留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第13話「ゴーデスの復活」(後編)

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 私は本国のデータベースにアクセスするというリスクを冒しながら、必要な情報を集めた。そして数時間の間作業に没頭した訳だが――

 

「はぁはぁ……うぅっ!」

 

 長瀬の生命力は落ちる一方であった。ここに来て、ゴーデス細胞の活動が活性化しているようだった。

 もはや彼女の命は、風前の灯火なのである。

 

「ニル……せん、ぱい」

 

 しかも、もう一つ問題が――

 

『ピンポーン』

 

 この音は、長瀬の家のインターフォンである。

 ついに、奴等がやってきた。

 

『不在のようですね』

『開錠の準備を』

 

 2人の男が、おそらくピッキングで鍵の閉まっている扉を開けようとしている。

 

『ワタベさん、誰も居ないようですね』

 

 数分経って、2人の隊員は長瀬の部屋を後にした。

 

『次は、ニル=レオルトンの部屋に向かおう』

 

 長瀬家の扉が閉まる。アパートの渡り廊下を踏み鳴らす足音が、すぐ隣の部屋の前で止まる。

 

『ピンポーン』

 

 私の家のインターフォンが、鳴る。

 

『同じく不在、か?』

『ワタベさん、本当にやるんですか?』

『星川隊長の許可は下りている。行くぞ』

 

 再びのピッキング。

 しかし同時に、片方の男が銃を構える音がした。ジャキッという金属音が、音のない夜の空気に響く。

 

『開きました』

『合図で扉を開けてくれ。俺が入る』

『GIG』

『――今だ』

 

 扉が――開く。

 ワタベと呼ばれた男が、おそらく銃を両手で構えて、ゆっくりと部屋の奥へ歩を進める。途中バスルームやトイレを確認しながらも、最後はリビングと廊下を仕切る扉の前に立った。

 

『誰かいるのか? 居るのならば返事を』

 

 私はその声を聞きながら、無言で作業を続けた。

 

『ワタベさん、開けますよ』

『ああ』

 

 最後の扉が――開かれる。

 

『……やはり不在、か』

『キッチンやベランダにも、姿はありません』

『そうか。とりあえず、手がかりを探そう。対象に知られないようにな』

 

 私はため息を漏らし、右耳に付けたイヤホンをはずしながら、椅子の背もたれに体重をかけた。

 それからスマートフォンの電源を入れる。作業中で確認していなかったが、学園のクラスメートからのメッセージが溜まっていた。返事はしていないが、問題はないだろう。

 私が今居るのは、沙流市と隣県の境にある山間部。ここに隠された“円盤”の中に、私と長瀬は身を隠していた。

 GUYSが北河の身柄を確保した時点で、もう一人の感染者として長瀬にたどり着くことは明白だった。だから私は、連中に見つからないように長瀬と共にここにやってきた。いつゴーデス細胞に乗っ取られるかも分からない長瀬を観察しながら、ゴーデス細胞を消滅させる“特効薬”を作る場所としては、ここが最も良い場所だった。

 もう一度、イヤホンを付ける。私と長瀬の部屋に設置した盗聴器が傍受した音声が耳に入る。

 

『手がかりは無し、か』

『案外、隣のコと一緒に学校サボって遊んでるんじゃないですか?』

『その線は無くもないが……ともかく長瀬家捜索後、周辺の聞き込みだ』

 

 二人の隊員は、私の部屋を出て行ったようだ。

 私の家にも、長瀬の家にも、何も証拠は残さずに出てきた。彼らの仕事は徒労に終わるだろう。

 私は製剤装置のスイッチを入れ、机から離れた。化学物質等の配合や合成などの工程はすでに終わり、後は有効成分が完成するのを待つしかない。

 “円盤”内には簡易ベッドと机は置いてあるが、食料の類は無い。私はベッドの枕元に置いたビニール袋から水のペットボトルを取り出した。

 それからベッドと長瀬を囲んでいるガラスケースの蓋を開けた。

 

「長瀬さん、起きてますか?」

「……」

 

 反応は無かった。私は、長瀬の額に乗せたタオルを手に取る。濡らしたのは30分以上前だが、既に水分は抜けていた。水を含ませ、再び彼女の額にタオルを戻す。そして再び、彼女を透明の檻に閉じ込めた。

