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ある宇宙船の一室に、二つの影が佇んでいた。
「監視の務め、ご苦労」
男の声だった。ノイズがかかったような声ではあるが、どこか粘着質な雰囲気を帯びていた。
「ええ」
女の声。男とは逆に、何も感じさせない無機質な声だ。
「行方不明者の居場所を匿名でGUYSにリークするとは、考えたものだ。結果としてソルにバルタンを倒してもらえたことだしな。しかし一番驚いたのは、この映像だ」
彼はリモコンを操作し、室内に備え付けられたモニターに映像を流した。移っているのは沙流学園校舎の屋上で、2人の人物が向かい合っていた。やがて一方の女性が光に包まれ、光の戦士ソルに変身する。
「ソルの正体が分かったのは、大きな収穫だったな」
「本当に偶然だけれど。監視カメラを設置していたのが無駄にならなくて良かったわ」
「そして彼――メフィラス星人は、やはり優秀だ。よくあの窮地から生き残ったものだ」
「……随分ご執心のようね」
「俺ではない。“彼”がかねてより目をつけていたそうだ。だからお前を地球に送り込んだのだろう」
「そう」
「引き続き、彼を監視しながらGUYSの情報も頼むぞ」
「分かったわ。それじゃ私は――」
「待て。君に報告することがある。“かの王”が地球に尖兵を放つそうだ。くれぐれも正体を知られぬように気を付けろ」
「覚えておくわ。とは言っても、そんなに接触することは無いだろうけど」
「念のためだ。それともう一つ」
「何?」
「“鍵”の行方は掴めているか?」
「まだよ。GUYSですら、その場所は知らないみたいね
「そうか。ソルやメフィラス星人のことも気になるが、あの鍵こそ、我々が最も欲しい物だ」
「知っているわ」
「あの鍵があれば、8年前の『ガイアインパクト』の再演となる。あの時は直接参戦出来なかったことが口惜しい」
「それでも充分楽しんでいたじゃない。あんな“戦争”まで引きおこして」
「まだ足りんよ。あの惑星を手に入れるにはな」
男の影は、低い声で嗤った。
「それでは、失礼するわね。ヒッポリト星人」
「ああ。ご苦労」
女の影が消える。
ヒッポリト星人と呼ばれた男の宇宙人の影は、部屋にある窓に近寄り、外の光景を前に声高に笑った。
「あの惑星は、我々“星間連合”のものだ!」
彼は窓から見える地球を掴むように、手を伸ばした。
第17話「気になるあのコに要注意」
「どいつもこいつも、頭悪そうな顔してるわねぇ。笑っちゃうわ」
銀髪長身の女子転校生は、騒いでいた男性陣を見ながら言った。
「おい、言われてるぞ」
「お前だよ」
「俺じゃねーよ」
お互いになすり付け合っている辺りが、実に滑稽であった。
「で、私の席はどれ?」
呆気に取られていた大越担任が、転校生にいきなり話を振られて我に返った。担任が教室を見渡している間に、私は彼女の姿を観察した。
銀髪の長い髪に、モデルと呼ばれる職種並みの高身長、そして抜群のスタイル。それでいて挑戦的な目つきや行動は、彼女を浮世離れした存在に思わせた。
「……何じーっと見てんの?」
参考書から顔を上げた
「いえ、そんなことはありません」
「ふーん。どう口説こうか、考えてたのかなぁ?」
「早馴さんにとって私は一体」
「うーん……スケベ男?」
「その印象を変えられるように努力します」
「あ、私決めたわ」
転校生が突如、前からつかつかと歩いてくる。そして、ある席の前で立ち止まった。
「アナタの隣、今日から私の席♪」
「勝手を言わないでくれ。そこは別の生徒の席なんだ」
彼女は
「いいじゃない。今誰も居ないし」
「たまたま休みなんだ」
「そんなの知らないわ。いいわよねぇ?」
彼女の目線が大越担任に向けられる。担任は再びぎょっとしたらしく、一瞬固まっていた。
「えっとですね、そこは別の生徒がいるから――」
「じゃあそいつの席をずらして」
