留学生は侵略者!? メフィラス星人現る!   作:あじめし

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第13話「ゴーデスの復活」(中編)

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「お待ちしていました」

 

 久瀬病院に、2人のCREW GUYSの隊員が訪れた。彼らを呼んだ女性医師の北河朝日(きたがわ あさひ)は、ある病室の前で彼らを出迎える。

 

「お迎えにいけなくて、ごめんなさい」

 

 彼女は若干やつれた表情でそう言った。

 

「いえ。例の患者はここですか?」

 

 CREW GUYS日向副隊長は、病室の扉に向かって鋭い視線を向けた。

 

「佐久間、例の装置の準備は?」

「はぁ……はぁ……いつでも」

 

 佐久間隊員は引きずるように、巨大な四角い装置を持っていた。息を切らした彼は、苦しそうに膝に両手をついた。

 

「よし。では、入ろう。北河先生はここで待っていてください」

 

 2人は病室の扉を開けた。普段はVIP患者にあてがわれる部屋だが、ベッドには1人の少女が横たわっていた。

 

「ダディ……こいつはまずいな。計器が振り切れそうだ」

 

 佐久間の持っていた装置に取り付けられた小さな画面に、様々な数値が記録されていた。どれもデジタル数字が点滅するように数値を変えている。その点滅は、ベッドに近づくにつれてどんどん激しくなる。

 日向はそのデジタル数値を一瞥し、眉間に皺を寄せた。

 

「間違いない、ということだな?」

「おう……旧UMAメンバーからの連絡があって、まさかとは思ってたが・・・」

 

 その時、日向の持つ通信端末が着信を通知する。

 

「星川隊長、私です」

 

 彼は何度か相槌を打ち、手短に通信は終わった。

 

「佐久間、緊急発令だ。今すぐ久瀬病院の全患者を別施設に移送、今後本施設は封鎖する」

 

 

 

 CREW GUYS JAPAN作戦本部が設置されている基地「セイヴァー・ミラージュ」の緊張は、今最高潮に達していた。

 その中心で全隊員の指揮を取るのが、星川聖良隊長と、文官の佐滝(さたき)氏である。彼らはブリーフィングルームの中心に設置されている長方形の机を挟み、巨大なモニターに表示される様々なデータを目で追う。

 

「先ほど、内閣と衆議院、厚生労働省から抗議声明があったそうだよ。報告と承認無しに病院一つを封鎖するなんて、とな」

 

 佐滝は表情一つ変えず、視線一つ動かさず、そう言った。

 

「ご迷惑をおかけしました」

「謝る必要は無いよ。全てのバックアップは私が引き受けたのだからね」

「ありがとうございます」

 

 星川は頭を下げるが、佐滝は、止してくれと返す。

 

「して、星川隊長。現状と今後の対策は?」

「患者の移送は厳重に進めています。また、ゴーデス細胞を地球に持ち込んだ黒幕についての捜査も進めています。しかし……」

「君の言いたいことは、分かる」

 

 佐滝は立ち上がり、モニターの前まで近づいた。

 

「これは極めて政治的な判断と決定が必要になってくる。しかも日本だけの問題でもない」

「オーストラリア、ですか?」

「ああ。当然のことではあるが、あの国はことゴーデス細胞に関して過敏にならざるを得ない。そしてアメリカ。ホワイトハウスと合衆国議会は、患者の即処分を要求しているようだ。私はこれからホットラインで大統領と交渉するつもりだが、難しいだろう。彼らはいざとなれば、ここに核を打ち込んでくる覚悟すらある。8年前の怪獣事件ーー『ガイアインパクト』以来、ホワイトハウスは怪獣や宇宙人の事件には首を突っ込みたがる」

 

 ガイアインパクト――その言葉に、星川は思わず視線を机に落とす。

 

「ともかく、各国との政治的交渉は文官の我々に任せてくれ」

「ありがとうございます」

 

 佐滝がブリーフィングルームの出入り口の前に立った時、入れ違いにヒロ・ワタベ隊員が姿を現す。彼は、GUYSの中でも非戦闘活動を担当する部隊である『初期対応班』の一員である。高身長の美男子だが、その表情は硬い。

 

「隊長、いくつか報告が」

「聞きましょう」

 

 ワタベ隊員はタブレット端末を指で操作しながら続けた。

 

「北河夕花周辺の聞き込みによりゴーデス細胞の感染ルート絞り込みを試みましたが、やはり本人から聞けない限り特定は難しそうです。しかし一件気になる報告が」

「気になる?」

「はい。北河夕花の友人の佐滝鈴羽(さたき れいは)――佐滝高官のご令嬢ですが、彼女の証言によると、北河は長瀬唯というクラスメートと一緒に沙流駅前の映画館に行く約束をしていたようです。佐滝鈴羽は映画後の2人から写真が送られてきたと言っていました」

「その長瀬唯の動向は?」

「北河と同様に、本日学園を欠席しています」

「欠席理由は?」

「学園側は発熱と聞いているようです」

「それは本人からの電話だったのかしら?」

「いえ。父親からの連絡だそうです」

「もし長瀬さんがゴーデス細胞に憑りつかれたとしたら、病院に連れて行かないのはおかしいわね」

「はい。それと、この件で追加情報が。本日の長瀬唯の欠席と併せて、隣人の男子生徒が1人欠席していました」

「その生徒の名前は?」

「ニル=レオルトンという男子生徒です」

 

 星川の意識を、電撃のようにその名前が駆け抜けた。

 ――ニル=レオルトン。

 彼女は何度も、頭の中でその名を呼んだ。

 

「長瀬さんの欠席連絡は、本当に父親かしら……」

「学園側はそのように報告していましたが、何故ですか?」

 

