留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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少し遅くなりましたが、クリスマスプレゼントです。



第15話「帰る理由」(後編)

 時はわずかに遡る。

 

『先ほど、匿名で重要な情報がリークされた。30人近くの行方不明者の足取りを高度な方法で分析し、行方不明者の向かった先が割り出されていた。全部で6か所あるのだが、君にはその内の1ポイントに向かって欲しい。地図は端末に送信したので、参照してくれ。異常を確認した場合1人で突入せず、応援を呼んでくれ』

 

 GUYS初期対応班ワタベの指示によって、未来はある廃墟の前に立っていた。ビル群の中にひっそりと佇むその場所は、日が落ちると殆ど真っ暗である。その中でも未来は、ライトを点けず中に進んでいった。

 水はけの悪い地面には多くの足跡が残され、それはある一点に向かっていた。そこにはゴミ山があり、隙間からは生暖かい空気が漏れていた。

 

「……ここか」

 

 未来はゴミ山を崩し、穴を見つけた。その穴を降りていくうちに、どんどん嫌な感覚を得てきた。これまでの戦いで、常に感じ続けていた『悪』の存在である。

 縄梯子を降りて地面に足を着いた時、全てが確信に変わった。

 

「ここに居るんだな……バルタン星人」

 

 彼女の声に返事をするように、数体のバルタン星人が通路の闇の中からぬっと現れる。

 

「勘付カレタ」

「シカシ問題ナイ」

「マタ捕マエロ」

 

 そしてバルタン星人特有の嗤い声が、未来の前後から響いてきた。不気味な声が幾重にも重なって通路に充満する。

 

「……そうか。逢夜乃とレオルトンはこの先か」

 

 未来は歩きながら、ブレザーのポケットからペン状の細長い物体を取り出した。

 

「違ウ」

「コイツハ違ウ」

「捕エルナ」

 

 未来は右手の物体を、頭上にかざした。

 

「今、キミたちを助けに行こう―――」

 

 右手の物体――『クリムティア』が白い光を放つ。

 

「――私は戦う!」

 

 未来の全身が、まばゆい光に包まれる。

 バルタンはその光を嫌がるように、ハサミで顔を隠す。

 しかし次の瞬間には、バルタンたちの両手と顔面は切り裂かれ、緑色の鮮血が噴水のように噴き出した。

 その血の噴水の中を、零洸未来――ウルトラウーマンソルが、ゆっくりと歩みを進めた。

 

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 私たち3人は、暗い通路を抜けた。

 そこはやはり産卵場のドームに続いていた。無数の卵が地面に植え付けられており、その間を縫って進まなければならないようだった。

 

「な、何ですの……これは」

「気にするのは止めましょう。今は脱出が最優先です」

 

 とはいえ、人一人分ほどの大きさの卵が邪魔をして、進んだ先に何があるかは分からなかった。しかし戦闘が行われているのはその方向であり、そこに出入り口があると考えるしかない。

 ただ一つ目印になりそうな物はあった。正面に数メートルほど進んだ位置に大きな機械が設置されているようで、檻に閉じ込められていた時に聞こえていたのと同じ機械音がそこから鳴り響いていた。

 私たちは静かに歩き始めた。追手は来ない。

 

「もしかして、ここが出口!?」

 

 スーツの女性が、目の前に迫った装置に向かって走り出す。

 

「待ってください、そこは――」

 

 私の制止空しく、女性は装置の前に到達したようだった。

 

「いやぁぁぁぁっ!!」

 

 私の予想通りであれば、それは――

 

「大丈夫ですか!?」

「杏城さん、待って下さい」

 

 女性を追う杏城に続いて、私も装置の前に立つ。

 

「こ、これは……」

 

 杏城が糸の切れた人形のように、その場にへたり込む。

 彼女の眼前にあったのは、黄色い液体が満ちた水槽に入れられた『人間だったモノ』であった。それは先ほど連れて行かれた女子大生で、服を脱がされた状態で浮かんでいる。身体は骨と皮だけの干物のように変貌しており、まるで生気を感じなかった。これは間違いなく死んでいる。そして彼女の足元には、澱のような沈殿物が広がっていた。