「もう我慢できませんわ!転校生のあなた!少し勝手を言い過ぎですわよっ!まずは自己紹介をしたらどうですの?」
転校生のあまりの身勝手さに、ついに真面目一辺倒の
「うるさい小娘ね。まぁいいわ。私は
変わった名前だった。見た目からして外国人だが、名前からすると日本人だな。それにしても名前が『過去』とは、名付け親は後ろ向きな意味を込めたものだ。
「では、百夜さんと呼ばせていただきますわ」
杏城は品の良い笑みを百夜に向けたが、彼女はふん、と鼻を鳴らした。
「勝手に呼ばないでよ。馴れ馴れしいわね」
「むむむむむ……! 未来さんっ! この身勝手さんをどうにかしてくださいませ!」
「へぇ。アナタ、未来ちゃんっていうのね?」
百夜は杏城を無視したまま、目の前の零洸に顔を近づけた。額が触れるか触れんばかりの距離。男子一同から、感嘆の声が静かに上がった。
「そうだ。私は零洸未来」
「じゃあ未来ちゃん、お互い紹介も終わったし、席に座らせてくれない?」
「それはダメだ」
「ケチなのね」
「もう少し常識的な言動をするべきだ、キミは」
「へぇー。生意気なこと言ってくれるじゃない。でもぉ、未来ちゃんだから許してあげる」
「あのなぁ百夜。取りあえずこっちの空いている席に――」
担任が2人の所へ向かっていく。そんな彼の前に、草津が立った。
「まぁまぁ先生。ここは一つ、この草津にお任せ下さい!!」
草津は唐突に、零洸と百夜が向かい合っている所に割って入った。
「美女同士が喧嘩は良くない。ここは一つ、百夜さんの席は俺の隣に――」
「来るな。変態め」
さすがの草津も、百夜の辛らつな一言に言葉を失った――と思いきや、彼はめげなかった。無駄に強い心だな。
「お前たち、ここは一勝負してみたらどうだ?」
「勝負?」
ここに来て初めて、百夜が初めて無邪気な笑い顔を見せた。
「名案。変態だけど褒めてあげるわ。私たちで勝負して、私が勝ったら未来ちゃんの隣の席は私のモノ♪ いいでしょう?」
ここは草津の提案に、私もよくやったと言ってやりたい。どんな勝負にしろ、光の戦士の頭脳と身体能力をもってすれば負けるはずが無い。ここは百夜過去が恥をかいて場が収まる。私も騒がしいのは嫌いだ。
「分かった。いいだろう」
零洸は真剣な目つきで立ち上がった。
「これで負ければ、必ず先生の言うことを聞く。そうだな百夜?」
「もちろん」
「先生。どうか私に任せてください」
「まぁ、そうだな」
大越担任は深いため息をついて、小さな背中を見せながら戻っていった。気の毒に。
「百夜。競技はどうする」
「そうねぇ。そこの小娘、何で勝負するか決めなさいよ」
百夜はおもむろに教室の端の方――私の席の方向を指さした。
つまり、百夜に呼び出されたのは……
「早馴さん。彼女、あなたを呼んでいますよ」
「え? 何? 今忙しいから後にして」
面倒そうな顔を見せ、もう一度参考書に関心を戻した。こいつ課題に夢中で、完全に話を聞いていなかったな。
「零洸さんと百夜さんの対決する競技を決めて欲しいそうです」
「よく分かんないけど、じゃんけんでいいよ。うん」
「いいわよ」
百夜は満足げに頷いた。
しかし零洸の勝利は決定だろう。私が転入当初、草津とジャンケンをした時のように視覚能力の差を利用すれば終わりだ。零洸の動体視力をもってすれば、百夜がどの手を出すか見極めることは可能なのだ。
「いくぞ」
零洸が右手を出す。ジャンケンとは思えないほどの気迫だ。
「来なさいよ」
百夜は左手を出す。ここまでジャンケンを楽しそうにする人間も、そういないだろう。
「じゃん」
「けん」
その結果には、誰もが拍子抜けしたに違いない。
「や~めた」
百夜はパー。
零洸はチョキだった。
「いいわ。私、席どこでもいい。どこ?」
散々零洸の隣の席を所望したにしては、彼女はあっさりと負けを認め、大越担任に振りかえる。結局、百夜は一番後ろの空席に座ることになった。
こうして百夜の独壇場は終了し、授業に入った。
「未来、課題見せてー」
