明日から三連休ですが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
せっかくですので、日曜夜7時に番外編をあげる予定です。
夕日が似合うアノ人を出す予定です。
期待してお待ちくだしあ!!
自分が1人だと自覚したのは、大体1年前だった。
両親がアメリカで死んだ後、その友人だった3人の保護者と共に日本に渡って来た。日本語が不慣れだったため、ナショナルスクールに通った。
一番つらかったのは、授業参観日。保護者の3人は忙しかったこともあり、殆ど顔を出すことは出来なかった。
そこで理解したのは、両親の代わりなど居ないことだった。
他の人が持っているものを、自分は持っていない。そんな喪失感が愛美の心を空にし、そこに穴を空けてしまった。何かが心を満たそうとしても、ぽっかり空いた穴から無情に零れ落ちるような感覚だ。
中学に来て、彼女はその穴を塞ぐ努力をしていたつもりだった。しかしそれは叶わなかった。
「あ……」
薄汚いマットの上に仰向けになっている愛美。唯一の希望だったかすかな光も、彼女の上に覆いかぶさった男の空で遮られてしまう。暗闇が愛美を包んでいた。
「うわっ。この子超かわいいじゃん!」
「どれどれ」
5人の男子生徒は、好奇の目線を彼女に向ける。
「写真写真。はい、チーズ」
シャッター音が空しく響く。何度も何度も。
「さて、脱がしますか」
「いえーい」
一番近くの男が、愛美の肩に触れる。
その瞬間、麻痺しかかっていた“恐怖”の感覚が愛美の全身を駆け巡った。
「――助けて」
誰か。
誰か……。
誰か!!
「愛美!!」
その声と共に、爆音のような音が響く。そして金属の引き戸が倉庫の内側に吹き飛ばされた。
「へ――」
引き戸に押し潰されながら、1人の男がゴミ山の中に消えた。他の4人、そして愛美も、呆気に取られたような表情で固まっている。煌々と差し込む光を背に、1つの人影が現れる。
「貴様ら……生きて帰れると思うなよ」
鬼のような恐ろしい形相の零洸未来が、倉庫に足を踏み入れる。
「お、え。何これ――」
未来の拳が、目の前の男の顔面に炸裂する。彼はコンクリートの壁に全身をめり込ませるのではないかという勢いでぶつかり、へなへなと倒れた。
「ちょ、ちょ、待って――」
その男の手に握られていた携帯電話は、未来のチョップで真っ二つになった。そして続けざまの蹴りで、彼の身体は軽く浮かび、落下し、そのまま倒れ伏した。
「このクソアマ!!」
残った2人の男子生徒が、一斉に飛びかかる。
その時、更に2つの影が倉庫内に入り込む。
「ウラァ!!」
「っ!」
樫尾の拳と、早坂の竹刀が2人を打ち倒す。倒された2人はうめき声を上げながら倒れた。
「愛美」
「……」
愛美は尚も恐怖に満ちた目で、未来を見据える。
「……済まない」
未来は愛美に背を向け、静かに倉庫を出て行った。
「この女子生徒を職員室に連れて行く。君たちはあ――彼女をよろしく頼む」
未来は、倉庫の前で泣きじゃくる吉澤の首根っこを掴み、その場を去った。
「ふぅ、終わったな。早馴、怪我はねェか?」
「……あ、えっと……う、うん」
樫尾から差し出された手を握り、彼女は立ちあがった。
「もう、大丈夫」
愛美は外の明るさに目を細めながら、遠くを見つめた。
振り返らずに去って行く未来の背中に、彼女の視線は注がれていた。
「で、4人で停学処分ということだな」
明くる日、愛美と早坂、樫尾の3人は『料亭 早坂』の座敷に座っていた。彼らとテーブルを挟み、樫尾の父が座っている。
「しかしな、愛美タンが無事ならばいいのだ。玄、之道くん、君たちは良くやったと思う。今日は好きなだけ食べなさい」
「食べなさいって、あなたが一番食べてるじゃない」
