留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第19話「大切な人へ」(中編)

 

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「早坂のやつ、愛美から鍵を返してもらうの忘れててな。2人で追っかけて、3人で鍵を返しに行ったんだよなァ」

 

 樫尾は、懐かしそうに夕焼け空を見上げた。

 

「レオルトン?」

「3人が話している姿を想像していました」

「そうかそうか」

「それが早馴さんと早坂くんの、いわゆる初恋だったわけですね」

「そういうことじゃねェ!」

「違いましたか?」

「早坂とは、別に何もねェよ。ただ、愛美にとっては初めての友達だったかもしれねェな」

「随分大人びていたんですね、早馴さん」

「大人びてたと言うか……冷めてたのかもな」

 

 幼い頃に両親を失っていた早馴――私は小さな彼女を思い浮かべた。

 

「それがきっかけだったのかねェ……たまに教室で3人で話すようになった。愛美は他の連中とはあんまり馴染まなかった気がするぜ」

「しかし樫尾さんや、早坂くんとは仲良くなったのですね」

「早坂とは、部活終わりによく一緒だったみたいでな。俺は何と言うか――」

 

 樫尾は少しの間何も言わず、やがてぽつりと言った。

 

「放っておけなかったのかもな。って、話しが逸れちまった。続きを話すぜ」

 

――

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―――――――

 

「新人大会?」

「そう!愛美も選手候補だよ」

 

 いつも通りに愛美が部活にやって来ると、待ち受けていたように先輩が言った。

 

「でも私、1年ですし……」

「関係ないって! 愛美がいればうちのチーム、もっと強くなる気がする」

 

 愛美は、気の無いような返事をしつつも、内心は嬉しかった。元々バスケットは大好きというわけでもなかったが、身体を動かしている間は色々なことを忘れることができた。家族のこと、記憶のことを。

 

「まぁ、頑張ります」

 

 その日から、愛美は益々バスケットボールに打ちこむことになった。

 まるで逃げるように――前だけを向いてひたすら走るように、バスケだけを見て、彼女は走っていた。

 

「早馴!!」

 

 ある日の練習終わり、体育館を出ようとしたところで愛美は、後ろから呼び止められた。

 

「吉澤先輩。えっと、お疲れさまです」

 

 2年生の吉澤は、男子バスケット部の3年生2人と一緒だった。

 

「今日のゲーム、あんたウチの足思いっきり踏んだよね?」

「ごめんなさい。マーク外そうとしてて……」

「ふーん」

 

 吉澤は薄ら笑いを浮かべながら、愛美に近づく。

 

「なに? ウチのことケガさせようとしてたわけ?」

「ち、違います!」

「ウチがケガしちゃえば、アンタ、メンバー入り決まりだもんね。同じポジションだし」

「そんなの関係ないです!」

「ウソだね。アンタ、1年と3年からちやほやされて調子に乗ってるんでしょ?」

「……乗ってません」

 

 愛美は、吉澤に向けていた視線を逸らし、背中を向けた。

 

「もう帰ります」

「っ!お前――」

「早馴さん?」

 

 早馴と吉澤の目が、別の方向に向けられる。

 

「早坂、くん?」

「早馴さん、どうかした?」

 

 早坂は愛美を気遣うような言葉をかけつつも、その眼光は吉澤たち3人を捉えていた。

 

「何だよ、何見てんだよ」

 

 男子生徒の1人が、一歩踏み出す。

 

「おい、止めとけって」

 

 もう一人の男子が止めに入る。

 

「帰ろう、早馴さん」

 

 早坂は愛美の手を取り、2人は足早にその場を去った。校門を抜けて、少し歩いたところで早坂が口を開いた。

 

「……あの人たち、何か怖かったね」

「……うん」

「とにかく、早く帰ろ――」

 

 早坂は、顔を真っ赤にして固まった。

 愛美はそれを不審そうに見つめたが、やがて気づいた。

 

「ご、ごめん!」

 

 早坂は、握ったままだった愛美の手を離す。

 

「えっと、ごめん! その、何かよく分からないけど思わず……」

「う、うん……」

 

 2人は顔を赤らめたまま、暗い夜道を並んで歩いていった。

 

―――――――

―――――

―――

 

