草津と2人、息を切らしながら私たちは廊下を歩いていた。
「これは……疲れましたね」
「まったく、全運動部の活動に介入するとは。誰のせいだ」
貴様のせいだろう。
「もうすっかり暗くなりましたね」
草津に連れられ、部活動見学と称してほとんどの部活動に混ざってしまった。身体だけでなく頭脳能力のセーブを繰り返したせいで無駄な疲労を感じる。
しかしどこへ行っても勧誘されるとは思わなかったが。
「最近は日の入りが早くなってきたからな。おっと! 俺はこの後重要な用事があったではないか。それではな」
「ええ」
さて、私も帰るとしよう。
部活を終えた生徒たちに混ざり、私も薄暗くなった校門を抜けた。私の家の方面はあまり学園生が住んでいないせいか、制服姿なのは私だけだった。10分ほど歩くと、もうじき私の家だ。
「きゃーっ!」
今の声は……人間の悲鳴か?
とはいえ、私の優れた聴覚のために聞こえただけで、周りを歩く人間たちはまったく気付いていない。悲鳴の聞こえた方向は、この周辺の住宅街の中でも特に人通りが少ない地域だ。犯罪が起きやすい場所なのだろう。
「誰か助けてくださいっ!」
この声、聞き覚えがある。
今のは杏城の声だ。すると、最初に聞こえたのは、一緒に行動しているであろう早馴の悲鳴だ。
クラスメートが犯罪に巻き込まれているところを助ける――随分良い印象を得られる気がする。人間として生活するには、そういった評価は得ておきたい。
早速私は声のする方へ走っていった。声が次第に大きくなる。すると曲がり角から出てきた杏城、そして早馴の姿が見えた。何かから逃げるように、彼女たちは恐怖の表情を浮かべで後ずさりしていた。私は素早く電柱の陰に身を潜めてその様子を窺った。
「あれは――」
2人が出てきた曲がり角から人影が現れる。
間違いない。二人の目の前にいるのは――
「なんだっていうのよ!」
早馴が杏城を庇うように前に立ち、手に持っていた鞄を相手に思い切り投げつけた。しかし相手はそれを造作も無く右手でなぎ払い、鞄は私の隠れている方向へ飛んできた。
「まさか人間に姿を見られるとはな」
細身の宇宙服とヘルメット姿。男の声だった。くぐもった、低い笑い声を上げている。
「も、もしかして、GUYSに侵入した宇宙人?」
杏城が思い出したように言った。
「知られていたか。ならば話は早い」
まさか相手が宇宙人だとは。
彼女たちを助けてやりたいが、ここで奴に戦いを挑めば、私の正体を早馴と杏城に晒すことになる。
その時は、私の“能力”を使う時だろう。
もちろんできるだけ使いたくない力だが、しかし見殺しにしてしまうのはまずい。もしその仕業が宇宙人であると知られれば、殺された2人に近い関係にある私に捜査の手が及ぶ可能性もゼロではない。
それに、せっかくの観察対象を奪われるのを黙って見ている程、私は甘くない。
「待て」
「……また人間か」
男はこちらを向いた。一応警戒しているのか、その手は腰にぶら下がっている拳銃にかけられている。
「あ、アンタ……」
「レオルトンさん!?」
早馴と杏城はが驚きに満ちた目で私をとらえた。その目尻には涙が浮かんでいる。
「お2人はお先に帰ってください」
「貴様ら、無事に帰れると思うのか?」
男が銃を抜こうとする。
もし奴が銃を構えたら、私は自分の鞄を奴目がけて投げつけ、その隙を突いて2人を引っ張って逃げるしかない。銃撃されたとしても、早馴と杏城に見られない様にそれを防ぐ自信はある。
「馬鹿な奴め。いいだろう…死ね――ぐっ!?」
奴が腰の銃を私に向けた瞬間、光る何かが奴の手を貫いた。
「誰だ!?」
とにかく、この偶然を生かさない手は無い。
動揺する男を尻目に、私は素早く早馴と杏城の手を取る。
「逃げろ!」
その時、どこからか女性の声が聞こえた。しかし上手く聞き取れないほど小さな声だった。
「お2人とも、走りますよ」
「あ、うんっ!」
「はい!」
早馴も杏城2人は割と冷静で、全速力で私と共に逃げた。男は自分を攻撃した者を追って反対方向へ走っていった。
私は走りながら、奴が向かっていった方向に一瞬だけ視線を向けた。
かろうじて見えたその人影が身に着けていたのは、早馴や杏城が身につけているのと同じ――沙流学園の女子制服だった。
―――第3話に続く