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研究所襲撃の10分ほど前。
沙流駅前から出ているバスに乗った早坂之道は、郊外のバス停で降りた。そこから5分程、林に囲まれた遊歩道を歩いたところに、彼の姉が務めている研究所があった。彼は駐車場から近い正面入り口とは反対の入り口から、所内に入った。
受付の若い女性に、之道は「早坂冥奈に届け物です」と言って通してもらった。いつもなら受付に荷物を頼むところだったが、今日は姉と話したいこともあったために直接渡すことにしたのだ。
姉さんと、ちゃんと話さないと――之道はそう考えていた。彼としては、これ以上雪宮悠氷のことを詮索してほしくは無かった。気恥ずかしさもあるが、それ以上に雪宮に迷惑がかかることを案じていた。
「お疲れ様です」
「あ、冥奈ちゃんとこの之道くんじゃないか」
ヘルメットに作業着姿の男性が、手を振る。
「ご無沙汰しています」
「お届け物かい?」
「はい。数日帰って来られないそうなので」
「彼女も大変だねぇ。おっと、作業に戻らないと」
彼は、中断していた作業に戻った。彼は1メートル余りの鉄パイプを持ち上げ、脚立に上っている同僚に渡した。天井の修復作業中のようだった。
之道が彼らに背を向けた瞬間、室内を照らしていた照明が光を失った。
そして続けざまに、けたたましい警報音が廊下いっぱいに鳴り渡った。
「な、なんだ?」
工員たちが動揺する中、之道が通った入口の方から爆音が響いた。
「おい、ライト付けろ!」
工員たちは、それぞれのヘルメットに取り付けられたライトを点灯する。彼らが爆音のする方へ光を向けると、異形の宇宙人たち――ジャダンの一団がゆっくりと迫っている様子が現れた。
「う、宇宙人!」
之道は、自分の身体が恐怖で固まってしまっていることに気が付いた。しかし、脚立に乗った工員が落とした鉄パイプの金属音が、彼に冷静さを取り戻させた。
「姉さんが……危ない!」
之道は、足元に転がって来た鉄パイプを手にする。
「之道くん! 早く逃げるぞ!」
「で、でも奥に姉さんが!」
「向こうは向こうで逃げるだろう! 俺たちは近くの非常口へ行こう!」
之道の足が、逃げようとする工員たちに続いて、一歩動く。
「……行けません!」
彼は、脚立の真下に落ちているヘルメットを手に取った。そしてライトを点け、工員たちとは反対の方向―――研究所の奥へと歩を進めた。
「姉さん!!」
彼はライトの細い光を頼りに、姉の居るオフィスを目指して走った。追手が無いことに気付いて安堵したが、2回目の爆発音で再び恐怖心を煽られる。
之道のライトに気づいたジャダンの一体が、身体を黒い煙のように変化させ、あっという間に之道の前に現れた。
「人間は皆殺しで良いと指示を受けてる。お前も殺す!」
「くそっ」
奴の向こう側に、姉のオフィスに通じる扉がある。之道は思わず後ずさるが、右手に握る鉄パイプの感覚で我に返った。
「押し通るしか……ない!」
彼は素早くヘルメットを被り、両の手でパイプを握った。その長さも太さも、慣れ親しんだ竹刀とそっくりだった。
少し重いと思いながらも、いつも学園の武道場で構えるように、切っ先を相手に向けて背筋を伸ばす。
その途端、ジャダンが目から赤い光線波を放つ。
彼は身体を右に動かしながら、走った。熱線が彼の肩をかすめる。しかし痛みは之道の動きを少しも鈍らせはしなかった。
「うあぁぁぁ!!!」
上段から振り下ろされた鉄パイプが、ジャダンの脳天に振り下ろされる。柔らかい感触が、固く冷たい鉄パイプから之道の手に伝わる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
崩れ落ちたジャダンは死んではいないものの、痙攣してぴくぴくと震えていた。
「行かなくちゃ!」
之道は深く息を吸い、吐いてから、再び走り出した。