「きゃぁー!! それが愛美さんの初恋ですの!? まさかお相手が早坂さんだったなんて!!」

「だーかーら! さっきも言ったけど、之道とは何にも無いから。そうだよね? 未来」

「いや、私はその頃の愛美を知らないぞ」

「とにかく、違うのっ!」

 

 ニルと樫尾が2人で話しているのと、ちょうど同じ時間。逢夜乃、愛美、そして未来は駅前のファミレスに来ていた。

 

「それにしても、お2人の中学生の時のお話……前に愛美さんから伺った時は大分違いますわね」

「違うって言うか、軽くしか話してないだけ。逢夜乃には、多分そこから先のことしか話してないし」

「そうでしたっけ?」

「てか、話さないとダメ? だんだんめんどくさくなってきた」

「無理強いはしませんけれど、愛美さんの今日の様子が気になってしまって……」

「私も同感だ」

 

 逢夜乃と未来は、愛美をじっと見つめた。

 

「いやホント、大したことじゃなくて……」

「まさか、レオルトンに何かされたのを庇っているのか?」

「違う違う! 何もされてないって」

 

 愛美は、土曜日の出来事について話した。

 

「で、ニルから逃げてきちゃって……」

「あの後そんなことが……」

 

 未来は驚いたようにため息をついた。

 

「で、話の続きだよね」

 

 愛美はふと、自分の手元に視線を落とした。

 逃げるようにして打ち込んだバスケ――いや、私は逃げてたわけじゃなかった――愛美は、あの頃何かを追い求めて、追い求めて、ボールに触れていたのだ。

 

――

――――

―――――――

 

「……」

 

 愛美は、びしょびしょに濡れているバスケットシューズを片手に、体育館を抜け出した。

 

「ん? 早馴じゃねェか」

 

 愛美が見上げると、段ボール箱を担いだ樫尾が立っていた。

 

「樫尾さん……」

「おい、どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」

「……ううん。何でもない」

 

 愛美は樫尾の横を通り過ぎて水道に向かった。蛇口をひねり、シューズを濡らす。牛乳のような、雑巾のような、不快な臭いが愛美の鼻をつく。

 

「……」

 

 泣きそうだった。しかし愛美は泣かなかった。

 ただ無言で、シューズを見ているだけだった。

 その日から愛美への嫌がらせは続いた。次の日は部室に置いておいた上履きを隠され、その次の日は彼女のロッカーにゴミが詰められていた。ゲーム中のラフプレーが愛美を襲い、一度派手に転んで膝を擦りむいた。膝から流れる血を気に留めるでもなく、彼女はプレーを続けた。

 初めは、部員の誰かがやっているというぐらいの認識だったのが、そのうち全員から避けられているという認識に変わっていた。

 しかし愛美は、毎日練習にやって来た。荷物は教室の、早坂のロッカーに隠していた。早坂本人には一言も言わなかった。

 そんな数日が過ぎて、彼女は新人大会のメンバーに選ばれた。次々と名を呼ばれる2年生、そして最後に、顧問は愛美の名前を呼んだ。

 

 

 

 その日の夕方、樫尾は校内の見回り中に先輩から“そのこと”を聞かされた。

 

「噂ってだけなんだが、放っておけなくてな。確か樫尾、早馴愛美さんと同じクラスだっただろう?」

 

 樫尾と同じくらいの巨体の2年生が何気なく放った一言に、樫尾は言葉を失った。

 

「先輩! 俺今から体育館に――」

 

 樫尾が振り返った時、その目の先には見知った顔があった。

 彼女は鋭い視線を突き刺すように樫尾に向けながら、速足で迫ってくる。

 

「今の話、どういうことだ?」

 

 零洸未来は、今にも掴みかからんとする勢いで樫尾に迫った。

 

「お前、同じクラスの――」

「愛美がいじめられているとは、どういうことなんだ!」

「や、やめないか!」

 

 2年生の先輩が2人の間に割って入る。未来は黙ったまま樫尾を見ていたが、やがて背を向けた。

 

「おいっ! お前早馴のこと知ってるのか!?」

「キミには関係無い」

 

 未来は歩き出す。

 

「おい、待ちやがれってんだ!」

「放せ!」

「少し落ち着きやがれ! 何の証拠もねェぞ!」

「そんなもの――」

「下手したら、早馴が傷つくぞ!」

 

 未来は急に立ち止まった。

 そしてゆっくりと樫尾の方に振りかえる。

 

