第28話「過去」
異次元超人 ソールクラッシャー
登場
私の名はラス。
この宇宙最強の戦士だとか言われてはいるが、平和なこの世には必要無い存在だ。
だから私はこうして、故郷の中心に位置する“城”の自室でごろごろしているのが日課になっている。
退屈と言えば退屈かもしれないが、悪くない生き方だ。
「評議会が、私を呼んでる?」
「そうですわ」
世話焼きなルソアは、頼んでもいないのに部屋を掃除している。口うるさいが憎めない、そんな妹だ。
私はそれに甘えてベッドの上に転がり、手伝いすらしない。それでも世話を焼きたがるところが、ルソアらしい。
「どうやら緊急のようですわね。20分後に来るようにと」
「めんどくさい」
「もう、ラスお姉様! 寝てはダメですわっ!」
布団に包まる私に飛びかかるルソア。彼女は強引に毛布を引っぺがした。
「じゃあルソアが代わりに行ってよ」
「そんなことできる訳がありませんでしょ!? 私達戦士団の姉妹を率いるお姉様だからこそ、任せられることがあるのですから」
「はいはい……。ぐーすか寝てられるニュイーズが羨ましいわね」
ソファーに横になって寝息を立てているニュイーズを見る。
何だか憎たらしくなってきた。
「起きろぉ!!」
「きゃぁぁぁ!!」
私はニュイーズの服を脱がす。小ぶりの乳房が丸見えだ。
「ニュイーズったら、かーわいい」
「おねぇさま! 返して!」
「イヤよ。返して欲しかったら追いかけてきなさい」
私は窓から外に飛び出し、空高く飛んだ。
改めて見ると、美しい惑星だ。青い空がどこまでも広がり、山と平野は緑の草木に覆われ、城下町からは楽しげな声が沢山聞こえてくる。
かつては戦乱が絶えない場所だったとは、到底思えない。長い間戦場に身を置いていた私としては、逆に違和感を覚えてしまう。
しかし、悪く無い。
戦いは嫌いじゃないし、強くなることは気分が良い。
だとしても、今目の前にある“安寧”を引き換えにしたいと考える程、私はバカじゃない。
「……そろそろ行こうかしらね」
私はニュイーズの服を風に乗せ、再び城に戻った。
銀色一色に彩られた廊下を歩き、ある場所で立ち止まる。私は仰々しく作られた銀色の扉を開いた。
城の中心に置かれた評議室には、大きな円卓がしつらえてある。それを囲むように、壮齢の評議員たちが鎮座していた。
いずれの表情も、これでもかと言うぐらいに、硬い。
「何のご用で?」
「ラス、座りなさい」
長老イザが口を開く。長老と言っても、私と年はさほど変わらない。むしろ私より若い。イザの一族は代々“予知能力”を継いでおり、歴代の長老は彼女の一族から輩出されているのだ。
「はいはい」
私は空いた二つの席の片方に座った。
それと同時に、後ろの扉が再び開かれる。
「ラスお姉さま」
「カリア、どうしてあんたが?」
彼女は“神速のカリア”と呼ばれる戦士で、この世界で私に次いだ実力を持っている。
真面目すぎるところがたまにきずだけど。
「私が呼んだのです。さぁ、カリアも座りなさい。話を始めます」
イザに促され、カリアは私の隣に座った。相変わらずのしかめ面で、彼女は真正面を向いていた。
「で、イザ。またどこかに怪獣でも出たのかしら? そういえば、氷の惑星がざわついている気もするけど」
「それなら既に、他の戦士を派遣しました。これからの話は、戦士団隊長であるあなたと、副隊長のカリアにしか頼めないことなのです」
私たちはこの世界、宇宙の平和を守っている。だからこうして評議会に呼ばれる時は大概任務を与えられる。
まぁしばらく任務が無かったので退屈していたし、ちょうど良いかもしれない。
「それで?」
「この惑星に、滅びの時が近づいています」
「それは……どういうことですか!?」
隣で座っていたカリアが、勢いよく立ちあがった。
「ある強大な“悪”が、この宇宙の平和を乱そうとしています。その一番の障害となっている我々戦士団を、彼らは滅しようとしているのです」
それから私が聞いた話は、にわかには信じられない内容だった。
『私にすら倒せない異次元の敵が現れて、この惑星を蹂躙する』
そんなバカな話があってたまるか。
「ふざけないで。この私に勝てない敵がいるって言うの?」
「私の“予知能力”が、そうだと教えてくれました。それほど、この世界に迫る悪の存在は強力なのです」
「イザ……腑抜けたことを!」
「お姉さま、少し落ち着いて――」
「カリア! あんたは黙って見過ごせるわけ?」