 おそらくこの装置は、人間から生命力を奪い、卵の栄養に変換して送り込む装置なのだろう。装置から伸びる巨大なホースが地中に伸びており、産卵場の卵に養分を送っているのだ。

 突然の光景に、杏城は座り込んだまま動こうとしなかった。真っ先にこれを目にした女性にいたっては、失禁しながら口をあんぐりと開け、震えていた。

 

「餌ガ逃ゲ出シタか」

 

 突如バルタン星人が装置の影から現れ、スーツの女性の腹を巨大なハサミで掴み、軽々と持ち上げた。

 

「止めてください!!」

 

 女性の代わりに、杏城が叫ぶ。しかし叫び空しく、女性はハッチの開いた水槽の中に放り込まれてしまった。

 彼女は液体に浸かった瞬間に正気を取り戻したのか、必死に透明のガラスを叩いた。しかし装置の機動音と共に女性の顔色は見る見るうちに青白くなり、とうとう肉体が絞りかすのように痩せ細った。そして彼女の動きは、止まった。

 

「ひ、酷い……人の命を、こんな風に!」

「命。ソレハ何ダ。分カラナイ」

「杏城さん、こいつに話しても無駄です。立ち上がってください」

 

 私は杏城とバルタンの間に立った。幸いなことに、追手はこいつ1人のようだ。

 

「真っ直ぐ進めば、出入り口付近に出られるはずです。この装置の見え方を目印にして、自分の進んでいる方向を判断してください」

「レオルトンさんは、どうする気ですの!?」

「こいつを足止めしてから追いつきます。とにかく急いでください」

 

 杏城は私の意図を察したのか、何も言わずに頷いて走って行った。

 

「人間ハ逃ガサナイ」

「っ!」

 

 バルタンの姿が消える。その気配は私の背後――杏城が向かった方に動いた。

 私は咄嗟に走り出す。杏城の悲鳴が上がる。

 

「きゃぁぁっ!!」

 

 見えた。バルタンのハサミが、杏城に向かって大きく振り上げられている。

 

「レオルー―」

 

 私は地面を蹴った。バルタンの背後から飛び込むように杏城を捕まえ、押し倒した。

 

「ぐっ!!」

 

 自分の背中が、奴のハサミでえぐられる感覚を得ながら、私は杏城の眼を左の掌で隠し――

 身体をひねらせ、右手で作った『エネルギーナイフ』を横に払った。

 

「ガ」

 

 光刃は一文字にバルタンの胸を切り裂いた。バルタンは動きを停止し、後ろ向きに倒れた。ソルの武装を真似た攻撃だが、意外に使える良いものであった。

 

「レオルトンさん!!」

 

 奴を斬った勢いで地面に転がり落ちた私を、杏城が抱き起した。

 

「血が出ていますわ……!」

 

 杏城は思わず私の背中に触れたようで、右手にべったりと“赤い血”が付いていた。まだ血の色を誤魔化せる余裕はあった。

 

「大丈夫ですから、行きましょう。また追手が来るかもしれません」

「え、ええ……」

 

 私は立ち上がり、杏城の手を引いた。

 そこからは、追手は来なかった。おそらく侵入者との戦闘が外に移ったからだ。ドームの天井を見上げると、いつの間にか穴が開けられ、地上に続いているようだった。バルタンたちは侵入者を追って、外へ出て行ったのだ。

 それは予想通りで、私たちは難なく産卵場の出入り口にたどり着いた。私が昨日侵入した際に通った通路と同じトンネルをくぐると、地上に続く縄梯子も変わらずかかっていた。

 

「杏城さん、先にここを上って下さい。外に出られます」

「レオルトンさんは一緒に来られませんの?」

「私は、他にも捕えられた人が居ないかを見てきます。5分もかけずに戻ってきますよ」

「危険ですわ! お止めになって!」

「問題ありません。敵は先ほどの穴から外に出て行ったようですし、さっきのように、一発蹴りを入れれば倒せる相手ですから」

「でもーー」

「お願いします」

「……分かりました。先に行って、救助を呼んできます!」

 