「俺が先に確かめる。何かあったらお前にも話す。それでいいだろう?」

「……分かった」

「ふぅ……おっかねェ奴だぜ、まったく。そうだ、俺は樫尾玄。お前と同じクラスで――」

「知っている。愛美の話し相手の1人だ。早坂之道も」

「そうだ。俺がそれとなく愛美に聞いてみるから――って、お前が直接聞けばいいじゃねェか」

「……それは」

「まァいいぜ。明日聞いてみる」

 

 次の日、樫尾はそれとなく愛美に部活の様子を聞いてみた。しかし、愛美は作ったような笑い顔で「いつも通り、練習めんどうだよ」とだけ答えた。それは早坂が尋ねても同じであった。

 

 

 その十日後の土曜日、女子バスケット部は新人大会の会場にやって来ていた。

 

「スタメンは、村野、山岡、高橋、木谷、早馴でいく!大事な初戦だ、張り切ってやろう!」

 

 顧問の檄を背に、愛美はコートに立つ。

 

「……何でだろう」

 

 愛美の呟きと同時に、ホイッスルが鳴る。

 

「愛美!」

 

 愛美が相手陣地の中央で、ボールを奪った。それに呼応するように味方が走りながら、パスを呼ぶ。

 しかし愛美はボールを離さなかった。それを奪いに迫る相手チームの選手を1人ずつかわしながら、一気にゴール下に突撃する。

 コートが一瞬、静寂になったように、誰もが錯覚した。それぐらい、その場に居る誰もが愛美のプレーに見入っていた。まるで吸い寄せられるように、愛美の右手にあったボールはゴールリングをくぐる。

 そんな場面は、何度も何度も続いた。

 愛美がボールを持つ、愛美が1人でドリブル、愛美が1人でゴールを決める。そんなルーティン作業のような一連の流れは結局、その日途絶えることなく続いていた。

 チームを勝たせれば、皆の勝利に貢献すれば、何かが変わるのではないかと、彼女はひたすら考えていた。

 それから短い一日は終わり、閉会式。愛美は表彰台に立っていた。

 

「優秀選手賞。早馴愛美。おめでとう!」

 

 大きな拍手。愛美は表彰台から降りながら、チームメイトの並ぶ列を見た。

 誰も笑っていなかった。

 その時彼女は気づいた。私は、きっととんでもない間違いをしてしまったのだと。

 

 

「え?!バスケ部辞めるの!?」

 

 月曜日の朝、愛美はたまたま早坂と通学路で鉢合わせた。

 

「うん」

「樫尾さんから聞いたけど、一昨日の大会で優秀選手に選ばれたんでしょ?それをどうし――」

 

 早坂は、途中で口をつぐんだ。それからもう一度何かを言いかけたが、愛美が右手で早坂の口を押えた。

 

「もういいの。もう終わった事だから」

 

 愛美は力なく笑って、歩みを止めた早坂を置き去りにして歩いて行った。しかし早坂はそれを追わず、樫尾の携帯に電話をかけた。

 

「樫尾さん! 早馴さん、部活辞めるって言ってますよ。それにあの様子じゃ……」

『分かってらァ! しかし証拠がねェンだよ! 俺は今日も体育館を見張るからよ、お前も何かあったらいつでも連絡よこせ』

「分かりました」

 

 早坂と樫尾、そして未来も何も出来ないまま、放課後がやって来た。

 愛美は体育館には向かわず、職員室にやって来た。しかしバスケ部の顧問は不在だった。隣の席の教師が、先生は体育館に行ったと愛美に教えてくれた。

 愛美は重い足取りで、体育館に来た。その出入り口で立ち止まり、遠くから女子バスケ部の練習を眺めた。

 どうやったら“欲しかったもの”を手にできたのだろうか?

 バスケのように、自分と誰かを繋げてくれる共通項があれば、手に入るのではないのか?

