すみませんいろいろあって遅くなりました。
今週は、今日の分と金曜7時で二回投稿しますので
お許しください・・・。
午前6時50分。私はあの日の夜のように、夜の屋上で零校未来と対面していた。
「来たか」
零洸は無表情だった。
「零洸さん。何故私は呼び出されたのでしょうか」
「その理由は、キミがよく知っているはずだ」
彼女はゆっくりと近づいて来る。ブレザーのポケットから、携帯電話を取り出しながら。
「これを見ろ」
彼女が画面を見せる。
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From 百夜過去
未来ちゃん、初めまして☆ クラスの女子に連絡先を聞いたわ。
昨日面白いものを見ちゃったの♪
ニル=レオルトンが、愛美ちゃんの後をつけてたのよ!
あれはもう、ケダモノって感じの顔ね笑
ばいばーい
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「……これは、何です?」
「昨日百夜から来たメッセージだ」
「それは分かります。この内容ですよ」
あの女……昨日の件を零洸に話すとは。しかし、誤魔化す余地はある。
「私には身に覚えがありません。確かに私が帰った時、たまたま前方にお2人が居た所を見かけはしましたが」
「昨日草津に聞いたが、キミは愛美と樫尾を見かけると、急いで教室を出て行ったらしいじゃないか」
「急に用事を思い出して、帰っただけです。元々掃除当番ではなかったので、つい」
「愛美を尾行したわけじゃない。そういうことか?」
「そうです。神に誓います」
「……はぁ。やはりそういうことか」
零洸は携帯をしまい、深いため息をついた。
「あの百夜からのメールだから、そんなことだろうと思ったよ」
零洸は苦笑いを浮かべて私を見た。
「済まなかった。こんなくだらないことで呼び出してしまって」
「気にしていませんよ。百夜さんが勘違いしてしまっただけですから」
「それはそうだが……私も早とちりをしてしまった。お詫びに飲み物でも奢るよ」
私たちは一旦屋内に戻り、自動販売機で飲み物を買ってから屋上に再度上がった。
「すみません。ご馳走になってしまって」
私たちは並んでベンチに腰かけた。相変わらず、私たちの間には人一人分のスペースがあった。
「いいんだ。実の所、キミとは改めてきちんと話したかったんだよ」
零洸が緑茶のキャップを開きながら、話し始めた。
「キミは、よくもこんな自然に人間の生活に溶け込めるものだな」
最初とは打って変わり、彼女の態度は柔和だった。私の言い分を聞き入れてくれたのだろう。
「それなりに勉強しましたからね。事前に」
「そうなのか」
「ええ。それにしても、今日は驚きましたよ。てっきり殺されるかと思いました」
「……冗談まで言うとはな」
「今のは本気です」
零洸は思わず、と言った感じで笑い声をこぼした。
「私は、宇宙人なら誰でも殺すような真似はしない」
しかし一度視線を落として、彼女は続けた。
「この地球に悪の手を伸ばす。そんな奴だけが私の敵だ」
「貴女の目に、私はどう映りますか?」
「……正直なところ、私はまだキミを、完全という程には信用できてはいない」
彼女の目が、戦う者の目に変わった。
しかしそれは一瞬だった。
「でも、私はキミを信じたい。1人の友人として」
彼女の柔らかい笑みは、歴戦の戦士ソルのものとは思えなかった。それほどに、優しげな表情だったのだ。
「レオルトンは、いつか本国に帰るのか?」
「もちろんです。ここで学んだことを、本国の発展に活かすことが使命ですから」
「しかし、君たちのように高度な知能を持つ種族が、人間から何を学ぶんだ?」
「隣人との共存――その方法です」
「共存?」
彼女は、意外そうに私を見た。
「変ですか?」
「いいや。そういうことを考えている宇宙人に会うのは、とても久しぶりだったから」
「それは、悲しいことですね」
「仕方の無いことだ。この惑星だって戦争は絶えない。それと同じことさ」
零洸は、達観したような、諦めたような眼をしていた。
「ところで」
彼女は急に訝しげに私を見る。
「キミが宇宙人だと分かる前から言おうと思っていたのだが……」
「何でしょう?」
「やたらと女の子を惑わせるのはどうかと思うぞ。それとも、それがキミの仕事か?」
「惑わせるって……誤解ですよ。ははは、私は人間の生活に溶け込む努力をしているだけです」