「私だって……!」
カリアの両の手は、きつく握りしめられていた。
「……分かったわよ」
私が黙るのと同時に、イザが話を再開した。
「ですが、全ての希望が絶たれたわけではありません。これを見て」
彼女は懐から、2つの宝玉を取り出して見せた。黒と白の宝玉は、それぞれ妖しい光を放っていた。
「これは、評議会がこれまで守ってきた物。かつてこの宇宙を生み出し、今のバランスを司る物です。貴女たち2人には、誰にも知られず、これを持って異次元に飛んでもらいます」
「……つまり、皆を見捨てて、逃げろってことね」
「一時的に、です。その宝玉は、世界を甦らせるほどの力があります。ですから危機が去った後、貴女たち2人はここに戻り、世界を再生させて下さい」
「消えた命も、戻るの?」
「ええ」
「無茶苦茶だけど、妹のあんたに免じて、信じてあげるわ」
「ありがとう、ラス。では宝玉を――」
「でも悪いけど、私はあんたの言うことは聞けない。この私に“逃げる”なんて選択肢は無いのよ」
私は立ち上がり、イザと評議委員たちに背を向けた。
「ラス、お主!長老の命が聞けぬのか!?」
老齢の評議員の一人が、椅子に立てかけていた杖を私に向けて投げつけた。
「――言っておくけどね」
私は背を向けたまま杖を掴んで受け止め、握り砕いた。武器にもなる金属質の重々しい杖は、まるで棒切れのように私の足元に転がった。
「私は一度だって負けたことは無い」
私は扉を開きながら言い放った。
「今回も、来る敵は倒すだけよ」
「……はぁ」
評議の間を飛び出し、私は自室のベッドに転がっていた。
「ラスお姉さま」
扉の向こうから、カリアの声が聞こえる。
「イザ様より伝言です。明日同じ時間、もう一度評議の間に来るようにと」
「行かない」
「お姉さま!」
扉が開けられ、目をぎらつかせたカリアが無遠慮に入って来る。
「しっかりしてください! この世界の命運がかかっているのですよ!?」
「そんなもの知ったこっちゃないわ。私はそんなものに興味無いの」
「じゃあどうする気ですか!」
「敵が来たら倒す。それだけよ。予言なんて、私が変えてみせる」
「無茶なことを言わないでください! これじゃ誰も守れ――」
「カリアねーさま?」
開け放された出入り口の影から、ニュイーズの顔がひょっこりと現れた。振り返ったカリアの剣幕に驚いたのか、彼女は小さな悲鳴を上げた。
「す、済まない……ニュイーズ。少しむきになってしまって」
「大丈夫ですっ! ちょっとびっくりしましたけどね!」
ニュイーズは持ち前の元気な笑顔を取り戻し、スキップで私のベッドの傍までやって来た。
「ラスおねーさま、カリアねーさまを怒らせたらあかんですよ」
「……悪かったわ」
「なら許してあげますっ」
ニュイーズは突然抱きついて来て、私の胸に顔を埋めた。
「ちょっと、お散歩しませんか?」
「……いいわよ」
私はニュイーズの手を引いて、ベッドから立ち上がった。
「ラスお姉さま!」
「カリア、明日ちゃんと行くわ。だから、今は時間をちょうだい」
私はカリアにそう耳打ちし、ニュイーズと共に部屋を出た。
――分かってる。
イザの“予言”が外れたことは、今まで無かった。
だから私が敵を倒すよりも、敵から“逃げる”方が最善ということは明らかなのだ。
「ラスおねーさまっ!」
私はニュイーズの声で、はっと我に返った。
いつの間にか城の一番上にある展望台まで来ていたようだ。
「風が気持ちいいね~」
「あんたは呑気ねぇ」
「えへへ。あ、あそこ!」
ニュイーズは私の手を引っ張って、遠くにある山を指差した。
「あのお山の上の方、私とお母さんのおうちがあるんです」
「そういえば、あんたはお母さんが生きてたわね」
「はい。でも私が小っちゃかった時、お母さん、怪獣と戦って大怪我したんです」
そうか、この子の母親も戦士だったのか。
「だから私、代わりにお母さんを守るって決めて、ここに居るんです。戦うのは怖いけど、大切な人を守りたいから」
そう言ったニュイーズの顔は、どこか大人びていた。
「あら? おふたりとも、どうなさいましたの?」
展望台に通じる階段を、ルソアがゆっくりと上がって来ていた。
「ルソア! こっちこっち」
「え、あ、はい!」
ニュイーズに呼ばれ、ルソアは慌ててやって来た。
「ラスお姉様、ごきげんよう」
「ええ。ルソア、どうしたのよ」
「少し、風に当たりたくて来ましたの」
