留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

63 / 167
最近は各キャラクターのエピソードでしたが、いよいよ物語の本筋に戻ってまいります。
これからのニルが何をするのか、愛美の過去とは、そして地球はどうなってしまうのか――
新章突入です!


第26話「the Forbidden Words」(前編)

 私は無駄なプライドにとらわれ、客観的かつ正確な判断を誤るような真似はしない。だからこそ、はっきりと断言することができる。

 私は、侵略することを怠っていた。

 人の"心"を理解することは、私の侵略活動にとって大きな要因であることに揺るぎはない。

 しかし人間として過ごすうちに、私は人の心を理解することに捉われ過ぎていたのだ、私は。

 

「あら、おはようレオルトン」

 

 校門を抜けた時、百夜の声が耳に届いた。

 

「おはようございます、百夜さん」

 

 彼女はこの3日間、私に何かを期待するような目線をいつも送ってきた。もちろん、それで焦るような私ではない。しかし、それが殺意に変わるかもしれないという懸念だけは片時も忘れたことはない。

 この女は、明らかに“異質”だった。私がこれまで退けてきた宇宙人とは異なる何かを内に秘めているように感じられるのだ。それが彼女の強さと直結するかはさておき、異様な不気味さだけが、私をある種辟易させた。そうした状態が続いたまま、時間は過ぎていったのだった。

 

「ニル? にーるぅ」

「あ、はい」

 

 授業後の休み時間、早馴は不意に私に声をかけた。

 

「ニル、どうかした?」

「いえ。何もありませんよ」

「……そっか。何だか考え事してるって感じ。もしかして、草津のこと?」

 

 草津はあの夜以来、いつもに比べて覇気を欠いていた。その原因は、本人を除けば私と零洸しか知らない。

 

「ええ、まぁ。よほど悲しいことがあったと見えますが」

「心配だけど、今は声かけられないなぁ」

「いずれ元気になるでしょう」

「だといいんだけど……」

 

 今もこうして、塞ぎきった友人を見て憂える彼女――早馴愛美。

 頃合いなのかもしれない。かねてから考えていた、あの“計画”を実行する時が。

 充分に理解したといっていい、人間の感情。すなわち他人を信じ、他人を想い、その苦しみや幸せを分かち合わんとするその“心”。

 今こそ、私が人間の心に挑戦するときなのだ。

 そしてそれは、私をとりまく世界――ニル=レオルトンとしての世界を壊すことに他ならない。

 

 

 

   第26話「the Forbidden Words」

 

 

 

「それで、草津とは何か話したか?」

 

 私と零洸は食堂のテーブルで向かい合っていた。昼休みとあって生徒の数は多く、騒がしかった。

 

「いえ」

「そうか」

 

 楽しげな雰囲気は皆無だった。私たちは2,3言葉を交わしては、目の前の料理を口に運ぶという、無意味な行動を繰り返していた。

 

「レオルトン、キミに聞きたいことがある」

 

 零洸は箸を置いた。

 

「キミは……人間が好きか?」

「そういう話は、人の居ない所でお願いしたいですね」

「分かった。じゃあ放課後、屋上で待っている」

 

 零洸は立ち上がり、お盆を持って食器の返却口へと歩いて行った。

 

「人間が好きか……か」

「随分哲学的な自問をするのね、あなたって」

 

 振り向くと、そこに立っていたのは紫苑レムだった。彼女は相席を私に求めて来たので、了承した。

 

「で、さっきの話の続き」

「私の独り言ですか?」

「ええ」

「何でもありませんよ。ただ、最近考え事があるだけです」

「そっか。でも驚いたわ。あなたでも悩んだりするのね」

「どういう意味ですか?」

「言葉のままよ。あなたって、とても頭が良いでしょう? だから何でもすぐに答えを出せそうな気がするのよね」

 

 紫苑はケーキを口に運び、何度か頷いていた。

 

