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逢夜乃はベッドの中で、慣れない温かさに目を覚ました。
顔を横に向けると、愛らしい寝顔を見せるリュールがいた。彼は寝ているはずだが、逢夜乃の手を力強く握っていた。
突然、逢夜乃の机の上から電子音が鳴り響いた。
彼女は優しい手つきでリュールの手を離し、ベッドから降りて机に向かった。
青い光を点滅させた小さな機械。それはリュールが持っていた通信端末だった。あらかじめリュールから使い方を教わっていた。
彼女は窓を開け、ベランダに出てから端末のボタンを押した。
『こちらはリュールの父親だ』
「リュールのお父さま? わたくし……って、名前を申していませんでしたわね。わたくし、杏城逢夜乃と申します」
『私のことはアッシュと呼んでくれ。実はリュールを連れて行くことにした』
その言葉に、逢夜乃の鼓動が速さを増した。
「……そ、そうですか! リュールくん、とっても……とっても喜びますわ」
絞り出すようにして彼女は言った。言葉とは裏腹に、彼女は無表情だった。
『明日の夕暮れ、迎えに行く。初めて出会った場所に』
「分かりました。お気を付けて」
『ありがとう。それでは、また』
「はい。失礼いたしますわ」
逢夜乃はすぐに通話を切ってしまった。
それから彼女はベランダから部屋に戻り、ベッドには行かずに机の前の椅子に腰かけた。
「……」
彼女の視線は、寝息を立てるリュールに注がれていた。
「明日で、お別れ……ですわね」
あまりにも唐突な別れの時。
それはリュールにとって幸福な報せにも関わらず、彼女にとっては、何故だか悲しい報せだった。
「……笑ってお別れしましょうね」
目尻に浮かぶ涙を中指で拭い、彼女はベッドに戻った。枕元の目覚まし時計のアラーム時刻を1時間早めた。
そして、顔の前に置かれているリュールの手を握り、その温かさを感じながら逢夜乃は瞼を閉じた。
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第22話「想って、想われて」
「お待たせしましたぁっ!!」
自分の部屋のドアの前で待っていると、隣の部屋のドアが勢いよく開け放たれ、そこから長瀬が飛び出してきた。
「さすが私の見込んだニルセンパイ! 五分前行動は基本ですねっ!」
私は、私の顔の前で広げられた彼女の手を取り、その小指と薬指をそっと折り曲げた。
「3分遅刻です。長瀬さん」
「もうっ。いきなり手を握るなんて今日はいつにも増して積極的――あぁっ! さては……愛美センパイたちも居るからって、楽しみで仕方ないんですねっ!」
「はい。杏城さんと零洸さんも。もちろん草津などの男子勢も一緒ですが」
「なるほど。それで今日は気合が入っている、と。いやぁ~頑張って!」
彼女は私の背中をばしばしと叩く。
彼女は何か間違って理解してしまったようだが、いちいち言うのも面倒なので、私は公園へ行こうと彼女を促した。
公園はここから10分ほど歩いた場所にある。たとえ長瀬が遅刻したとしても充分間に合うのだ。
「その荷物、何ですか?」
長瀬は、私が肩にかけているバッグを指さした。
「シートと、多少の飲み物やお菓子です」
「じゅ、準備の鬼かっ」
快適さを求めるなら折り畳み式のテーブルや椅子を持っていくべきだったと考えたが、昨日の電話で樫尾に相談した結果、『そりゃキャンプの間違いじゃねぇか?』との指摘を受けて取りやめた。シートは昨日、ホームセンターまで走って買って来たものだが、今思えばそこまでせずとも誰かに頼めば良かったと悔やんでいる。
「ふっふっふ……」
急に長瀬が、意味あり気ににやけながら、自分の背負っているリュックサックをこれ見よがしにゆさゆさと動かし始めた。
「……その荷物、一体何が入っているんですか?」
「よくぞ聞いてくれました! この中には……なんと! 私手作りのお菓子が入っているのです!!」
この女、料理できたのか。いつも私に作らせるから、てっきりできないものだと思っていた。
「興味深いですね。何をお作りに?」