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グロルーラは淡々と、食堂に侵入していたジャダンを殺戮していった。奴らの緑色の体液が床やテーブルにまき散らされていく。
「くそぉ……まさか光の戦士以外に、こんな奴らが潜んでいたとは!」
「司令官! ここはお逃げを!」
「仕方あるまい、第3班に合流する!」
司令官と呼ばれたジャダンが黒い煙のようになって、窓から外に消えていった。
なるほど。奴ら複数の編隊でばらばらに潜入して、我々をきりきり舞いさせる算段だったのだろう。
「次は、お前」
やがてグロルーラが最後のジャダンを殺し、私に迫って来た。その銀色の鎧は返り血に染まっていた。
「狙いは、私ですか?」
「違う。でも、これは好機」
彼女は氷の剣を一度斜めに振り下ろし、付着した血を落とした。そしてその切っ先が、ゆっくりと私に向けられる。
「戦う気はありませんでしたが、仕方ありません」
私も、先程と同様にブレードを展開し、構える。
そして数秒の静止の後――彼女が動き出す。
弾丸のような突きが迫る。私はブレードで刃を受け止める。
「っ!!」
2度の斬撃。凄まじい衝撃がブレードを通して私の腕に伝わった。
私は後方に飛び、距離を取った。同時に空いた右手で光線を放つ。
グロルーラはそれを刃で弾き、再び距離を詰めてきた。私のその瞬間を見逃さなかった。彼女が、天井から吊るされたモニターの下に来たその時、私は光線でモニターを落とす。
グロルーラがモニターを刃で受け止める。その隙に私は一気にグロルーラの懐まで迫り、その胸にブレードを突き立てた。
しかし切っ先は胸ではなく、彼女の右肩に突き刺さった。
そして姿勢の崩れた彼女の斬撃も、私の左肩に炸裂した。
「くっ!!」
私は離れ際に2発の光線をグロルーラの腹部に叩き込み、床を転がりながら離れた。数メートルの間隔を空けて、私たちは膝をつきながら互いを見据えた。
互角――と言うのは、いささか楽観過ぎるだろう。既にグロルーラの肉体は再生を始めていた。一発で仕留めきれなかった私が圧倒的に不利な状況である。
「これで終わり」
グロルーラが構える。
しかし彼女は何かに気付き、剣を下ろして数歩後ろに下がった。
「動くな、冷凍星人」
私の後ろからやって来たのは、光の戦士ソルであった。
「来るのが遅れて、済まない」
「通報がありましたか……」
これだけの被害が出れば、研究所からGUYSに連絡があってもおかしくはない。
「レオルトン、ここは私が引き受ける」
「待ってください。複数の場所にジャダンが侵入しています」
「今GUYSの仲間たちが応戦している」
ソルは右手の鉱石からブレードを伸ばし、グロルーラと向かい合った。
「お前の相手は私だ」
「……分かった」
グロルーラも、再び剣を構える。
「はぁっ!!」
ソルが攻め込む。両者の斬り合いが凄まじい速さで始まった。
「っ!」
ソルの足元から、突如巨大な氷柱が姿を表す。ソルはジャンプしてそれを避けつつ、ブレードを鞭上に変化させた。鞭は数メートルの長さに及び、グロルーラの遥か後方の柱に絡みつく。ソルは鞭を収縮させ、一気に柱の傍まで飛んだ。
「エボリューションソニック!」
数発の光線がグロルーラの背後を襲う。
しかし再び現れた氷柱がそれを阻む。
「グローショット」
ソルに向けられた剣の先から、弾丸状の氷塊が飛び出す。
「はっ!」
ソルが鞭をうねらせ、氷弾を払い落とす。
同時に、両者は走り出した。両者は長いテーブルを挟み、それに沿って走りながら、互いの姿を捉えている。
そして次の瞬間、ソルはテーブルを飛び越え、グロルーラは立ち止った。ソルは空中から鞭を振り下ろす。
その鞭はグロルーラの剣に巻き付いた。
「折れろっ!」
バキン、と言う音と共にグロルーラの剣が真っ二つになった。ソルは瞬時に鞭をブレード状に変化させ、武器を失ったグロルーラの右腕を切り落とした。
