CREW GUYSの主力戦闘機“メシア”のコックピット内、モニターの光に照らされるミカワリョータの表情は固かった。
『予想降下ポイントを算出したぜ』
同じくメシアに搭乗しているサクマダイキからの通信を受け、リョータは操縦桿を右に動かした。
「ポイントに到着」
その瞬間、モニターの左下に表示されているレーダーに、迎撃目標の存在を示す赤い点が現れた。それからものの5秒で、リョータの目には目標が映った。
「相変わらずスペーシーの防衛線は“ざる”だ!」
リョータ機が攻撃を始めたのを合図に、他に飛行しているメシア全6機も戦闘を開始した。
敵宇宙船5機は球状の脱出ポッドのような形をしているが、メシアとほぼ同程度の機動性を誇っていた。しかし敵船はメシアの攻撃を回避するだけで、なかなか攻勢に転じようとはしな
い。
『リョータ! 変形して一気に片を付けよ!』
「了解だ」
ホユイ カオル隊員の声に呼応し、リョータはメシアを人型に変形させた。サクマ機以外の5機もそれに続き、一斉に敵船に向かって接近した。敵船はなおも回避運動を取るにとどまったが、変形したことによって攻撃バリエーションが広がったメシアの攻手を逃れることは出来なかった。5機はほぼ同時に爆炎を上げ、墜落する前に爆散した。
その姿を見ながらも、リョータは手ごたえを感じることは無かった。むしろ、妙な違和感すら覚えていた。
そして、その間隔は現実感を帯びてきた。
『まずいな。ここから5キロメートル地点に機体反応。ステルス機だったか?』
その反応は、リョータ機のレーダーにも捉えられた。しかし、それが地上に到着する前に撃墜することは不可能と思われた。
『私が落とす』
狙撃手ヨシダアオカの冷静な声が無線を通じてリョータのもとに届く。
『無理だ、ヨシダくん。まだコンピューターの補助が間に合わ――』
サクマの声を無視するように、ヨシダ機のスナイパーライフルが光条を放つ。それは吸い込まれるように目標に達し、その船体を貫いた。
「肉眼だけで狙撃か。流石だな、吉田」
『ううん。ダメだった』
誰もが撃墜を確信したが、ヨシダだけは異を唱える。
「どういうことだ?」
『着弾の瞬間、バリアーのような反応が一瞬見えた』
その声とほぼ同時に、バケツをひっくり返したような土砂降りがメシアの機体を叩いた。
第24話「主人公はこの俺、草津が務めさせてもらうぞぉぉ!!!」
「うおぉぉぉぉ!!!」
深夜の大雨の中、ビニール袋を片手に走る姿があった。
「舐めるなよ! 俺の前では雨など、俺をさらに輝かせる小道具に過ぎない!」
草津であった。深夜に突然アセロラドリンクを欲した彼は、迷うことなく家を飛び出してコンビニへ行った。しかしその帰り、突然の土砂降りに襲われたのだった。
長めの前髪が、水分の重みで彼の目にかかっていた。それを軽く指で払おうとした時、彼は見た。
自分の家の前の道路に、人が倒れているのだ。
「しっかりしろ!」
草津は叫びながら、その人影に駆け寄った。ずぶ濡れになった青い長い髪が、その顔を隠していた。かすかに覗かせるその顔は、それが女性であることを示していた。草津はその身体を両腕で持ち上げ、玄関の扉を開けた。
「待っていろ、今暖かくしてやるぞ!」
草津は彼女を一旦床に下ろし、そう言い残して洗面所へ向かった。彼は数枚のバスタオルを手に、そこに戻った。それからバスタオルで意識の無い女性の身体を包んで、再び彼女を持ちあげ、2階へ上がった。
2階にある彼の部屋のベッドは、綺麗に整えられていた。草津はそこに女性を寝かし、一息ついた。
……服を脱がせなくてはならない、か。
彼は意を決し、ずぶ濡れの衣服に手をかけた。黒いマントのような服を取り去ると、特徴的な白い衣服が彼の目に移った。幅8センチほどのリボン状の布が、細い肢体に巻き付いているようなデザインだった。しかも所々は肌が露出しており、恥部をぎりぎり隠しているような際どさがあった。