 それにしても……今回私は大きなリスクを犯した。

 苦しむ長瀬を連れ出し、タクシーで移動。その後“円盤”の通信装置で私の本国のデータベースにアクセスし、“初期段階におけるゴーデス細胞消滅薬”の設計図を入手した。過去に私の同種族の科学者が完成させた代物だった。だが徹底して合理的思考に支配されている我々にとって、ゴーデス細胞に感染した個体を“殺処分する”以外の選択肢は非合理的であり、非効率的だった。その為特に何の注目もされず、特効薬の研究は他のおびただしい技術研究に埋もれていた。

 最大のリスクは、やはりここからの通信だった。GUYSはおそらく、この周辺から宇宙に向けて何らかの電波が飛んだことに気づいているはずだ。NASAとかいう組織の通信網を利用したおかげで通信先を辿る事は不可能になったとしても、宇宙人が潜んでいることが露呈してしまったことには変わりない。

 北河夕花のゴーデス細胞感染、長瀬唯の欠席、そして謎の通信。

 長瀬のゴーデス細胞感染と、私の関与が疑われる可能性は限りなく低い。まさかとは思うが、先日のグロルーラの襲撃と併せて“ニル=レオルトンは宇宙人である”という真実に辿り着く者はいるだろうか? しかし、仮にそれに気づいたとしても、妄想だと周囲に一蹴されるような突飛な話であろう。

 仮に疑われたとしても――

 

「ふっ……」

 

 私にしては、何とも非合理的な思考である。

 宇宙人だと疑われること自体が、侵略者としての私の目的に沿うものでは無い。この様々なリスクは、果たしてどのようなリターンを期待して犯したものなのか。

 その時私の脳裏に、早馴愛美の姿がよぎった。

 しかし彼女の姿は、すぐにかき消された。

 

「っ!」

 

 何かが焼けるような音。それは、長瀬を囲むガラスケースが溶かされる音だった。

 

「無駄なことだ。私は蘇るぞ……!」

 

 明らかに長瀬の声である。長瀬の口から聞こえた、彼女自身の声。

 しかしその意思は、ゴーデスによって支配されていた。

 

「貴様、宇宙人か」

「いかにも。お前はゴーデス、ですね?」

「知っていて、なお足掻くか」

「足掻く? それは違いますね」

 

 私の言葉を無視し、長瀬の目が私の背後にある机に向けられた。

 

「それは許さん!」

 

 長瀬の体が、急に暴れだした。念のため巻いておいたバンドが、みしみしと音を立てている。

 

「ぐあぁぁぁぁ!!!」

 

 長瀬の絶叫に、凶悪な声が混じり始めた。同時に、長瀬を縛っていたバンドが切れる。彼女はガラスケースを拳と足で滅茶苦茶に割ってしまった。

 

「まだ復活には遠いが、お前を殺してやろう」

 

 長瀬――もはやゴーデスと呼んだほうが良いのだろうか。彼女の身体能力は飛躍的に上がっており、ガラスを砕いた拳も足も傷一つなかった。

 私は、宇宙人を相手取るつもりで右手を構えた。

 

「いいのか? お前が攻撃すればこの女は死ぬぞ」

 

 ゴーデスは立ち上がり、勝ち誇った顔で私を見た。

 

「貴様も、その薬も、全て破壊してくれる」

「させない」

 

 ゴーデスが、私の肩に掴みかかろうとする。私はそれをすんでのところで避け、逆に相手の肩を掴む。まだゴーデスは長瀬の身体をうまく動かせないのか、予想以上に弱い力で倒れた。私はそこで馬乗りになり、両腕を掴んで床に押し付けた。

 

「長瀬唯!」

「この女の意思は死んだ! 既に死を受け入れたのだ!」

「長瀬唯、目を覚ましてください。あなた言っていたでしょう、死にたくないと。死んだら終わりですよ。私や友人たちとくだらない話もできませんよ。北河夕花と、二度と一緒に遊べなくなりますよ」

 

 北河の名前に、長瀬の身体がぴくりと反応した。

 

「馬鹿な……何故だ、何故抗おうとする! やめろ!」

 

