留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第20話「Oh,my lovely brother !!」(前編)

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 早坂冥奈は、いわゆる“天才”だった。

 幼少期から様々な呼び名が、彼女には用意されていた。ある時は“神童”であり、ある時は“才能の宝庫”、そして現在は“天才科学者”に落ち着いている。

 そんな彼女の頭脳を数多の人々・機関が欲したが“たった1つのシンプルな理由”から彼女は日本の研究機関に籍を置いていた。

 

「ふぅ。やっと終わったわ」

 

 彼女は冷め切ったコーヒーカップに口をつけ、飲み干す。そしてふと、パソコンの傍らに置いてあった手帳に目を向ける。

 

「……早く帰らないと」

 

 彼女は、表紙からはみ出ていた写真を手帳の間に押し込み、それを手にしてパソコンの電源を落とした。

 

 

 

 

「……話は理解した」

 

 薄暗い部屋。殺風景な空間に月明かりが差し込んでいる。

 

「殺せばいいの?」

『そうよ。それが星間連合の意思』

 

 携帯電話を耳に当て、雪宮悠氷は部屋の真ん中に立っていた。

 

『何か不満?』

「そういうわけじゃ、ない」

『そうよね、他でもない私のお願いだもの。聞いてくれるわね?』

「うん」

『ありがとう、悠氷ちゃん。それじゃ、明後日にはよろしくね』

 

 通話が断たれる。雪宮は携帯を耳から離し、そっと床に置いた。

 彼女は不意に、自分の掌を眺めた。

 その白い手には、何も握られていない。

 

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第20話「Oh,my lovely brother !!」

 

 

 

「おはようございま――早馴さん、凄い顔をしていますね」

「な、に、が! すごい顔よ!」

 

 登校するなり、隣の席の早馴に頬をつねられる私。私も随分、人間の学生の真似事が得意になったものだ。

 

「いひゃいでふ」

「ふんっ」

 

 彼女は私から手を離すと、再び眉間にしわを寄せ、何かを凝視している。

 私は自分の席に座り、彼女が見ている方向に視線を向けてみる。

 

「……早坂さんがどうかしましたか」

「おかしい。あいつ、昨日からおかしいの」

「そうですか? すこぶる健康そうですが」

「そーゆーことじゃないのっ」

 

 早馴は、呆れたような顔を私に向ける。

 

「之道ね、なんかそわそわしてんの。昨日の朝から」

「まったく気が付きませんでした」

「鈍感ね」

 

 早馴は小さくため息をつき、前に向き直って机に突っ伏した。

 それから昼休みを過ぎ、放課後となるまで、彼女はしきりに「之道がおかしい」と言ってばかりいた。

 

「では早馴さん、私は帰りま――」

「待って」

 

 彼女はやはり早坂を凝視しながら、私の腕を掴んで座らせた。

 

「ねぇ、之道に聞いてみて」

「何故私が」

「男だからでしょーが」

「男でいいならば草津がいますよ」

「……それ本気で言ってる?」

「すみません、冗談です」

「とにかくっ!男らしく、どーんと」

 

 彼女の言っていることは何一つとして理解しがたかったが、言う通りにしてみよう。

 

「早坂くん、今日は部活ですか?」

 

 私は早坂の席の前に立ち、声をかけてみる。

 

「あ、えっと……今日は部活休みだから、帰るよ」

「ご一緒しましょう」

「あ、うん。いいよ!」

 

 ふん、いたって普通ではないか。彼はいつも通りの爽やかな笑顔で応え、私と一緒に教室を出た。その途中、携帯にメッセージが届いていることに気付き、確認する。

 

『早馴愛美:理由が分かるまで、帰るの禁止ね。報告よろしく』

 

 私は「了解」と返事をした。

 それから私たちは校門を抜け、人通りの少ない住宅街に出た。早坂の家は私の家と方向が同じらしい。

 当たり障りのない会話を軽く交わしてから、私は本題に入った。

 

「えぇぇっ!!! べ、別におかしくなんてないよ、うん!」

「早坂くん、嘘が下手ですね」

「そ、そうかな……」

 

 早坂はふと立ち止まり、辺りを見回した。よほど聞かれたくない内容なのだろうか。

 

「……誰にも言わない?」

「誓いましょう」

「じゃあ、話すよ。実はニルくんに相談しようと思っててさ」

 