「それはぁ……ひ、み、つっ!」
決まった、と言わんばかりにウィンクを見せつけてきた長瀬は、目的の公園が見えると一層はしゃぎ始める。
「来ちゃいましたよ! もう来ちゃいましたよ! どうしよう……心臓ばっくばくぅ~!」
「そんな緊張をする必要は無いと思いますが」
「緊張なんかじゃないですよ。これはそう……武者震い!」
「武者震い?」
「今日を全力で楽しむという戦いを前に――あぁっ!杏城センパイと、誰!?」
私たちとは反対側の方向から杏城とリュールは公演に入って来た。リュールに気付いた長瀬は、興味津々で2人の元へ駆けよった。
「こんにちは、杏城センパイ!」
「ええ。こんにちわ」
「こんにちわっ!」
杏城に合わせ、リュールも元気な声を張り上げた。
「可愛い男の子ですねっ。センパイの弟くんですか?」
「いいえ。いとこですの。まぁ……弟のようなものですわね」
「リュールって言います! お姉ちゃんは、唯ねーちゃん?」
「アタリっ! 私ったら、いつの間にか有名人じゃないですか~。えへへぇ~」
「そうなの!? 有名人なの!?」
「そうだよっ! 巷で大人気の長瀬唯ですっ!」
「すごい!!」
長瀬とリュールはあっという間に打ち解けたようだ。元気加減はお互いに似ているから、気が合うのだろう。
「おはようございます、レオルトンさん。そのお荷物、もしかしてお弁当…?」
彼女はしまった、という表情した。
「いいえ。多少の飲み物とお菓子です。杏城さんのお荷物は、お弁当ですか?」
「ええ。ちょっと張り切りすぎましたわ」
手提げバック二つ分の弁当は、集まる人数を考えるとちょうど良いだろう。他の面子で弁当を用意した者がいなければの話だが、あの中にそんな気の利く者は居ないだろうな。
「とても楽しみです。あ、既に来ている方も居るみたいですね」
私は集合場所に指定した噴水を指さした。既に早馴、早坂、樫尾、そして零洸が来ていた。そこに、私たちと長瀬、リュールも加わる。
「まぁ。それじゃ、行きましょうか」
「そうですね」
私たちは並んで、その6人の元に向かった。
「草津さんは?」
杏城が辺りを見回しながら聞いた。
「あの野郎が遅刻とは考えられねぇが……あ、居たぞ」
樫尾が指差した方向、すこしここから離れた所に草津はいた。謎のポーズを決めて。
「実は……もう私が最初にここに来た時から居たんだ」
零洸が気まずそうに言った。
「しかしその……あれに声をかける勇気が無かったというか……」
「その気持ち分かる、うん。ニル、草津のこと連れてきて」
零洸の両肩に手に置き、うんうんと頷く早馴。
やはり私の仕事か、と割り切り、私は草津のもとへ向かった。
「草津、いつまでふざけているのですか」
「ふざけている? これがお前にはふざけているように見えるか?」
腰をひねり、両手を高く上げたポーズを崩さないまま、草津は堂々とした口調だった。もはや私にはこの男の思考が全くと言っていいほど理解出来ない。
「今日は死ぬほど楽しもうと思ってな。そのための覚悟を示したと言っていい。さて、俺も加わるとしよう」
ようやくポーズを解いた草津は走って皆の所へ向かい、早馴に抱きつこうとしたところを樫尾に阻止されていた。
「うわぁ~! 樫尾にーちゃんすげー!」
「ほぅらよっと」
「あ、危なくないですか!?」
リュールを肩車し、小走りする樫尾を見て、心配性の早坂は顔を青くして付いて回っていた。
私と早馴、杏城、零洸は木陰に広げたシートの上に居た。早馴はというと、集合して間もなく眠いと言い始め、今は零洸の太ももを枕に昼寝である。
その寝顔に眠気を誘われたのか、零洸自身もうつらうつらしていた。
「あの子……とても楽しそうですわね」
私の隣に座る杏城は、樫尾に遊んでもらっているリュールを見て、目を細めて笑った。
しかし、どうも心の底から笑っているようには見えなかった。
「何か良くない事がありましたか?」
「え?」
驚いたようにこちらを振り向いた杏城は、やがて陰りのある笑みをこぼした。
「……今日。今日の夜には、お別れです」
私にはこの言葉の意味が分かる。
リュールという少年は杏城のいとこではないし、ましてや人間ではない。
