留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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今回から週2回投稿してみます…!


第26話「the Forbidden Words」(後編)

 

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「……あれ?」

 

 目が覚めると愛美は―――ベッドの上だった。

 全くいつも通りの様子。しかし、愛美は何故か違和感を覚えていた。

 

(……昨日、何してたんだっけ?)

 

 愛美は前日――自分がベッドに入る瞬間を思い出そうとした。しかし、その記憶はとうとう彼女の脳裏に浮かぶことは無かった。

 結局愛美は考えることを止め、「めんどくさいなぁ」とぼやきながら朝の支度を始めた。まず彼女は顔を洗い、歯を磨きながらキッチンに立った。

 一人暮らしの彼女は、朝食の用意も自分でしなければならない。もう長い間そうしているが、それを苦に感じなくなることは、彼女には無さそうだった。

 

「ごちそうさま」

 

 元同居人の徹底したしつけのおかげか、愛美はあらゆる挨拶をすることが身体に刷り込まれていた。

 それから30分ほどで彼女は支度を整えた。彼女はメイクや髪形にさほど時間をかけない。そしてお気に入りのピンクのマフラーを巻いて、彼女は家を出た。

 

「あ、おはようございます」

 

 部屋の扉を閉め、鍵をかけた時愛美は、ちょうど同じく家を出ようとした隣の住人と目が合った。

 

「……」

 

 しかしその住人は、まるで愛美の挨拶が聞こえていないかのような態度だった。無言のまま彼女の横を通り過ぎ、階段を下りて行った。

 

「……どうしたんだろ」

 

 普段は笑顔で挨拶を返してくれるはずだった。それでも、愛美はそれを深く考えることはせずに登校の道についた。

 

 ドンッ

 

「きゃっ」

 

 学園に向かう道のり、愛美は後ろから肩に強い衝撃を受けた。彼女は一瞬、それが何か分からなかったが、自分の脇を通り過ぎて行った唯の姿を見て、彼女がぶつかったのだと理解した。

 

「おはよう、唯ちゃん――」

 

 愛美の声に、唯は見向きすらしなかった。唯はそのまま、前方を歩いていた草津の背中を両手で押した。

 

「うぉっ!! その柔らかな手の感触……唯ちゃんだな!?」

「その言い方はちょっとキモチ悪いです……!」

 

 2人は楽しげに会話をしながら、そこから歩き始めた。愛美はそれに追いつくために歩調を速めた。

 

「2人とも、おはよっ」

 

 愛美はいつも以上に大きな声でそう言った。しかし2人は、それに振り向こうとはしなかった。

 

「ねぇ2人とも、聞こえてる?」

 

 愛美は若干苛立ちながらも、2人に呼びかけた。

 しかし返ってきたのは、温かみのある反応ではなかった。

 突き刺さるような冷たい目線。普段の2人からは考えられないような、嫌悪感の込められた目線だった。

 

「な……何なの?」

 

 愛美は気の抜けたような声で呟いた。それを尻目に、草津と唯は再び談笑を始め、その場から離れて行った。

 

「……どういうことなの?」

 

 愛美は道の真ん中に立ったまま、先程の出来事を回想した。

 

(こんなの、夢だよ……! だって、あの二人があんな態度をとるわけ無いもん)

 

 愛美はそう自分に言い聞かせながら、自分の頬をつねった。

 

「痛い……」

 

 その姿を間抜けだなぁと思うほどの余裕を、愛美はまだ持っていた。彼女は再び歩みを始めた。

 その道中は不気味なぐらいの沈黙に支配されていた。すれ違う人々は物を言わず、学園生ですら死んだように口を閉ざしながら歩いていた。

 その沈黙は教室に近付くにつれ、次第に破られていた。愛美の目指す教室からは、クラスメートたちの声が漏れていた。

 

「みんな、おはよう」

 

 普段とは違い、愛美はクラス全員に呼びかけた。

 その瞬間、教室の喧騒はなりを潜めた。

 数秒間、クラスメートたちの声無き視線が愛美に集まり、彼女に突き刺さった。しかしすぐに沈黙は終わり、再びの喧騒が訪れた。

 

「……どうして?」

 

 それから先、教室に入った愛美を見る者は、それ以来一人も居なかった。居心地の悪さを感じながら、愛美は自分の席についた。それからすぐ、彼女は隣の席に目をやった。

 

「……来てないんだ」

 

 ニルの不在を言葉で確認するようにして、愛美は机に突っ伏した。

 

(まるでいじめられっ子だな)

 

 自嘲めいた感想を思い浮かべながらも、その目尻には涙が浮かんでいた。

 

「皆さんおはようございますわっ」

 

 引き戸の音ともに、逢夜乃が良く通る声を発した。

 

「逢夜乃~、朝から元気過ぎ」

「朝の挨拶は生活の基本ですわよっ」

 

 逢夜乃が別のクラスメートと言葉を交わす光景を、愛美は机から頭を上げて目にしていた。いつもと変わらぬその様子につい頬を緩め、彼女は逢夜乃のもとに駆け寄った。

 