お前だって冗談を言うではないか。
「零洸さん、さっき言いましたよね。私は自然にここの生活に溶け込んでいるって。私が思うに、それは零洸さんにも言えることですね」
「私にも?」
「零洸さん、いつも楽しそうにして居ますよ」
「……もちろんだ。私はここでの生活をとても大切にしている。だから――」
零洸は言葉を切り、屋上を囲むフェンスの向こうに視線を向けた。
「だから、私は何があっても護る」
彼女の視線に先には、何が見えているのだろうか。
「そろそろ教室に行こう」
私たちは立ち上がった。そして零洸は私の先を歩いた。
零洸未来、いやソル。お前がどう思おうと、私は“侵略者”メフィラス星人であることに変わりは無い。お前が完全に私を信じ込んだ時――それはお前の敗北の瞬間なのだ。
教室に戻ってきたが、まだクラスメートは大して揃っていない。杏城や草津、早坂は勿論のこと、早馴も来ていない。
しかし樫尾の姿があった。彼は、私と零洸が一緒に戻ってくるのを見て、何故だか驚いているようだった。
そして彼は、立ち上がってこちらにやって来る。
「やあ、樫尾。おはよ――」
「レオルトン! ちょっとツラ貸してくれぇ」
零洸の挨拶に目もくれず、彼は私を引っ張って教室を出て行った。
そして、また屋上にやって来た。朝だけで、こんなに屋上と教室を往復するとは。
「わ、悪ぃな。こんな所に連れて来ちまって」
彼は周りをきょろきょろと見回し、深呼吸をしてから私の両肩を掴んだ。
「お前、未来と……」
「零洸さんと?」
「付き合ってるのか!?」
「……はい?」
「い、いいから答えてくれ。俺だって男だ。それぐらいの覚悟はできてらァ!」
「あの、少し勘違いをしているようですが」
樫尾、まずは顔の力を抜いたほうが良いぞ。今にも私を食ってやろうという獣のようだ。
「私は、零洸さんとお付き合いなんてしていません」
「本当か?」
「神に誓います」
「な、なんだよ……」
樫尾は力が抜けたように座り込んだ。
「樫尾さん。取りあえず、ベンチに座りませんか?」
「そう、だな。実はよ、少し相談してぇこともあってな」
私たちは近くのベンチに腰掛けた。先ほど零洸と座ったベンチもここだった。
「相談、ですか?」
「ああ。乗ってはくれねェか?」
「構いませんよ。私たち、友人同士でしょう?」
「レオルトン、おめェはイイ奴だぜ!」
樫尾は私の背中を思い切り叩いた。友情の証とは、痛いものなのだな。
「実はな、色恋沙汰の相談なんだ」
「色恋沙汰。つまり、零洸さんのことが好きということですね、樫尾さんは」
「よく一瞬で分かったな、おい!」
樫尾は今までに見たことの無いくらいに顔を紅潮させていた。
「流れで何となく」
「お前は――」
樫尾が私の肩を掴む。
「噂に聞く、恋愛マスターだろォ!!」
「噂? 恋愛マスター?」
「おうよ。いくつもの恋愛を経験した猛者だって聞いてるぜ?」
「それは、誰にです?」
「草津の野郎が言ってたんだよ」
私は返事する気を無くしかけたが、会話を続けることにした。
「樫尾さんが、零洸さんを……」
それにしても、運の悪い男だ。
残念ながら彼女は人間ではない――地球を守るために命をかけて戦っている光の戦士ソルなのだ。
まぁ彼女が樫尾に正体を明かしていることはないだろうから、樫尾は何も知らずに想っているのだろう。
「それは分かりましたが、どうして私に相談を?」
「そりゃ、順序ってやつだ」
「はぁ。でも草津や早坂さんは?」
「早坂ぁ? あいつはこういう話題には疎い気がするぜ。草津は……お前だって分かるだろ」
私はふと、草津に相談した場合のことを想像した。
「まぁ、私が樫尾さんなら絶対に相談しませんね。話がややこしくなりそうです」
「そういうわけだ。レオルトンは女子と仲が良いし、こういうことに慣れてそうだからな」
……零洸といい、樫尾といい、どうして私のことを色情狂のように考えるのか。理解に苦しむというものだ。
「それでレオルトン。俺はどうしたらいいと思う? 未来とどう接すれば良いんだ?」
「今まで通りで構わないと思いますよ。逆にお聞きしますが、いつからそういった感情をお持ちに?」
「いつから……そうだな。この際お前には包み隠さず言おう。中学時代からだよ」
「そんなに長期間想い続けていたのならば、これからも今まで通りで構わないでしょう? 今になって接し方を変えるのは意味が無いというか」
