留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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明日から三連休ですが、皆様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
せっかくですので、日曜夜7時に番外編をあげる予定です。
夕日が似合うアノ人を出す予定です。
期待してお待ちくだしあ!!


第19話「大切な人へ」(後編)

 自分が1人だと自覚したのは、大体1年前だった。

 両親がアメリカで死んだ後、その友人だった3人の保護者と共に日本に渡って来た。日本語が不慣れだったため、ナショナルスクールに通った。

 一番つらかったのは、授業参観日。保護者の3人は忙しかったこともあり、殆ど顔を出すことは出来なかった。

 そこで理解したのは、両親の代わりなど居ないことだった。

 他の人が持っているものを、自分は持っていない。そんな喪失感が愛美の心を空にし、そこに穴を空けてしまった。何かが心を満たそうとしても、ぽっかり空いた穴から無情に零れ落ちるような感覚だ。

 中学に来て、彼女はその穴を塞ぐ努力をしていたつもりだった。しかしそれは叶わなかった。

 

「あ……」

 

 薄汚いマットの上に仰向けになっている愛美。唯一の希望だったかすかな光も、彼女の上に覆いかぶさった男の空で遮られてしまう。暗闇が愛美を包んでいた。

 

「うわっ。この子超かわいいじゃん!」

「どれどれ」

 

 5人の男子生徒は、好奇の目線を彼女に向ける。

 

「写真写真。はい、チーズ」

 

 シャッター音が空しく響く。何度も何度も。

 

「さて、脱がしますか」

「いえーい」

 

 一番近くの男が、愛美の肩に触れる。

 その瞬間、麻痺しかかっていた“恐怖”の感覚が愛美の全身を駆け巡った。

 

「――助けて」

 

 誰か。

 誰か……。

 誰か!!

 

「愛美!!」

 

 その声と共に、爆音のような音が響く。そして金属の引き戸が倉庫の内側に吹き飛ばされた。

 

「へ――」

 

 引き戸に押し潰されながら、1人の男がゴミ山の中に消えた。他の4人、そして愛美も、呆気に取られたような表情で固まっている。煌々と差し込む光を背に、1つの人影が現れる。

 

「貴様ら……生きて帰れると思うなよ」

 

 鬼のような恐ろしい形相の零洸未来が、倉庫に足を踏み入れる。

 

「お、え。何これ――」

 

 未来の拳が、目の前の男の顔面に炸裂する。彼はコンクリートの壁に全身をめり込ませるのではないかという勢いでぶつかり、へなへなと倒れた。

 

「ちょ、ちょ、待って――」

 

 その男の手に握られていた携帯電話は、未来のチョップで真っ二つになった。そして続けざまの蹴りで、彼の身体は軽く浮かび、落下し、そのまま倒れ伏した。

 

「このクソアマ!!」

 

 残った2人の男子生徒が、一斉に飛びかかる。

 その時、更に2つの影が倉庫内に入り込む。

 

「ウラァ!!」

「っ!」

 

 樫尾の拳と、早坂の竹刀が2人を打ち倒す。倒された2人はうめき声を上げながら倒れた。

 

「愛美」

「……」

 

 愛美は尚も恐怖に満ちた目で、未来を見据える。

 

「……済まない」

 

 未来は愛美に背を向け、静かに倉庫を出て行った。

 

「この女子生徒を職員室に連れて行く。君たちはあ――彼女をよろしく頼む」

 

 未来は、倉庫の前で泣きじゃくる吉澤の首根っこを掴み、その場を去った。

 

「ふぅ、終わったな。早馴、怪我はねェか?」

「……あ、えっと……う、うん」

 

 樫尾から差し出された手を握り、彼女は立ちあがった。

 

「もう、大丈夫」

 

 愛美は外の明るさに目を細めながら、遠くを見つめた。

 振り返らずに去って行く未来の背中に、彼女の視線は注がれていた。

 

 

「で、4人で停学処分ということだな」

 

 明くる日、愛美と早坂、樫尾の3人は『料亭 早坂』の座敷に座っていた。彼らとテーブルを挟み、樫尾の父が座っている。

 

「しかしな、愛美タンが無事ならばいいのだ。玄、之道くん、君たちは良くやったと思う。今日は好きなだけ食べなさい」

「食べなさいって、あなたが一番食べてるじゃない」

「いいんですよ。うちの料理ならいつでも」

 