 ゴーデスがわめき散らす。

 同時に、机の上に設置された装置がアラーム音を上げる。ゴーデスの絶叫とアラーム音の無機質な音が混じり、“円盤”内は耳をつんざく程にうるさかった。

 そんな大音量の空間の中、私自身も叫ぶ。

 

「長瀬さん、貴女を治します。ですから最大限『生きたい』と叫んでください」

 

 そう言った瞬間、長瀬の身体が異常な動きを見せた。

 まるで何かに動きを抑え込まれたように、彼女は動こうとする度に何かの抵抗に遭い、動きを制される。

 私は慎重に立ち上がった。

 

「流石です、長瀬さん」

 

 長瀬の叫び――生きたいという願いが、ゴーデス細胞の支配と真っ向から戦っているのだ。

 私はその内に、机に設置された装置のボタンを押す。大袈裟な機械音と共に装置が半分に割れ、細いアームで固定された試験管が現れる。それを手に取り、装置の隣に置いてあった注射器にセットする。

 

「やめろぉぉ!!!」

「ニルセンパイ、助けてっ!」

 

 2つの声が聞こえた。

 私は注射器の針を、長瀬の手首に刺した。管内の液体はポンプの力で長瀬の体内に消えていく。

 

「ぐあぁぁぁっ!!」

 

 ゴーデスの断末魔が“円盤”内に轟いた。長瀬の身体はビクンビクンと激しい痙攣を繰り替えし、やがて動かなくなった。

 邪悪なエネルギーは感じない。しかし、長瀬の鼓動すら聞こえない。

 彼女の手首に指を当てるも、脈は無い。

 まさか長瀬は――

 

「タコめぇぇぇぇっっ!!!!」

 

 長瀬が突然目を覚ました。

 

「タコ焼きにしてやれいっ!!!」

 

 長瀬は何もない目の前に、拳を突き出した。

 

「って……あれ? ここどこ? ニルセンパイ?」

「お元気そうで何よりです」

「あ、おはようございます」

 

 長瀬はぺこりと頭を下げ、改めて周囲を見回した。

 

「ここどこで――」

 

 私は長瀬の額に手を当てた。

 

「少し、眠っていて下さい」

 

 私は“能力”を発動した。

 長瀬は糸の切れた人形のように、ふらっと倒れた。そんな彼女の身体を簡易ベッドまで運び、寝かせる。それから、注射器とは別の装置を掴む。人間の病院で使われている聴診器の先端と同じ形の物体を、長瀬の全身の各所に当てる。

 これはゴーデス細胞の有無を確認できる装置だが、驚いたことに、全く反応が無くなった。一時は装置が壊れるのではないかと思ったぐらいの反応だったが。

 私の特効薬は成功を収めた。

 長瀬唯を救ったのだ。

 私は、長瀬の眠る顔に視線を向ける。

 あどけない、安心したような、なんの憂いも無い少女の寝顔だった。

 

 

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 その時間――深夜2時3分。

 いつまでも変わらない状況に、基地内の張りつめていた空気が、少しずつ弛緩しはじめたところだった。もちろんゴーデス細胞に憑りつかれた少女の命は窮地にあったが、それを重く受け止めていたのは一部の人間だけだったのかもしれない。

 その証拠に、基地内に非常事態の警報が鳴り響いた瞬間、殆どの隊員が目を剥いて、動けなくなった。

 しかしその瞬間を「来たか」と冷静に受け止めた人間も少なからず居た。

 その中の一人であるミカワリョータが、異常発生空域を飛行していたのは、不幸中の幸いであった。

 

「あれは……!」

 

 緊急発令の直後、彼はすぐに“それ”を視認した。

 円形に近くも前方が尖っている円盤は、山間部の上空をゆっくりと動いている。まるで何かを探しているような…そのように三河は考えていた。

 

『ミカワくん、飛行物体は視認できた?』

「星川隊長、ええ。撃墜しますか?」

『いいえ。敵意があるかどうか確認しなければならない。交信を試みて』

「GIG」

 

 ミカワは宇宙語――それは全宇宙共通の言語である――で記された電子メッセージを送信しつつ、宇宙語で録音された警告音声を流した。

 