リュールは宇宙人なのだ。絶対に分かり合うことのできない二者。その別れは必然であるはずなのだ。
取りあえず少し、彼女らの事情を探ってみるとしよう。
「元々オーストラリア住まいでしたよね、彼は。それにしては日本語が上手ですね」
「お母様は、日本人ですからね。あの子は」
「まだ学生の杏城さんに預けるのは、若干不用意な気がしますね。……すみません、言葉が過ぎました」
「だ、大丈夫ですわ」
彼女は焦るように、偶然両親が仕事で外出したことを話し出した。
別に私自身、彼女が元々宇宙人に関係する人間だとは考えていない。せいぜい突然宇宙人に出会ってしまい、関わりを持っただけだろう。さすがにあの少年が侵略目的で来たとは考えられない。
「では、これが最後の思い出ですか」
「そう、なりますわね」
「ならば、そんな顔をしていては不味いですね」
「え?」
「別れ際こそ、笑顔でいるもの。本で読みました」
私は杏城の両頬に触れ、少しだけ口角を上げてみた。
「もっと笑って」
彼女は呆けたようにしていたが、突然頬を赤らめて私から目を背けた。
「も、もうっ。だから愛美さんにスケベって言われるんですわ」
「え」
「でも……ありがとうございますわ」
杏城は立ちあがり、靴を履いてリュールたちの所へ駆けていった。
「……私にはキミの考えていることが良く分からないな」
「盗み聞きとは、趣味が悪いですね」
まどろんでいたと思われていた零洸だったが、今は平然としている。
「途中で目が覚めただけだ」
「知っていて黙っているんですか? リュール少年が――」
「キミも気付いていたのか」
零洸はため息をつき、一度早馴の寝顔に視線を落とし、口を開いた。
「あの少年の正体は私にも分からない。ただ、逢夜乃を狙っているようには思えないんだ」
零洸の視線の先には、リュールと笑顔で言葉を交わす杏城の姿があった。
「杏城さんが言うには、そろそろお別れだそうですよ」
「ますますリュールの目的が分からないな」
「誰かが彼を、何か理由がって杏城さんに預けたのでは? GUYSに何か情報は入っていないのですか?」
「今のところは。とにかく、逢夜乃の身に危険が無ければ――」
零洸の服のポケットの中から、呼び出しの電子音が鳴った。彼女はそれを取り出し、応答した。
「……GIG。レオルトン、市内で妙なエネルギー反応が感知された。ひょっとするとリュールに関係があるかもしれない」
「行くのですか?」
「ああ。他のメンバーが出払っているからな。済まないが、頼みたいことがある」
「はい」
「逢夜乃とリュールから目を離さないでいてくれ」
「……それは私の正体を知っていて言うのですか?」
「ああ。もちろん、何かあったら私を呼んでくれ」
まさか、私にこんな頼みごとをするとは。しかし彼女の頼みを聞いておいて損は無い。信用させるには一番手っ取り早いのだから。
「分かりました。お任せ下さい」
「ありがとう。皆には、家の用事があると言っておいてくれ。それと……愛美を頼む」
「……まさか私に膝枕をしろと?」
「起こすのは忍びないだろう。それに、この後機嫌の悪い愛美の相手をするのはキミだぞ?」
零洸は挑むような目線を私に向けた。
「……分かりましたよ」
「よし。じゃあこっちに来てくれ」
私が零洸の隣に近寄り、正座をした。それから零洸はなるべく位置を変えないように早馴の頭を持ち上げ、自分その場から退いた。私はそこに滑り込むように移動する。
「それじゃ、よろしく頼む」
「彼女が怒ったら貴女のせいにします」
「ははは。頑張ってくれ」
悪戯っぽい笑みを残し、零洸は公園の出口に走っていった。
「ふふーん。それが言い訳ですかぁ?」
にやにやしながら、私の隣に座る長瀬は私のわき腹を突っつく。
零洸が居なくなってすぐ、それまで草津と共にどこかへ行っていた長瀬が戻ってきた。この状況を言い訳するように、先程までの零洸とのやり取りを事細かに説明したのだが、長瀬は私を信じようとはしなかった。
「もうニルセンパイの魔の手が愛美センパイに! って感じですね」
「だからそのような意味は無いと何度も――」
