セイヴァー・ミラージュから車で15分程走った所に、GUYSが運営している病院がある。基地内のメディケーションエリアは特殊なケースを除いて、簡易的な処置しかできないため、作戦中に負傷した隊員はこの病院に搬送されることになっている。
ゴーデスに撃墜されて病院送りとなった三河リョータ隊員も、この病院の一室で療養している。その病室に、GUYS初期対応班の一員であるヒロ=ワタベ隊員が訪れていた。
「入るよ」
「ヒロ、わざわざ見舞いありがとう。忙しいんじゃないの?」
「いやいや問題ない。今日は久々の非番なんだ。調子はどう?」
ワタベは三河が使っているベッドの横に椅子を置き、腰掛けた。
「メシアの操縦はまだきついが、明日復帰する予定。そっちは?」
「ゴーデス騒ぎが終わったと思ったら、膨大な事後処理業務。それに例の行方不明事件にも関わっているよ」
多忙な身ではあるが、ワタベは疲れを感じさせない爽やかな笑みをたたえていた。
「これは警察の仕事だと思うけど、星川さんが気にしてる」
「あの人は何でも気にするからなぁ。まぁそれが良い所だけど」
「正直捜査は進んでないよ。人手が足りないし、この前の久瀬病院封鎖の件でGUYSは警察と政治家の目の敵さ」
「違いねぇ」
2人はそれから15分程、病室の机に置いてあった漫画を読んだ。巨大生物が街を蹂躙する物語だった。
「なぁヒロ。本当にバルタンは死んだのかな」
「どういう意味?」
「俺が斬った宇宙船、何か手ごたえが無かったんだよな」
「気にし過ぎじゃないか? 墜落現場を検証したけど、かなりの数のバルタン星人が死んだ形跡があった。元々40年前から地球に来てはやられてる連中だから、個体数も減っているはずだし……」
「うーん……そうかねぇ」
三河は漫画を机に放り投げた。
「なぁ、ゴモラはゴーデス細胞に感染してたんだよな?」
「可能性は高いよ」
「行方不明事件って、そのあたりから?」
「うん」
ワタベの話を聞きながら、三河は天井を見上げて思案した。
「……地球に移住したがってる奴が、地球を壊そうとするかな」
ワタベがふと、呟く。
その瞬間、三河は小さな声で「おお」と言った。
「ヒロ、分かったぞ。ゴーデスは囮、陽動だ」
「どういうこと?」
「そもそもバルタン星人がゴーデスを復活させたいわけがない。あいつらはゴーデス復活が阻止されることなんて折り込み済みだったんだ。ゴモラや人間に感染させたことが陽動だと俺たちは思っていたけど、その先、本体の復活自体も陽動だったんだ。そこで宇宙船を沈めさせることで自分たちが敗北したと思わせて、本当の計画を水面下で動かしていたんだ」
「待てよリョータ。それは本当にバルタンが生き残ってたらの話だろう?」
「そうなんだよ。あいつらが生きているかどうか……あいつらの生きた姿を見られれば、確証は得られる」
三河は話し終えると、舌を打った。
「って、俺の妄想話に人手を割く余裕は今のGUYSにねーよな」
ヒロは悔しげにしている三河を見て、息をつきながら笑った。
「俺がやる」
「おいおいヒロ。今日から休みだろ?」
「もう休んだよ」
ワタベは漫画をそっと置き、立ち上がった。
第15話「帰る理由」
早馴愛美は、ある部屋の扉の前に立っていた。彼女の手は、その部屋に備え付けられているインターフォンに伸びる。
機械的な呼び出し音が鳴る。しかし人の声は返ってこない。
愛美はもう一度、ボタンを押した。
やはり結果は同じだった。
彼女は数秒扉の前に立っていたが、何かを追い求めるように、急ぎ足でその場を去った。
そして愛美は、教室にたどり着く。
そこにはやはり、あの男の姿は無かった。
愛美の追い求めたその人は、どこにも居なかった。
「愛美!」
「未来……」
教室の入り口に立っていた愛美のもとへ、零洸未来が駆け寄る。愛美は今にも倒れんばかりに弱々しく見えた。
「ニルまで……居なくなっちゃった」
「そうと決まったわけじゃない」
そう言いながら、零洸は杏城が居なくなったと知った時と同じ感覚を得ていた。
若干遅れて登校してきた愛美が教室に現れる前、ホームルームでニルの無断欠席が大越担任からクラスメートに告げられていた。未来は人知れずもどかしさにもだえした。
まるで“あの時”の様だ―――未来はそう思いながら愛美の肩を抱き、彼女を座席まで連れて行った。
「愛美は大丈夫そうか?」
樫尾が静かに近づいてくる。それに気づく様子も無く、愛美は青白い顔で目線を机に落としていた。
「樫尾。私はもしかすると、数日学園に来れなくなるかもしれない。だからその時は、愛美やみんなを頼む」
「ああ、分かったよ」
樫尾の言葉に、未来は小さく頷いた。そして彼女は、教室を出て行った。向かった先は屋上だった。
「もしもし」
CREW GUYS専用の通信端末を手に、未来は屋上を囲うフェンスを掴んだ。
『零洸未来隊員。僕は初期対応班のワタベだ』
「お久しぶりです」
『今時間、大丈夫かな?』
「はい」
『君に聞いてほしい話がある』
ワタベは、バルタン星人が未だ暗躍しているという仮説を未来に話した。フェンスを握る未来の手が震え、フェンスがぎりぎりと音を立てた。
『もし沙流市で何かがあった場合、一番早く動けるのは君だ。その時は頼む』
「GIG」
『学生の君に頼むのは申し訳ないのだけど、よろしく』
「問題ありません。それとワタベさん。こちらからも一つ報告が。もしかすると、また学園生から行方不明者が出るかもしれません」