それと同時に、グロルーラの左手の甲から刃が飛び出し、肉迫していたソルの右太ももに突き刺さる。
「これぐらい!」
ソルは姿勢を崩すことなく、再び斬撃を繰り出す。下から振り上げられた刃はグロルーラの首を狙うも、外れてしまう。しかしソルの左の拳がグロルーラの顔面を捕え、その身体は後方の壁まで吹っ飛んで行った。彼女の身体は、食堂の料理見本が並べられているガラスケースと、その後ろの壁を木端微塵にした。砕けた壁材が粉塵となり、彼女の姿は見えなくなった。
「はぁ、はぁ……」
ソルは太ももを庇うこともなく、必殺技のチャージ態勢に入った。
「ラス・オブ――」
その時、私は彼女の足元が水浸しになっていたことに気付いた。それはジャダンとの戦闘中に倒れたウォーターサーバーから漏れ出たものだった。
「ソル! それは罠です!」
ソルが自分の足元に視線を落とした時には、既に遅かった。水が急速に凍り始め、ソルの下半身を氷づけにしてしまった。
「スタイルチェー――」
しかし遅かった。彼女を拘束する氷は尚も大きくなり、ついには彼女の上半身をも飲み込んだ。
そして瓦礫に埋もれていたグロルーラがふらふらと立ち上がった。右腕を失った彼女は、それを痛がる素振りすら見せないまま、食堂の出口から姿を消した。
このまま追えば、私は早坂冥奈やその他の人間の近くで戦うことになってしまう。もちろん変身を解いて本来の姿を解放すれば正体を知られることは無いが、駆けつけて来たGUYSにメフィラス星人の潜伏が露見することになる。
ならば私は――
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「姉さんっ!!」
之道がドアを開けると、数人の研究員と共に隠れていた冥奈と目が合った。彼女の目は一瞬大きく見開かれたが、すぐに鋭い目つきに変わった。
「之道あなた……わざわざ研究所の奥まで来たわね。まだ出入り口近くに居たはずでしょ!?」
「そうだよ」
「どうして――」
之道は何も答えず、部屋の中を見回した。そこは畳の匂いのする和室であった。所長の趣味で設置されたもので、和風の置物や飾りが点々と置いてあった。
「姉さん、これ借りるね」
之道は鉄パイプを静かに畳の上に置き、代わりに壁に飾られた日本刀を手に取った。そして無言でその刀身を鞘から抜いた。暗い室内では、その鋭さが見えない。それでも彼は、それが人殺しの道具であることを身体で感じていた。
彼は鞘を壁に戻し、抜身の日本刀を手にしたまま部屋のドアに戻り、開け放つ。
先ほどから彼は、何者かの足音が迫っていたことに気付いていた。
之道は一度振り返り、姉の姿を見つめた。
「姉さんは、僕が守るよ」
そして微笑み、ドアを閉めた。
之道はゆっくりと歩を進め、曲がり角を抜けた。目に入った廊下の先に、黒い影が立っていた。
不思議と、之道は全く恐怖感を覚えなかった。
「ここは……通さない」
影は之道の言葉には何も返さないが、少しの間、全く動かなかった。やがて左手を高く上げた。之道は、その人影には右腕がないこと、奴の武器は左手から伸びる短剣だけであることを認めた。
突如、影が走り出す。
之道は刀を構える。
「はぁぁぁぁぁっ!!!!」
之道は、今まで経験したことの無いような叫び声を上げた。
―――こんなに声を出したのは、いつぶりだろう。そうだ、あの日だ―――
――――――
――――
――
「雪宮先輩!僕を鍛えてください!!」
1年前。部活が終わり、剣道部の部員たちは既に殆ど武道場を後にしていた。
2年生の雪宮悠氷も同様に、鞄を片手に武道場から出ようとしていた。
「僕、強くなりたいんです」
「早坂。お前は充分強い。大会でも良い成績だった」
「それじゃ足りないんです!」
「……何故強くなりたい?」
「僕、小さいことから姉や友人に守られてばっかりだったんです。でもこれからは……僕も誰かを守れるような人間にならなくちゃいけないんです!!」