しかしそれ以上に彼をまごつかせたのは、濡れた薄い布地が張り付いてくっきりと見える彼女の身体のライン、そして、薄い布越しにはっきり草津の目に飛び込む女性特有の胸の双丘と、その先端の――
「いかん! 俺は紳士だ!!」
草津はきつく瞼を閉じた。
「心で見るのだ! いや、見てはいけないな。感じるんだ!!」
草津は目を閉じたまま、濡れた服を脱がせ、身体を拭く作業に取り掛かった。それは見ずにこなせるものではないはずだが、ここは草津のポテンシャルの高さが補った。
「ふっ。俺の手にかかればこんなこと―――」
達成感と共に、瞼を開く草津。
「ぐあぁぁぁぁ!!!」
草津は気を失いそうになりながらも、一糸まとわぬ彼女の身体に布団を被せた。布団から彼女の顔だけが外に出ている状況になったところで、草津はようやく平静を取り戻した。
「ふぅ……」
それから草津は無言で、彼女の長い髪が含んだ水分を丁寧にタオルで拭った。それを続けながら、草津は目を閉じたまま、規則正しい呼吸を続ける彼女の顔を見やった。
「一体君はどこから来たんだ?」
返事は無い。草津は小さくため息をついて作業に戻った。
「……んぅ……」
室内の沈黙を破ったのは、慣れない心地よさに目覚めた彼女の声だった。
彼女は重たい頭を少しだけもたげ、カーテンから漏れる朝の光に目を細めた。
「……ここは」
「目が覚めたのか」
ドアの渇いた木の音と共に、草津が顔を覗かせた。
「っ! だ、誰?」
彼女は勢いよく布団を飛ばし、部屋の隅に背中をつけた。
「誰よっ!!」
「うあぁぁぁぁ!!!」
突如、草津が大声を上げた。彼は全裸の彼女を前に膝をつき、頭を抱えて悶絶した。
「た、頼む! 布団をかぶってくれ!!」
「何を言って――きゃ、きゃぁっ!!」
自分の身体を見下ろし、彼女は自分の状態に気付いたところで悲鳴を上げた。
「は、早く布団に入ってくれ!」
「言われなくたって、入るわ!!」
彼女は顔を真っ赤にして、先程まで被っていた布団で身体を隠した。
「身体は隠したか?」
「当り前でしょ!!」
「ふぅ……なら良いんだ」
草津は立ち上がった。
「置かれている状況に驚いているかもしれないが、それはこっちも同様だ。まずは名前を教えてくれないか?」
「……アリア」
「アリアか。美しい名だ」
「アンタこそ何者?」
アリアは警戒心を大いに露わにしていたが、それを気にする草津ではなかった。
「俺は草津。草津
「ここは?」
「俺の家だ」
「どうしてここに――あれ?」
突如彼女は、自分のこめかみに右手を当てた。そして、驚愕の相を浮かべた。
「……な、何も思い出せない」
「まさか、記憶が無いのか?」
「分かんない……分かんないよっ!!」
半ばパニック状態に陥った彼女に、草津はそっと近づき、彼女の右手に触れた。
「一度落ち着こう。さぁ、深呼吸をして」
「はぁ……ふぅ……」
「そうだ。少し落ち着いたか?」
「……分からない」
「そうか」
「私は……一体どうしてここに?」
「家の前に倒れていた。しかも大雨の中だ。だから、ひとまずここに連れてきた」
「そう……」
「とにかく、横になっていた方がいい。俺が後ろを向いたらベッドの上に行ってくれ」
草津は彼女の手から、自分の手を離し、後ろを向いた。アリアはその間に、ベッドの上に移り、目が覚める前と同じように布団をかぶって横になった。
「しばらく休むと良い」
「うん……」
「そうだ。お腹がすいているか? 何か持って来よう」
「……別にいらない」
アリアは記憶喪失のショックから抜け出したものの、再び草津に対する警戒心を抱いた。
「それより、私の服は?」
「まだ渇いていない。それに、ところどころ破れてしまっている」
「それでもいいから、早く返して」
「まさか出て行く気か?」
「ええ」
「無理は止めろ。あんな服装で外を歩いたら怪しまれるぞ」
「そんなことどうでも――」
ぐぅぅぅぅ。
アリアの言葉を遮るように、彼女のお腹から空腹を告げる音が鳴った。
「こ、これは……気、気のせいっ」
「まぁまぁ。とにかく何か食べるだけ食べた方がいい。話はそれからだ」
「だからそういうんじゃ――」