 早坂は小さく深呼吸をした後、口を開いた。

 

「ニルくんは、その……好きな女の子はいるの?」

「それは……」

「ご、ごめん! もしかして言いにくいことだったりするの?」

「いえ。もちろんいますよ」

「ほ、ホントに!?」

「ええ。早馴さんや杏城さん。それに零洸さんや――」

「あ、いや、そういう好きじゃなくてさ。恋愛的な意味でってこと」

「恋愛感情ですか? それは無いですね」

「そっかぁ。でも、気になってる人とか居ないの?」

「はい」

「そうなんだ……」

 

 彼は納得がいかないと言わんばかりの表情だった。なるほどこの年齢の男子に、そのような対象が居ないというのも少々おかしなことかもしれない。この前の樫尾との一件で"男女の恋愛"という概念についての、己の理解の拙さを反省したばかりだというのに。

 

「しかし何故、私に聞くのですか?」

「一番参考になると思ったんだ。草津くんはあれだし、樫尾さんもちょっと……。こういう話題に一番精通しているのはニルくんだと思ってね」

 

 それはどういう意味だと問い詰めたくなったが、転入時から現在までの事を考えれば、そう思われても仕方が無いかもしれない。樫尾も同じことを考えていたことだしな。

 

「ニルくんは、僕に姉が居ることを知ってる?」

「以前、草津から聞きました」

 

 それに、早坂との会話に一度だけ姉の存在を示す言葉があったはずだ。

 

「実はその姉さんが――」

 

ブオンブオンブオン

 

「っ!」

 

 早坂が驚いて後ろを振り返った。

日本車にしては少々重厚感のあるエンジン音が、遠方から響いて来る。この閑静な住宅街にはあまりにも不釣り合いだ。

 その車は私たちに近づくと速度を落とし、徐々にこちらに寄ってくる。

 

「姉さん……」

「まさかあれが?」

 

 やって来たのは、白いオープンカーだった。運転席が左側にある外国製の自動車だ。

 

「やっぱりゆっきーだわ。やっほー」

 

 運転手の女は車から降り、こちらに歩いて来る。

 

「ゆっきーのお友達? こんばんは。私は之道のお姉様、早坂冥奈よ。よろしく」

 

 彼女は自信に満ちた笑顔を私に向けた。顔立ちはやはり、早坂(弟)と似ていて、端正な作りである。しかし性格に関しては、弟とは大分違ったタイプの人間のようだ。

 

「ニル・レオルトンです。早坂くんとは同じクラスで、よくお世話になっています」

「とても礼儀正しいのね。しかも顔も割と良いわね」

 

 早坂(姉)はまじまじと私の顔を見詰め、

 

「決めたわ」

 

 何かを勝手に決定していた。

 

「一体どうしたの姉さん。仕事は?」

 

 早坂は困惑したように姉と話していた。ここでの彼女の登場は、弟にとっても相当意外だったらしい。

 

「もう終わったわ。偶然通りかかったから、ゆっきーを乗せてあげようと思ったの」

「そっか」

「では、私はこれで」

 

 私は一目散にここを立ち去りたかった。

 何故だか……この早坂冥奈という女からは面倒な雰囲気を感じるのだ。(これは少し、草津に対する印象に似ているかもしれない)

 

「送って行こうか?」

 

 彼女が声をかけてくる。

 

「いえ、すぐ近くですから。お気遣いありがとうございます。では、失礼します」

「また明日ね、ニルくん」

「ええ。さようなら」

 

 2人を乗せた車は、再び特徴的なエンジン音を鳴らして走っていった。

 ん? また明日とはどういう意味なのだろうか。

 

 

 

 

「レオルトンよ。俺の悩みを聞くがいい!」

 

 次の日の昼休み、悩みの相談とは思えないような快活さで、いつもの如く草津が騒ぎ立てている。

 

「草津さんが悩みですか。珍しいですわね」

「どーせ悩んでないって」

「あはは……そうですわね」

 

 机を挟んで弁当を食べている早馴と杏城も、草津の悩みにはあまり関心はないようだった。

 

「聞けば俺の悩みの深刻さが丸分かりだ。どうだ? 聞きたいだろう。よぅし、言うぞ!!」

「でさ、昨日のテレビでね」

「わたくしも見ましたわ。あのアルマジロが――」

 