 星川は、思考を切り替えてワタベに報告の続きを頼んだ。

 

「先ほど上がった情報なのですが、観測班が、地上と地球外を結ぶ電波を確認したようです。発信元は沙流市周辺ということは分かったのですが、その後NASAが使用している回線に紛れてしまったようで、発信先は不明とのことです」

「また、沙流市」

 

 星川の頭の中で、その地名が残響となってこびりついた。

 

「初対班の人員にはどれくらい余裕があるかしら?」

「正直ぎりぎりです。久瀬病院班と本部待機班に殆どのメンバーを配置していまして、北河夕花周辺の捜査班はかなり少ないのが現状です」

「ワタベくん、これから話すことは私とあなた、あなたの信用できる人物の間で内密にしてほしいのだけれど……」

 

 ワタベは一瞬目を見開いたが、すぐに平静を取り戻した。

 星川は一度微笑み、深呼吸をして、言った。

 

「長瀬唯とニル=レオルトンの身柄を確保して欲しいの」

 

 

 

 一方セイヴァー・ミラージュ内のメディケーションエリアの病室に、北河夕花は移送、隔離されていた。

 その病室の扉の前に、零洸未来は立っていた。

 扉を開けた彼女は、担当医師のサトウから様々な話を聞いた。

 それから改めてベッドに目を向ける。特殊なケースの中に居る彼女は、人口呼吸器に苦しげな息を吐いていた。

 

「サトウ先生。この病室は敵性宇宙人の侵入も有り得ます。護衛の許可を下さい」

「本当なら、危険だから許可しにくい所だが、今回ばかりは仕方ない」

 

 サトウは、机に広げられた数枚のカルテをまとめて退室した。

 夕日に照らされた病室の中で未来は、夕花の姿を凝視した。

 こんな小さな身体に、邪悪な意思が介在している―――未来は自分でも気づかないうちに、壁に右の拳をぶつけていた。

 

「許せない……!」

 

 未来の中に、明確な怒りと憎しみが渦巻く。濁流のように全身を駆け巡るそれは、やがて生温い澱となって彼女の心に滞留した。

 その時、ポケットに入れていた通信端末が着信を告げる。

 

『未来隊員。病室ね?』

「はい」

『もし私から連絡があった場合はその場を離れて出動してもらうわ。“ある場合”を除いて、あなたにはそこに居てもらう』

「ある場合?」

「現在、沙流市のある場所に捜査員を派遣したの。場所は長瀬唯とニル=レオルトンの居住しているアパートよ」

「な……」

 

 北河夕花にゴーデス細胞が憑りついていると発見されてすぐ、その接触経路の確定に神経が注がれた。ここに来る直前に隊員の間で共有された情報に、唯が第2の感染者の疑いと記されていたことを未来は不意に思い出した。

 

「しかし何故レオルトンが?」

『断定はできないけれど、彼が長瀬さんと接触した事実はあるわ。だから2人には話を聞かなければならないと考えています。でも何らかのトラブルが起きた場合は捜査員だけじゃ手に余るから、沙流市に一番詳しいあなたも加わって欲しいの』

「……GIG」

『友人二人のことで辛いとは思うけれど、ごめんなさい。私自身、あまり余裕が無いの』

 

 星川は電話の向こうで、自嘲めいた笑い声を口にした。

 

『それでは、引き続き警備をお願いね』

 

 通信は終わった。

 しかし未来の心を揺り動かしたさざ波は、収まろうとしなかった。

 

「一体……誰が敵なんだ」

 

 未来は、今にも歯が軋るのではないかというぐらい、歯を噛みしめていた。

 

「あまり激しい感情を表すものではないよ。もっとクールになると良い」

 

 未来は突然の声に、振り返って目を見開いた。

 

「あ、あなたは……」

「早く着きすぎたかな? 済まない、急いでいたもので」

 

 40代に差し掛かっていると見受けられる白人の男性は、その年齢にしてはあまりに精悍な身体を、ベッド脇の椅子に沈めた。

 

「自分の眼で見るまでは信じたくはなかったが……どうやら再会してしまったらしいな、ゴーデス細胞と」

「急な援助要請に感謝しています」

 

 未来は畏まって男に話しかける。

 

「初めまして、ミク隊員」

 

 男は立ち上がり、手を差し出す。

 

「僕はジャック=シンドー」

 

 ジャック=シンドー。

 怪獣や宇宙人がらみの職業についていて、彼の名前を知らない者は居なかった。

 かつてオーストラリアに本部のあった地球防衛組織『UMA』のエース隊員であり、2度のゴーデス細胞事件を解決に導いた男である。

 間違いなく、地球を救った英雄である。未来は緊張を隠せなかった。

 

「ハハハ。もっと気楽にして欲しいな」

 

 ジャックは未来の両肩をぽんぽんと叩いた。

 

「セイラに呼び出された時は何事かと思ったけれど、事態は深刻だね」

「はい」

 

 ジャックは立ったまま、ケースの奥の夕花を観察した。

 

「しかし焦る必要はない。彼女はまだ、生きようとしている」

「生きようと?」

「そう。ゴーデス細胞に対する一番の抵抗は、生きる意思だ」

「生きる、意思」

「そして、生きていてほしいと願うことも同じなんだ」

 

 ジャックは未来の右手を取る。

 

「憎むことではない。彼女の生きる意思と力を信じることが、今君がすべきことだ。しかしもちろん、戦わなければならない時が来る」

 

 ジャックは覚悟を決めた笑みを浮かべた。

 

「ゴーデスは復活させない。必ずだ」

「もちろんです」

 

 未来は憎しみからではなく、闘志を込めて、自分の右拳を強く握った。

 そして信じた。

 北河の生きる力を。

 友人――ニルのことを。

 

 

―――後編に続く


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