「いや、きっかけが多分中学で、意識し始めたのは最近でよ……」
……まずい。まったく意味が分からなくなってきた。
確かに人間の恋愛感情に付いて学習したつもりではある。(そういうジャンルの映画やドラマなどには触れている)しかしいざ相談などされても困る。私自身が体験していないのだから的確なアドバイスなど出来る筈が無いのだ。
「さぁレオルトン。恋愛マスターとして俺に助言をくれ!」
「え、えぇ。そうですね……」
くそ、他人との会話でこれほど口ごもったのは初めてだ。久々の屈辱だ……。
「ほら、自分が意中の女子を狙う時、どうしてるか教えてくれればいいんだぜ? 例えば、愛美とかよ」
「早馴さん、ですか?」
「違うのか? 俺ァてっきり、お前は愛美のことを相当気になってるもんだと思ってたぜ」
何故そう思われているのか、皆目見当がつかなかった。
「さぁ、俺はどうすれば!?」
「それは――」
「樫尾さぁん! やっと見つけましたよ!」
屋上のドアが開かれ、早坂の姿が現れる。
「は、早坂ァ」
樫尾の表情が固まった。
「樫尾さん、風紀委員の――って、なんか顔がすごいことになってますけど」
「よ、寄るんじゃァねぇぜ!!」
「いや、でも熱があるんじゃ……」
「早坂ァ! 今から校外の見回りだ。風紀委員の務めを果たすぞ!」
「あ、えっと、あ、はい!」
必死に状況を誤魔化そうとしてか、樫尾は早坂のもとへ走っていき、彼を屋内に引っ張っていった。
こうして私は屋上にただ一人となった。
しかし参った。まさかこういった類の相談を樫尾に吹っかけられるとは思いもしなかった。人間の感情に関するデリケートな事情は私だって未理解なのだ。もし早坂が来てくれなければ、私は回答に窮し、人間ではないことを疑われていたかもしれない。
恋愛感情か……まったく理解できん。このままでは樫尾の相談に乗ることなどできない。
そうだ。こういう時こそ使える手があるではないか。
前から分かっていた筈だ。人間関係に関しては、人間が一番の相談相手なのだと。
「ということなんですが、どう思いますか? 早馴さん」
「って、普通にバラしてんじゃねぇよっ!」
樫尾の腕が私の首を絞めにかかった。
彼への助言を考え出すことが出来なかった私は、その日の放課後になって早馴を頼ってみることにした。杏城では話を大袈裟にする可能性があったし、零洸はもっての他だったからだ。
そういう訳で教室には居られず、閑散としていた食堂にやって来ていた。
「そっかぁ。樫尾さんが未来をね……」
早馴は嬉しそうにしながら、遠い目をしていた。
「分かった。私、全力で応援する!」
いつも無気力な早馴が、いつに無く意気旺盛だった。いつもこうであれば年相応の、いわゆる“可愛らしい”女子高生だろうに。
「でも愛美よぉ、具体的にどうしたらいいと思う?」
「……さ、さぁ?」
「何か考えはありませんか? 早馴さん」
「わ、私だって……こういう話、慣れてないもん」
早馴は頬を赤らめて、そっぽを向いてしまった。
「そうだ。やっぱりこういうことってニルが一番慣れてるんじゃないの? ねぇ~女ったらしのおバカニル」
「そんなことありませんよ」
「絶対ある。そう思うよね? 樫尾さん」
樫尾は自信ありげに頷いて「違いねぇ」と言った。
「しかし遺憾ではありますが、私にはどうするべきか見当もつきません」
「使えないなぁ。って言っても、私もなんにも思いつかないよ。う~ん……」
私たちは答えを見出せぬまま、とうとう18時の知らせを迎えてしまった。
「やっぱり、想いは伝えなきゃ、だよね?」
沈黙を破り、早馴がそう切り出した。
「だってさ、うやむやのままにしとくのって、何か悲しいっていうか」
彼女が同意を求めるように私を見つめた。よし、便乗しよう。
「私もそう思います。やはりここは、思い切って告白するのはどうでしょうか? それが恋愛のセオリーと言うものです」
「告白だとォ!? い、いきなりだな……順序的に正しいのか、マスターレオルトンよ」
「順序など知ったことではありません。思い立ったが吉日です。これが恋愛です」
「お、おう!」
「そうだ! 今度の土曜日に私、未来の家に遊びに行く用事があったんだけど、樫尾さんも付いてくればいいんじゃない?」
愛美が名案とばかりに、樫尾を見据えた。
「俺が!?」
「あれ、未来の家に行ったこと無かったっけ?」
「家の前まではあるが、中に入ったことはねェな」