結局早馴は、1時間目を課題に費やしていたのにも関わらず、完了できなかったようだ。授業中、終始唸っていたようだが、ダメだったらしい。休み時間になって零洸の席まで駆けていった。
「私だってこれからやるんだ。逢夜乃に見せてもらえばいい」
「ダメですわよ!!課題は自力で終わらせるものです」
そこに加わる杏城。
「ほらね?逢夜乃はケチなんだもん。けーちけーち」
「け、けちじゃありませんもの!真面目なだけですわっ」
「どっちも一緒だもん」
「そんなぁ…」
肩を落とす杏城を尻目に、早馴は自分の席へ戻ってきた。彼女はにこにこしながら私を見た。
「…私のノート見ますか?」
「さすが」
その時、何者かの手が早馴の参考書を机から取り上げた。
「ねぇねぇ、何なの?それ」
百夜過去だった。彼女は早馴の席の前に立ち、参考書をつまらなそうに眺めていた。
「返してよ」
「いいじゃない、ちょっとぐらい」
百夜は立ち上がろうとする早馴の頭を押さえる。押さえながら、早馴の髪の毛を乱しに乱した。
「ちょ、ちょっと!頭触らないでよっ」
「いいから答えなさいよー」
「いい加減に――あれ」
早馴のパンチをするりとかわす百夜。見事な動きだった。
「このぉ~」
早馴はやたらめったらに手を振り回し、参考書を奪い返そうとする。百夜は表情一つ変えず、それを軽々と避ける。
「あっ」
突然こちらのの顔面に向かってきた早馴の拳を、私は反射的に掴んでいた。
彼女はじっと私を見ながら、だんだんと顔を赤くしていった。
「い、いつまで私の手…握ってるの」
「パンチが飛んできたので。防御しました」
私が手を放すと、彼女は参考書を奪い返すのを諦めたのか、解きかけの問題に取り掛かり、再びノートとのにらみ合いを始めた。
「早馴愛美って、残念な頭をしてるのね」
百夜は私の机からペンを取り、参考書に何やら書き込んでいた。早馴は気づいていないが、良いのだろうか。
「何か言った?」
「ええ」
「あっそ。って、どうして私の名前知ってるわけ?」
「さぁ」
「…むかつく」
「何か言ったかしら?」
「べっつに~」
この二人、どうやら馬が合わないらしい。
「愛美ちゃんつまんないから、こっちで遊ぶ」
「はふっ!?」
何を思ったのか、百夜は近くを通りかけた杏城の腕を捕まえた。そして彼女を近くに引っ張り、その両頬を片手で挟んだ。
「面白ーい」
「ほ、ほふひへほんはほほふふんへふはっ!!(どうしてこんなことするんですかっ!)」
「うるさーい」
「はふへてふははい……ひふはんっ(助けてください……未来さんっ)」
両頬を指で挟まれて悶える杏城にはなす術が無く、必死で零洸の助けを求めていた。零洸はため息をつき、自分の席から近づいてくる。
「百夜、いい加減にしろ」
「はーい」
百夜は思いの外あっさりと、手を離した。
「ふぅっ…百夜さんっ!!ひどいではありませんの!!」
「うるさい女…」
「だ、誰がうるさいんですかっ!!」
早馴と、と言うよりは、百夜は誰とも相性が良くないことは良く分かった。
しかし……
「逢夜乃の言う通り。少しは慎んだ行動をして欲しい。委員長としては見過ごせない」
「未来ちゃんがそう言うなら…そうするわ」
百夜は参考書を早馴に投げて返し、自分の席へ戻っていった。何故か、百夜は零洸の言うことだけはすんなり聞き入れる。その理由は分からないが、まったく訳のわからない人間だ。
「うわ」
突然、早馴が驚いたように声を上げる。
「これ見て」
早馴は、私たち3人に見せるように、参考書を開いた。
「全部、解けてますわね。答えも…多分合っていますわ」
「これ、あいつがやったんだよね?」
早馴につられるように、私たちも百夜の方を見る。百夜は舌を出し、からかうような目線を投げかけていた。
「性格には難ありですけれど、頭は良いみたいですわね…」
杏城の言う通りだが、そんな次元の話だろうか?
まるで私がするように、彼女はあっという間に難問を解いていたのだった。
―――後編に続く