「いいんですよ。うちの料理ならいつでも」
笑いながら入って来たのは、着物姿の美婦人と、白い割烹着に身を包んだ紳士だった。
「ここの料理はいつも美味いからな。そうだ、愛美タンに紹介しておこう。こちらは之道くんのお父様で、このお店の主人だ。こっちは家内」
「で、私はゆっきーのお姉様。早坂冥奈よ」
2人に続いて現れたのは、やはり着物姿の美女だった。
「わっ。早坂のお姉さん、すごく綺麗だね……」
愛美は思わず、隣に座る樫尾に耳打ちした。
「見た目はなァ。中身は――」
「あらぁ玄くん? 中身は何かしら?」
「中身は……もっと綺麗だって話だぜ? ははは……」
「それでいいのよ」
早坂の父、樫尾母は愛美と挨拶を交わし、早々に部屋を出て行った。残された5人は、きらびやかな海鮮料理を囲んで談笑していた。
途中、樫尾父の携帯に電話が入った。彼は急いで部屋を出て行き、すぐに戻ってきた。
「し、失礼します……」
「零洸さん!」
早坂の声に、愛美と樫尾も反応する。未来は気まずそうな顔をしながら、樫尾の父に言われるままに愛美の隣に座った。
「すみません。私まで招待されてしまって……」
「いいんだよ。君が居なかったら、愛美タンもせがれ達も何があったか分からんからね」
「えっと……零洸、さん?」
「あ、ああ」
「昨日は、ありがとうございました」
愛美がぺこりと頭を下げる。未来は止めてくれと言いながら、愛美から目を逸らしてしまった。
それから晩餐は続いたが、未来の登場で愛美はすっかり口数を減らしてしまった。未来もそれに気づいてか、申し訳なさそうな表情を見せてばかりだった。
「もう、アンタたち辛気臭いわね。ちょっと元気出しなさいよ」
顔を赤くした冥奈が、ビール瓶を未来の顔の前に差し出した。
「ちょ、姉さん! 僕たち中学生だよ!」
「アンタは黙ってなさい。お姉様に任せて」
冥奈はビールを引っ込めると、卓を回って後ろから2人の間に入り込む。
「未来ちゃんとちゅーしなさい、ちゅー」
冥奈は愛美の肩に手を回す。
「え、ええ、ええ!?」
「姉さん! 早馴さん困ってるから!!」
「愛美ちゃん、いいこと教えてあげるわ。男より、女の唇の方が気持ちいのよ?」
「はははは。相変わらず冥奈ちゃんは面白いなあ」
「おい親父!この酔っ払いを止めやがれ!」
「ほらほら、愛美ちゃん。早くしないと、お姉さんが未来ちゃんにちゅーしちゃうわよ」
「ど、どどどどどうすれば……」
「3、2」
「うぅぅぅ……零洸さん! こっち!」
愛美はするりと冥奈の捕縛から逃れ、未来と共に縁側の方へ逃れた。
「いけずぅー。もういいわっ! 2人でいちゃいちゃしてればいいのよ!」
冥奈はグラスのビールを一口に飲み欲し、弟に絡み始めた。
「……どうしよっか」
愛美は、苦笑いで未来を見た。
「私は、帰るとするよ」
「え?」
「このままじゃキミが退屈する――」
「ちょっとだけ、時間ちょうだい?」
2人は一旦、料亭の前に出た。そして近くに設置されている長椅子に2人で腰かけた。
「はぁ……今のでどっと疲れた」
「今日は済まなかった。私のせいで、不快な思いを――」
「してない! 全然イヤじゃなくて、そうじゃなくって……」
愛美は俯いて、もじもじと膝をすり合わせた。
「……ごめんなさい!!」
そして、思いきり頭を下げた。
「な、これは、何の真似だ?」
「昨日、私零洸さんのこと、何だか怖くなっちゃって……お礼も今更になっちゃって。でもなんて言えばいいかよく分からなくて…」
「そんなこと、気にしなくて良い。頭を上げてくれ」
愛美はおずおずと顔を上げた。
「キミが無事だったのなら、それで十分だ」
未来は立ち上がった。
「私のことは、忘れてくれ」
「忘れるって、どういうこと?」
