明くる日、土曜日午前11時。
私は普段通り、5分前に集合場所に現れた。
それにしても休日の街は人が多い。特にこの国は小さな面積のくせに人は多いため、どこも混雑しているのだ。
「早いじゃん、ニル」
「おはようこざいます」
人はその服装によっても大分印象が変化するものと聞く。
なるほど、久々に私服姿を見る早馴は、何となく新鮮な感じがする。しかし普段から付けているマフラーだけは変わらない。よほど気に入っているのだろう。
「可愛い? それとも綺麗でしょうか?」
「は?」
「早馴さんの恰好ですよ」
「な、何言ってるよ! ホント、お世辞だけは上手ですねぇー」
「決めました。可愛いにします」
「か、可愛いだなんて……そんなの……もう、ばかっ」
私は何故か腕を叩かれた。
「……あ、あのさ、ニルは私のこと、変だと思わなかった?」
「今日の服装ですか?いいえ、とても素敵だと――」
「ちーがーうっ! 私がGUYS本部に行きたいなんて言ったこと」
「いえいえ。お好きなんでしょう?」
正直なところ、早馴の提案には違和感を覚える。年頃の女子が地球防衛組織に関心があるのは珍しいことだ。しかし、彼女が何かを企んでいるわけもないだろうから、深くは考えなかった。
「別に、そういうんじゃないよ。たださ――」
「遅れてごめんなさーい」
走ってやって来たのは杏城だった。相当急いで来たようだ。
「待ち合わせ場所を勘違いしてしまいましたわ。ふぅ…疲れた」
「逢夜乃、ずいぶん疲れてるね」
「ええ……。バスが遅れてまして、途中から走って参りましたの」
「じゃあ何か飲む?私喉乾いたから買ってこようと思って」
「いえいえ! わたくしが自分で――」
「いいのいいの。普通にお茶でいい?」
「それでは、お言葉に甘えて」
「おっけー。ちょっと待っててね」
近くのコンビニに早馴は入って行った。
しかし珍しい。何かと面倒くさがる彼女が人のために行動するとは。
「早馴さんはお優しいですわ。こればっかりは変わりませんわね」
「え?」
「ふふっ、レオルトンさん、やっぱり勘違いしてましたわね。早馴さん、普段は面倒とか言ってばかりですけど、人のためになら何でもする人ですの。一年生の時はよく助けられましたわ」
私が頼みごとをすると大概断られるのだがな…。
「素直じゃないだけですのよ、彼女は。ですから……きちんと見ていてあげてくださいね?」
「あ、はい」
たしかに、人の心配事に首を突っ込みたがる傾向には気づいていた。
しかし、きちんと見ろとはどういう意味だろうか?
「すまん、遅れた」
「遅刻ですわよ、零洸さん」
零洸も、もちろん私服姿だった。
「家を出た時、つい制服でな。着替えに戻ったら遅れてしまった」
「そのまま来てしまえばよかったのに」
「実は、前に同じ様なことがあって、制服のまま来たんだが、それを家の者に話したら怒られてしまってな」
「意外とおっちょこちょいですのね、零洸さん」
もしかして、私と買い物に行った時か? そういえば、あの日彼女は制服だった。
「おっまたせー。あ、未来。来てたんだ」
早馴がジュースの入った袋を引っ提げて戻ってきた。
「あ、ああ。遅れてしまった。済まない」
彼女は目線を逸らしながら、そう言った。
「あ、うん、いいよいいよ。草津のバカがまだ来てないし」
「遅いですわね。電話してみます?」
「その心配は無用だ」
草津が近くの木の陰からさっそうと現れた。
「今しがた来たところだ。いやぁ、君ら3人の私服姿につい興奮してしまって。そこら辺で頭を冷やしていたんだ」
「どこに感動してるんですの、あなたは」
杏城が呆れ顔でそう言うが、草津は気にせずにやけていた。
「だってだってぇ、みんなカワイーんだもん! なぁ、レオルトン」
「そうですね。私もそう思います」
「なんだか、レオルトンさんも草津さんに似てきましたわね」
「女ったらし」
「はぁ……ほどほどにしてくれ」
女子3人が草津を見るような目で私を見てきた。私はたまらず、話題を変えた。
「ともかく、どこか座れる所に行きませんか?今日は話し合いですし」
「そのまま昼食をとれるように、ファミレスあたりでいいんじゃないか?」
草津の提案に全員が納得し、我々はショッピングビルに行くことになった。そして、その中にファミレス「サイ●●ヤ」に入店した。学生の集まるスポットとして調査済みだ。味も量もいまいちだが安さという武器があるらしい。取りあえず全員がドリンクバーを注文し、早速本題に入った。
「愛美さん、お知り合いの方は何とおっしゃっていましたか?」
「大丈夫だって。機密部分以外は基本的に見学自由らしいから、案内してもらえる」
「GUYSの方とお知り合いだなんて、すごいですわね」
「まぁ、ね」
早馴が微妙な表情で受け答えた。照れだろうか?