 笑いながら入って来たのは、着物姿の美婦人と、白い割烹着に身を包んだ紳士だった。

 

「ここの料理はいつも美味いからな。そうだ、愛美タンに紹介しておこう。こちらは之道くんのお父様で、このお店の主人だ。こっちは家内」

「で、私はゆっきーのお姉様。早坂冥奈よ」

 

 2人に続いて現れたのは、やはり着物姿の美女だった。

 

「わっ。早坂のお姉さん、すごく綺麗だね……」

 

 愛美は思わず、隣に座る樫尾に耳打ちした。

 

「見た目はなァ。中身は――」

「あらぁ玄くん? 中身は何かしら?」

「中身は……もっと綺麗だって話だぜ? ははは……」

「それでいいのよ」

 

 早坂の父、樫尾母は愛美と挨拶を交わし、早々に部屋を出て行った。残された5人は、きらびやかな海鮮料理を囲んで談笑していた。

 途中、樫尾父の携帯に電話が入った。彼は急いで部屋を出て行き、すぐに戻ってきた。

 

「し、失礼します……」

「零洸さん!」

 

 早坂の声に、愛美と樫尾も反応する。未来は気まずそうな顔をしながら、樫尾の父に言われるままに愛美の隣に座った。

 

「すみません。私まで招待されてしまって……」

「いいんだよ。君が居なかったら、愛美タンもせがれ達も何があったか分からんからね」

「えっと……零洸、さん?」

「あ、ああ」

「昨日は、ありがとうございました」

 

 愛美がぺこりと頭を下げる。未来は止めてくれと言いながら、愛美から目を逸らしてしまった。

 それから晩餐は続いたが、未来の登場で愛美はすっかり口数を減らしてしまった。未来もそれに気づいてか、申し訳なさそうな表情を見せてばかりだった。

 

「もう、アンタたち辛気臭いわね。ちょっと元気出しなさいよ」

 

 顔を赤くした冥奈が、ビール瓶を未来の顔の前に差し出した。

 

「ちょ、姉さん! 僕たち中学生だよ!」

「アンタは黙ってなさい。お姉様に任せて」

 

 冥奈はビールを引っ込めると、卓を回って後ろから2人の間に入り込む。

 

「未来ちゃんとちゅーしなさい、ちゅー」

 

 冥奈は愛美の肩に手を回す。

 

「え、ええ、ええ!?」

「姉さん! 早馴さん困ってるから!!」

「愛美ちゃん、いいこと教えてあげるわ。男より、女の唇の方が気持ちいのよ?」

「はははは。相変わらず冥奈ちゃんは面白いなあ」

「おい親父!この酔っ払いを止めやがれ!」

「ほらほら、愛美ちゃん。早くしないと、お姉さんが未来ちゃんにちゅーしちゃうわよ」

「ど、どどどどどうすれば……」

「3、2」

「うぅぅぅ……零洸さん! こっち!」

 

 愛美はするりと冥奈の捕縛から逃れ、未来と共に縁側の方へ逃れた。

 

「いけずぅー。もういいわっ! 2人でいちゃいちゃしてればいいのよ!」

 

 冥奈はグラスのビールを一口に飲み欲し、弟に絡み始めた。

 

「……どうしよっか」

 

 愛美は、苦笑いで未来を見た。

 

「私は、帰るとするよ」

「え?」

「このままじゃキミが退屈する――」

「ちょっとだけ、時間ちょうだい?」

 

 2人は一旦、料亭の前に出た。そして近くに設置されている長椅子に2人で腰かけた。

 

「はぁ……今のでどっと疲れた」

「今日は済まなかった。私のせいで、不快な思いを――」

「してない! 全然イヤじゃなくて、そうじゃなくって……」

 

 愛美は俯いて、もじもじと膝をすり合わせた。

 

「……ごめんなさい!!」

 

 そして、思いきり頭を下げた。

 

「な、これは、何の真似だ?」

「昨日、私零洸さんのこと、何だか怖くなっちゃって……お礼も今更になっちゃって。でもなんて言えばいいかよく分からなくて…」

「そんなこと、気にしなくて良い。頭を上げてくれ」

 

 愛美はおずおずと顔を上げた。

 

「キミが無事だったのなら、それで十分だ」

 

 未来は立ち上がった。

 

