私は自宅に帰るなり、大きなため息をついた。
非常に疲れた一日であった。結局私は、早坂冥奈の代わりに早坂(弟)に事情を説明するはめになった。早坂は、私と早馴に謝りつつも「帰ったら姉さんにがつんと言わなくちゃ!」と息巻いていた。
私は制服のポケットからスマートフォンを取り出し、机に置いた。それから、充電器にセットしてあったタブレット端末を手に取る。
外出時の情報収集のため、市販のタブレット端末をモデルに自作したミニコンピュータである。隠してある“円盤”のコンピュータとリンクできる優れものだ。今まで使っていたスマートフォンよりも高スペックで、かつ操作性の良い品だ。私は早速電源を入れ――
ピピピピ
スマートフォンに着信が入った。知らない番号である。
「もしもし」
『レオルトン君。私よ、冥奈よ』
「……何故私の番号を?」
『樫尾君から聞いたの』
どいつもこいつも……私の個人情報をなんだと思っているのか。
「ご用件は」
『ねぇレオルトン君。私の所でアルバイトしない?』
「アルバイト、ですか」
『そうよ。私、沙流市のはずれにある研究所で働いているのだけど、今お手伝いが欲しかったのよ。君って賢そうだから、お願いしたいのよ』
アルバイトか。高校生ならしていてもおかしくないし、ある意味良い経験になるかもしれないな。
それに研究所というのが、興味深い。私は先ほどのタブレットで、彼女の話す研究所を調べてみた。コンピュータ関連の研究機関で、日本でも相当高い水準の研究を行っているらしい。
『週一回、放課後に来てもらえれば良いのだけれど』
「私で良ければ、ぜひ」
『助かるわ。私の目にかなう人がなかなか居なかったのよ。君、誇ってもいいと思う』
「それはどうも」
『明日の放課後に迎えに行くから、校門で待ち合わせましょう。それじゃ、失礼するわ』
私はスマートフォンを置いた。
早坂冥奈と関わるのは面倒だが、人間の科学水準を見定める良い機会である。新規導入端末のグレードアップに繋がる情報が得られると喜ばしい。
第21話「まだ見ぬ勇姿」
侵略星人 ジャダン
冷凍星人 グロルーラ
登場
「こんにちは、レオルトン君」
次の日の放課後に校門にやって来ると、既に早坂冥奈が待っていた。
「お待たせしました」
「問題ないわ。このまま直接研究所に向かうけど、良いかしら?」
「大丈夫です」
「じゃあ乗って」
私は、白いオープンカーの助手席に乗り込んだ。学園から出てくる生徒たちが次々と視線を向けてくる。どうやら目立ってしまったようだ。
そして車はゆっくりと動きだし、市街地から遠ざかるごとにスピードを増していった。
「冥奈さんは、コンピュータの研究をなさっているのですか?」
「そうよ。今は人工知能の研究の真っ最中でね。大量のデータの入力をしなければならないから、人手が欲しいってわけ」
「なるほど。しかし部外者の私が、大事な研究データに触れても問題ないのですか?」
「いいのよ。その解析は私しかできないもの」
それから彼女は、自分からは何も話そうとはしなかった。心なしか、昨日に比べると大人しく見える。
その後10分程経ち、彼女が在籍する研究所が見えてきた。周りを森に囲まれているものの、建物自体は非常に現代的な外観である。
早坂冥奈は駐車場に車を停めた。私たちは2階の荷物検査と金属探知機のチェックを済ませ、ようやく建物の中に入った。
「君、なんだか楽しそうね」
「そうですか? まぁ、研究所というものに入るのは初めてですからね」
グレーのリノリウムが貼られた床に白い壁――というものを想像していたが、実際は一般的なオフィスビルと変わらないような内装だった。彼女は何人かの所員と挨拶を交わした後「第一研究室長室」という立札のかかった部屋に通された。
「ここが私のオフィス。研究スペースにはそこの扉から入れるけど、君は入れないわ。ごめんね。お仕事はこの部屋でやってもらいます」
「承知しました」
「さて、まずは本題に入ろうかしら」
彼女は、私に応接用のソファーを勧めた後、自分のデスクに座った。
「本題。お仕事のことですか」
「違うわ。ゆっきーのことよ」
数秒間、私たちの間に沈黙が訪れた。
と言うよりは、私が反応に困っただけであった。
「……之道くんが、どうかしましたか?」
「どうしたもこうしたも、あの子はこのままじゃダメになってしまうわ!」
早坂冥奈は自分の額を両手で押さえながら、あーとか、うーとか声を上げていた。
「前にも言ったけれど、あの子は自分より強い女性に魅力感じるようなのよ。けれど、それではいつまで経ってもあの子は成長できないわ!」
「雪宮さんのことを、諦めさせるということですか?」
「端的に言えば、ね」
少々お節介すぎる気もするし、第一本当に早坂が雪宮に惹かれているかも、私は確信を持ってはいない。
「そこで君にお願いがあるのよ。ゆっきーのこと、説得してもらえないかしら?」
「私から、ですか?」
「そうよ。あの年頃じゃ、お姉様の言うことになんて反発するに決まっているわ」
「お言葉ですが、弟さんの好きな人ぐらい、自由にさせてあげれば良いのでは?」
少なくとも、私は自分の配偶者を他人に決めさせたいとは考えられない。そもそも配偶者自体必要ないのだが。
「ふん、若いのによく言うわね。取りあえず、仕事でもしながら色々考えてみてごらんなさい」