 杏城は意を決したように深呼吸をし、梯子に手足をかけた。

 

「必ず、戻って来て下さいね!」

「もちろんです」

 

 私は杏城に背を向け、来た道を戻って行った。

 トンネルを抜けたところで、私は壁に手を付き、一度深呼吸をした。

 バルタンにやられた背中がひどく傷む。杏城の前では誤魔化していたが、これは深刻なダメージになりそうだ。しかしここで帰るわけにはいかない。やらねばならないことがある。

 私は再び歩き始める。私の記憶が正しければここに――

 

「何故戻ッテキタ」

 

 私が“それ”を拾い上げた瞬間、目の前にバルタン星人が立っていた。先ほど私が殺したと思った相手だった。斬傷からは緑色の血液が止めどなく流れ出ている。

 

「オ前ハ何者ダ」

 

 バルタンは、手負いとは思えないほどの威力でハサミを突き出してきた。私は荷物を一度落として、ぎりぎり両腕で防ぐ。衝撃で身体が吹き飛び、背後の卵に衝突する。卵には穴が開き、その中から巨大なセミの幼虫のような物体が、ぼとりと転がり出てくる。奇怪な幼虫はどろどろと溶け、まるで吐しゃ物のようになった。

 

「もう少し大事に扱ったらどうですか? 仲間の命くらい」

「命。理解デキナイ」

「そうですか」

 

 私は立ち上がりざま、真正面に走り出す。迎え撃つバルタンは、ハサミを大きく開いた。

 私はその瞬間、直進を止めて右――卵の影に向かって飛ぶ。それと同時に、荷物から一つだけビー玉大の金属球を取り出し、バルタンのハサミに向かって投げつけた。バルタンは反射的に球を撃ち落とすが、その途端に球は爆発を起こした。周辺の卵を巻き込みながら、バルタンの右半身は砕け散り、もう半身には火の手が回っていた。

 バルタンは倒れるが、卵の影から出てきた私をじっと見つめていた。奴の攻撃を防ぐために手放したリュックサックを再び拾い上げる一挙一動も、奴は感情の無い目で突き刺すように凝視していた。

 

「地球ハ、我々ノモノダ」

 

 いくつかの気配が、私の周りを囲んでいた。

 

「それは大きな勘違いです。ここは人間の住処であり――」

 

 私はリュックの紐を掴み、それをドームの中心目がけて放り投げた。

 

「いずれ私が手にする惑星です」

 

 そして空中のリュック目がけて光線を放った。

 リュックが燃え尽きる。その中から、私がバルタンに投げつけたのと同じタイプの金属球が無数に現れる。球は重力に逆らって浮遊し、四方八方に飛んでいった。

 そして一つ一つが一斉に、巨大な爆発を上げた。ドームの岩盤や地盤をことごとく砕き、空間全体が激しく震動した。震動は絶えず続き、各所から巨大な炎が上がり始めた。

 

「見えますか。沢山の卵が燃えていますよ」

「我々ガ……地球ヲ――」

 

 半身だけのバルタンの不気味な鳴き声が炎の中に響き渡り、そして身体は跡形もなく燃え尽き、灰となった。

 しかし連中の気配は消えない。数人のバルタンが私の周りに現れ、じっと私を見据えている。

 火はどんどんと産卵場を包み込み、徐々に天井の土や岩が落下してくる。

 ここから脱出するのは非常に骨が折れると考えていた時、私は“あること”を思い出した。

 そして場違いながら、図らずも笑みが零れたのだった。

 

 

 

 