「あぁっ! 見て見てアヤねーちゃん! アミねーちゃんとニルにーちゃん、らぶらぶしてるっ!」
杏城と手をつないでこちらに帰って来たリュールが騒ぎ立てる。杏城も、リュールを止めると言うよりはむしろ、同様に私たちに驚いているようだった。
「あの、これはですね――」
「んぅ……」
私がどうにか弁解しようとした時、早馴の口から小さな声が漏れた。明らかに、リュールの大声で目を覚ましそうになっている。
「んぁ……私、寝ちゃって――」
私と早馴の視線が交わった瞬間、愛美の目が驚きによって大きく見開かれた。
「どうして――! いたぁっ!」
彼女が思い切り起き上がろうとしたために、少し頭を前に傾けていた私の額に、彼女の額が思い切りぶつかった。
「大丈夫ですか?」
「だ、だだ……大丈夫じゃないっ!」
赤くなった額を抑えながら、早馴はしどろもどろになって辺りを見回した。そこには、楽しげに笑みを浮かべる杏城、へぇ~と意味ありげに頷いている長瀬、そして好奇心に目を輝かせているリュールが居た。少し離れた所には、何だか近寄りがたく感じているであろう樫尾と早坂。そして――
「み、認めんぞ……俺は認めないぞぉぉぉ!!!」
叫びながら遠くへ走っていく草津の姿があった。
「あの、早馴さん」
「へ、へへ……ヘンタイ! スケベ!!」
「これには深い事情が……」
「そうですよ~。ニルセンパイは愛美センパイを手篭めにしようとして――」
「長瀬さん、少し黙っていてくださいね?」
「ニルにーちゃん。女の人にモテるってこういうことなの?」
リュールは純粋な好奇心からそう言っているのかもしれないが、それは間違いである。
「とにかく! ニルはもうスケベで決まりね!」
「それは横暴ですよ。早馴さんだって気持ち良く寝ていたじゃないですか」
「それは、だって……き、気持ち良かったのはしょうがないもんっ!」
顔を赤くしながら答える早馴に、私は零洸とのやり取りをきちんと説明した。6人とも零洸が帰ってしまったことには残念がっていたが、早馴を膝枕していた言い分について信じる気はさらさら無いらしく、
「さ、そろそろお昼ごはんにしませんか?わたくしが腕によりをかけましたわ!」
という杏城の言葉で一応のまとまりがついた。
それから杏城は、持って着ていたバッグから大きめの弁当箱を4つ取り出した。
「ま、まさか、それは……逢夜乃の手作り弁当か?」
いつの間にか戻ってきた草津が、顔面蒼白で弁当箱を凝視している。
「そ、そうですけど……お気に召し――」
「いやったぁぁぁぁ!!!」
歓喜の叫びと共に、草津は一番近くに居た樫尾をきつく抱きしめた。これは想像以上に目に良くない光景であった。
「お、おい!! 止めねェか!」
「はっ! 気が動転してしまった」
「もう、ヘンもの見せないでくださいよ~」
苦笑いを浮かべる長瀬。しかしそれ以上に気の毒だったのは、ただ単に巻き込まれてしまった樫尾である。彼は膝をついて俯いていた。
そんな樫尾の姿についつい笑いを隠せない一同は、シートに上がって弁当を囲んだ。
「それにしても、俺は幸せだなぁ」
「……そ、それはよかったね」
箸を片手に目を閉じて天を仰ぐ草津を、早坂はいささか不気味そうに見ていた。
杏城の料理は申し分の無い出来であった。人間の食文化にはさほど詳しくない私だが、料理のどれもが手をかけて作られているのは分かるし、それがどれも美味であることも分かった。
「レオルトン、お前も嬉しいだろう。こうして美少女の手作り料理にありつけるなど、今後の学生生活で有るか無いか分からんぞ」
「そうですね。とても美味しいですよ、杏城さん」
「そ、それはそうですわ。わたくしがよりによりをかけましたもの!」
「ホントは褒められてすっごく嬉しいくせにー」
「それはもちろん――って、何言わせるんですかっ」
杏城をからかう早馴の様子も、先程の騒ぎから元に戻ってくれたようで安心した。あのまま引きずられては困るからな。
「そういえば草津さん、先程までどちらへ行っていたのですか?」
リュールの皿に唐揚げを取り、杏城が問うた。