「私たちはただのクラスメートだ。友人でも、知り合いでも何でもない」
「そんなの嫌だよ!」
愛美も立ち上がり、未来と面と向かった。
「ねぇ、どうして私のこと、助けてくれたの? 樫尾さんに聞いた。零洸さん、私のこと聞いて一番に飛び出していったって」
「ただの、人助けだよ」
「そんなこと――」
「そんなこと無いよなァ? 零洸」
2人が振り向くと、そこには樫尾と早坂が立っていた。
「さっき聞いたぜ? 零洸、お前俺の親父の知り合いの娘さんなんだってな。早馴の両親とも知り合いらしいじゃねェか」
「……それは」
「俺も同じだぜ」
「何?」
「早馴のこと、最初から知ってて、気にしてたんだろ?」
愛美の、驚きに満ちた目が未来を捉える。
「零洸さん、私のこと知ってたの?」
「……彼の言う通りだ」
未来は取りあえず樫尾に話を合わせ、“真実”は隠した。
「キミのご両親のことを聞いて、力になれればと」
「零洸さん……」
しばしの沈黙。
沈黙を破ったのは、意外にも早坂であった。
「みんな、実は友達だったってことですよね?」
愛美と未来は、一斉に早坂を見る。
「それじゃ、ダメですか?」
「俺は賛成だぜ。お前らは、どうだ?」
早坂と樫尾は、どこか照れくさそうにしていた。
「友達……」
愛美は、目の前の3人の顔を1人1人、目に焼き付けるように、見つめた。
誰よりも優しく話しやすい早坂、誰よりも頼りがいのある樫尾、そして誰よりも自分を気にかけていた未来。
「お、おい! 何泣いてんだ?」
「うぅ……だって、だって……」
友達。
愛美はその言葉を心の中で何度も、噛みしめるように呟いた。
今まで分からなかった。自分を気にかけてくれる人は、もう誰も居ないと思っていた。この世界にも、自分の頭の中にも、もう居ないと思っていた。
それが、こんな近くに居た。
「うわぁぁぁぁん!!」
愛美は堰を切ったように大声で泣きだし、未来の胸に顔を埋めた。
「わ、私はどうすれば……」
「さァな。さーて早坂。俺たちは邪魔だろうから、さっさと去ろうぜ」
「そうですね。お刺身食べましょう。早くしないと姉さんがみんな食べちゃいますよ」
「そいつはいけねェ!!」
「お、おい!」
未来は助けを乞うように2人を見送ったが、愛美は依然として泣くばかりだ。
未来は所在なさげにしていたが、やがて小さく息をついた。
「……もう、もう大丈夫だ、愛美」
未来は、そっと愛美の頭に触れた。
あの日、山ほどの後悔と共に全てを失った日。
この子だけは護ろう。そう誓ったあの日。
そしてこれからも――未来は静かに、目を閉じた。
―――
―――――
―――――――
「ってことがあって、私たちは友達に――って、逢夜乃!?何で泣いてんの!?」
「うぅぅぅ……お2人の友情秘話に感動してしまって!!」
「大袈裟だな、キミは」
「みぐさん!! あびさん!! わだくしも、お友達ですか!?」
「何言ってんの?」
愛美はそっと逢夜乃の頬に触れ、涙を拭った。
「当たり前でしょ」
「私も同感だ」
「わたくし決めましたわ! 今日この日を、わたくしたちの友情記念日にします!!」
「まーた変なこと言って……」
呆れながらも笑う愛美の横顔を見ながら、未来はふと言った。
「ところで、どうしてこの昔話になったんだ?」
「だから、あの時の未来とニルがそっくりで――」
その時、愛美は何かに気付いたように立ち上がった。
「そっくり……そう、そっくりだったんだよ」
愛美は脇に置いていた荷物に触れる。
「ごめん! 私、行かないと」
「レオルトンさんの所ですか?」
「う、うん」
「レオルトンなら、樫尾と一緒に帰ったようだが」
「じゃあ聞いてみる! ごめん、また明日ね!!」
愛美は早足で店内を抜け、店を出た瞬間から走り出した。