アリアの抗議を最後まで聞かず、草津は部屋から出て行った。
「……どうしよう」
草津が部屋から出て行ってすぐ、アリアは再び自分の記憶を辿ろうと頭をひねったが、何一つ彼女の頭には浮かばなかった。かろうじて出てくるのは、自分自身の名前と、草津の名前と顔だけだった。
「これから……どうすれば……」
「ご飯を持って来たぞ!」
「っ!お、おどかさないでよっ!」
「ははは。済まないな」
反省する様子は全く無く、草津はお盆をテーブルに置いた。
「取りあえずだが、これを来ていてくれ」
草津はスウェットの上下とTシャツをアリアに差し出した。
「その……下着は勘弁してくれ。当然ながら女性物など持っていないからな」
「……分かった」
草津が後ろを向き、その間にアリアは布団から出て服に袖を通した。そして服を着た状態で草津とテーブルを挟んで向き合い、カーペットの敷かれた床に座った。
「俺特製のモーニングセットだ」
「……どうやって食べればいいの?」
アリアは、見知らぬ料理を前に戸惑った。
「こうするんだ」
草津は自分の分のパンを手に取り、それをかじった。それから、皿の上のオムレツをフォークで切って口に入れた。
「……分かった」
アリアは見様見真似でパンを口に運んだ。
「おいしい」
「だろう? ちなみにそのパンは俺自らが生地をこね、焼いた物だ。市販物とは格が違う」
「この黄色いのもおいしい」
「それは卵という食べ物だ」
「こっちは?」
アリアはフォークでベーコンを刺していた。
「ベーコン。まぁ肉だな」
草津はアリアの質問に答えながら、浴室で乾かしている彼女の服、そして今朝目にしたニュースを頭に浮かべていた。
……まさか、な。
草津は、頭によぎった考えを振り払うように、食事を続けた。
「カズト」
「ん?」
「どうして助けてくれたの?」
「君が困っている美女というだけで理由は十分だろう」
「……ありがとう」
「ん?」
「何でも無いっ」
アリアは誤魔化すように、パンをちぎって口に入れた。パンの甘みを感じながら、彼女はこれからどうすべきかを思案していた。
「しばらくここに居るといい」
「でも……」
「安心しろ。俺はアリアを傷つけるような真似はしない。君が落ち着いて、行くべき場所を決めるまでここに居ていいんだ」
草津の優しげな微笑みに、アリアは全身の緊張をわずかに緩ませた。
「しかしこのままではいかんな」
草津はパンの最後の一口を頬張ると、机の上のノートパソコンに手を伸ばした。
「何をしているの?」
アリアは一旦フォークを置き、草津の隣に寄り添うようにして、パソコンの画面を覗いた。
「これなんてどうだ?」
パソコンの画面には、女性服専門の通販サイトだった。流行の服に身を包んだ女性モデルたちがポーズを決めて画面上に並んでいる。
「何これ」
「君の服は破れて着られそうにないからな。新しいのを買おうと思ったんだ」
「何、この短い布は」
「これはミニスカート。アリアならとても似合うだろう」
「……こんなの、見えちゃうじゃない」
「大丈夫。意外と見えないのがスカートというものだ。こんな感じがいいというのは無いか?」
「カズトがいいと思うのでいい」
「了解だ。では……」
草津は顔を赤らめながら、別のページを表示した。
「……選べるか?」
「何よこれっ!」
アリアはいきり立ち、草津の両頬をつねった。
「と、とにかく、好きな色と形を言ってくれればいい」
アリアは頬を紅潮させたまま、人差し指をあごに当てながら、画面に並ぶ上下セットの女性用下着をそれぞれ見比べた。
「……こ、これでいい」
「あ、ああ」
草津はなるべく、アリアの選んだ下着を見ないようにしながら、それをクリックして買い物かごに入れた。
「よし。服に関しては問題ないな」
「服が来たら、外に出てもいいの?」
「もちろんだ。この俺がどこへでもエスコートしてやろう」
「本当に?」
「ああ」
胸を張ってそう答える草津だったが、未だに彼の心には、黒いもやのように不安感が立ちこめていた。
―――24話へ続く