彼女はウェーブのかかった長い髪を抑えながら、緩やかな風の吹く方に目を向けていた。
「明日、少し離れた惑星で任務ですの」
「状況は?」
「決して良くはありませんわ。久々に強力な怪獣と戦うことになりそうです」
「そんなの――」
――私が行く。
そう言いかけたのに、私の声は出なかった。
「大丈夫ですわ! わたくしだっていつも訓練していますし、初めての任務というわけでもありませんもの」
ルソアの手は、少し震えていた。
「わたくしだって、お姉様と同じ誇り高き戦士ですのよ」
「……そうね」
私はルソアとニュイーズに背を向けた。
「私にも、やることがあったわね」
「任務?」
ニュイーズの問いには答えず、私は階段を下りた。
明くる日、私は再び評議の間に来ていた。
「考え直してくれましたか、ラス」
長老イザの言葉に、私は首を横に振った。
「ラス、貴女――」
「勘違いしないでちょうだい。戦うことが最善だとは思うけれど、アンタの話には乗っておくわ」
「ラス……ありがとう」
「お礼は全てが終わるまで取っておきなさいよ」
「ふふ、そうですね。では貴女たちに、これを」
イザは懐から、2つの箱を取り出した。カリアと私に一つずつ渡されたそれを、2人で同時に開く。
私の持つ宝玉は白く輝き、温かな光が私の目を照らしていた。
「その宝玉には注意点があります。宝玉のそれぞれには“創造”と“破壊”の力が備わっており、互いに共鳴しています。一方の力を使ってしまうと、一方の力は弱まり、失われてしまうのです」
「つまり“破壊”の宝玉は絶対に使うなってことでしょ?」
私はカリアの持つ黒い宝玉を指差した。
「いえ、異次元に行くためには、“破壊”の宝玉によって“次元の壁”を壊す必要があります。ですからその時だけ使ってください。それまでは、自らの肉体のうちに封印しておいてほしいのです」
私とカリアは、イザの言う通りに宝玉を胸に当てた。宝玉は一瞬光を放ち、胸の中へと吸い込まれていった。
宝玉は表面の一部が私の身体に浮き出ており、まるでペンダントのように見えなくもない。
「なるほどね。分かったわ」
私とカリアは深く頷き、そのまま評議の間を出て行った。
「……お姉さま」
「何、カリア」
「もう、良いのですか?」
「何が」
「私たちがここから居なくなれば、仲間たちは確実に……死にます」
「そんなこと、分かってる。もう割り切ってるわ」
「……お姉さま」
仲間を見殺しにしたくない、苦しめたくない――そんな自分の気持ちくらい、私が一番分かっているんだ。
けど、それは私が任務から逃げる理由にはならない。
「あの子たちだって、戦ってるのよ」
私は“創造”の宝玉が隠された自分の胸に手を当て、呟いた。
それから一か月が過ぎただろうか。
私たちは“破壊”の宝玉によって次元の壁を越え、とある次元の“地球”という惑星で身をひそめていた。私たちと殆ど姿の変わらない種族が住んでいたおかげで、目立たないのが好都合だった。
「しかし、この星も大変ね。怪獣がわんさか現れてる」
「私たちと同じような戦士が守っているようですね」
私たちはニューヨークという土地の大都会のカフェテラスに居た。初めて飲んだコーヒーという飲み物がなかなか美味しい。
「ところでお姉さま。私たちは、いつ向こうに戻れば良いのでしょう」
「たしかイザは、3か月と言っていたわね。あと2か月後」
「できることなら、早く戻りたい……」
「そうね――」
突然、後ろから何かがぶつかってきた。私は手に持っていたコーヒーをテーブルにぶちまけ、カリアが読んでいた新聞紙がコーヒーまみれになってしまった。
「ご、ごめんなさい……」
後ろには、小さな女の子が立っていた。その足元にはオレンジ色のボール――たしかバスケットボールだったか――が転がっていた。
「申し訳ありません! 娘がご迷惑を……」
髪の長い女性が、走ってやってくる。
「大丈夫です、服も汚してませんから。お嬢ちゃん、これ?」
私はバスケットボールを拾い上げ、女の子に手渡す。
「はい。こんなところで遊んじゃダメよ?」
「うん!」
「ありがとうございます。コーヒー代、私が出します」
「良いんですよ。もう冷めてましたから」
「本当にすみませんでした。愛美も、もう一回謝ろう?」
「ごめんなさい」
「ふふっ。良い子ね。ばいばい」
「ばいばい!」
母娘は去っていき、私たちもカフェを出た。
―――――――――
―――――
……これは夢かしら?
