留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第15話「帰る理由」(中編)

 私が目を覚ました時、後頭部に柔らかい感触を覚えた。言い様の無い心地の良さが頭を包んでおり、一瞬自分の置かれている状況を忘れかけたが、すぐに上体を起こした。杏城が背中を押して、支えてくれた。

 

「レオルトンさん、大丈夫ですか?」

「問題ありません。杏城さんこそ、よくぞご無事で」

 

 目の前に居る杏城は、私の知っている彼女だった。いつもの気丈さには欠けていたが、取り乱している様子はない。外傷も特に見当たらず、体調も悪くはなさそうだった。しかし目じりと頬には涙の痕がくっきりと残っていた。

 

「不甲斐ないですね。助けに来たと思ったら、逆に杏城さんに世話をかけてしまって」

「いいんですのよ」

「膝枕、心地よかったですよ」

「そ、そういうのは……恥ずかしいですわ」

 

 今のやり取りで、彼女がバルタンに乗っ取られていないことは分かった。

 私は自分の周囲を見回した。鋼鉄製の、広さ7畳ほどの檻に閉じ込められていた。三方は鉄格子、一方は壁である。鉄格子に触れると、微弱なエネルギーが鋼鉄をコーティングしていることが分かった。エネルギーを打ち消す特別な仕様らしい。私が強行突破をしようとしても無駄ということだ。

 壁には小さな穴(人が通れるとは思えない)がある。また檻の端には人間が一般的に使用している形の便器が設置されていた。

 檻の中には私と杏城以外、2人の女性が居た。杏城や私よりも長いこと閉じ込められているのか、大分やつれていた。1人は私の方に目を向けているが、片方は膝を抱えて顔を埋めたまま反応が無かった。

 檻の中は薄暗く、外の様子は更に不明瞭だった。檻と同じ鋼鉄製の壁に囲まれた通路がどこかに続いているが、ここからは先が見えない。しかし産卵場で耳にした機械音と同じような音がずっと聞こえており、産卵場からはさほど離れていないと考えられる。しかしそれ以外の音はせず、近くに別の人間が閉じ込められているということは無さそうだ。

 腕時計を確認すると、時刻は17時。私が拘束されたのは前日の20時過ぎだった。20時間以上意識を失っていたようだ。

 どうやら眠っている間に持ち物も没収されていたようで、装備していた小型爆弾や、携帯していたスマートフォンも無い。服や靴を着せられたままだったのは、不幸中の幸いと言えよう。

 

「杏城さんは、いつここに?」

「最後に外を歩いていた記憶は……3日前の夕方6時くらいですわ。学園で委員会の仕事を終えて帰っていたところで、家の近くだったと思います」

「体調は?」

「良いとは言えませんわ。けれど軽い食事と水は、そこの小さな穴から人数分出て来ていて、最低限生かされている、といった感じですの。レオルトンさんの分もあったので、こっちに取っておきましたわ」

「ありがとうございます」

 

 最低限健康な状態で監禁する意図は何なのか。人間側との交渉材料にでもする気だろうか。

 

「閉じ込められているのは、我々だけですか?」

 

 杏城は多分、とだけ答えた。私は別の女性にも目を向けた。

 

「私が連れてこられた時……5日前は、この人だけだったわよ」

 

 杏城よりも7,8歳年上に見えるスーツ姿の女性は、檻の端でうずくまる別の女性を示した。

 

「あなたがここに来た時は、どうでしたか?」

 

 その女性は何も答えなかった。顔を見ていないが、恐らく年齢としては20代前半で女子大生と言ったところだろう。ミニスカートだったが、その下のショーツを隠そうとするほどの理性も失っているのだろうか。何かぶつぶつと呟いているが、聞き取れない。

 

「この子、大丈夫かしら……」

「長い間閉じ込められているのですわね……」

 

 その時だ。うずくまっていた女性が急に頭を上げた。「長い間」という言葉を何度も口に出したと思うと、急に泣き喚いた。

 

「そうよ! もうこんなに経ってる……次は私なんだ!!」

「お、落ち着きなさい」

 

 スーツの女性が肩を抱いたが、女子大生と思しき女性は頭を抱えて悲鳴を上げ続けた。かすれた悲鳴が檻と通路に響いていた。

 これではうるさくて、他の2人もパニックを起こしかねない。私はわめく彼女に近づき、そのこめかみに触れた。

 

「大丈夫。落ち着いて、私の質問に答えてください」

 

 私は微弱なエネルギーを彼女の脳幹に流し、興奮を抑制するセロトニンを無理やり分泌させた。

 

「えっと……はい」

「何日ここに居ますか? 今日は10月20日です」

「もう10日です」

「あなたが最初に来た時、何人居ましたか?」

「7人居ました」

「彼らは、どこへ行ったのですか?」

「分かりません。みんなバケモノに連れていかれました」

「なるほど」

 

 恐らく、この檻に閉じ込められるのはある決まった期間だけらしい。その期間が終わると、別の場所に連れて行かれるのだろう。

 