「逢夜乃、おは――」

「はい? どちら様ですの?」

「……え?」

「あら、貴女このクラスの方ですの? わたくし見覚えが無くって……」

「嘘……そんなの」

「どうかなさいました?」

 

 顔を真っ青にした愛美に対し、逢夜乃はその端正な顔に疑問の色を浮かべた。まるで、愛美の心境を全く理解できていないかのように。

 

「っ!!」

 

 堪らず、愛美は机の上のマフラーを掴んで教室を飛び出した。

 すれ違い様、時折ぶつかる生徒に目もくれずに愛美は走った。その行先は、彼女自身にも分からなかった。

 やがて、彼女は無意識のうちに自宅へ戻って来ていた。改めて自分の生活の場を目にした彼女は、徐々に落ち着きを取り戻した。

 

(……これは悪い夢。もしかすると、宇宙人や怪獣に何かされているのかもしれない……!)

 

 歯を食いしばり、普段は見せないように顔を歪ませた。それは言いようのない怒りの表れであった。

 愛美はすぐさま机の引き出しを開け、その奥から小さな通信端末を取り出した。

 

「……お願い、通じて!」

 

 端末を耳に当てながら、彼女は必死に祈った。しかし、その祈りに答えたのは、残酷なほどに無機質な声。

 

『発信した番号は、本端末に登録されておりませんので通信は不可能です』

 

 愛美は、右手から端末を床に落とした。

 

(いや、きっと偶然の手違いに決まってる!)

 

 愛美は端末を拾い上げ、先程と同じような行動をとった。先とは異なった登録番号への発信を試みた彼女だったが、いずれも返事は変わらぬ、機械的な音声が返ってきた。

 

「嘘……嘘だよっ! どうして出てくれないの!! シャイさんっ!!」

 

 自分を救ってくれるかもしれない相手の裏切りを痛感した愛美に、もはや居場所は無かった。

 彼女は施錠もせずに家をふらりと出て、曇り空の外を歩いた。

 何時間そうしていたのか彼女にも分からなかったが、愛美は長い時間、街を彷徨い歩くことに費やした。空は徐々に闇を増し、やがて雨が降り出した。

 大粒の雨を全身に受けながら、彼女は公園へたどり着いた。彼女は激しい雨から逃れるように、ドーム状の遊具の中へ入った。そこは外界の視覚情報を遮った、愛美にはぴったりの居場所だったのだ。

 

「……」

 

 彼女はびしょ濡れのマフラーを外すこともせず、座り込んでいた。

 暗闇のドームに響くのは、外に打ちつける雨の音だけだった。彼女にとってのそれは、心地よいと言えるくらいであった。

 

「早馴愛美? あぁ、今朝の女子生徒ですの?」

「そうだよ、杏城さん。あんな風に白々しく演技するなんて、ホント嫌らしいよねー」

「ひ、ひどいですわっ」

「あははー。冗談冗談」

 

 愛美は、俯いていた頭を素早い動作でもたげた。

 逢夜乃、そして別の女子クラスメートの会話が、雨の音とドームの壁を突き抜けて愛美の耳に届いた。

 

「でもさ、早馴ったら面白い反応したよね?」

「そうですか? わたくしは彼女が何をしようといい気分にはなりませんわね」

 

 傘をさしながら楽しげに歩く二人の前に、一人の少女が現れた。

 

「何を話していたんだ? 2人とも」

 

 未来だった。

 愛美は最後の希望を彼女に託した。

 ――未来だけは、きっと私の味方でいてくれる!!

 

「あら、未来さん。今朝の戯れのお話ですわよ」

「戯れ――」

 

(未来だけは、未来だけはきっと私の味方で――)

 

「あぁ、今朝の。何もこちらから話さなくともいいだろう?」

「未来さんは無視に徹底してますものね」

「余計な労力だからな。話しても意味が無い」

 

 ――愛美の愛した世界は、音を立てて崩れ去った。

 3人はその後も会話を続けながらその場を去っていった。

 愛美はただ、暗いドームの中で、首に巻かれたマフラーを握りしめたまま立ち尽くしていた。

 

「……どうして」

「あれが真実です。貴女の生きていた世界の真実ですよ、早馴さん」

 

 流れる涙を拭うこともせず、愛美は後ろを振り向いた。

 

「ニル……!」

 

 ニル=レオルトンは、ドームの真ん中で微動だにせず佇んでいた。

 

「どうして泣いているのですか?」

「私……嫌われちゃったのかな? みんな……みんな私のことが嫌いなのかな……?」

「それが真実です」

「じゃあ、ニルも私が嫌い?」

 

 愛美のたったひとつの希望、それはニルだった。全てに裏切られた彼女の、たったひとつの。

 

「私は……私だけは貴女を否定しませんよ、早馴さん」

 

 ニルの黒い瞳は、真っ直ぐに愛美に注がれていた。

 

「本当に?」

「もちろんです」

「……もう、ニルしかいないよっ!」

 

 愛美は、ニルの胸に顔を埋めた。

 激しい嗚咽がドームに響いた。

 

「この世界は最低です」

 

 ニルは愛美の頭を撫でた。

 