私は何も見えない闇の中にいる。でも、遠くから誰かの声が聞こえる。
その声はだんだん大きくなり、やがて聞き取れる程に――
「いやぁぁぁ!!!! 助けておねぇさまぁぁ!!」
「痛い……苦しい……お助けを……」
ニュイーズ、ルソア!!
「ラス……ラスは―――」
イザ……!
「いや、私が命じたのだから、来るわけが…ない、な…」
そして、暗闇が明け、私の目の前に映るのは、故郷の姿だった。
しかし街は蹂躙され、所々から火が上がっている。
「お姉様!」
「お姉様……」
「ラスお姉様!!!」
妹たちの苦悶の声が、私の名を呼ぶ。
「今行くわ!!」
そこに現れる私。別次元に逃れていた私は、何故か妹たちを助けに故郷に戻って来ていた。
「くっ……倒しても倒しても!」
無数の怪獣たちが、故郷を侵略していく。
「くっ……」
そして私は、怪獣たちに囲まれながら、ゆっくりと地面に倒れた。
「お姉様!!」
倒れた私の傍で、次々に妹たちは殺されていった。
「お姉――」
彼女たちは血まみれになりながら、いつまでも私の名を呼んでいた。
――――
――――――――
「うわぁぁっ!!!」
暗い部屋の中、の上で私は目を覚ました。
「……夢?」
「お姉さま……どうしました?」
隣で寝ていたカリアも、眠い目を擦りながら身体を起こす。
「ごめんなさい……悪い夢を見たの」
「……どんな?」
「……カリア、もし私が遠くで苦しんでいたら、どうする?」
「助けに行くに、決まっています」
カリアは真剣な眼差しで、私の頬に触れた。
「お姉さまは、私の家族。守るべき人です」
「家族?」
「生きる喜びも、戦う悲しみも、あらゆる感情を、私たちは共有してきたはずです。だから、家族同然だと、私は思っています」
「……ありがとう」
私はカリアを抱き枕のようにして、再びベッドに寝転んだ。
「お、お姉さま!? か、かか顔が近いです……」
「イヤ?」
「別に嫌とは……」
「じゃあ、いいでしょ?」
「……まったく。手のかかる、姉です」
カリアは優しく微笑んで、目を閉じた。
しかしそれから毎晩、私は同じような夢を見た。
故郷が何者かに破壊されていく夢。私は敗れ、妹たちは八つ裂きにされ、悲鳴と共に死んでいく。
そのうちに、私の中に1つの“疑念”が浮かび上がってくる。
――私がもっと強ければ、逃げる必要など無かったのではないか。
――私がもっと強ければ、妹たちを守れるのではないか。
その想いは、日増しに強くなるばかりだ。
そうして何日かが過ぎたある日の朝、私は猛烈な熱さを感じて目を覚ました。
体内に封じられた“創造”の宝玉が、焼石のように熱を放っていたのだ。
「お姉さま……これは一体?」
隣で寝ていたカリアも同様に、暑さで目を覚ましたようだった。
「分からないわ。でも――」
私はこれまで見てきた悪夢と、この現象を、迷うことなく結び付けていた。
これはきっと、妹たちの危機を知らせているんだ。
故郷の崩壊と妹たちの死。悪夢の中の出来事が、次第に現実感を帯びていく。
私は――私は――
――私のなすべきことは!!
「どうしました? お姉さま」
「……カリア」
私は胸に手を当て、体内から“創造”の宝玉を取り出した。そして宝玉をカリアの手に握らせた。
「お姉さま、一体何を……?」
「ここからは、アンタの仕事よ」
私はベッドから立ち上がり、寝間着を脱いだ。
「お姉さま! 自分の言っていることが――」
カリアが立ち上がる前に、彼女の腹部に拳をねじ込む。
「く――」
気絶したカリアの身体をベッドに横たえ、私は手早く外出用の服に袖を通した。そして部屋の窓を開け放し、そこから飛び降りた。
「シュリティムア!!」
私はペンに似た形のアイテムを前にかかげ、戦士の姿に変身した。
この銀色に輝く肉体こそ、戦士としての私たち本来の姿だ。
それこそ、私たちが光の戦士と呼ばれるゆえん。光輝く姿と、その内から溢れる光のエネルギーだ。
「今行くわ……!」
元の世界に帰るんだ。
そして、妹たちを、家族を救ってみせる。
―――後編に続く