 

「私は、どうすれば良かったの?」

 

 消え入りそうな声でそう言って、愛美は歩みを――

 

「よぉ、早馴」

「吉澤、せんぱ――」

 

 愛美は腕を引っ張られ、体育館裏まで連れて来られた。大きな体育館の影になった場所で、殆ど生徒が立ち入ることは無い所だった。

 

「な、何ですか」

「何? なんも心当たりないわけ?」

「心当たりって……」

「そういうところが、ムカつくんだよ!!」

 

 吉澤の掌が、愛美の頬を弾いた。

 

「調子乗りやがって。お前のせいで、ウチはメンバーになれなかった。ま、もうどーでもいいんだけどね」

 

 嗜虐的な笑みを浮かべる吉澤の背後に、5人の男子が現れる。愛美には見覚えの無い、他校の制服だった。

 

「皆、そこに空いてる倉庫あるからさ、好きにしていいよ」

「ヨッシーまじ!? ここまで来た甲斐あったよ~」

 

 髪を茶色に染めた男子は、姿勢を崩した愛美の左腕を掴む。

 

「は、放してっ!!」

 

 他の男子に右腕をも掴まれ、愛美は引きずられるようにして空き倉庫に入れられた。何度叫んでも、誰もそこにはやって来なかった。

 薄暗く埃っぽい倉庫の中は、それだけで愛美の恐怖心を掻き立てた。

 

「止めてよ……止めてっ!!」

 

 愛美は灰色に汚れた運動マットに身体を投げ出された。そして、倉庫の引き戸が軋みながら閉じていく。金属製の引き戸は外光を殆ど遮断してしまう。倉庫に差し込んでいるのは、天井近くの排気窓からの細い光だけだった。

 その頼りない光すら、愛美にとっては救いの神のように思えて、彼女は必死でその光の先を見ようとしていた。

 

 

 その5分ほど前、樫尾は1人で体育館に向かっていた。その途中、学園の敷地と外を隔てる柵の向こうに立っている2つの人影が目に入った。

 彼らは、何か面白いものを見るように、学園の中を覗いていた。しかし片方が携帯を取り出し、誰かとしゃべっている。電話が終わると、2人はそこから離れた。

 

「……お前ら、待ちやがれっ!!!」

 

 樫尾の勘が騒いだ。

 彼は上履き靴のまま信じられない速さで柵まで走り、それをよじ登って超えた。へらへらと笑いながら歩いている2人の男子生徒の肩に、樫尾は手を置いた。

 

「おい、お前らここで何してたァ!?ウチの学校の生徒じゃねェよな」

「はぁ? てめーに関係ねぇだろ」

 

 1人の男子生徒が樫尾の手を払おうとする。しかし樫尾は恐ろしい力で肩を掴んでいる。

 

「おい、この中坊! 生意気だぜ」

「ここに居た理由を言わないなら、お前ら……痛い目見るぜ」

 

 樫尾の目は本気だった。それに恐れたのか、先手必勝とばかりに片方の男子が強い力で樫尾の手を払いのけ、樫尾の顔面に拳を叩き込む。

 鈍い音が響く。

 しかし樫尾、微動だにしない。

 

「よォし……覚悟はできたってことだよなァ」

 

 樫尾は拳の骨を鳴らし、両手を上げた。

 

「ゴラァ!!」

 

 巨体を活かした身長差、高所から振り下ろされた拳が、2人の男子生徒の脳天に炸裂する。まさに“ゲンコツ”である。

 一発で、2人の男子生徒は情けなく倒れ伏した。樫尾はその片方の胸ぐらを掴み、顔を近づける。

 

「ごごごごめんなさい! 話しますから許してぇっ!」

「言ってみな」

「ここに通ってる吉澤って子が俺の友達の彼女で、その子が高校生集めて何かやろうとしてんすよ!!」

「吉澤……確か女バスの2年だな。で、何かって何だ」

「えっと……」

「言わねェのか?」

「い、言いますっ!! なんか、可愛い子がいるからいじめに来いとか……ここの体育館裏の倉庫で…」

 

 ――早馴か!

 樫尾は手を離し、再び走り出した。

 『零洸未来』へと発信している携帯を片手に。

 

「もしもし、俺だ!!」

『樫尾。何か――』

「体育館裏だ! 今すぐ!! 愛美があぶねェ!!」

『すぐ行く』

 

 樫尾は近道をするため、柵に沿って走った。そして柵を越え、体育館の壁を左手に走る。その途中、体育館で部活動をする生徒たちの一団に姿を見られた。

 

「樫尾さん!」

 

 そこに、早坂も混ざっていた。胴着姿に竹刀を携えている。

 

「来い早坂!愛美が!!」

「はい、すぐ行きます!」

 

―――後編に続く


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