ゴーデス細胞。邪悪生命体ゴーデスを形作る細胞である。あらゆる生命体や惑星に憑依・融合し、宿主の生命力やエネルギーを全て奪いつくすことによって、ゴーデスの本来の姿に成長しようとする。
しかしゴーデス細胞が恐れられる大きな理由は、本体であるゴーデスの、あまりにも邪悪な意思である。ゴーデスは全宇宙の生命を全て自分と融合させ、最終的に滅亡させようとしている。その残酷な意思は細胞の一つ一つにまで浸透しており、細胞が取り付いた生物はゴーデスの意思にあてられて凶暴化する。
それ故、ゴーデスの復活は全宇宙のあらゆる生命にとっての脅威であり、恐怖である。
そんな悪魔のような細胞が、目の前の少女に取り着いている。
どうしてこんな物質が地球に……。待て、まさか先日のゴモラの凶暴化も、ゴーデス細胞によるものなのか?
だとすればソルは、今の私と同じことを考えたはずだ。
「今すぐ長瀬唯を……殺さねば」
第13話「ゴーデスの復活」
邪悪生命体 ゴーデス第2形態
登場
翌日の朝、まだ長瀬は生きていた。
私は長瀬を彼女のベッドに縛り付けた後、自室に戻り、パソコンであらゆる情報にアクセスした。GUYSのコンピュータや、ガッツ星人の円盤から接収したデータ、その他私が所有するあらゆる情報に目を通す。
その結果分かったことは1つ。
一度目を覚ましたゴーデス細胞を消し去るには、その宿主もろとも消すしかない。ゴーデス細胞だけを狙って滅することは不可能である、という研究結果だった。
気が付くと、時刻は既に午前9時。学園に行っている暇などないし、長瀬の分も連絡をしなければならない。まずは担任に自分の欠席の旨を伝える。その後変声機を使って長瀬の父親を演じ、彼女のクラス担任に電話を入れる。どちらも風邪を引いて寝込んでいると言っておいた。
私は長瀬の部屋に入り、彼女の様子を見る。
「はぁ……はぁ……うぅ」
苦悶の表情で顔が歪んでいた。いつもの元気過ぎる彼女の面影は、そこに全くなかった。
そんな彼女とは対照的に、胸に憑りついたゴーデス細胞は、脈々と成長していた。腫物のような物体は赤黒く、長瀬の肉体の一部が変化したものではないと分かる。先日見た時はできもの程度の大きさだったが、その大きさは目に見えて変わっていた。今は拳大のサイズになっている。いずれ長瀬はゴーデス細胞に生命力も意識もすべて奪われ、宇宙を滅亡させようとする邪悪な怪獣の一部となるだろう。
この様子だと……もってあと2日。その前に、彼女を殺さねばならない。
しかし隣人が死んだとなれば当然騒ぎになるし、下手をすれば私が容疑者として疑われる可能性は十分にある。殺すのは最終手段だ。その前に解決策を見つけたい。
私は自室のデータバンクにアクセスできるノートパソコンを持ち込み、長瀬の様子を見ながら情報収集にあたった。
3時間が経過したが、何の成果も得ることは出来なかった。ゴーデス細胞を外科手術で無理やり引き剥がそうとしたがゴーデス細胞が暴走して施設ごと爆発した事例だとか、ゴーデス細胞を用いた強化兵の研究だとか、参考になる情報は何もなかった。
「やはり、殺すしか――」
ピンポーン
誰だ? こんな時間に来客か?いや、取りあえず相手を確認して、無視しよう。私は気配を消しつつ玄関に向かい、ドアスコープを覗き込んだ。
杏城だと? 他に早坂と樫尾もいる。
「病院でしょうか?」
「寝てるのかもね。先にレオルトンくんの部屋に行ってみようか」
3人は私の部屋の方へ向かった。2人とも留守というのは若干不自然だが、ここで長瀬の症状を見られてしまうのは得策ではない。
だがいざとなれば、あの“能力”を使って3人の――
「レオルトンさんも留守みたいですわね。お見舞いできれば良かったのですが……」
「2人で病院に行ってるのかもな。しかたねェ、昼休みも終わっちまうし、学園に戻らねェと」
「そうですわね。残念ですけど、今日のところは。また帰りに寄ってみましょうか」
「そうしようぜ。最近物騒な事件もあるしよ、心配だからな」
杏城と樫尾の声がする。やがて3人の声は遠ざかっていき、アパートの階段を下りていった。
彼らが帰ったことを確認し、再び長瀬の元に戻る。
くそ……連中に、私と長瀬が一緒だと勘付かれたのは予想外だった。それに放課後に再び来た時、私たちがまた不在では病院に行っていたと言うには不自然だし、入院を偽装するのは難し――
「……ニル、センパイ?」
「気が付きましたか、長瀬さん」
「あれ……動けない」
「すみません。苦痛で暴れていたので、ベッドから転げ落ちないようにしていました。今解きます」
長瀬の身体はベッドごと縄で縛っていた。今まで暴れまわることは無かったので、拘束しなくても問題ないだろう。
「ふわ……私、服着てない……」
「ブラジャーはしているので大丈夫です」
「恥ずかしい……」
普通なら羞恥心で騒ぎ立てる(早馴の件で学習済み)はずだが、今の彼女にはそんな元気も余裕も無いのだ。今にも死にそうとまではいかないものの、ひどく衰弱しきっており、自分の胸の醜悪な物体にも全く気づいていない。
「看病して、くれてたんですか?」
「ええ。昨日学園から帰ってきたら、私の家の前で倒れていたんですよ。学園には欠席連絡をしておきましたので、問題はありません」
彼女は乱れた着衣を直すでもなく、布団を被って、再び枕に頭を落とす。
「私……死んじゃうのかな」
ノートパソコンを閉じる私の背中に向かって、彼女は話し続けた。その声は私というよりは、何も無い虚空に放たれているようだった。
「優しい男の人と結婚して、可愛い子どもと一緒に住んで……将来はそんな感じかなって、思ってました」
私は振り向かなかった。
「死にたくないなぁ」
今度は彼女の方を振り向く。
彼女は泣いていた。
長瀬は勘の強い少女だ。自分に取り付いたゴーデス細胞のことも、実は分かっているのかもしれないと錯覚するほど、彼女の表情からは諦念を感じた。
「……死ぬのは、嫌だなぁ」
「死にませんよ」
私は何を言っているのだろうか。
死ぬしかない、殺さなければならない相手に、私は慰めじみた言葉をかけていた。
「ただの病気です」
「もっと、ニルセンパイとも遊び――」
「死なせないと、言っています」
私は長瀬の頭に手を置いた。
「治します。私が必ず」
グロルーラから私を庇った早馴愛美は、言った。「失いたくない」と。
命を賭してまでも、私を救おうとした彼女は言ったのだ。
それが人間の強さへと繋がるのだろうか。
ならば私は、その意思を理解してみせよう。
長瀬を救うことで、その感情を、その想いを、その強さを。
「ニルセンパイ、助けて――」
彼女は再び、意識を失った。
それに長瀬を殺せば、足が付く。
あの学園の人間たちの証言があれば、すぐに私が最後に長瀬と一緒だったと露見する。たとえ長瀬の死体が出てこなくとも、彼女が行方不明になれば、怪しまれるのは私だ。
しかしゴーデス細胞を放置すれば、地球に甚大なダメージを与えかねないし、ソルやGUYSがゴーデスを撃破できる保障は無い。私が侵略する前に、この地球は滅びてしまうかもしれない。
一番適切な選択なのだ。
私は、彼女を救ってみせる。
―――中編に続く