「私のことは、忘れてくれ」

「忘れるって、どういうこと?」

「私たちはただのクラスメートだ。友人でも、知り合いでも何でもない」

「そんなの嫌だよ!」

 

 愛美も立ち上がり、未来と面と向かった。

 

「ねぇ、どうして私のこと、助けてくれたの? 樫尾さんに聞いた。零洸さん、私のこと聞いて一番に飛び出していったって」

「ただの、人助けだよ」

「そんなこと――」

「そんなこと無いよなァ? 零洸」

 

 2人が振り向くと、そこには樫尾と早坂が立っていた。

 

「さっき聞いたぜ? 零洸、お前俺の親父の知り合いの娘さんなんだってな。早馴の両親とも知り合いらしいじゃねェか」

「……それは」

「俺も同じだぜ」

「何?」

「早馴のこと、最初から知ってて、気にしてたんだろ?」

 

 愛美の、驚きに満ちた目が未来を捉える。

 

「零洸さん、私のこと知ってたの?」

「……彼の言う通りだ」

 

 未来は取りあえず樫尾に話を合わせ、“真実”は隠した。

 

「キミのご両親のことを聞いて、力になれればと」

「零洸さん……」

 

 しばしの沈黙。

 沈黙を破ったのは、意外にも早坂であった。

 

「みんな、実は友達だったってことですよね?」

 

 愛美と未来は、一斉に早坂を見る。

 

「それじゃ、ダメですか?」

「俺は賛成だぜ。お前らは、どうだ?」

 

 早坂と樫尾は、どこか照れくさそうにしていた。

 

「友達……」

 

 愛美は、目の前の3人の顔を1人1人、目に焼き付けるように、見つめた。

 誰よりも優しく話しやすい早坂、誰よりも頼りがいのある樫尾、そして誰よりも自分を気にかけていた未来。

 

「お、おい! 何泣いてんだ?」

「うぅ……だって、だって……」

 

 友達。

 愛美はその言葉を心の中で何度も、噛みしめるように呟いた。

 今まで分からなかった。自分を気にかけてくれる人は、もう誰も居ないと思っていた。この世界にも、自分の頭の中にも、もう居ないと思っていた。

 それが、こんな近くに居た。

 

「うわぁぁぁぁん!!」

 

 愛美は堰を切ったように大声で泣きだし、未来の胸に顔を埋めた。

 

「わ、私はどうすれば……」

「さァな。さーて早坂。俺たちは邪魔だろうから、さっさと去ろうぜ」

「そうですね。お刺身食べましょう。早くしないと姉さんがみんな食べちゃいますよ」

「そいつはいけねェ!!」

「お、おい!」

 

 未来は助けを乞うように2人を見送ったが、愛美は依然として泣くばかりだ。

 未来は所在なさげにしていたが、やがて小さく息をついた。

 

「……もう、もう大丈夫だ、愛美」

 

 未来は、そっと愛美の頭に触れた。

 あの日、山ほどの後悔と共に全てを失った日。

 この子だけは護ろう。そう誓ったあの日。

 そしてこれからも――未来は静かに、目を閉じた。

 

―――

―――――

―――――――

 

「ってことがあって、私たちは友達に――って、逢夜乃!?何で泣いてんの!?」

「うぅぅぅ……お2人の友情秘話に感動してしまって!!」

「大袈裟だな、キミは」

「みぐさん!! あびさん!! わだくしも、お友達ですか!?」

「何言ってんの?」

 

 愛美はそっと逢夜乃の頬に触れ、涙を拭った。

 

「当たり前でしょ」

「私も同感だ」

「わたくし決めましたわ! 今日この日を、わたくしたちの友情記念日にします!!」

「まーた変なこと言って……」

 

 呆れながらも笑う愛美の横顔を見ながら、未来はふと言った。

 

「ところで、どうしてこの昔話になったんだ?」

「だから、あの時の未来とニルがそっくりで――」

 

 その時、愛美は何かに気付いたように立ち上がった。

 

「そっくり……そう、そっくりだったんだよ」

 

 愛美は脇に置いていた荷物に触れる。

 

「ごめん! 私、行かないと」

「レオルトンさんの所ですか?」

「う、うん」

「レオルトンなら、樫尾と一緒に帰ったようだが」

「じゃあ聞いてみる! ごめん、また明日ね!!」

 