 早馴と杏城は無視する態勢に入ったようだ。

 これに便乗して私も無視――

 

「レオルトン、言うぞ!! 聞かねば、しばらくお前の周りを追いまわしてやるからな」

 

 どうやら聞かざるを得ないようだ。

 

「実はな、俺は日ごろ悩んでいるのだ。もし俺がある女子に告白された時、俺はそれを受け入れてお付き合いするべきだろうか?しかしそれでは、他に俺を好いてくれる女子たちに申し訳が――」

『2年2組のニル・レオルトンくん。至急職員室に来て下さい。お客様がお待ちです』

 

 呼び出しの放送だった。ありがたい。

 しかし不自然だな。私に客など来るはずが無いが。

 

「レオルトンさんに会いに来た、他校のファン……だったりして?」

 

 杏城が冗談交じりで言った。

 

「そうなの!!??」

「そうなのか!?」

 

 早馴と草津が同じ反応する。その過剰な反応は一体何なのか。

 

「じょ、冗談ですのに……」

 

 予想外の反応に、杏城自身が一番驚いていた。

 

「どうなんだレオルトン! まさか……俺に黙って他校市場の開拓など!!」

「とにかく行ってきます」

 

 私はその場から逃げ出すように教室を出た。

 来客――ひょっとすると敵かもしれない。しかし行かないわけにはいかない。もし敵であれば……抹殺する。

 警戒心を持ちながら、私は職員室のドアを開けた。

 

「こんにちは。レオルトンくん」

 

 大越担任の机の前には、背の高いスーツ姿の美女が待っていた。

 

「早坂冥奈さん、でしたよね」

「そうよ。また会ったわね」

 

 その後私と早坂冥奈は、担任によってこの進路指導室に向かわされた。私たちは机を挟み、2人で向かい合って座る。

 

「早坂――之道くんにご用ではなくて、ですか」

「ええ」

 

 まさか早坂の姉が敵とは考えにくい。ここは同級生の家族に向ける、紳士的態度で臨もう。

 

「君を呼び出したのは他でもない。頼みごとがあるからよ」

「頼みごと?」

「ええ。君には、私の学園潜入を手伝ってもらうわ」

「……」

「決まりね」

「ちょっと待ってください。話が全く読めません」

「何? 断るの?」

 

 この女……やはり昨日の不吉な予感は当たっていたらしい。どこか横柄で女王気質な印象は、面倒事の塊である草津と言うより、別の“誰か”に似ている気がする。

 

「まぁ、理由ぐらいは教えておいてあげるわ。実はね、理由は私の弟、之道にあるわ」

「彼が何か問題でも?教室では普通、いやそれ以上にしっかりした方とお見受けしますが」

「当たり前じゃない。私の自慢の弟よ!」

 

 彼女は得意げに胸を張った。

 

「でも、そういうことを言いたいわけじゃないのよ。話を逸らさせないで」

 

 何と生意気なことか。

 

「私が気になっているのは、之道の好きな女の子のことよ」

 

 まさか昨日早坂から相談されたのと同じ話題だとは。これは偶然ではなさそうだ。

 

「君も知っていると思うけど、之道は本当に健全で良い子よ。しかも私に似て容姿端麗だし、頭も良いわ。でもね、恋愛事に関して無頓着というか、無関心なところがあるの。姉としてはそれが非常に心配でね」

「学生の本分は勉学ですし、恋愛ごとはもっと大人にーー」

「そういうわけで、今日はゆっきーの放課後部活姿をチェックします。サポートよろしく」

「……サポートなど、私には無理ですよ」

「あら、どうして?」

「私は之道くん以外に、剣道部に知り合いが居ません」

「え? じゃあ、私の頼みは聞いてもらえないのかしら? 私たち姉弟の大問題だというのに」

 

 私が断ることを、全く理解できないと言った表情で彼女は私を見た。

 しかし一方で、まるで私が断らないことを確信しているようにも見える。

 どちらにしても厄介な女である。

 

「……分かりました。放課後でしたらお手伝いします」

「ふふっ。話しが分かるじゃない。じゃあ放課後に校門前で会いましょう。それじゃ、またねっ」

 

 満足げに微笑んで彼女は部屋を出ていった。

 

 

―――後編に続く


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