「うん、美味しいわ。一口食べる?」

「結構です」

「あらそう」

「……私にだって、悩みくらいは有ります。ずっと迷って迷って、土壺にはまってしまうことだってありますよ」

「そうよね。それが人間だもの」

 

 紫苑は食い入るように私の目を見た。

 

「でも、答えは出さなければいけないわ」

「分かっています」

「それならいいのよ。ふふっ」

 

 彼女は心底美味しそうにケーキを頬張りながら、くだらない世間話や、学校のこと、自分の趣味についてなどを話し始めた。私はそれに適当に相槌を打ちながら、ずっと思案していた。

 本当に、私は人間の心に挑戦すべきなのだろうか。これは百夜の罠ではないのか?

 私が行動を起こせば、零洸未来=ソルが死ぬ――そのように決めつけてしまっていいのだろうか。

 結局、答えは出ないまま昼休みは終わりを告げた。

 そして時間はあっという間に過ぎ去り、授業が終わる。相変わらず、帰るぎりぎりまで隣で居眠りを決め込んでいた早馴も、放課のチャイムと共にむくりと起きた。

 

「逢夜乃、未来。一緒に帰ろっ」

「済まない。今日は用事があるなんだ。2人だけで帰ってくれないか?」

 

 早馴の呼びかけに断りを入れた零洸は、早足で教室を出て行った。

 

「よっぽどの急ぎですのね。では、また明日ですわ。レオルトンさん」

「はい。それでは」

「ニルは帰らないの?」

 

 教室を出ようとした早馴が足を止め、こちらに振り返った。

 

「用事がありまして」

「……そっか。じゃーね」

 

 私は早馴と杏城の背中を見送ってから、鞄を持って教室を出た。向かう先は、もちろん屋上だ。

 放課後の屋上。生徒の姿は無い。気温が下がり始めたこの時期に、冷えた屋上に出ようとする者はほとんどいない。

 

「話とは何ですか、零洸さん」

 

 屋上を囲むフェンスの前に立つ零洸は、私の言葉に反応せず、ただ眼下に広がる光景に目を向けていた。そこでは下校中の生徒たちが列を成していた。

 

「零洸さん」

 

 私は彼女の肩に触れた。すると驚いたように零洸はこちらに振り返った。

 

「済まない。気付かなかった」

「具合でも悪いのですか?」

「いいや、何でも無いんだ」

「で、話とは?」

「さっきの質問の続きだ」

「人間が好きか、という話ですね」

 

 零洸はどこか心許なげに私を見つめていた。

 

「……まだ、私には分かりません」

「そうか」

「逆に聞きますが、あなたは好きですか? 人間が」

「……私は人間が、好きな……はずだ」

 

 零洸は歯切れの悪い答えを告げた。

 

「私は、愛美や逢夜乃、愛する者のために戦っていた。しかし――」

 

 彼女は私に背を向け、思い切りフェンスを掴んだ。

 

「しかし草津も、愛する者一人のはずだった。なのに……私は彼を傷つけた……!」

 

 零洸が掴んだ部分の針金が曲がり、その周りが歪んだ。

 

「私は……いつしか平和と言う結果だけを求めてしまっていたのかもしれない。しかも見せかけの」

「それがいけないことだとは思いません」

「愛する者を傷つけてまで得たい平和なんて、私には無いはずだ」

 

 振り向いた彼女の眼に宿るのは、悔しさか、それとも怒りか。

 

「あなたは戦士失格だ。貴女方は宇宙の平和を守る者。個人感情で動くような者ではないはずです」

「そうかもしれないな」

 

 零洸は、自嘲めいた笑みを浮かべた。

 

「しかし、その迷いも貴女の強さだと、私は思っています」

「……キミは、優しいな」

「優しい?」

「ああ。今ので確信したよ。キミは――」

「私は、優しくなんてありません」

 

 彼女の言葉を切るようにして、私は言った。

 

「私は――」

 

 そうだ。

 私が“優しい”。そんな馬鹿なことがあってはならない。

 私はメフィラス星人だ。

 零洸未来は、私の抹殺すべき敵だ。

 人間は、私の支配すべき種族に過ぎない。

 

