『第1級非常事態宣言。邪悪生命体ゴーデスが復活。GUYS全職員は事前マニュアルに従い、持ち場に付け』
そんな放送が流れているGUYSメインベース『セイバーミラージュ』内に、私はやって来ていた。
時刻は午前2時10分。ゴーデスが復活してしまった今、北河の肉体も予断を許さない。私は事前にGUYSのコンピュータから盗んだ情報を元に、北河が隔離されているメディケーションエリアに向かった。途中何人かの局員や隊員を気絶させながら、私は病室にたどり着いた。
扉に耳を当てる。計器の駆動音と北河の苦しげな呼吸音に混じり――人間が居る。
私は扉を開けた。
「何者ですか」
一目で分かった。
目の前に立っているのは人間に間違いないが、その意識は何者かに操られていた。他にも人間が居たようだが、奴の足元に数人倒れていた。
「貴様、モウ一ツノサンプルヲ奪ッタヤツダナ」
「やはり分かっていましたか」
「一ツアゲタノダカラ、コレハワタシガ貰ッテイク」
「そうはさせません」
私は光線を放つ。奴は素早くそれを避ける。
「向こうではゴーデスが大暴れしていますよ。観に行かないのですか」
「ソンナコトハドウデモ良イ」
「目的は細胞……そういうことですね」
奴の身体――いや乗っ取られた身体が床に倒れる。代わりに、その後ろに奴の本体が姿を表した。青白い肉体に、虫を思わせる黄色い眼。奴は両手のハサミの切っ先を上に向けて、笑い声にも似た奇妙な声を出していた。
「バルタン星人……再び地球を狙いますか」
バルタンの巨大なハサミが、私に向けられる。最初の一撃目は避け、二撃目はエネルギーでコーティングした左手で受けた。
「オ前ハ光ノ戦士カ」
「いいえ、違います」
私は空いた右手で至近距離射撃を試みたが、光線は奴の身体をすり抜けた。天井に張り巡らされたカーテンレールの一部を破壊しただけだった。
「分身、か」
バルタン星人は、北河のベッドのすぐ近くに立っていた。奴はハサミでガラスケースを破壊した。
私は時間を与えず、奴と距離を詰めた。バルタンは北河に触れるのを止めて、一度病室の窓際に後退する。
その隙に、私は北河を抱きかかえ、ゴーデス細胞を死滅させる薬を北河の首筋に打ちこんだ。
「何ダソレハ」
「ゴーデス細胞は、これで消えました。特効薬ですよ」
「人間ヲ救ウナンテ、理解デキナイ」
バルタンは光線で私を襲う。光線が病室の計器を破壊し、大音量の防犯ブザーが鳴り始めた。
連射される光線の間を縫って動き、私は病室の窓際にたどり着いた。
私は窓を割る。このまま窓から逃げて――
「動くな!」
病室の扉が勢いよく開かれる。その瞬間、バルタンの姿は靄のようになって、消えてしまった。
そして5人のGUYS隊員が流れ込む。その先頭には――零洸が立っている。そして後ろには星川聖良が続いているようだ。
レールから外れたカーテンが強い風になびく。そのおかげで、月明かりで浮かび上がったシルエットだけが5人には見えているようだった。零洸がそれをかき分けながら、こちらへやって来る。
私は北河を放し、1人窓から飛び降ようとした。
「ニル=レオルトン!!」
星川聖良の叫び声に、一瞬だけ、私の身体の動きが止まった。しかしすぐに窓から飛び出した。
彼女は確かに、間違いなく、私の名を叫んだのだ。
『やはりソルはやってくれました! 昨日邪悪生命体ゴーデスが復活するという大災害が起きましたが、見事光の戦士ソルが撃破、悲劇は回避されたのです!』
間抜けな面構えの女子アナウンサーが、テレビの向こうで感情的にまくし立てていた。
私は『セイヴァー・ミラージュ』を脱出し、既に自宅で次の日の朝を迎えていた。基地を後にしてすぐ"円盤"に帰還し、自宅周辺が監視されていないことを確認した後、長瀬をつれて自宅アパートへ戻った。
さてやるべきことは多いが、まずは学園に行かねばならない。昨日の欠席理由を考えながら、家を出た。
「あ」
ちょうど、隣人の長瀬も部屋を出たところだった。私たちは数秒目を合わせるが、長瀬が目を背けた。
「さ、先行きますねっ!」
何だ、あの態度は。いつもならおはようの一言でもあったろうに。
「長瀬さん、待ってください」
「い、イヤです」
何故私を避けるのか……まさか“能力”がうまく作用していないのだろうか。
「長瀬さん」
彼女の手を掴む。
「あ、あう……」
「もしかして、まだ体調が悪いのですか?」