彼女は数枚の書類を私に差し出し、何か聞きたいことがあれば電話をしろと言った。そして自らは、研究スペースへ通じる扉の向こうへ消えた。
それから1時間。私はコンピュータの前に構え、書類に記された通りの作業を続けていた。初のアルバイト経験と考えて興味が沸いたが、今となっては単調な作業に飽き飽きしてしまった。既に殆どのノルマをこなし、部屋の端にあったサーバーで淹れたコーヒーを飲んでいる。
あまりに暇だ。そうだ、このコンピュータを使って研究所のデータにアクセスしてみるか。
その後の一時間は、私としては大変有意義な時間であった。特に関心を引いたのは、早坂冥奈が3日前に提出していたレポートである。それは数百年前、私がまだ故郷に居た頃、我が同胞の一部が確立した“生体スーパーコンピュータ”の先駆けとなった理論であった。人間の頭脳でそれを構築するとは、大したものだ。
「進捗はどう?」
突如部屋に入って来た早坂冥奈が、皿にケーキをのせてやって来る。私は素早く画面を切り替えた。
「もうじき終わりそうです」
「お疲れ様。これ、同僚からの差し入れなのだけど――」
突如、部屋の中の照明が消える。
「何、停電?」
真っ暗の中、彼女は冷静な声を発していたが、やがて耳をつんざくような警報音が鳴り響いた。
『所内の皆様に連絡です。ただ今第3区画入口にて火災が――』
警報と共に流れた放送も、そして騒がしい警報音も、ぷつりと途絶える。
「……ただの火災じゃないのかしら?」
流石の早坂冥奈も、若干危機感を帯びた声色だった。
「レオルトン君、念の為避難を――」
「お手洗いへ行ってきます」
「ちょ、ちょっと!こんな時に何言ってるのよ!」
「すぐ戻ってきます。早坂さんはお先に」
私は彼女の呼び声にも振り返らず、廊下へ続く扉を開け放った。廊下も同様に暗闇で、視力が人間のそれとは比べものにならない私でなければ、足元すら見えない。
私は第3区画へ足を向けた。所内の地図は、先程コンピュータで調べたばかりだ。
やがて目的地に近づくにつれ、複数の足音が聞こえる。靴音ではない、柔らかい足音である。
私は第3区画へ通じる廊下の手前にある曲がり角から、その先の様子を窺った。
「やはり、か」
私の視線の先では、異形の影がうごめいていた。豚に似た醜悪な顔を付けた2足歩行の宇宙人。しかし尻尾のせいで、明らかに人間ではないと一目で判る。彼らは廊下一杯にひしめいており、何やら話し込んでいた。
「ハヤサカメイナという女を探すのだ」
「そいつを捕まえ、宇宙船に戻るぞ」
「地球侵略に利用してやろう」
直接見たことの無い種族だが……以前ガッツ星人の円盤から盗み出したデータの中に、彼らに関するものがあった。
奴らの名はジャダン。遠い銀河で悪逆の限りを尽くした異星人である。奴らの狙いは…おそらくこの研究所の技術、中でも早坂冥奈の研究結果だろう。
その時、彼らの一人が私の存在に気付き、鋭い目をこちらに向けた。
光線銃の赤い閃光が瞬く。私は後退してかわすが、光を受けたコンクリートの壁には穴が開いた。
「誰かいるぞ!」
「殺せ!」
そして同時に、大勢の足音がこちらに向かって近づいて来る。
「この蛮族どもめ」
私は堂々と彼らの前に立ち、両手から光線を放つ。先鋒を務めていた2匹が撃たれ、倒れる。しかし後方の連中は、倒れた仲間を気遣うことなく歩を進める。
私は彼らの銃撃を交わしながら後退し、途中の扉を開いた。その向こうは、広い空間が広がっている所員食堂である。
追手たちは扉を破壊し、一気になだれ込んでくる。私はその瞬間を狙い、柱の影から何発も光線を撃ちこんだ。
「司令官、奴は人間ではありませんぜ! 光の戦士か?」
「関係ない! 殺せ!」
30秒ほどの銃撃戦を経たが、一向にジャダンの数は減らない。このままではじり貧というやつだ。私は意を決し、左手にエネルギーを充填させる。それは鋭くとがった形を成し、エネルギーブレードとなった。
そして一気にその場を飛び出し、銃撃を交わしながら奴らに向かって突進する。一番前で構えていたジャダンの喉元に、ブレードの先端を突き刺す。
私はブレードを引き抜き、その後ろに立つジャダンにも斬撃を見舞う。奴の両手は斬り落とされ、重厚な光線銃が床に落ちた。
「っ!!」
そこに、予想外の方向から何かが飛んでくる。私は寸でのところで、背後から飛んできたそれを避ける。飛来物は両手を失ったジャダンの額を貫いた。やがて飛来物は数を増し、数体のジャダンを死に至らしめた。
私は目の端で、その方向にあるものを捉えた。
「お前は――」
「邪魔」
凄まじい冷気と共に、人影がジャダンの一団に突っ込む。そして彼らをなぎ倒しながら、人影は踊るように食堂の窓際まで動いた。
「何故お前が、ここに居る……雪宮」
窓から差し込んだ月明かりに照らされたのは、青く光る銀色の鎧を身にまとった雪宮、いやグロルーラだった。
―――後編に続く
今回のエピソードから、登場宇宙人・怪獣の解説を入れてみます!
毎回書きますので、読んで下さいね~
侵略星人 ジャダン
登場作品:ザ☆ウルトラマン
ジョーニアスをきりきりまいさせる作戦を立て、エネルギーを補給させに撤退させるなど、侵略星人の呼び名通りの実力をもつ。
ストーリー上ジャゴンや母艦との戦闘シーンはありませんでしたが、ソルとGUYSに戦わせたい相手でした。