「その噴水の向こう側で、美術サークルの女子大生5人がスケッチをしていてな。俺も混ざって風景画を描いていたのだ。その作品がこれだ」
草津が後ろから取り出したのは、絵を描いている女子大生の姿を描いた物だった。こう言ってはなんだが、無駄にうまい。
「年上のお姉さん方と触れあえたばかりか、美女の手料理までご馳走になれるとは……俺は今死んでも後悔しない」
「ふっ、相変わらずな野郎だな。そうだ。俺と早坂はこの後学園に行かなくちゃならねぇんだ。風紀委員の仕事でな」
「えぇ~。2人とも帰っちゃうの?」
樫尾の言葉に、リュールが不満げな態度を見せる。リュールはよほど樫尾が気に入っていたようだ。
「その代わりよ、またいつでも遊んでやるからな」
「そうだよ、リュールくん。僕らもう友達だろ?」
リュールをなだめる樫尾と早坂、そしてそれを笑顔で受け入れるリュールの姿を見て、杏城は複雑な笑みを浮かべていた。
「逢夜乃?」
「あ、はい。どうしました?」
早馴の問いかけに、杏城は我に返ったようだった。
「いや、なんか元気なさそうだったからさ」
杏城の妙な様子に早馴も気付いたようだった。心配そうに声をかける早馴だったが、杏城は大丈夫、何でもないと言うばかりだった。
彼女は親友である早馴に対しても、リュールとの別れについては何も言う気はないようだ。私にはそれが不思議に思えてならない。親友と言えば、何でも相談できる仲だと本で読んだ。だとすれば、杏城にとって早馴は親友ではないのだろうか? 私には全く分からなかった。
「ニル」
私が思案にふけっていたさ中、私の肩に早馴の手が置かれた。
「今日の帰り、ちょっと時間あるかな?」
「大丈夫ですが、どうかしましたか?」
「うん。ちょっと話があるの」
「分かりました」
早馴のただならぬ様子を見て、私は何となく彼女の心中を察することが出来た。それは彼女の性格ゆえのことであろう。
杏城が何を考えているかは、私にはまだ分からなかったが、少なくとも、目の前の早馴の心の動きぐらいは私にも解読できた気がした。
私は少しずつではあるが、人間の“心”というものを理解し始めているのだろうか。
午後4時を回った。この時間にもなると外はなかなかに冷えてくる。私が持ってきた菓子と、唯が持ってきた手作りお菓子(以前会った北河という少女が作ったらしい)を食べ終え、私たちは帰り支度を始めていた。
「ゴミはないな? よぉーし! では、名残惜しいが帰るとするか!」
草津の先頭に、私たち一行は公園の出口を抜けた。そこからは三手に分かれて帰路についた。この後商店街に用事があると言う草津と長瀬、家の方向が異なる杏城とリュール、私と早馴の3組だ。互いに別れの言葉を交わし、私と早馴は杏城たちとは正反対の方向へ歩き始めた。
「話があるって言ったこと、覚えてるよね?」
杏城とリュールが曲がり角を曲がって姿が見えなくなったことを確認した早馴は、そう切り出した。
「もちろんです」
「よかった。実はね、逢夜乃のことなの」
予想通りだった。
「杏城さんがどうかしましたか?」
「今日の逢夜乃、なんか元気が無いんだよね。何か知らない?」
それはリュールに原因があることは承知だったが、私は何も知らないとかぶりを振った。
「そっか」
「どうして私に聞くのです?」
「……もしかすると、ニルにだったら相談したかなって」
「彼女が悩み相談するとすれば、その相手は早馴さんか零洸さんだと思いますが」
早馴は一度私に目を合わせるが、すぐに俯いた。
「私も……そう思ってた。でも、相談されたことなんて一度も無いから……」
「今まで一度も?」
「うん。それに、私って逢夜乃のことって……あんまり知らないんだよ。家に行ったことも無い。家族のことなんて何も知らない…」
ピピピピピピ
私の携帯が鳴っていた。これは、私の家に仕掛けられた装置が地球外のエネルギーを感知した知らせだ。
「出ていいよ」
「すみません」
スマートフォンの画面を見る。どうやら私の家の近くというわけではないようだ。
しかし私は胸騒ぎがした。これを無視してはならないような気がするのだ。
画面に映し出された地図は、杏城とリュールが歩いて行った先に当たる。
―――後編に続く