留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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つい書いちゃったんだぜ☆
本編気にせず、気軽にお楽しみください!



番外編1「夕焼けとちゃぶ台と宇宙人」

『飲みすぎ注意。飲みすぎ注意』

 

 コンピューターから発せられた無機質な声に気づかされ、私はコーヒーカップに伸ばした手を止めた。

 地球侵略に先立ち、人間の心を学ぶために潜入している私だが、最近はなかなか人間的な行動や習慣が板についてきた。

 このように、つい嗜好品に溺れかける姿など、まさに人間そのものではないか。

 

「そろそろ時間だな」

 

 私はコーヒーカップをキッチンの流しで洗うと、すぐに家を出た。

 

 

 ―――――メフィラス番外編:夕焼けとちゃぶ台と宇宙人――――――

 

 

「あ、やっと来た」

「早馴さん、こんにちは」

 

 土曜の昼下がり、私は早馴愛美と駅で待ち合わせていた。

 

「ニル、遅い」

「まだ待ち合わせ五分前ですよ」

「待ちくたびれた」

「すみません。まさかそんな早く来られるとは」

「私だって、たまにはちゃんとしますー」

 

 早馴は口を尖らせながら、私の先を歩いた。

 

 何故私たちが今日一緒なのかというと、クラスメートである早坂之道の誕生日プレゼントを探す目的あるからだ。

 樫尾と杏城も誘ったが都合がつかず、こうして2人きりになったのである。

 

「そういえば、杏城さんからこんなメールが」

「逢夜乃から? って、何これ!?」

「デートを楽しんで下さいまし、と書いてあります」

「な、何がデートよ……もうっ」

 

 顔を真っ赤にした早馴と共に電車を二回乗り継いでやってきたのは、こじんまりとした駅だった。学園に一番近い沙流駅に比べると、随分年季の入った駅舎が印象的だ。駅を出ると小さな商店街が広がっており、私の家の近所では見かけないレトロティックな光景であった。

 

「なんか疲れた。お腹もすいたし」

「あそこの喫茶店でお昼にしましょうか」

「そうしよ」

 

 日本の昭和時代の雰囲気に満ちた喫茶店に入り、私たちは向かい合って座った。

 今時珍しく、店内は喫煙可能だった。コーヒーと煙草の香りが部屋いっぱいに充満している。

 

「なーに食べようかな――」

「おいっ! 今肩ぶつかったろ!」

 

 早馴の言葉をかき消すように、男性の怒号が響いた。

 

「あぁん?! てめーが余所見してたんだろ!」

 

 喧嘩か。

 2人の男性は胸ぐらを掴み合い、今にも殴り合いそうだった。

 

「ニル……」

「出ましょうか」

 

 結局何も頼まず店を後にし、私たちはプレゼント探しを始めた。

 

 

 

 食事を後回しにして目当ての物を買い、私たちは駅に戻ることにした。途中で買ったパンをかじりながら歩いていると、知らぬ間に空気の淀んだ通りに入り込んでいたようだ。

 まるで時が止まっているかのように、古めかしい街並みが広がっていた。

 

「ニル、そっち美味しい?」

 

 早馴は異質な雰囲気には気付かないようで、丸い眼で私をのぞき込むように見つめていた。

 

「ええ。一口食べます?」

「い、いいよっ! 恥ずかしいもん……」

「そうで―――」

 

 カチャ

 

 何か踏んでしまった。

 足を上げると、それは小銭だった。

 

「ちょっと、どけてよ!」

 

 私は後ろから突き飛ばされ、手にあったパンは地面に落ちてしまった。

 振り返ると、派手な身なりの女性がきつく私を睨みつけながら小銭を拾っていた。

 そして彼女はその小銭をすかさず自販機に挿入し、煙草を購入した。

 

「感じわる……」

「早馴さん、そんな怖い顔しなくて大丈夫ですよ。行きましょう」

「あ、うん」

 

