留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第29話「百の夜が終わる時」(後編)

 

「レオルトン!」

 

 変身を解いた零洸が、駆け寄ってくる。彼女の手は、私の腕を強く握りしめた。

 

「お前、愛美に何をした!」

「軽い催眠術です。肉体にも精神にもダメージはありません。記憶を多少操作しただけです」

「記憶を消したのか……?」

「一部だけです。百夜に連れ去られる前から、今までの」

 

 彼女の目から感じる怒りが、徐々に薄らいでいく。

 

「……そうか」

 

 もっと反発してくるかと覚悟していたのに、思いの外あっさりしているな。

 

「零洸さん、もしかして貴女――」

 

 ーー馬鹿な。

 私の目線につられて零洸が振り返った先、百夜過去はまだ立ち上がろうとしていた。

 彼女は血まみれで、片腕だけだ。しかし、だらりと下がった髪の毛の奥からは、鋭い眼光がこちらを見据えていた。

 

「……私が、決着をつける」

 

 かすかに戦闘の構えを取ろうとした私を、零洸が制止した。

 同時に、百夜が狂気に満ちた笑い声をあげ、絶叫した。

 

「何が決着よ!! 私が、全部全部全部、壊すだけよっ!!」

 

 百夜は懐からペン状の物体を取り出し、ソールクラッシャーに変身した。

 

「平和……人の幸せ……どれも虫唾が走るわ」

「それを守るのが、私の使命だ」

 

 零洸も似た物を握りしめ、光の戦士ソルに姿を変えた。

 

「だから、お前を倒す」

「やれる、ものならねぇ!!」

 

 両者は拳と拳を構えた。

 そして同時に地面を蹴った。

 

「百夜ぁぁっ!」

 

 ただの殴打。

 それが彼女たちの戦いを締めくくる最後の一撃になる。

 

「壊れろおぉっ!!」

 

 ソールクラッシャーの拳が先に届き、ソルの顔面を捉えた。

 

「……あ、あはは……」

 

 ソールクラッシャーの乾いた笑い声が響く。

 しかしソルの眼はーーまだ輝いていた。

 ソルの拳は、ソールクラッシャーの胸の鉱石にねじ込まれた。。

 その時、爆発にも似た強烈な音と光が2人を、そして屋上全体を覆った。白い光と黒い光が混ざり合い、それは不思議な色彩を放つ。

 ドームのように広がった光は、やがて少しずつ消えていった。

 立っていたのは――零洸だった。

 百夜は仰向けに倒れ、動く様子は無かった。

 すると百夜の胸の中から、何かが現れる。

 それはどす黒い石のように見えた。おそらく彼女の胸にあった黒い鉱石だろう。その石はひびだらけになり、間もなく砕け散った。その瞬間に百夜のエネルギーは感じられなくなってしまった。

 

「……終わりましたね」

「……」

 

 零洸黙ったまま、その場から動こうとはしなかった。彼女は、倒れた百夜を見下ろしたまま、じっとしている。

 私は早馴を地面に寝かせ、そこに近寄った。

 

「……壊れちゃったのね」

 

 倒れていた百夜が、無表情でそう言った。凄まじい生命力としか言いようがない。

 

「あれが“宝玉”か」

「なに、未来ちゃん。私の頭の中を覗き込んだわけ?」

「キミの胸に触れた時、記憶の断片が見えてしまったんだ」

「……ええ。メフィラスの小細工で無理やり思い出させられたみたいだけど」

「……そうか」

「何よ……同情する気?」

「違う」

「じゃあ、軽蔑する? みんなを裏切った私を、軽蔑するんでしょ!? それとも意外? こんな私にも守るものがあったこと、信じられないってわけ? ははっ……そうよね。所詮私は戦うことしかできない――」

「もうやめろ」

 

 静かながらも、どこか懇願にも似た零洸の声が、百夜の声を遮った。

 

「私には……もう何も残ってない!! アンタがさっき見た通りね、私はただ力だけを求めて――」

 

 百夜は驚きに満ちた表情を浮かべ、声を失った。

 彼女はゆっくりと、自分の頬を伝う涙に触れ、押し黙っていた。

 

「破壊の宝玉から解放されたキミは、今は光の戦士だ。かつてそうだったように」

「アンタが見た過去が、本当に正しいと思ってるの? メフィラスが仕込んだ偽の記憶かもしれないでしょう!?」

「急に私に振らないでください。私の精神攻撃によって呼び起された記憶であれば、それは本人のものでしょう。貴女がたの話を聞く限り、外部の者が無理やりインプットしたものとは到底思えません」

「……じゃあ――」

 

