それからの授業は淡々と進んでいき、昼休みとなった。人間共に合わせて食事しなくてはいけないのは意外と面倒だ。無意味だと考えると妙に疲れるからだ。
「よぅ。一緒に飯でもどうだ?」
樫尾だった。初めて出会って以来、彼はよく私に話しかけてくる。転校生に気を遣っているのかもしれないが、気まずさを感じさせはしなかった。
「喜んでご一緒します」
「おうよ。早坂ー!草津ー!お前らもどうだ?」
しかし草津と早坂は、何やら話しこんでいて樫尾の呼び声に気付いていなかった。
「ほぅ? 早坂、お前があのジルタス・メデューナルのファンだったとはな!」
「姉が好きだったから、影響されたんだよ。草津くんも?」
「もちろん! 公式、非公式両ファンクラブの会員番号6を持つ男だからな!!」
「すごいよ。姉さんもかなり若い番号だけど、まさか一桁なんて」
「お前ら、俺を無視して何の話だァ?」
「おわっ。樫尾さんっ」
「俺たちはジルタス・メデューナルについて話していたのだ」
「じ、ジルタ? スルメ?」
樫尾にはまったく見当が付いていないようだ。私自身もその名前は知らなかった。
「ジルタス・メデューナルだ。詳しいことは食事でもしながらで、どうだ?」
草津は何やら不審な笑みを浮かべていた。
それから我々4人は食堂にやってきた。そして箸を片手に草津の話に耳を傾けることとなった。
「ジルタス・メデューナルは俺が世界で一番愛するアイドルだ。出身もデビューまでの過程も一切不明! 彗星のごとく現れた女神だ!!」
「僕も草津くんほどではないけど推してるんだ。外国人の名前、容姿なのに日本が拠点なんだ。でもメディア露出が少ないから、知る人ぞ知るアイドルって感じだよ」
ジルタス・メデューナルについて話す草津と早坂は、いつも以上にはしゃいでいる感じがあった。
「しかしライブチケットはともかく激レアという罠がある。だからファンの数が増えないのだがな」
「俗に言うアングラアイドルですか?」
「レオルトン貴様! ジルたんはすでに天高く羽ばたいている至高のアイドルだ!!」
草津が急に立ち上がったために、私たちの囲むテーブルが大きく揺れた。周りの人間たちも怪訝そうにこちらを見る。
「す、すみません」
面倒だからこれ以上の言及は止めよう。語られたら聞くのが面倒すぎる。
「それで?具体的にどこがいいんだ?」
樫尾も何やら興味を示し始めたのか、ラーメンの汁を飲み干すと話に混ざり始めた。食べるの早いな。
「よくぞ聞いた! 彼女はな……エキゾチックでグラマラスな容姿に、和の癒しのパワー、どこか幼さの残るハニカミ顔がたまらんのだ!!」
「うんうん。たまに間違う日本語もいいよね…!」
「早坂、先月の東京ライブには行ったか?」
「もちろん!姉さんと二人で行ってきたよ」
「だったら聴いたな? 来月発売の新曲!」
「あれ良かったよねぇ。作曲作詞も編曲も彼女一人なのに、あのクオリティは反則だよ」
草津と早坂は、詳細を知らない私と樫尾を置いてきぼりにして話しに夢中になってしまっていた。
「とまぁ、アイドルという言葉では表しきれない魅力があるのだ、彼女には!」
「そうだ! 樫尾さんとニルくんもライブに行きましょうよ! 来月に3日
間連続ライブが隣の
「何と哀れな、早坂のお姉様よ。そうだ、樫尾かレオルトンがこの一枚を使えばいいではないか! そうだ、共に行こう!」
草津と早坂の激しい剣幕に、流石の樫尾も顔をひきつらせていた。
「そ、そうだな。そこまで勧められたら興味がわいた、よな?レオルトン」
「そう、ですね。樫尾さん、行ってみたらどうですか?」
「お、俺がァ?」
「うぉぉぉぉぉ!!! ライブを考えたら燃えてきたぞおぉぉぉ!!!」
「僕、樫尾さんの分のうちわと旗を作って来ますね!」
アイドルか。もし人間との会話の中で必要な話題となれば、人間のそういった娯楽にも通じておいた方がいいかもしれないな。
チャイムと共に今日も学園での一日が終了した。このように時間に縛られて生活したことが無かったせいか、不自由さを感じざるを得ない。
「逢夜乃。一緒帰ろっ」
下校時間になると、朝の不機嫌さとは打って変わって早馴は元気になった。何というか、分かりやすい人間だ。
「すみません、わたくし委員会の仕事がありますの」
「そうなの? んーでも、付き合ってほしい買物があるんだよね~」
「未来さんでもお誘いになったら?」
「未来ーって、もういないし。そしたら私、逢夜乃の仕事終わるの待ってても良い?」
「それはもちろん嬉しいですけど、結構かかりますわよ?」
「いーのいーの。宿題でもやってるからさ」
「分かりました! できるだけ早く終わらせますわね」
「うん。じゃあ頑張って」
「ええ。それじゃ」
杏城が教室を出て行く時、早馴は笑顔で手を振っていた。初めて普通の女子高生らしい姿を見た気がする。
「お2人は仲が良いですね」
「まぁ、1年の時もクラス一緒だったしね」
「そうだったんですか」
その時、私の背中に衝撃が伝わった。
「どうした~レオルトン。友達がほしいのか? そんなこと心配する必要はないぞ。既に俺がお前の心の友だっ!」
草津。いくらなんでも距離が近い。
「げぇっ。なんかヤバい雰囲気」
早馴が汚いものを見るように私を見た。
「私と草津は単なる友人同士です」
「照れるな照れるな。ところでレオルトン。この後は暇か?」
「ええ、まぁ」
「だったら部活の見学にでも行かないか?まだ半分も知らないだろう?」
「そうですね。行きましょう」
「よし。愛美も行こう。男2人では少々気持ち悪いからな」
自分から誘っておいてよく言うものだ。
「い、や。私は逢夜乃のこと待ってるんだから」
「それは残念だ。ではな、愛美」
「じゃーね」
「さようなら、早馴さん」
私たちは2人で教室を出て行った。
―――後編に続く