「それじゃ緊張するよね。じゃあ、ニルも連れて行けば少しは気が紛れるんじゃない?」
「私、ですか?」
「当り前じゃん。樫尾さんの相談相手でしょ?」
零洸の家か。確かに光の戦士の居住空間を覗いておくのも悪くないが……。
「しかし零洸さん、私のことを入れてくれますかね?」
「何で? なんか未来に嫌われるようなことしたの?」
「いえ、そういうわけでは」
ソルの立場としては、少なからず侵略者疑いのある私をみすみす自分の家に上げたくは無いはずだ。どうせなら零洸がそうやって私の訪問を断ってくれると、面倒事に巻き込まれなくて済むのだが。
「あ、もしもし未来? 今週の土曜日さ、ニルと樫尾さんも一緒なんだけどいいかな?」
「お、おいっ! もう決定事項かよ!」
樫尾が慌てふためく間に、早馴は零洸に電話をかけて約束を取り付けていた。彼女の表情を見る限り、私の期待している返事は望めそうになかった。
「やったね。2人とも来ていいって」
「そうですか」
彼女も不用心なものだ。しかしここは、彼女に信用されていると思って喜んで招待されようではないか。
「よし……俺も腹をくくるぜ」
樫尾が決意の色を瞳ににじませた。
「頑張ってください、樫尾さん」
「ファイト、樫尾さん」
私と早馴の2人で樫尾の告白を応援するという奇妙な状況になってしまったが、ここは人間の新たな一面を観察できる機会だ。大いに利用させてもらおうではないか。
そして『樫尾玄告白大作戦』と早馴が銘打ち、解散となった。
「じゃあね、樫尾さん」
「おう。ニル、愛美を頼んだぞ」
「あはは、頼んだぞって何? じゃーねー」
私たち3人は、共に学園を出た。樫尾は私たちとは家の方向が異なるため、ここからは私と早馴の2人きりの帰り道となる。
「樫尾さん、大丈夫かな?」
早馴は楽しげでもあり、どこか心配そうにも見えた。
「樫尾さんのことが気がかりですか?」
「そりゃ、うん。だって中学の時から友達だから」
「そういえば、結局早馴さんの中学時代のこと、聞き損ねてしまいました」
「そういや、そうだっけ」
早馴はわざとらしくとぼけた顔をした。
「そんなに知りたいの?」
「気にはなります」
「……どうして?」
私と彼女は、自然と立ち止まっていた。
「それは――」
……彼女は私にとって、最も人間たる人間だった。
合理的かどうかは関係なく、他者のために命を賭けられる――それが、私にとっての“人間像”だった。
私が知る中で、最もそれに近い彼女を知ることで、人間の強さの秘密を知ることができるはずなのだ。それにソルへの対抗策としての利用価値も――
「あなたのことを、もっと知りたいのです」
しばしの沈黙が流れた。
その間、私たちの視線は混じり合ったままであった。
やがて彼女が小さく息を吸い込んだ。
「だったら、私も知りたい。ニルのこと」
真っ直ぐな彼女の目線が受けて、私は居心地が悪くなった。まるで彼女が私の頭の中を覗いているようだという感覚が、私をくすぐっているようだった。
「……っ!! わ、わわ私、何言っちゃってるんだろ……!」
私が目を背けようとした瞬間、暗がりでも分かるぐらい彼女の顔が一気に紅潮した。そして彼女は自らの頬に両手をあて、私に背を向けた。
「早馴さん?」
「……引いた?」
かすかに涙を目に浮かべながら、ばつが悪そうに彼女が振り向いた。
「いえ、全然。むしろ少し嬉しかったです」
「嬉しい?」
「私、早馴さんに興味を持ってもらえたみたいで」
「……」
「早馴さん?」
「ば、バッカみたい!」
「はい?」
「だってバカなんだもんっ」
「私がですか?」
「違う、私の方。なんか、相手がニルだってこと忘れてた。ニルがヘンなヤツってこと、忘れてたの」
彼女は指で目を擦りながら、なおも笑い続けた。
「はぁ。笑い疲れちゃった」
「お疲れ様です」
早馴はうんうんと頷いた後、一度大きく深呼吸をしてこちらに向き直った。
「約束する。今度、ちゃんと教えてあげる。って、別にじらすようなことじゃないんだけどね」
「約束ですよ」
「……え?」
「えって、これが約束の時の儀式でしょう?杏城さんを助けに行ったときは、これをやらなかったから私に油断があったのだと思いまして」
早馴は、私が小指を立てて差し出した手と、私の顔とを見比べて吹き出した。
「……間違いでしたか?」
「ううん。やっぱり、ニルはヘン」
彼女は自分の小指を、私のそれと絡ませた。