いつも熱い声援、ありがとうございます。
あとどれだけこの物語が続くかは分かりませんが、どうか最後までお付き合い下さいませ!
第29話「百の夜が終わる時」
異次元超人 ソールクラッシャー
登場
「……ここは」
「屋上だ。私がここまで運んできた」
私は零洸に手伝ってもらいながら上半身だけ起こし、辺りを見回す。
先ほどまで十字架に縛られていた早馴は、私の隣で眠っていた。
「百夜は」
「生死は分からなかったが、殆どエネルギーを感じない」
「そうでしょうね。私は彼女の脳を破壊しました」
相手の脳にエネルギーを流し込んで脳に作用させ、記憶を操る能力ーーしかし使いようによっては脳の構造に干渉し、機能不全を引き起こすこともできる。どんなに強靭な肉体を持っていても、脳だけは鍛えようがないのだ。
とはいえ百夜に対しては、予想外の効き方をしている。何か奴特有の要因があったのだろうか。
「……未来? それにニルまで」
私の隣で、早馴が身体を起こしていた。
「良かった。気が付いたんだな」
「う、うん。それより、2人も何でぼろぼろなの!?」
「愛美、それは――」
私は零洸に目で合図し、言葉を止めさせた。
「早馴さん、実は――」
「まだ……懲りずに嘘を付いているようね、メフィラス星人」
「っ!!」
背中に突き刺さるような、大いなる闇の気配。
信じられない。
脳を破壊したはずなのに、百夜過去はまだ生きていた。校舎内から続く階段を上り、彼女は屋上に通じる扉に身体を預け、立っている。
とはいえ、彼女も満身創痍と言った感じで、ふらふらと歩を進めていた。
「メフィラスって……どういうこと?」
「説明は後でします。零洸さん、早馴さんと一緒に下がってください」
「待て、レオルトン!」
私は零洸の言葉を無視して2人の前に立ち、再び百夜と向かい合った。
しかし私には殆ど力は残されていない。
「どいつも、こいつも……本当にたちが悪いわね。大人しく死んでくれないなんて」
百夜は両手に双剣を握り、走って距離を詰める。
私は両手で、その刃を受け止めた。
左の刃は砕け散ったが、右の刃は私の手と共に、右胸も切り裂いた。
「ぐっ!!」
私はその場に倒れた。もはや立ち上がることは、叶わなかった。
「もうただでは殺さないわよ、メフィラス。アンタの前で、この小娘を壊してあげるわ」
百夜の手元に、今度は薙刀が現れる。
「死になさい!」
刃が早馴に向けられる。
「愛美はやらせない!!」
しかしその刃は、早馴には届かなかった。
代わりに、早馴を庇った零洸の胸に、横一文字の傷を創り出した。
「あ……み……」
「いや……未来、未来ぅっ!!」
零洸は目を閉じ、倒れた。
真っ赤な血が広がり、早馴はその上に膝をつく。血まみれの零洸を抱きかかえながら。
そして何度も何度も、早馴は零洸の名を呼び続けていた。
「いらいらするわ。今度こそ、愛美ちゃんの番……!」
百夜の薙刀の切っ先が、早馴の背中に触れる。
「やめろっ!!!」
私は空しく叫んでいた。
早馴は涙ぐんだ眼で、私を見た。
「ニル――」
彼女の口が、そう動いた気がする。
どうしてか、その一瞬は恐ろしく長く感じられ、
「愛美さんっ!!」
私の叫び声は、一瞬で消え去ったように思われた。
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私は負けた。
私は“光の戦士”として、誰も守れなかった。
もはや命も失われようとしている。
一生護り続けると誓った愛美。
――私は弱い。
繰り返しだった。また何もできずに、守るべき人々を見殺しにしてしまう。
そう、あの時のように――
『物事は犠牲無しでは成り立たないのだよ、ソル』
誰だ?
『何かを得るためには何かを失わなければならない』
誰だ!
『それは、ある時は他者であり、ある時は自身でもある』
何が言いたい……!