「えと、そうじゃなくって……」
彼女の顔は真っ赤だ。ゴーデス細胞にとり付かれていたときのような病的な感じは無いが。
「何故避けるのですか?」
「それは、あのですね……」
長瀬は目を伏せ、もじもじとしている。
「へ、変な夢を見ちゃったんですよ」
「どんな?」
「言っても笑わない……?」
「ええ。誓いましょう」
「あのね、私がタコのお化けに追いかけられてて、それを王子様が助けてくれたんです。その王子様はすっごく素敵で、それで……その人が。ニルセンパイにそっくりだったんです!」
「長瀬さん、きっとまだ熱が――」
「……ニル?」
私が長瀬の額に手を触れたその時、ちょうどアパートの階段を登ってきた早馴の顔が目に入った。
「早馴さん、おはようございます」
「人が心配して来てみれば……後輩の女の子といちゃいちゃして」
早馴は薄い笑みを浮かべてはいるが、目のあたりが引きつっていた。
「王子様といちゃいちゃだなんて、そんな……」
長瀬が顔に手を当てて、きゃーと騒ぎながら、走って階段を下りていった。
「お、王子様……?」
「ただの夢の話ですよ。さて、私たちも学園に向かいましょう」
「ふんっ。一人で行けば?!このバカ王子」
早馴は何が気に障ったのか分からないが、先に階段を下りてしまった。
「待ってくださいよ」
結局、私たちは2人で登校することになった。早馴は何だか虫の居所が良くはなさそうだが。
「で、昨日は何で休んだの? 寝坊?」
「まさか。熱があったんですよ」
「そっか。もう平気なの?」
「はい。ご心配おかけしました」
「心配なんてしてませんから」
「そうでしたか」
「いや、その、心配はしてたけど……」
「ありがとうございます」
「んもう……やりにくいヤツだなぁ」
早馴は機嫌を直したようで、どこか嬉しそうな顔をしていた。
「元気そうで良かったよ」
「もう全快です」
「ところで、さ。昨日、もしかして唯ちゃんと一緒だったの?」
「長瀬さんとですか? いいえ。どうしてですか?」
「2人とも休みだったし、お隣同士だからさ」
「彼女もお休みだったんですか。それは知りませんでした」
「あーそっか。そっか」
彼女はどこか安心したように小さくため息をついて、少しだけ笑った。
そうやって他愛の無い話をしながら、私たちは教室に着いた。ゆっくり歩いていたようで、着いたのはぎりぎりの時間だった。鞄を置いて椅子に座った瞬間、ホームルーム開始のチャイムが鳴った。
「あれ、逢夜乃来てない?」
「うん。私、朝早くから教室居たけど、見てないなぁ」
早馴と前の席の女子生徒の会話を耳に挟み、私も杏城の席に目を向けた。あの真面目な杏城が遅刻か。珍しいものだな。
それから私は、零洸の席も目の端で確認する。彼女は欠席、しかし皆それには慣れている様子だった。
「おはよう――って、零洸はともかくとして、杏城も来てないのかぁ?」
教室に入ってきた大越担任も、杏城の不在に驚きを隠せない様子だった。
「どうしたんだろう……」
早馴が心配そうに呟く。
そしてその不安は、現実となった。
昼休み直前、4限目の授業が終わった途端、世界史の担当教員が教室に居るにもかかわらず、大越担任が入ってくる。
「誰か、杏城から連絡のあった人、いるか?」
誰も返事をしない。ただ、クラスメート同士目を合わせて首を傾げるばかりだ。
「そうか……」
「先生! 逢夜乃に、何かあったんですか?」
隣の早馴が立ち上がる。
「いや、大丈夫だ……」
大越担任は早馴の追及をかわすように、教室を出ていく。
早馴は彼を追おうとはしなかった。代わりに携帯電話を鞄から出し、耳に当てる。
「出ない。逢夜乃、出ないよ」
「落ち着け、愛美。具合が悪くて、電話に出られないだけかもしれない」
いつの間にか草津が机の前に立っていた。そして樫尾と早坂までもが集まってきていた。口々に愛美を慰めるような言葉を、彼らは口にしていた。
しかしそんな悠長な態度が許されたのは、その時だけだったのだ。
更に一日が立っても、誰のもとにも杏城から連絡は無かった。
杏城が無断欠席をして2日目、私たちは真剣な面持ちで、昼休みの校門に集まっていた。
「樫尾と俺は逢夜乃の家に行こう。早坂は彼女のかかりつけの病院――たしか久瀬病院だったか、そこへ行ってくれ。レオルトンと早馴は学園内で情報収集だ」