「何故あなたはそんなに――」

 

 その時、鉄格子の向こうから黒い影が伸びた。

 

「時間ダ」

 

 バルタン星人の巨大なハサミが、檻の扉の脇に設置されたボタンに触れた。すると檻のロックが解除され、奴が降りの中に入ってくる。

 

「い、いやぁっ!!!」

 

 奴は私の目の前に居た女子大生の頭を掴み、強引に引っ張った。いつの間にかやって来ていた別のバルタンも加わり、彼女の下半身を両腕で抱えた。彼女は必死に抵抗するが、2体のバルタンが相手では意味が無かった。

 

「やだっ!!! 助けて!!!」

「レオルトンさん!」

「杏城さん、いけません」

 

 私は、立ち上がろうとする彼女の肩を押さえつけた。女子大生は恨みがましく私を睨みつけたまま、連れて行かれた。

 

「いやっ!!! 死にたくない!! 死にたくない!!」

 

 悲鳴はだんだんと離れていった。

 やがて、別の機械音がそれに混ざる。

 悲鳴、機械音、水しぶきの音、機械音、何かが物を何度も叩く音。

 悲鳴は、もう聞こえなかった。

 そして殴打音も途絶え、無機質な機械音だけが再び聞こえてくるようになった。

 

「い、いったい……どういうことなんでしょうか……わたくし、怖いです」

 

 杏城は、私に抱きついて震えていた。

 

「おそらく、別の拘束場所に連れていかれただけでしょう。大丈夫です」

 

 私は杏城が落ち着くように、背中をさすっていた。ふともう一人の女性を見ると、彼女は気絶していた。バルタン星人の姿に驚いたのだろう。

 そう考えると、この娘――杏城逢夜乃は随分肝の座った女である。こんな空間に閉じ込められてもパニックを起こさず、私の質問にも正確に答えた。しかも宇宙人にあの女子大生が連れていかれそうになった時は助けようとまでした。こんな状況でも普段の真面目な性格や正義感を失わない杏城も“強い人間”と言えるのかもしれない。

 

「レオルトンさん、ごめんなさい」

「何がです?」

「わたくしのことを、探しに来て下さったのでしょう?」

 

 杏城は私の腕の中、涙に濡れた目で私を見上げた。

 

「しかし助けられませんでした」

「いいえ。こうしてお傍に居て下さるだけで、どんなに心強いか」

 

 彼女は私の腕をゆっくりと離し、私と向かい合った。

 

「一緒に、帰りましょうね」

「もちろんです。私、約束してしまいましたから」

「約束?」

「ええ。早馴さんに、必ず帰ってくると約束しました」

「……ふふっ」

「何か可笑しかったですか?」

「いいえ、失礼しましたわ。レオルトンさんって、本当にお優しいのですね」

「私が、優しい?」

「ええ。私なんかのために危険を冒すこともそうですけど、何よりーー」

 

 杏城は、ここではない遠くを見るような眼で、天井を見上げた。

 

「帰ってくるよって、きちんと約束してくれるのですから――」

 

 彼女の声が、ふいに聞こえなくなる。

 何か短い唸り声のようなものが、通路の先、産卵場の方から聞こえてきた。杏城もその音に気付き、話すのを止めたのだ。

 

「何の音ですの?」

 

 その音に混じり感じられる気配。

 異なるエネルギー同士がぶつかり合い、空気を震わせる。

 

「戦闘、かもしれません」

「せ、戦闘って……」

「誰かが、と言っても警察かGUYSがこの場所をつきとめて、突入してきたのかもしれません」

 

 侵入者が現れたことは間違いない。しかし、その侵入者の正体は分からない。このまま成り行きを観察して待つのは、いささか危険であろう。

 私は右足の靴を脱ぎ、手に取った。

 そのかかとの部分を外し、中に埋められていた小さな装置を取り出す。

 

「それ、何ですの?」

「ネットで買った防犯装置です」

 

 もちろん嘘である。私はその装置を、ガム状の粘着物質を使って鉄格子に取りつける。そして小さなボタンを押した。

 

「杏城さん。こちらへ」

 

 私は彼女と共に、格子から出来るだけ離れる。その途端に、装置が小さく爆発した。

 

「きゃっ!」

 

 杏城が爆音に驚いて目を背けている間に、私は格子扉に手をかけた。思った通り、バルタンが格子に仕込んだ電子ロックとアンチエネルギーコーティングは破壊されていた。扉もいとも簡単に開け放された。

 

「脱出ですよ、杏城さん」

「え、ええ!」

 

 私が先陣を切って通路に出る。バルタンが気付く気配はない。やはり侵入者に手いっぱいなのだろう。

 

「待ってください! この方も一緒に…」

「……そうですね」

 

 私は気絶したままの女性の頭に手を触れた。エネルギーを頭に流し込み、軽い刺激で意識を無理やり覚醒させた。

 

「行きますわよ…!」

 

 3人は、暗い通路を駆け抜けた。

 

ーーー後編に続く

 


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