 地下で多くのバルタン星人を排除していたソルだったが、連中が地上に逃げたため、自身もそれを追って地上に戻った。

 そこには、無数のバルタン星人が合体した巨大バルタン星人が不敵にソルを見下ろしていた。彼女は迷わず巨大化し、バルタンに対面する。

 ソルはソールブレードを展開、一気に距離を詰める。ハサミでの防御が遅れたバルタンの胸はがら空きだった。

 彼女の刃が胸に突き刺さろうとしたその時、胸のハッチが開き、鏡のような膜が刃を待ち構えた。ブレードは鏡に触れると音を立てずに折れてしまう。

 バルタンの両腕のハサミが、ソルの肩に振り下ろされる。彼女は衝撃に耐えかねて膝をつき、その顔面にはバルタンの蹴りが炸裂した。

 ソルはバランスを崩しながらも、出来るだけ建物の少ない場所を目がけて倒れ込んだ。しかしバルタンの猛攻は止まらず、再びハサミが襲いかかってくる。ソルは倒れたままハサミを手で掴む。

 

(これが……戦士ウルトラマンから聞いていた『スペルゲン反射鏡』だな)

 

 ソルはバルタンの足を蹴り、奴がよろめいた隙に後転しながら立ち上がった。

 ソルは距離を取ってバルタンの出方を窺うが、それはバルタンも同じだった。光線技の多いソルとしては、反射鏡の存在が厄介だった。

 数秒の沈黙が流れた時、ソルの背後で巨大な崩落音が轟いた。バルタンの動きに気を配りながら振り返ると、先程までバルタンたちと戦闘を繰り広げていた廃ビルが倒壊し、地面に巨大な穴が開き始めた。その穴に地上のコンクリート建造物が吸い込まれていった。

 その光景を目にしていたのは、バルタンも同様だった。バルタンは突然地面を蹴って飛行し、ソルに向かって突進してきた。

 その勝ちを急いだ攻撃に、ソルは勝機を見出した。ソルはバルタンの突進を、自身も高く跳び上がることで避ける。そしてブレードを再展開、落下の勢いに任せバルタンの背中に突き刺した。

 仰向けに倒れたバルタンを踏みつけたまま、彼女は腕をL字に組み、ラス・オブ・スペシュウムを放つ。バルタンは一瞬で爆散した。

 ソルはそれから、すぐに巨大化を解除し、廃ビルに向かった。同時にGUYSの応援車両が走って来て、隊員が降車していた。ソルが戦闘前に応援シグナルを発していたためである。それらに混じってやって来た救急車に杏城が運ばれているのを目にし、ソルはいささかの安心感を覚えた。

 それからソルは、噴煙で視界の効かない敷地内に足を踏み入れた。彼女は視覚を一旦閉じ、聴覚を研ぎ澄ませる。

 

(足音がする……)

 

 彼女は、不規則に刻まれる足音を追った。

 

 

 

 

 “命からがら”という言葉は聞いたことがあったが、実際に経験するのは初めてであった。

 私は無数の傷から出血しながら、たどたどしい足取りで廃ビルの敷地から脱出、人通りの少ない路地を歩いていた。建造物と地下空間の崩壊による大量の粉塵に加え、GUYSや他の人間たちは消化と救助作業で手一杯である。私を探し出す余裕はない――と考えていたのは甘かったようだ。

 足音が、徐々に私に近づいてくる。

 しかしその足音から走って逃れる余裕は、私には無かった。

 私は何もない場所で躓き、派手に転んだ。

 歩くことに神経を注がなくなった瞬間、全身の痛みが一気に私の身体を駆け抜けた。これまで何度も戦闘を潜り抜けてきたが、こんなに痛みを覚えたのは初めてだった。生まれて初めて感じる強烈な苦痛に冷静さを欠くことは無かったものの、代わりに妙な予感に頭を支配され始めていた。

 ――死ぬかもしれない。

 そう思っているうちに、私を追って来ていた足音は近くまでやって来ていた。

 歩みが止まった。

 私は、近くに立っている追跡者を見ようと、頭をもたげた。

 

「レオルトン……なのか」

 

 銀色に輝く細身の体躯、闇の中にあっても眩しさを感じさせるような存在――私が知っているのは、たった一人だ。

 

「光の戦士……ソル」

 

 ソルは、変身を解いた。

 そこに立っていたのは、紛れもない――零洸未来であった。

 

 

ーーー第16話に続く

 


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