 私たちは早足で通りを抜けた。

 しかし、駅の入り口が見えてきた辺りで私は足を止めた。何者かに呼ばれたような感覚を覚えたのだ。

 振り返ってみたものの、こちらを見ている者は誰も居なかった。

 

「どしたの?」

「……早馴さん、駅の待合室で待っていてもらえませんか?」

「別に良いけど、なんで?」

「少し気にかかったことがありまして」

「ふーん。じゃあ待ってるから、行ってきていいよ」

「ありがとうございます。安心してください、時間はかけませんから」

「別に心配してないからっ」

「それでは」

 

 むくれた早馴を置いて、私は来た道を戻る。

 そして私は、この煙たい通りに再び足を踏み入れた。

 一人になって注意深く見ると、やはり異質な街に思われる。時代錯誤的な景観もさることながら、そこに立つ人間たちもどこか不気味だ。猫背ぎみで歩く人々同士がしかめ面ですれ違っていく様子は、何かに憑りつかれているようにも見えてしまう。

 

『気づいたようだな、メフィラス星人』

 

 頭に直接語りかけてくる声――宇宙人か?

 私は周囲を見回す。

 目に付いたのは、煙草の自販機に商品を詰めている男だった。彼はじっと私を見つめているようだった。

 

『君と話がしたい。付いてきてくれるか』

 

 私は一瞬迷ったが、彼に続くことにした。敵意があろうとなかろうと、彼の情報を得る機会を逃すことはできない。

 男が歩いていく方向に歩を進め、怪しげな街を進んでいく。

 そしてたどり着いたのは、古風なアパートの二階だった。男が入った部屋の扉の前に立ち、私はドアノブに手をかけながらタイミングを計っていた。

 

『入ってくれ』

 

 穏やかな声に誘われ、扉を開く。

 何のことは無い、ごくごく一般的な和風の部屋だけが目の前にあった。ちゃぶ台やテレビが置かれた六畳ほどの畳の部屋からは、まるで人間が住んでいるような生活感が漂っている。『警戒しなくて良い』と言われている気分だった。

 それに加え、テレビから流れている映像が緊張感を削いでくる。これはアイドルのライブ映像だろうか。

 

『そのアイドルは私のお気に入りなのだ。CDをやろう』

「いりません」

『そうか。まぁ座りたまえ』

 

 言われるがまま、茶色いちゃぶ台の前に座る。

 

『ようこそ』

 

 突如、奴は姿を表した。

 

「あなたでしたか。メトロン星人」

 

 一度見たら忘れがたい、特徴的なオレンジ色の顔面に、華奢な青い身体の宇宙人がちゃぶ台を前に座っていた。

 

「駅に待たせた彼女も一緒にどうだね」

「お気になさらず」

「それは残念。では茶を出そう。缶ではあるが」

「ありがとうございます」

「らっきょうでも食べるか?」

「それは結構」

「そうか」

 

 彼の口調には、確かに敵意は無い。まるで懐かしい友人にでも会ったように親しみが込められた口調だった。

 

「ちょうど君と話したくなってね。この惑星から出て行く前に」

「出て行く?」

 

 メトロン星人……私と同様に地球を狙って潜んでいたものと思ったが、違うのだろうか。

 

「君に聞きたいことがあるのだ」

 

 彼は缶のお茶をすすり、一息ついた。

 

「メフィラス星人、この星は侵略のしがいはあるか?」

「ええ、まぁ」

「……それは意外だな」

 

 彼は缶を置き、話を続けた。

 

「気づいているとは思うが、私はこの街を支配下に置いている。宇宙ケシの実を仕込んだ煙草を流布したのだ」

「分かっています」

「しかしだな、私は気づいた」

 

 彼は再び缶に手を伸ばした。

 

「どうやら、意味は無いようだ」

 

 しばしの沈黙を挟んでから、私は理由を問うた。

 