姉が元々気性の激しい人間だったことも原因で、之道は気弱な性格な子供だった。よくいじめられているところを姉をはじめ、友人たちに守られていた。
そして姉弟は成長し、、之道は“ある考え”に捉われていた――才能ある姉が、この国にいつまでも居る理由。それは彼女が、弟である自分を心配しているからだ――之道はそれを思う度に、強くありたいと願っていた。
「……私は、お前のために何もできない」
しかし之道の願い空しく、雪宮は冷たくあしらった。
「ただ、本気で手合せしてほしいだけなんです。本気の雪宮先輩から、何かを学べるはずなんです!」
「……帰る」
「ま、待ってください! お願いします! 一度だけ、一度だけでいいですから!」
「……分かった」
雪宮は鞄を置いた。
2人は再び防具をつけ、竹刀を手に向かい合った。
「お願いします!!!」
「うん」
その時、之道の全身に震えが走った。
今まで感じたことの無い恐怖が彼を襲ったのだ。
相手が構えるのは竹刀だ。自分は防具も付けている。それなのに、彼は自分が死に直面しているような感覚にとらわれた。
「……やめる?」
「や、止めません!!!」
臆するな。
構えろ。
「はぁぁぁぁぁっ!!!!」
勝負は一瞬だった。雪宮の“胴”を受け、之道の身体は軽く飛ばされ、床の上に転がっていた。
「は、はははは……」
「何かおかしい?」
雪宮は傍に立ち、彼を見下ろしていた。
「初めて見ました。雪宮先輩の本気」
それからの之道にとっての目標は、雪宮悠氷となった。
いつか彼女のように強くなって、大事な家族、友人を守れる自分に。
彼は汗だくの防具の中で、人知れず誓っていた。
――
――――
―――――――
今彼は、あの時と同じように倒れていた。手に握られていたのは日本刀の持ち手だけで、つばから先の刃はばらばらに砕け、散らばっていた。
黒い影は之道の傍に立っていた。この暗闇の中では、之道に人影の顔も、姿も見ることは出来ない。
しかし人影の左手の刃が、自分の額に向けられている事だけは、彼にも分かった。
「……まだだ!!」
之道は、刃の無い取っ手で刃を振り払い、立ち上がった。
こんな状況で、一体何ができるんだろう――之道はふと考えた。
しかし彼にとって、自分の窮地などどうでも良かった。
「絶対に、通さない……」
「―――――――」
「え……?」
黒い影から、小さな呟きが聞こえたような気がして、之道はつい緊張を解いてしまった。
だがそれが功を奏し、彼は背後から別の足音が迫って来ることに気付いた。
「ね、姉さん!!」
之道は黒い影に警戒しながらも、少しずつ後ろに下がった。
しかし、影は之道を追おうとはしなかった。
彼は来た道を全速力で戻った。すると大勢でやって来たジャダンが耳障りな嗤い声をあげながら、冥奈が隠れている部屋の前に集まっている光景が広がっていた。
「この先にハヤサカメイナが居るはずだ」
「司令官、扉を開けます」
「やめ――」
叫ぼうとした之道の隣を、冷たい風が吹きすさいだ。
その時、覚えのある匂いが彼の鼻をくすぐった。
いつの間にか、先程彼が対決した人影がジャダンの一団に突っ込み、彼らを次々に斬り倒していった。
「早坂くん!」
「え、ニルくん!?」
之道は、別方向からやって来たニルの姿を認めた。
「冥奈さんを探していたのですか?」
「え、うん。あそこの扉の向こうに」
「では彼女を救出して、逃げましょう。あちらにはGUYSの援軍が来ています」
「分かった!」
之道とニルは、ジャダンたちが戦闘している隙に冥奈と数人の同僚を連れて、ニルが来た方向へと走り出した。
そんな中、之道は人影の方に振り返った。
「………」
しかしすぐに之道は前を向き、ひたすらに全力で走った。
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「では、関係者に怪我人は居ないということですね?」