「草津、俺たちはお互い単独行動でもいいんじゃねぇか?」
「いや念のためだ。それに、情報が少ない中で捜索の手を広げても意味が無いからな」
「分かった」
樫尾は気合でも入れるように首の骨を鳴らすと、草津とともに去って行った。
「ニルくん、愛美さん。こっちはお願いします」
早坂も彼らを追いかける形で、走っていった。
「早馴さん、大丈夫ですか?」
彼女の顔色が悪い。
「大丈夫。それより情報収集って……」
「この学園の誰かが、杏城さんの行方について知っているかもしれません。彼女の友人関係はどの程度把握していますか?」
「逢夜乃と仲良い友達ってことだよね。私たち以外なら、このクラスの女子の何人かと、委員会の人たちかな?」
まず、私たちは教室に戻ってクラスメートから当たった。予想通り、有益な情報は何も得られなかった。皆杏城の無断欠席に驚いているばかりだ。
それから他クラスの生徒にも声をかける。
「嘘。逢夜乃ちゃん、学園来てないの?」
隣のクラスに所属する、杏城と同じ生徒執行委員会の仲村という女子生徒は、私たちの話を信じられないという様子で聞いていた。
「今日は委員会があるし、真面目な逢夜乃ちゃんが無断で休むだなんて……ちょっと待ってね、他の子に連絡が来てないか聞いてみるね」
そう言うと彼女は、自身のスマートフォンをいじりだした。しかしすぐに反応があったのか、彼女は残念そうに首を横に振った。
その後は彼女に紹介された委員会の生徒数名に接触してみたが、誰も有益な情報は持っていなかった。
一旦教室に戻り、早馴と顔を突き合わせた。
「どうしよう……誰も知らないって……」
「生徒に当たるのは終わりにしましょう」
「生徒にって、他に聞く人いる?」
「ええ。行ってみましょう」
そうして私が早馴を連れて行った場所が――
「で、授業中にもかかわらず、私の所に来たわけね」
私と早馴は、生徒指導室の中に居た。
机を挟んで私たちが対面しているのは、紫苑レムだった。
「先生、何か聞いてませんか?大越先生は出て行っちゃてるみたいで……」
早馴の乞うような目線を受けて、紫苑は気まずそうな表情を浮かべる。
「私からは何も言えないわ」
「何か知ってるってことですよね?」
「それは……」
「お願いします!先生の知ってること、教えてください」
「少し落ち着いて。今は大越先生からのお話を待って――」
「嫌です!」
早馴が立ち上がった。
「何もしないで……大人しくしているのは嫌なんです!」
血気迫る早馴に、紫苑は一瞬ぽかんとしたが、すぐに真剣な口調で返した。
「……分かったわ。取りあえず座って?」
早馴が席についたところで、紫苑は話し始めた。
「大越先生、やはり杏城さんの無断欠席が心配だった様で、おうちに電話したり、ご両親の所に連絡したりしていたみたい。結局繋がらなかったようなんだけど」
「じゃあ、今はどちらに?」
「おそらく、警察署よ」
「け、警察?」
早馴が絶望的な声を漏らす。
「まだ、何かに巻き込まれたと決まったわけじゃないわ。もしかすると、学園をサボりたいだけかもしれな――」
「逢夜乃はそんなことしませんっ!」
「早馴さん、少し落ち着いてください」
私は早馴の肩に手を置いた。
「ごめんなさい、軽率だったわ」
「いえ……こちらこそ、すみませんでした」
早馴は小さく頭を下げた。
「もう職員室でも話題になっていてね。もしかすると、
今巷を騒がせている事件だった。この1週間沙流市周辺で連続行方不明事件が起きていて、組織的な誘拐事件ではないかと騒がれていた。某国の工作員による拉致だとか、宇宙人による犯罪だとかささやかれており、詳しいことは何も分かっていないようだが。
「ともかく、今は情報が不足していて何も言えないし、警察も簡単に結論を出せるとも思えないわ。少しだけ……少しだけでいいから、待ってはもらえないかしら? 私は職員室で聞いたことは貴方たちにも伝えるから」
私と早馴は礼を言い、立ち上がった。3人で生徒指導室を出た時、後ろに居た紫苑が私の肩を叩いた。
「愛美ちゃんのこと、見ててあげてね?」
「もちろんです。危険な目には遭わせません」
彼女はへぇ、と意味ありげに微笑み、私たちのもとから離れていった。
それから間も無く、紫苑からメールが来ることとなる。
『杏城さんの捜索願が出されたわ。警察が連続誘拐事件の被害者として捜索に乗り出すそうよ』
―――後編に続く