『生徒の名前は?』
「ニル=レオルトンです」
『ニル=レオルトンか……』
ワタベはほんの少しの間だけ黙り込んだが、すぐに、了解したと返事をして通信を切った。
それから数時間、未来は気の抜けない時間を送っていた。ワタベからの出動命令を待ちながらも、常にクラスメートの動向に気を配っていた。特に愛美と草津のことは、未来の心配事の一つだった。
仲間想いの彼女らのことだから、逢夜乃に続いてニルまで居なくなったとしたら、いつ探しに行くと飛び出すか分からない。
とはいえ愛美はニルの件で動揺しきっており、精彩を欠いていた。草津は珍しくノートパソコンを持ち込み、真剣な眼差しで画面と向き合っていた。
今はまだ何も行動を起こしてはいない2人ではあるが、彼らがニルのように行方不明者の捜索を始めて事件に巻き込まれるようなことだけは阻止せねばと、未来は気を引き締めた。
(しかしレオルトン……キミは何故、そんな無茶をしたんだ。賢いキミらしくないじゃないか)
彼女はニルのことを考えていた。
未来とその友達を想い、助けるニル。
星川聖良に正体を疑われているニル。
その二者は、未来の中では同一となり得なかった。いや、そう思いたくなかっただけだった。
やがて日が傾き始め、下校時間が迫って来ていた。大越担任は、逢夜乃に続いてニルまでもが行方不明となり、心労を隠せないでいた。彼が事件を受けて外出自粛を呼びかけ、放課後となった。
未来はGUYSの通信端末の画面を、バッグの中で確認した。ちょうどワタベからメールが届いていた。
未来は急ぎ立ち上がった。
しかし、彼女の机の前には愛美が立っていた。
「未来、どこへ行くの」
「帰るだけだ」
「嘘」
愛美は真っ直ぐに未来の眼を見据えていた。未来は思わずその視線を避けたが、そんな自分を叱咤するように拳を握りしめ、愛美を視線を交えた。
「……愛美。キミに話さなければならないことがある」
「屋上、行こう」
愛美はそのまま、未来は手荷物を持って屋上へやって来た。
夕方になると冷えはじめる最近では、この時間帯に屋上に居る生徒は殆どいない。この日も、屋上には愛美と未来の2人だけだった。
「愛美。私は今から、逢夜乃とレオルトンを助けに向かう」
「2人の居場所が分かったの!?」
「まだ確定じゃない」
「それでも手がかりはあるんだね」
愛美の眼に、僅かながら希望が垣間見えた。しかしすぐに、彼女は訝しげに未来を見つめた。
「どうして、未来がそんなこと知っているの?」
「その理由を、愛美、キミに話そうと思っていた」
未来は上着のポケットからパスケースを取り出し、愛美に手渡した。
それを受け取った愛美の眼は、一瞬見開かれた。しかしすぐに小さな声で「やっぱりか」と呟いた。
「私がニルと一緒に宇宙人に襲われた時、病院に真っ先に来てくれたのは……こういうことだったんだ」
「ああ」
「未来も、GUYSの一員なんだね」
「も、か……」
未来は愛美からパスケースを受け取った。CREW GUYSとしてのライセンスであるIDカードが挟まったものである。
「驚かないんだな」
「何となく、そんな気はしてた。私が知ってるGUYSの人に少し似てたから……」
「そう、か」
未来は愛美の表情を見ることが、その時どうしてもできなかった。その代わり、自分の向かうべき方角に目をやった。
「私は今からGUYSの一員として、逢夜乃とニルが捕まっているかもしれない場所に行ってくる」
「それは、未来じゃなきゃいけないことなの?」
未来は今度こそ、愛美の顔を見た。
彼女は泣いていた。
「私、今から嫌なこと言うよ。そんな危険なことは……自分の大好きな人にはやって欲しくない。私、分かってなかった。危ないって分かってたら、ニルのことだって行かせなかった! だから……危ないことは、別の誰かにやってほしいって思っちゃうんだよ!」
未来は、愛美が何故そう言うのか、すべて理解していた。
理解していたからこそ、未来は気が付いた――ジャック=シンドーの言わんとしていたことに。
「愛美」
未来は愛美の右手を握った。
「私は何があっても、必ず愛美の前に帰ってこよう」
愛美は自身の冷たく白い手に、未来の手の温度が伝わるのを感じた。しかし自分を見つめる未来の眼差しを、どう受け止めて良いか分からなかった。
真っ直ぐで、決して背けようとしない、その眼差しを。
「……ニルもね、同じこと言ってたんだよ?」
愛美の目から大粒の涙がこぼれる。
それは何かに怯えるような、何かを責めるような涙だった。
「その言葉を信じたい……信じたいよ! でも、きっと未来も――」
未来は愛美の左の手を取った。そして彼女の右手にそっと合わせ、その両の手を、自身の両の手で包み込みこんだ。
「私には分かる。奴がどんな想いで、そう言ったのか」
そして言った。できるだけ優しく、しかし強い意志をもって。
「必ず帰ってくる。あいつはきっと、そういう男だ」
未来は手を離した。
「そして、私もな」
彼女は愛美に背を向け、校舎に通じる階段に向かって歩き始めた。
「帰って来るって、信じてるから」
未来の背中に投げかけるように呟いた。
「私、待ってるから」
彼女の声は震え、今にも消えかかりそうだった。
しかし彼女の頬に、もう涙は流れていない。
愛美の顔には、微かな笑みが浮かんでいるだけだった。
―――中編に続く