「一体何に気付いたのか……」
「ふふっ。未来さん、ご自分で分かりませんか?」
「まったく」
「さすが未来さんですわ」
逢夜乃は、小首をかしげる未来をよそに、ミルクティーのカップに口をつけた。
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「もしもし俺だ。ああ、おう。公園だよ。じゃあ、俺は帰ってるからよ。え、帰るなって? 何言ってんだ。2人きりでちゃんと話しやがれ。じゃあな」
樫尾はやれやれと言いながら、電話を切った。
「あの……今の話を聞いても、結局早馴さんの異変の原因が分かりませんでした」
分かったことと言えば、零洸がかつては相当に過激な性分だったことぐらいである。
「今に分かるだろうよ。俺は帰るからよ、お前はそこでゆっくり考えてみな」
樫尾は親指を立て、軽く手を振って去って行った。
私は言われるがまま、座って考えてみた。
とりあえずは、樫尾の語った情景を頭の中で再現する。
孤独に苦しむ早馴、境遇を呪って現実に背を向ける早馴、救いの手を求める早馴、その手を握り孤独から抜け出した早馴。
そうだ。その姿こそまさしく――
「いたっ!!」
彼女の声が、夕日の差す公園に響いた。
「ニル!」
早馴は私の方に駆け寄ってくる。
「早馴さん。そんなに急いで、どうかしましたか?」
「話さなくちゃ、って思って」
早馴は肩で呼吸をしながら、私の前に立った。
私も同じように、その場で立ち上がった。
「あの時、逃げてごめん」
「気にしていません」
「いいから、言わせて」
早馴は一呼吸おいて、私を見つめた。今までに見たことの無いくらいに、真剣な眼差しだった。
「私、誤解してた。ニルのこと、本当はただの怖い人なのかもしれないって。でも違った。ニルは……ニルは私のことを守ってくれたのに」
「……そんな大層なことでは、ありません」
「ううん! 私は……今なら言えるよ。私、それが嬉しい。私はバカだし、めんどくさがりだし、可愛くないし……なのに、こんな私のことを大切に思ってくれてる人がいて」
その時私は、樫尾の語った過去を思い出した。
彼らは、早馴という人間を心から大切に――
「ニルも、そうだった」
「……私が?」
「だから……ありがとう」
漠然とした予感に過ぎないが、その笑顔を、私はしばらく忘れられそうになかった。
「あ、あのさ」
それから早馴は突然、私から目を逸らした。
「何でしょう」
「ニルは、す――」
早馴の声が、地鳴りのような風音にかき消された。
「な、何あれ!?」
「怪獣ですね」
巨大な翼を持った怪獣が、遠くからこちらに近づいて来る。私はスマートフォンを懐から取り出した。
奴のエネルギーに、私の円盤のレーダーは反応していた。早馴と話していたせいか、通知に気付けなかったようだ。
「急いで帰りましょう。送ります」
「う、うん」
私は早馴の手を取り、2人で走り出した。
彼女の手は、やけに暖かかった。
「へぇ。また強そうなのを放ったわね、“彼”」
夕暮れの空を駆ける巨大怪獣の姿を、百夜過去は沙流学園の屋上から眺めていた。
「でも、邪魔♪」
百夜は、飛んでくる巨体に人指し指を向けた。親指を立て、他の3本の指は掌に折り込む。
「M87光線」
指先から、水色に発光する光線を放つ。
光線は空を貫き、遠方の怪獣の頭部に突き刺さった。怪獣は断末魔ひとつ上げることなく、一瞬で爆散した。爆風が空気を揺らす。
「ふぅー。気持ち良かったぁ」
百夜が踵を返すと、屋上に通じる扉が開かれた。
「あなた……確か2年生の」
百夜の目の先には、紫苑レムが立っていた。
「ふふっ。さよなら、センセ」
百夜は銀色の髪をなびかせながら、紫苑の横を通り過ぎていった。
―――第20話に続く