「詳しいことはこのパンフレットに書いてあるから見といて」
早馴がバッグから人数分の冊子を取り出し、全員に配った。
「GUYS本部見学の手引き。こんなものがあったのか…」
零洸が独り言のように呟いた。
なるほど、本部の構造の全体像が見えてくるわけではないが、分かりやすく基地敷地内が説明されている。10年前、ウルトラマンメビウスが地球防衛に成功してからというもの、GUYSへの注目は一気に大きくなったと聞いている。その影響で、こんな代物が作られたのだろう。
「しかし用意がいいな。愛美とは思えんぞ」
草津が異様に目を輝かせながら言った。
「うっさいなぁ。その代り、他のところは全部任せるからよろしくね」
「任された! さてさて――」
それから話し合いは順調に進んだ。夜は杏城の希望通り、ミュージカル鑑賞となったが、一日の大半はGUYS本部で過ごすこととなった。ある程度の計画が立ったところで、一時食事のために休憩になった。
「皆さんのお飲み物を取ってきます。コップを貸してください」
一番通路側に座っていた私が立ち上がると、その向かい側に座っている零洸も一緒に立ちあがった
「私も行こう。一人じゃ辛いだろう」
「……分かりました」
私と零洸はドリンクバーへと足を運んだ。
「何か話でも?」
私は他の3人から姿が見えなくなった瞬間に声をかけた。
「愛美は、本当に百夜とのことを忘れてしまっているんだな」
「無論です。もちろん貴女がソルだったことも、覚えてはいません」
零洸の表情が一瞬曇るが、すぐに普段通りのしかめ面に戻っていた。
「私は卑怯だな」
彼女は、杏城に頼まれたアイスティーを注ぎながら、そう言った。
「何がです?」
「友達に、嘘をついている」
「仕方のないことです。正体を知られてしまえば、何かと不都合でしょう? ならば隠し通すことです」
不意に、百夜が去り際に言った言葉を思い出した。
「私も同じです。大事な友人でありながら、正体を隠しています。しかし彼らに危害を加える気などありませんから」
私は自分と早馴のグラスにウーロン茶を注ぎ終え、話題を変えることにした。
「ところで、百夜過去がどうなったか、知っていますか?」
あれ以来、私は百夜過去の行方を掴めずにいた。一応周辺のエネルギー反応に気を配っているが、一切の気配が無かった。
「分からない。GUYSも何も掴めていないんだ」
「いつ襲ってくるかも分からない、ということですね?」
「ああ。だが、彼女にはもう、私の前に現れて欲しくはない……」
零洸は遠い目をした。
しかし彼女の言葉に少しばかり疑問を感じる。
その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているように聞こえたからだ。
「ところで、一つ言っておかなければいけないことがあります」
「ここで話せる内容か?」
「早めに話しておきたかったのです。実は、私の記憶改変はある対象に一度しか使用できません」
だからこそ、私自身も慎重にならねばならなかった。
「次、愛美に知られればお終いか」
「察しが良くて助かります。それと、もう1つ聞きたいことが――」
いや、今はよしておこう。もっと時間がある時に問い詰めるべきだ。
あの“マイナスエネルギー”の正体。
何故“光の戦士”であるソルが、あのような力を使っていたのだろうか。
「レオルトン?」
「すみません、何でもありません。戻りましょう」
私も零洸も、険しい表情を元に戻して席へと戻った。
「お待たせしました」
私は5人分のグラスを、零洸と共にテーブルに置いた。
「さんきゅー」
「早馴さん、それは――」
「ん?」
「もしかして、飲んでしまいましたか?」
「飲んだけど」
「早馴さんのグラス、こちらです」
「え」
「それは、私のです」
早馴は2、3度目をぱちくりさせた。
「……べ、別に? 気にして……ないもん」
それから、彼女の顔は見る見るうちに赤くなった。
「あらまぁ」
何故か楽しそうに微笑む杏城。
「こ、これは……そうか! 俺がニルとキスをすれば早馴と間接キスに……! しかしそれでは……」
「草津、落ち着いてください。とりあえず私が早馴さんのを使いますからそれでよろしいですね?」
「よよよ、よろしくないでしょっ!」
私は早馴に、思いきり頭をぶたれたのであった。
その瞬間、巨大な爆音が耳をつんざいた。そして、大きな揺れが地震のように建物を揺らした。
―――後編に続く