「はい。宇宙人同士の戦闘が、幸いにも役に立ったようです」
「それなら、良かったわ」
早坂冥奈と私、そして早坂之道はCREW GUYSの1人に連れられ、仮設の休養スペースに居た。
「冥奈さん!」
私たち3人の所に、学園の制服姿の零洸が駆け寄ってきた。
「久しぶりね、未来ちゃん。怪我は?」
「大丈夫です。あちらでご両親がお待ちですから、行ってあげてください」
「そう。ありがとう」
早坂姉弟がGUYSの職員と共に姿を消すと、零洸は私に目配せし、私たちは近くの並木の影に向かった。
「キミは平気か?」
「ええ。もう殆ど治癒できています。零洸さんこそ、大丈夫でしたか?」
「ああ。あの後すぐに拘束を解いたのだが、新たに現れたジャダンの一団と戦闘になってしまったんだ。奴ら、狙いは何だったのだろうか」
「おそらく、彼らの目的は早坂冥奈さんの研究結果と、彼女自身の頭脳でしょう。軍事目的でしょうが、まだ戦争をし足りないらしいですね」
「そうか。って、キミはどうして冥奈さんの研究を知っているんだ?まさか……」
「つい、興味がわきまして」
「手癖が悪いな、キミは。それより」
それから彼女は一呼吸おいて、突然頭を下げた。
「済まなかった。私が至らなかったばかりに、キミたちを窮地に追い込んだ」
「何を言っているのですか。貴女が来なければ、私はグロルーラに殺されていました」
「しかし……」
「とにかく、零洸さんには感謝しています。それに、彼女が戻ってきました」
私と零洸の方に、早坂冥奈が俯き加減で近づいて来る。零洸は私よりも先に早坂冥奈に駆け寄り、わずかに言葉を交わして別れた。
私は、残された早坂冥奈のもとへ向かった。
「ご家族と一緒だったのでは?」
「先に帰ってもらったわ。他の研究員と話もあるし、それに……」
彼女は上着のポケットから、雪宮の写真を取り出し、私に差し出した。
「これ、ゆっきーに返しておいてもらえるかしら?」
「構いませんが、もうこの件はよろしいのですか?」
「もう良いの。私、ゆっきーのことを誤解していたみたいだから」
早坂冥奈は穏やかな微笑みを浮かべていた。
「ゆっきーったら、いつの間にかとても強く、格好良くなっていたのね」
彼女は私に背を向けた。
「本当に良いのですか? 雪宮さんのこと、もう調べなくて」
「決めるのは、ゆっきー自身だもの」
私には分かっている。早坂の想いは、決して実ることは無い。
何故なら雪宮悠氷は宇宙人だからだ。
――それでも尚、私はわずかながらの“期待”を抱いているのかもしれない。
人間と宇宙人が歩み寄る可能性があるのならば、私自身も人間の“心”をより深く理解し、掴むことができるのではないか、と。
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沙流市駅前の市街地に佇むビルの屋上――月明かりに照らされた雪宮悠氷は、虚空を真っ直ぐに見つめていた。
その彼女の耳に、念話による声が入って来る。
『ジャダンの介入は予想外だったわね。まぁ、今後は――』
「1つ、聞きたい」
『なぁに?』
「もう、人間の暗殺はしたくない」
『……どういう心境の変化かしら?』
「何も変わってない。私は、強くなりたくてあなたに付いて来た」
『もちろん分かってるわよ。安心して。星間連合は今後、私たち連合以外の宇宙人の地球侵略に備えることに決定したわ。アナタには、宇宙人との戦闘を任せることがあると思う』
「……そう」
『でも悠氷ちゃん、意外と甘いところがあるのね』
「………」
『まぁいいわ。それじゃ、おうちで会いましょ。じゃあね』
念話が途絶え、雪宮は無言のまま夜空を見上げた。
「之道。何故、お前はそんなに強い……?」
研究所で対峙した時、伝えられなかった言葉を呟く。
そして不意に、彼女は自分の右手に視線を落とした。
その白い手には、未だ何も握られていなかった。
―――22話に続く