私は気配を消しながら、真っ暗の廊下を速足で歩いていた。
ソールクラッシャーの気配を追うと、やはり彼女は私を探しに校舎の中をうろついているようだった。何とか早馴と零洸からソールクラッシャーを引き離すことは出来たものの、今の零洸では早馴を救出してこの場を去る気力は無いだろう。
もはや、私の時間稼ぎは殆ど無駄なのかもしれない。
「……」
気づくと、私が学生として使っている教室にたどり着いていた。
私は後ろ手に引き戸を閉め、夜の教室を眺めた。
「……」
その時、突如頭上から何かが割れるような音が聞こえた。私は咄嗟にその位置から離れた。
同時に天井が破壊され、空いた穴から百夜過去が飛び降りてきた。今は変身を解き、人間態の姿で私の前に立っている。
「鬼ごっこは終わりよ」
「よく私の居場所が分かりましたね」
「もちろん。殺したくて殺したくて、うずうずしてたもの」
「しかし貴女の傷も――」
視界から百夜が消えたと気づいたその瞬間、私の身体は大きく吹き飛び、壁を貫いて隣の教室に投げ出された。
そして再び百夜が目の前に現れ、私の首を掴む。私はそのまま彼女に持ち上げられ、今度は腹部に強烈なパンチがねじ込まれた。
私は再び吹き飛び、元居た教室に投げ返された。
「弱い……本当に」
「ぐはっ……」
口から大量の血液が流れ落ちる。内臓が破壊されているのかもしれない。もはや痛みを越えて、全身が痺れはじめていた。
私は立ち上がろうとするが、身体のどこにも力が入らなかった。
そんな私の顔面に、百夜の蹴りが襲いかかる。
私は何個もの机にぶつかりながら、教室後方の空きスペースに転がった。
その衝撃で、懐にしまっていたスマートフォンも飛び出し、床に放り出された。
「なに? 今度はこれを使って、何か小細工でもする気なのかしら?」
百夜は、私を蹴り飛ばした足でスマートフォンを踏みつけた。
『留守録音声を再生します』
誤作動でも起こしたのだろうか。場違いな音声が響き渡る。
『メッ――ジは――です――』
しかし意識が遠のくにつれ、音声が聞き取れなくなってゆく。
そして、何も――
『―――――ニル?』
その時、私の耳に、彼女の声が聞こえてきた。
早馴愛美の声が、暗い教室に響き渡ったのだ。
『えっと……ニルも草津も様子がおかしいから、気になって電話しました。最近ちゃんと話せてなかったから、少し心配。私にできることがあったら言ってね。私、いつもニルに助けられてばっかりだから、たまには私もニルのために――って、な、何言ってるんだろ!? 今の無し! 全部無しだから!』
意識が少しずつ、戻ってゆく。
『と、とにかく! 1人で考えて決めつけるくらいなら、相談の一つくらいしなさいよっ! じゃあね!』
音声が途切れる。
しかし彼女の声は、まだ私の頭の中ではっきりとこだましている。
「なんか、笑っちゃうわね。宇宙人のくせに人間の真似事なんてしちゃって」
「……」
「あら、もうお寝んね?」
「……本当に。貴女の言う通りです」
「……急に何よ」
「いえ、私も可笑しくなっただけですよ」
「っ!?」
「何を驚いているのです?」
「あれだけ痛めつけたのに……立てるのね」
「そのようです」
何故か、身体が軽い。
先ほどまで全身の感覚が無かったのにもかかわらず、今では指の先まで自分の身体の感覚を認識している。
まだ、私は戦える。
私はこんな所で死ぬわけにはいかない。
人間の――早馴愛美の心を砕き、この惑星を侵略するまでは。
「さぁ百夜さん。まだ私は生きていますよ」
「この――うっ」
百夜が胸を押さえ、俯く。恐らくソルの捨て身の一撃と、私の光線のダメージだろう。
この機会を逃すわけには、いかない。
「百夜過去……!」
私は最後の力を振り絞り、百夜の懐に入る。
「メフィラス、お前――」
私は百夜の額を掴む。
「最後の一撃だ」
そして持てる全てのエネルギーを、百夜の頭蓋内――脳に送る。
「な――うあぁぁぁぁ!!!」
百夜は絶叫と共に、両手で私を突き放した。
私は力なく倒れる。
床に這いつくばりながら百夜を見上げると、彼女は頭を押さえて叫び続けていた。
そして急に声を発しなくなり、後ろ向きに倒れた。
「……終わった、のか」
薄れる意識の中で最後に聞こえたのは、零洸未来が私の名前を呼ぶ声だけだった。
「レオルトン!!」
こんな状況で考えることではないが、正体を知ったのにもかかわらず、何故彼女は私を、いつまでも人間の名前で呼ぶのだろうか。
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「ラスおねーさまぁ」
甘ったるい声。
「あと5日寝る」
「じゃあ私も一緒に寝ますね!」
少女は、私のベッドの中に潜り込んできた。
「こらっ! お姉様、急いでご支度を。評議会に遅れますわよ!」
別の少女が、はきはきとした声で2人を怒鳴りつけた。私は重たい瞼を擦りながら、柔らかいベッドから身体を起こした。
「めんどくさいなぁ」
「ダメですわよ、お姉様。私たち姉妹を率いる身として、しっかりしてもらわなくては」
「はいはい……」
――私は夢を見ている。
遠い日に失った暖かな日々。
光の戦士“ラス”として生きていたあの時の。
――そして思い出す。
“ラス”の名を捨て、“百夜過去――ソールクラッシャー”となったあの日のことを。
―――第28話に続く