

 彼は足元に転がっていたペットボトルを思い切り蹴り飛ばし、それはまっすぐに早馴の左手の甲にぶつかった。握られていた拳銃は大きな音を立てて床に落ちる。

 早馴は銃を拾おうと身をかがめたが、そこに零洸が近づき、早馴を抱きしめた。

 

「愛実、もういいんだ」

「………許さない」

「え?」

「そいつは、あの子のお母さんを!!!」

 

 早馴が零洸を突き飛ばし、再び銃を拾い上げた。

 このままでは、彼女は発砲してしまう。

 私は一気に彼女との距離をつめ、銃の握られた両手を掴んだ。

 

「早馴さん」

「ニル……!」

 

 早馴が目を見開き、私を見つめた。

 

「撃たせませんよ、貴女には」

 

 早馴の腕から徐々に力が抜け、その手から銃が落ちる。

 

「行きましょう」

 

 私は強引に手を引き、早馴を連れて行った。

 

「未来、緊急招集だ。こいつを連れて基地に戻る」

 

 男性隊員が、リーダー格のカイラン星人を拘束しながら言った。

 

「……GIG」

 

 零洸は無表情で頷いて、男性隊員と共に離れていった。

 彼女は下の階に通じる階段へ消えていった。

 結局、私たちは後から来たGUYSの者たちに先導されてビルから脱出した。ビル内部の何々所か爆破されており、死傷者もそれなりに出たようだった。

 

「しかし、まさか未来がGUYSの隊員だったとは」

「そうですわね。だから未来さん、あの時名乗り出ようとしましたのね」

 

 零洸は、草津や逢夜乃が勘違いしているように誤魔化すと決めたらしい。先ほどその旨を打ち明ける電話が杏城に届いていた。しかし間一髪、あの隊員が介入しなければ零洸は正体を知られていたかもしれない。

 

「……」

 

 一方早馴は、私たちがビルから脱出している間、終始無言だった。先導している女性隊員も、振り返っては心配そうに何度か早馴の方に目を向けた。

 かなり時間をかけて、私たちはビルを出た。外はすっかり日が落ちていて、サイレンの赤い光で辺りは満たされていた。

 

「愛美さん」

 

 杏城が、早馴の手を取った。

 

「もう、大丈夫ですわ」

「……」

 

 やはり早馴は無言だった。

 彼女は無表情のまま、やがて一言「帰るね」と言って私たちに背を向けた。

 

「……愛美さん」

「早馴さん、一体どうしたのでしょうか?」

「いつもの優しい彼女とは、思えない行動でした」

 

 杏城にしてみれば、あの早馴が、たとえ敵とはいえ宇宙人に銃を向けるとは夢にも思わなかっただろう。

 しかし私は、彼女の行動の理由が何となく理解できる。

 それ程に彼女は宇宙人を――

 

「レオルトン」

 

 草津が私の肩に手を置き、強い力で背中を押した。

 

「行ってやれ」

 

 彼の表情は、恐ろしく真剣だった。

 

「早馴さんのところへ、ですか?」

「ああ」

「……そうですね」

 

 私は草津と杏城に背を向けて、早馴が言った方向へ走った。

 案外彼女はゆっくり歩いていたようで、私は間もなく追いついた。

 

「早馴さん」

「……ニル」

 

 こちらを振り返った彼女の表情を形容する言葉が、すぐには見つからなかった。悲しそうでもあり、一方で晴れやかでもあり、もう一方では怒りを携えているようだった。

 

「どうしたの?」

「お話をしましょう」

「どうして?」

「聞きたいことがあるからです」

「……今じゃなくちゃ、駄目なの?」

「ええ」

「……分かった」

 

 逡巡した後、彼女は頷いた。

 私たちは、既に暗くなった夜道を二人で並んで歩いた。

 

「どうして撃とうとしたのですか」

「許せなかった。それだけ」

「なぜ許せなかったのですか?」

「何故って、決まってるじゃない! 何の罪もない人を殺して、あんな小さな女の子からお母さんを奪って!!!!」

 

 彼女の目から、大粒の涙が流れた。

 

「もう……あの子のお母さんは居ないんだよ? もう会えない……話すこともできない。手を握ることも、抱きしめることだってできない!!!!」

 

 恐ろしいほどの感情が込められた叫び。しかしそれは空虚に響いていた。

 

「誰も、あの子のお母さんの代わりなんてできない」

 

 目の前の彼女は、かつて両親を失っている。

 そんな彼女の言葉は、重く感じられたのだ。

 