『こちらは地球防衛組織GUYSです。あなたの宇宙船は地球への進入を許可されていません。ただちに当機の指示に従ってください』

 

 しかし、円盤は何の反応も示さなかった。

 

「星川隊長、これは“当たり”じゃないですか?」

『ええ。こちらでもとの照合の結果、ドキュメントSSSPに記録確認。その宇宙船はバルタン星人の物だと判明したわ』

「バルタンですか」

 

 クソ野郎が、とリョータは内心で一人ごちた。

 

『ただ今より、敵性宇宙人であるバルタン星人の宇宙船撃墜作戦に入ってください。その周辺は活火山地域だから、気を付けて』

「GIG!」

 

 ミカワは不敵な笑みを浮かべながら、メシアを人型の『バトルモード』に変形させる。

 航空機型の『飛行モード』から人型の『バトルモード』変形したメシアの右手には、日本刀をモチーフにした大剣が握られている。リョータ機が“ザ・サムライ”と呼ばれている由縁でもある。

 リョータ機はブーストを全開にし、高速で円盤に斬りかかった。しかしその刃は、円盤を守るバリアによって防がれる。リョータは小さく舌を打ち、一度円盤からメシアを離した。すぐに円盤からビーム攻撃が襲いかかって来るものの、リョータ機は軽々とそれをかわす。

 

「こいつ、はなから戦う気が無いな」

 

 リョータが戦い方を思案しようとした時、広域レーダーにある反応が現れた。ここまで相当な距離があるが、リョータはそれを認めると、小さく息をついた。

 

「なるほどな。じゃあ――」

 

 リョータ機は再び突撃の態勢をとる。もちろんブースターを緩めることは無い。  

 結果は先ほどと変わらない。斬撃は相変わらず円盤を傷つけることは出来なかった。

 しかしリョータ機の一撃は十分な仕事をこなしていた――その円盤の動きを一瞬でも奪うことが、彼の目的だったのだ。

 その時、一発の弾丸が円盤をバリアごと貫いた。どこからか放たれた射撃が、円盤に風穴を開け、バリアを消失させたのだ。

 

「ヨシダ、相変わらずいい腕だぜ」

 

 約30kmの距離、高速道路のサービスエリア内。CREW GUYSの狙撃主ヨシダ アオカ隊員搭乗のメシアがロングレンジライフルを肩に担ぐ。

 

「あとはよろしく」

 

 何の感慨も感じさせない言葉を最後に、アンナ隊員は通信を切ってメシアを航空機型に変形させ、その場を飛び立った。

 

「へいへい。きちんと片づけるよ」

 

 アンナの通信を受けたリョータは、苦笑いを浮かべてレバーを動かす。

 機体の中心に弾丸を食らいながらも、円盤は飛行を続けていた。

 その円盤に、リョータ機のキックが炸裂する。円盤は制御を失ってゆらゆらと飛ばされる。そして円盤が活火山の上空から離れた瞬間、リョータの斬撃が円盤を両断する。

 円盤は間もなく、爆発しがら墜落した。黒煙が森林からもくもくと上がっている。

 

「アホみてぇな顔して落ちていったな――」

 

 リョータ機がメシアを飛行モードに戻した瞬間、機内のレーダーに新たな反応が現れた。

 

「これは――」

 

 リョータがメインモニターに目を戻したその時、前方に見える活火山が轟音を上げて震えだし、遂には巨大な爆発と共に砕け散った。

 

「遅かったっていうのか!!」

 

 リョータ機の眼前。火山の“あった”場所に今あるのは―――

 

『リョータ、すぐに逃げて!!』

「ヨシダ――」

 

 黒煙の中から、巨大な触手が飛んでくる。リョータがそれに気づいた時には、メシアの右翼が消し飛んでいた。リョータ機はくるくると回転しながら、林の木々をなぎ倒して墜落した。

 

「三河リョータより報告……奴は、ゴーデスは、復活した……!」

 

 薄れゆく意識の中でリョータが目にしたのは、黒煙の中から姿を表した巨大な怪獣の姿だった。

 その双眸の前に、リョータは深い絶望を感じ取った。

 

 

 

―――14話に続く

 


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