「私は、ただの宇宙人です」

 

 私は、この世界を、このぬるま湯のような生活を壊さなければならない。メフィラス星人=侵略者として。

 だから私は動く。人の心をくじき、この地球を手に入れるために。

 

 

 

「おや?」

 

 零洸と話した後に教室に戻って来ると、そこには草津の姿があった。

 

「……レオルトン」

 

 草津は窓を開け、そこから夕焼けの空を眺めていたが、私に気付くとそこから離れ、自分の席に座った。

 

「この前のこと、礼を言う」

「気にしないでください」

 

 草津は再び視線を外の風景に戻した。

 

「……アリアさんは、やはり?」

「彼女は死んでしまったよ。光の粒子のようになって俺の前から消え去ってしまった。」

 

 背を向ける草津の表情は、ここからは分からなかった。

 

「昨日の晩、未来が俺の前で頭を下げた」

 

 彼女は、自分の無力が草津を傷つけたと思い込んでいる。彼女の性格を考えれば当然のことだった。

 

「未来は……戦う者には向いていないと思う。優し過ぎるんだ、あいつは。それに――」

 

 草津はもう一度こちらに振り向き、机の横にぶら下げた鞄を手にとって席を立った。

 

「お前もだ」

「……どういう意味ですか?」

「お前たちは、他人に優し過ぎる。優しいばかりに、いつも厄介事に身を投じる。そうだろう?」

 

 お前をもそう言うのか、草津。

 この私に向かって“優しい”などと。

 

「違います。私は自分なりに目的があって、それであなたたちに協力しただけです」

 

 あえて一度GUYSから草津を逃したのは、アリアの片割れをおびき出し、密かに殺してガルナ星人の技術を盗みたかっただけなのだ。

 

「だから、優しいと言われる資格も、礼を言われる資格もないんですよ」

 

 この男は、本当に何も察していないのだろうか、私がしたことの意味を。

 

「お前、もっと自分を大事にした方が良いな」

「それは、大事な人を失ったから言っているんですか」

 

 私は今初めて、草津に対して強い感情のこもった言葉をぶつけた。

 

「そうだ。失ったから気付いたんだ。捨て身で誰かを護ろうとすることは、悪いことじゃない。しかし一方で、傍で見ている誰か――自分を大事だと言ってくれる人にとっては、捨て身で傷つく姿は……辛いものだと」

 

 草津は私の方に向かって歩き始め、私の横を通り過ぎた。その際彼は、私の肩に軽く触れて言った。

 

「お前が苦しむ時、それを見て苦しむ人間がいる。それだけは絶対に忘れるな」

「どういう意味です?」

 

 草津は私の言葉を無視して教室を去っていった。

 

「何故答えないんだ……草津!」

 

 私の声が、無人の教室に静かに響いた。

 それをかき消すように、私のスマートフォンのバイブレータ音が鞄の中から聞こえた。

 画面を見ると、早馴からの着信であった。

 どうやらその前にも、私に電話していたらしい。留守録が残っている。

 

『……ニル?』

「先ほどは出れず、すみません。どうしました?」

『………』

「早馴さん?」

『……未来と、何話してたの?』

「零洸さんに聞いたのですか?」

『違う。何となくそう思っただけ』

「そうでしたか。別に、特別な話は何も。先週のノートを借りたいと――」

『嘘だよ』

「……」

『草津のこと、じゃないの?』

「何故ですか」

『3人とも、最近様子がおかしいから。特に草津は』

「そうだったかも、しれませんね」

『ニルは草津の一番の友達だろうから、何か相談受けてるのかと思って。私も、何か力になれないかな?』

「……分かりました。少し、早馴さんにも相談しようと思います」

『うん、分かった!』

「帰りに通る公園で、待ち合わせましょう」

 

 早馴愛美――私の考える人間像を、最も体現する人間。

 もう、慣れ合いは終わりだ。

 

 

―――後編に続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。