「こんな世界、無くなったら良いと思いませんか?」

 

 愛美は答えない。

 

「貴女が愛した世界は、もう無くなってしまったのです」

 

 なおも愛美は言葉を返さない。

 

「全てが嘘偽りだったのです。許せますか? そうやって貴女の心を踏みにじり、裏切った世界を……人間を」

 

 愛美の嗚咽と震えは、止まった。

 

「……早馴さん?」

「まだ……まだ。まだ分からないよ」

 

 愛美は、ニルの胸から顔を離した。

 

「私には、まだ答えが出せないよ」

「答え……それはこの世界を許せるかどうかということですか?」

「許せないも何も……こんなの本当だなんて思えないよっ!」

「目の前の現実を直視してください。貴女は見た筈だ。貴女が愛していた者は、皆裏切った。杏城さんも、長瀬さんも、草津も……それに零洸さんだって」

「でも……」

「それだけじゃない。あなたを救ってくれるはずの人間は誰だって助けようともしなかった」

 

 ニルの瞳が、わずかに充血を始めた。

 

「私には、そんなこと信じられない! 逢夜乃も、みんなも……未来も!! みんなが裏切るはず無いもん!」

「あなたは分からず屋だ」

 

 ニルは、愛美の両肩を掴んだ。

 

「今のあなたの味方は、私しかいない」

「今は、そうかもしれない。でも、私はみんなを信じたい。だから、この世界が無くなって欲しいだなんて思わない」

 

 愛美の眼には、依然として涙が溜まっていた。それでも、そこに弱さは無かった。

 

「……貴女が望みさえすれば、私はこんな世界を消し去ることが出来ます。貴女の苦しみを取り除いてあげられます」

 

 ニルは一呼吸置き、言った。

 

「この地球を、私にくれると言うなら」

 

 愛美は一瞬、驚きの表情を浮かべたものの、その驚きはすぐに消え去った。

 

「私なら創れますよ。貴女の理想の世界を。貴女を苦しめる者なんて誰も居ない世界です。魅力的だとは思いませんか?」

「……そんな世界、私はいらないよ」

 

 ニルは目を見開いた。

 

「何故です……?」

「たとえ誰かが私を傷つけたって、そんなことは仕方のないことだもん。人ってさ、生きているだけで誰かを傷つけてるって、私は思ってる。私だって、自分の知らない所で誰かを傷つけてる。それは否定出来るものじゃないと思うの」

「……」

 

 ニルは言葉を失った。

 

「だから、ニルも悲しいこと言わないで」

 

 愛美は優しく包み込むように、ニルの手を握った。

 

「でも……もしニルがここに来てくれなかったら、私……何も信じられなかったと思う」

 

 愛美の、手を握る力が強まる。

 

「たった一人、絶対信じられる人が居ると、他のものだって信じられる気がする」

「……たった一人?」

「今、この瞬間の私にとってのそれは……ニルだった」

 

 その瞬間、愛美の意識は突然途切れた。

 

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 廃工場の中、椅子に座らせた早馴の前に、私は無言のまま立っていた。

 早馴の心は壊れなかった。むしろその強さを私に見せつけたかのようだった。

 

「これが、人の心だとでも言うのか……?」

 

 その自問に、答えは無かった。

 

「あーあ。期待はずれもいい所なんですどぉ」

 

 廃工場に、良く通る声が響いた。

 そして、次の瞬間に感じたのは――強烈な痛みだった。

 

「ぐあぁっ!」

「うふふっ……宇宙人のくせに血は紅いのねぇ……メフィラス」

「百夜……!」

 

 百夜は私の背後に立ち、その白い腕で私の腹部を貫いていた。

 

「綺麗なおててが真っ赤になっちゃったぁ……ムカつく」

 

 百夜は腕を引き抜き、私のわき腹に強烈な蹴りを入れた。私の身体は数メートル吹き飛び、廃材の山の中に突っ込んだ。

 

「あはははっ!! 最高に無様よ? どう? どんな気持ち? 悔しい? 痛い? 怖い?」

「……くそっ」

 

 私は廃材をかき分け、僅かの力を振り絞ってその場に立った。

 

「いつもの減らず口の余裕は無いみたいね。あーあ。いよいよ死んじゃいそー」

「お前ごときに殺されはしない」

「生意気な目つき。きーめた。バラバラのぐっちゃぐちゃにしようっと」

 

 百夜は拳を開いたり閉じたりしながら、意識の無い早馴の横に立っている。

 

「お前の目的は……何だ」

「目的? そんなの、私がしたいようにしてるだけよ♪」

 

 彼女は血の付いた指先で、早馴の頬をなぞった。

 

「でも強いて言うのなら……未来ちゃんただ一人よ」

 

 百夜と早馴を囲むようにフィールドが発生し、光と共に2人は姿を消した。

 私は百夜の後を追うため、懐からスマートフォンを取り出した。しかし百夜の位置情報は全く掴めなかった。

 その代りに、ニュースアプリが緊急速報を伝えてきた。

 そこに示されていた画像に映っていたのは、海の向こう『北京』に“超獣”が出現している光景であった。

 

 

―――27話に続く


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