 愛美は早足で店内を抜け、店を出た瞬間から走り出した。

 

「一体何に気付いたのか……」

「ふふっ。未来さん、ご自分で分かりませんか?」

「まったく」

「さすが未来さんですわ」

 

 逢夜乃は、小首をかしげる未来をよそに、ミルクティーのカップに口をつけた。

 

==========================

 

 

「もしもし俺だ。ああ、おう。公園だよ。じゃあ、俺は帰ってるからよ。え、帰るなって? 何言ってんだ。2人きりでちゃんと話しやがれ。じゃあな」

 

 樫尾はやれやれと言いながら、電話を切った。

 

「あの……今の話を聞いても、結局早馴さんの異変の原因が分かりませんでした」

 

 分かったことと言えば、零洸がかつては相当に過激な性分だったことぐらいである。

 

「今に分かるだろうよ。俺は帰るからよ、お前はそこでゆっくり考えてみな」

 

 樫尾は親指を立て、軽く手を振って去って行った。

 私は言われるがまま、座って考えてみた。

 とりあえずは、樫尾の語った情景を頭の中で再現する。

 孤独に苦しむ早馴、境遇を呪って現実に背を向ける早馴、救いの手を求める早馴、その手を握り孤独から抜け出した早馴。

 そうだ。その姿こそまさしく――

 

「いたっ!!」

 

 彼女の声が、夕日の差す公園に響いた。

 

「ニル!」

 

 早馴は私の方に駆け寄ってくる。

 

「早馴さん。そんなに急いで、どうかしましたか?」

「話さなくちゃ、って思って」

 

 早馴は肩で呼吸をしながら、私の前に立った。

 私も同じように、その場で立ち上がった。

 

「あの時、逃げてごめん」

「気にしていません」

「いいから、言わせて」

 

 早馴は一呼吸おいて、私を見つめた。今までに見たことの無いくらいに、真剣な眼差しだった。

 

「私、誤解してた。ニルのこと、本当はただの怖い人なのかもしれないって。でも違った。ニルは……ニルは私のことを守ってくれたのに」

「……そんな大層なことでは、ありません」

「ううん! 私は……今なら言えるよ。私、それが嬉しい。私はバカだし、めんどくさがりだし、可愛くないし……なのに、こんな私のことを大切に思ってくれてる人がいて」

 

 その時私は、樫尾の語った過去を思い出した。

 彼らは、早馴という人間を心から大切に――

 

「ニルも、そうだった」

「……私が?」

「だから……ありがとう」

 

 漠然とした予感に過ぎないが、その笑顔を、私はしばらく忘れられそうになかった。

 

「あ、あのさ」

 

 それから早馴は突然、私から目を逸らした。

 

「何でしょう」

「ニルは、す――」

 

 早馴の声が、地鳴りのような風音にかき消された。

 

「な、何あれ!?」

「怪獣ですね」

 

 巨大な翼を持った怪獣が、遠くからこちらに近づいて来る。私はスマートフォンを懐から取り出した。

 奴のエネルギーに、私の円盤のレーダーは反応していた。早馴と話していたせいか、通知に気付けなかったようだ。

 

「急いで帰りましょう。送ります」

「う、うん」

 

 私は早馴の手を取り、2人で走り出した。

 彼女の手は、やけに暖かかった。

 

 

 

 

「へぇ。また強そうなのを放ったわね、“彼”」

 

 夕暮れの空を駆ける巨大怪獣の姿を、百夜過去は沙流学園の屋上から眺めていた。

 

「でも、邪魔♪」

 

 百夜は、飛んでくる巨体に人指し指を向けた。親指を立て、他の3本の指は掌に折り込む。

 

「M87光線」

 

 指先から、水色に発光する光線を放つ。

 光線は空を貫き、遠方の怪獣の頭部に突き刺さった。怪獣は断末魔ひとつ上げることなく、一瞬で爆散した。爆風が空気を揺らす。

 

「ふぅー。気持ち良かったぁ」

 

 百夜が踵を返すと、屋上に通じる扉が開かれた。

 

「あなた……確か2年生の」

 

 百夜の目の先には、紫苑レムが立っていた。

 

「ふふっ。さよなら、センセ」

 

 百夜は銀色の髪をなびかせながら、紫苑の横を通り過ぎていった。

 

 

―――第20話に続く


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