 百夜は、天を仰いだ。

 そしてもう一度、自分の肌に残る涙を指で拭った。彼女は、その指先をどこか愛おしげに見つめていた。

 

「レオルトン。私は彼女を……殺すことは出来ない」

 

 こちらに振り向いた零洸は、相も変わらず無表情のままそう言った。

 

「何を言っているのですか?」

「彼女は、一度闇に呑まれた。でも今は違う。それでいいじゃないか」

 

 零洸はその場を離れ、私の後ろで眠っている早馴を抱きかかえた。

 

「今は……愛美が生きていることだけで、充分だ」

 

 彼女は早馴を抱えたまま、瞬時のうちに姿を消した。

 最後に垣間見えた後姿は、戦いに勝利した者の去り際には到底見えなかった。彼女の背中からはわずかの喜びも、安堵も感じなかった。

 彼女はまるで、逃げるようにその場を去ったのだ。

 

「……甘すぎますよ。ソル」

 

 私は百夜に視線を戻した。

 

「彼女はあのように言いましたが、貴女には、ここで死んでもらいます」

「あんたにできるかしら……ごほっ」

 

 百夜は口を抑えて激しく咳き込んだ。

 彼女の口元からは、赤い血が一筋流れていた。

 

「既に戦えない相手とはいえ、容赦はできません」

 

 私は左手を構えた。

 百夜の銀色の髪に、月明かりが照らされる。その髪の隙間から見える彼女の眼に、既に戦意は感じられなかった。

 諦めか、それとも私を誘う罠なのか、判断が付かない。

 

「何を躊躇してるの?」

「……残念ですが、私も体力の限界のようです」

 

 私は左手を下ろした。

 もはや光線一発を撃つエネルギーすらなかった。このまま戦えば、人間態を保つことすらままならないだろう。

 しかし放っておくわけには――

 

「……気まぐれに一つだけ、言っておくことがあるわ」

 

 百夜が立ち上がる。

 口元から垂れた血を舐めながら、彼女は言った。

 

「アンタも、それに未来ちゃんも、愛美ちゃんに隠し事があるみたいだけど」

「……」

「隠すなら、最後まで隠しきることね」

 

 百夜は最後の力を振り絞ったのか、大きく跳躍して姿を消した。私は追おうとしたが、体力の限界を感じて足を止めた。

 零洸の言ったことがどこまで本当かは分からないが、今の百夜は従来の強さを失っているのだろう。ならば、また奴が襲ってこようと充分に対抗できるはずだ。

 今は奴を逃したことを気にするよりも、私自身の戦闘力強化について考えた方が、よっぽど有意義であろう。

 それに――

 百夜の消息以上に考慮すべき事実が1つ、私の頭に浮かんでいる。

 あの“マイナスエネルギー”の正体。

 突如零洸から放たれたあの力は、一体何なのだろうか。

 

 

 

 

「おはよう、ニル。久しぶり」

「おはようございます、早馴さん」

 

 再び私が早馴と言葉を交わしたのは、一週間後だった。

 顔は合わせずともメールのやり取りはしていたが、問題無く記憶は消せていたようだった。

 現在、私たちは臨時で校庭に用意されたプレハブを教室代わりにしている。

 百夜との戦闘で校舎が使い物にならなくなってしまったためだ。とはいえ、間もなく学園も冬休みに入るため、さほど問題は無いのかもしれない。

 

「まさか校舎で宇宙人が戦ってたなんてね」

「物騒なことです」

「そういえば、草津とは話した?」

「いえ、最近は――」

「ほほう! なんだお前たち。俺をお呼びかな?」

「ひっ!」

 

 突如窓が開けられ、突如草津が姿を現す。早馴もさすがに驚いたようだ。

 

「先週までのナーバスな俺はもう居ない! 再び元気満天である!」

「あーあ。心配して損した!」

 

 早馴はピシャリと窓を閉めた。ついでに鍵も。

 

「待て待て待てぇ! 俺が居なければ、間もなく来る大イベントが物足りないだろう?」

 

 奴は別の窓から教室に飛び込んできた。

 

「何よ、大イベントって」

「忘れたのか? 冬休みが終わったら、修学旅行じゃないか!!」

「……あぁ」

 

 早馴が何かを思い出したかのように、急に頷きだす。

 

「早馴さん。修学旅行旅行とは?」

「あれ、ニル知らなかった? うちらの修学旅行、今年アメリカ行くんだってよ」

「そうなんですか。楽しみですね」

「楽しみって……ニルは実家に帰るようなもんでしょ。楽しみも何も、ねぇ」

「……そうでした」

 

 自分の出自設定、すっかり忘れていた。

 私としたことが……アメリカなど行ったことは、一度も無い。

 

 

―――第30話に続く


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