『自らを犠牲にし、愛する者を守りたいと願うか?』
……出来るというのか。
『自らを闇に堕とす覚悟があるのならば』
……いいだろう。たとえ私が闇に呑まれたとしても、私には救いたい人がいる。
『よかろう。ソル、お前に力を貸してやる。しかしこの力はいずれお前自身を滅ぼす』
望むところだ。その瞬間まで、私は愛美を、皆を守り続ける。
『契約成立だな。さぁ、受け取れ。我が力を――』
―――
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「百夜ぁぁぁぁっ!!!!!」
零洸の叫びと、金属が砕かれる音が、同時に屋上に響き渡った。
私自身、目の前の光景が信じられなかった。人間態のままで零洸が立ち上がり、百夜の刃を素手で受け止め、砕き、挙句の果てには――
「未来ちゃん、まだ生きて――」
驚愕の色を見せた百夜は、その表情のまま自分の右腕が“あった場所”に視線を落とす。彼女の右腕は、あの一瞬で零洸が引きちぎったのだ。
「腕……私の――」
「死ね」
無機質な零洸の声。
そして彼女は、黒い光に包まれたままソルの姿へと変貌した。
その光からは、凄まじい“マイナスエネルギー”が放たれており、波動のように拡散していた。
「意味……わかんない、未来ちゃん」
黒いオーラをまといながら、ソルは回し蹴りを繰り出す。彼女の足は百夜の脇腹にめり込み、その身体は屋上の端まで飛んで行った。
「……」
ソルは間髪入れずブレードを展開しながら百夜に迫り、倒れている彼女の胸に刃を突き立てた。その刃は黒く、百夜の血に染められて禍々しい輝きを放っていた。
「は、はは……まるで、悪役じゃない……未来、ちゃん」
「……」
「うぐっ」
倒れた百夜の頭を、ソルは思い切り踏みつける。
「ははは……!私は、死ぬのね」
これまでダメージをもろともせずに戦ってきたはず百夜は、この時になって何の抵抗もしなくなった。
私が見てきた百夜の強さが、まるで霞んでしまったかのようだった。
「死ね」
「言われなくたって、もう死ぬでしょ、私」
「……」
ソルの刃は、百夜の首筋に―――
その時、ソルの目線が百夜から離れ、ある一点で止まる。
「あ……み」
それは、私の近くで呆然と立ち尽くす早馴に注がれていた。
ソルは動きを止めた。
「もう……やめて」
「敵……は、たお……さな……いと……」
「お願いだから……!」
その瞬間、早馴の首元のペンダントが強烈な光を放った。私は眩しさのあまりに目を閉じた。
そして再び目を開くと、ソルに纏わりついていた黒いオーラが消えていた。
感じるエネルギーも、先程のような禍々しい印象は無い。
「未来……なんだよね?」
「……そうだ」
ソルは早馴の呼びかけに応え、百夜の頭から足を上げた。そしてゆっくりとこちらに歩み寄って来た。
「来ないで!!」
「……愛美?」
「未来……どうして私に黙ってたの?」
「それは――」
「あの日、助けてくれなかったから!?」
「っ!」
ソルの足が、止まる。
私は何とか立ち上がり、早馴に近づく。
「来ないでっ!」
私は一瞬、信じられないものを居たような感覚に襲われた。
私の方に振り返った早馴の眼から放たれていた“憎しみ”の感情。
早馴がそんな眼をすることが、私には理解できなかった。
「……聞いて下さい、早馴さん」
「嫌だ。何も聞きたくない」
早馴が再び、私に背を向ける。
迷っている暇はない。私は後ろから素早く彼女に接近し、その額に触れた。
「やっ……何を――」
私の“能力”によって早馴は気を失った。
糸の切れた操り人形のように倒れそうになった彼女を、私は寸でのところで抱き止めた。
たった一度しか、人間相手に発動できない“記憶操作”の力。
この瞬間にそれを使ったことは、果たして正しかったのだろうか。
しかし、たとえそれが間違いだったとしても――あの“憎しみ”に染まった早馴の表情を目にすることは、私には何故か耐えられないように思われたのだった。
―――後編に続く