「……ごめん。怒鳴ったりして」

「いいえ」

「私、おかしいよね。大切な人を奪われた気持ちを知ってるはずなのに、誰かを殺そうとするなんて」

 

 彼女は酷く自嘲気味に声を発した。

 私は、いいえ、とだけ言った。

 

「……なんで?」

「驚かなかったと言えば嘘になります。しかし、早馴さんと同じ気持ちの人はいたはずです。そういう感情を否定することは誰にもできないと思います。大切なものや人を奪われたときの喪失感は、憎しみや殺意を引き起こすには十分すぎる要因でしょう」

 

 ……しまった。いささかしゃべりすぎた。早馴が驚いたように私を見つめている。

 

「すみません。べらべらと」

「ううん。始めて見たから。ニルがそんな風にたくさんしゃべるの」

「そうでしたか?」

「うん。優しいんだね。ニルは」

「……優しい?」

「私に気にするなって、言ってるみたいだった。ありがとね」

 

 私は何も言えなかった。

 私は、どうして彼女にあのようにまくし立てたのか。そんな自分の行動が理解できなかったからだ。

 内心困惑する私を尻目に、早馴は徐々に表情を崩した。わずかではあるが、いつものように柔らかい笑顔を見せた。

 

「みんなに、謝らなくちゃ」

「え、ええ」

「ここまで来てくれてありがとう。じゃあ、私こっちの道だから」

「おやすみなさい」

「おやすみ。また明日ね」

 

 今度はきちんと微笑んで、私に手を振る早馴。その姿を見て、何故だか私は心が晴れやかになったのだ。

 その理由は、分からない。

 

ピピピピピピピ

 

 着信音が鳴った。

 

「……早坂?」

 

 私は通話ボタンを押した。

 

「もしもし」

『ニル=レオルトン。話がある』

「その声は――」

 

 

===========================================

 

 

 ――同時刻、京都府山中。木々に囲まれ、日中でも日の差さない深い森は、夜には漆黒の空間となっていた。そんな中にひっそりと佇む古寺は、完全に闇の中に溶け込んでいた。

 

「へぇ。こんなにも小さくてーー」

 

 紫苑レムは古寺の本堂の前に立っていた。彼女は愛おしげに“それ”を見つめた。

 

「ーー綺麗なものなのね」

 

 彼女は“それ”を丁寧にハンカチに包み、バックの中にしまった。

 その瞬間、その背後にヘルメットを被った黒服の人物が現れた。彼らは沙流市のショッピングビルで事件を起こしたカイラン星人の仲間であった。

 

「こちらは予定通りに完了しました」

「ご苦労様。おかげでGUYSの目を誤魔化すことができたわね」

 

 彼女は満足そうに微笑んだ。

 

「まぁ、彼らも夢にも思ってないでしょうけどね。世界を滅ぼす『鍵』が、こんなちんけな所に隠されていたなんて」

「貴女の指示通りに事を運びました。約束通り、報酬を頂きたい」

 

 カイラン星人の手に、拳銃が握られる。

 

「あら? 物騒なものをお持ちね」

「今しがた貴女が手に入れた『鍵』を、こちらにお渡し願おう」

「何言ってるのかしら? これは私のものよ?」

「お忘れかな? その力は貴女と、我々カイラン星人の両者に分配されると」

 

 その瞬間、彼女を取り囲むように複数人のカイラン星人が現れた。しかしその姿は徐々に変容していき、彼ら本来の姿が現れた。

 

「また戦争を仕掛けるの? この惑星に」

「貴女が知る必要は無い」

「はぁ……あまりに協力的だと思ったら、私が『鍵』の情報をちらつかせたからかしら?」

「もちろん。さぁ、死にたくなければそれを渡して消えてもらおう」

 

 その言葉を耳にした女性の目つきが、突如変わった。

 何かを愉しんでいるかのような目から、それは汚らしいものを見る目に変わった。

 

「残念」

 

 カイラン星人の一人が、突如絶叫する。絶叫はそれから数を増していった。彼らの背後には、円状の穴が空間をこじ開けていた。そこから巨大な火の塊が飛び出し、彼らの身体をことごとく焼き尽くした。

 

「こ、この能力はまさか!」

「相手を利用するなら、相手の正体をきちんと見定めるところから始めないと……命取りになるわよ?」

 

 彼女の表情は、愉悦に満ちていた。

 

「お、お前は――」

 

 最後に残ったカイラン星人も火達磨になり、灰となった。

 

「さてと、帰ろうかしら」

 

 彼女は自分の目の前に空間の穴を作り、そこに入り込んだ。

 もう、この場には誰も残っていない。

 

 

―――第31話に続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。