「あの煙草は、人間同士の絆や信頼感を奪うために作った。そうすれば彼らは連帯できず、少しの力で侵略できる」

「そうですね」

「しかし人間は、最初から互いを信用していない。わざわざ手をかける必要も無い」

 

 メトロン星人は二個目のお茶缶を取り出しながら、テレビのリモコンを掴んだ。

 

「宇宙ケシの実を仕込んだ煙草は、もう作っていないのだ」

「どういうことです?」

「当初流布させた煙草の効果で、一部の人間たちは互いに争った。その後しばらくケシを与えなかったのだが、彼らの信頼関係が戻ることは無かったのだ。わずかの人間から、多くの人間に広がっていくよ。不信感というのは」

 

 メトロン星人はため息をつき、テレビの電源を入れた。

ドキュメンタリー番組が流れており、SNSが原因の人間関係トラブルがテーマとなっていた。

 

「戦争、謀略、差別、いじめ……下らん理由で互いを滅ぼし合うほどに、彼らの脳は退化している。このまま動物にまで戻るつもりなのかねぇ」

 

 彼はリモコンを置き、テレビ台の前に積んであった何枚ものDVDに手を伸ばした。彼はその束を大切そうに風呂敷に包み終えてから、立ち上がった。

 

「だから私は、この星を去るよ。侵略の価値が無いのだ。君も早々に見切りを付けた方が良いぞ」

 

 襖が開かれる。その先は、彼の宇宙船に繋がっているようだった。

 

「さらばだ、メフィラス星人」

「待って下さい」

 

 私は軽い念動力で襖を閉めた。

 

「おいおい。まだ聞き足りないのか、人間の愚かさが」

 

 彼は再び座った。

 

「私は人間に紛れて彼等を観察してきました。確かに、彼らは些細なことで動揺し、理性を失う」

「その通り」

「しかし、彼らは愚かなだけではありません。あなたの言うところの信頼感とやらを、確かに持つ人間を数多く見てきました」

「だが、それを奪うのは容易いぞ」

「果たしてそうでしょうか?」

「……やけに言い返してくるな、メフィラス星人」

「あなたがあんまりに、人間を知った顔をするものですから」

「そうか。そろそろ時間だ。私は行くとするよ」

「お元気で」

「さらばだ」

 

 彼は立ち上がって襖の向こうへ消えていった。

 一瞬の光と共にちゃぶ台や家具も姿を消し、先程までの生活感は嘘のように思われた。

 今はただ、オレンジ色の日の光に照らされた部屋だけが私の前に広がっていた。

 私は残ったお茶を飲み干し、部屋を後にした。

 

 

「さっきは悪かったよ」

「こちらこそ、すみませんでした」

 

 駅の入り口で、2人の男が私の近くを通り過ぎていった。

 見覚えがある。駅前の喫茶店で言い争っていた2人だ。

 

「あなたの作戦、まだまだのようですよ。メトロン星人」

 

 燃えるように輝く夕焼け空を見上げ、私はそう呟いた。

 そして駅まで歩いて戻ると、出入り口の傍で立っている人影が目に入った。

 

「早馴さん」

 

 私の声に、彼女は振り向いた。

 

「待合室で座っていたら良かったでしょうに」

「何となく、気分」

 

 早馴愛美は目を逸らしながら、早坂へのプレゼントが入った袋を渡してきた。

 

「荷物持ち、させたかっただけから」

「……ふふっ」

「な、今何で笑ったのよ!?」

「何でもありません」

 

 

 

 メトロン星人の地球侵略計画はこうして終わった。

 人間同士の信頼感を利用するとは恐るべき宇宙人である。

 しかし人間よ、安心するべきではない。

 私にとってはこの星も、人間も、侵略しがいのある存在だ。

 必ずや、お前たちの“心“を打ち砕いてみせよう。

 

 

―――――「夕焼けとちゃぶ台と宇宙人」・終わり


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