「体育だぁぁぁぁぁ!!」
「はじけるぞぉぉぉぉぉぉ!!!」
4時限目は体育という授業だ。平時は人間の身体能力の差を鑑みて男女に分けられてはいるが、今日は担当教員が休みで自習となったため、全員が運動場に集合している。まだ暑さの残る校庭での体育だが、クラスメートたちは意気揚々といった様子で準備運動を始めていた。
「レオルトン君は体育楽しみ?」
「まぁまぁ楽しみです」
朝の一件以来、早坂とは教室でも話を交わすようになっていた。今の所女性陣とばかり交友を深めているような気がしていたので、男性とは殆ど話せていなかった。より良い潜入観察のためにも、男性の友人という存在が必要だと考えていたので、調度良かった。
「そっか。何だか無表情だから、楽しくないのかと思ったよ」
「いえ、そんなことは」
表情の使い方も至難である。私は早坂に見られぬよう、頬の筋肉を動かした。
そんな時に、ふと女子が準備御運動をしている様子が目に入った。
赤い髪を1つに結んだ早馴は、周りが準備運動をしている中に1人だけ座り込んで欠伸をしていた。そんな彼女を、杏城が無理やり立たせようとしているが、成果は得られていない。
それにしても、いくら暑いからといって、あのような格好は運動には不向きではないだろうか?あの無駄に裾丈の短い“ブルマ”という衣服は、運動中の怪我から足を保護してくれるとは考えられない。
そうやって観察しているうちに、何人かの女子生徒と目が合った。
「女子の方々が早坂さんに注目していますよ」
「えぇっ――って、皆が見てるのはレオルトン君のことだよ」
私の表情練習がそんなに不自然だったか……?
「私は目立っていますか?」
「そりゃもう!なんといっても、その見た目がね…」
「見た目?それが一体どうして――」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!もう我慢ならん!!!!」
その時、クラスメートの一人が全速力でこちらに近付いてきた。その勢いは尋常ではない。隣の早坂は完全に引いていた。
「貴様ぁぁぁぁあ!!!」
「早坂君、呼ばれていますよ」
「だから、呼ばれてるのはレオルトン君だってば!」
男は私の前に、仁王立ちで立ち塞がった。
背が高く、人間の言うところの“イケメン”であろう。しかしどこか狂気じみた必死さで迫る姿は……近づいてはならない変質者のそれである。
「おい貴様!俺の話を聞け!」
「はい」
「我が名は
「はい」
「一言言わせてもらおう。覚悟はいいか?」
「はい」
「貴様ぁ……!」
「はい」
「いきなり目立ち過ぎだ、ちやほやされ過ぎだ、モテすぎだっ!!」
「……はい?」
男は、私の両肩を掴んで激しく私を揺り動かす。こいつは一体何を興奮しているんだ? まるで意味が分からんぞ。
しかし早坂は訳知り顔でそれを見ているあたり、この男の異常な言動は日常茶飯事と見える。
「転校生なんてなぁ、来る前は恐ろしく注目されるものだ。だがな、実際に見てみるとしょーもない奴ばかり。注目はその日の朝で終了だ。分かるか?」
「はぁ」
「だが貴様はどうだ!? 転校生がイケメン? そんなの画面の向こう側だけにしておけぇっ!!」
「イケメン? それは申し訳ありません……」
「いや、謝る必要は無い。貴様が何をしようとも、貴様の時代は今ここで終わる」
「と言うと?」
「決闘だっ!!!」
草津は私と距離を取り、私を指差した。
「決闘?」
こいつ、真面目に言っているのか?
しかし面白い。脆弱な人間の中にも好戦的な個体もいるようだな。
「そうだ。このオレが貴様の敗北する姿を皆に見せつけてやろう」
「しかし、今は授業中ですよ?」
「安心しろ。今日は男女ともに担当教師が休みだ。この時間は自習となるだろう」
「分かりました。お受けします」
「ふっふっふっ……話が分かるじゃないか」
「盛り上がってるところ悪いが……自習とはいえ、クラス委員としてそのようなことは放置できない」
大声でまくし立てる草津をいさめるように、零洸が私たちの間に割って入った。彼女も立場上、草津の暴走を止めねばならないのだろう。
「良いではないか。皆もきっと喜ぶぞ」
「しかし――」
零洸は振り向いた瞬間、後ろの生徒たちの盛り上がり様に唖然としてしまった。
「いいぞーっ!!やれやれ!!!」
「イケメン同士潰し合え!!!」
外野(ほぼ男子)は既に決闘を楽しむ気で満々らしい。
「大丈夫だ。すぐに終わらせる」
「……仕方ない。怪我だけはするなよ?」
零洸も渋々ではあるが、草津の要請を了承した。クラス委員として放置できないと言ったのは誰だ。
「了解した。許可をどうも、未来ちゃん」
「……ちゃん付けはよせ。しかし気を付けてくれ。怪我をしたら許さないぞ」
「分かっているさ。さぁぁぁぁて!!今世紀最大の決闘が始まるぞっ!!」
「うぉぉぉぉぉ!!!」
男子一同が雄たけびを上げる。何が楽しいのか皆目見当がつかない。
「女子ぃぃぃ!!元気が無いぞぉぉぉ!!さぁ騒げぇ!!」
草津が、離れた所に集まる女子に向かって叫ぶ。
「……おー」
「よろしい!さて、競技内容だが、そこの美少女!……ほら、返事をするんだ逢夜乃!」
「わ、わたくしですか?」
草津は女子の集まりに混ざる杏城を私たちのもとに連れてきた。彼女は相当困惑しているようだ。
「競技内容を決めてくれ」
「そ、そうですわね……では徒競争?」
「了解した!!」
草津は杏城を抱きしめようとしたが、杏城は小さな叫び声をあげて逃げて行ってしまった。
「よかろう!レオルトンもいいな?」
「はい」
こうして我々は50m走で勝負することになった。元々測定で使用しているトラックがあったため、特に用意する必要は無かった。そのスタート地点に私たちは並び立つ。ゴール地点には、杏城が立っていた。
「これより、真のイケメン決定戦の始まりだ! まずはディフェンディングチャンピオン! 頭脳明晰、運動神経抜群、洗練された美! 草津ぅぅぅ!!!」
「勝手にチャンピオン名乗るんじゃねぇぇぇ!」
「くたばれぇぇぇ!!」
外野からヤジが飛ぶ。
「対する挑戦者ぁ! ぽっと出野郎のニル=レオルトン!」
「実況まで自分でやるんじゃねぇぇ!!」
「イケメンには死をぉぉぉ!!」
もはや男子は暴徒だ。
「レオルトン君頑張ってぇー!」
「観てるよー!」
女子からは、対照的に黄色い歓声が飛んでくる。
「スタートコールは我がクラスの委員長、零洸未来。判定は提案者の杏城逢夜乃にお願いした。さぁ!スタートコールを」
「ああ。位置について」
零洸はやれやれといった感じで草津に従った。委員長としての責任を感じているのかもしれない。
人間の全力疾走のレベルに合わせるのは容易ではなさそうだが、ここは適当にこなそう。
「スタート!」
「トュワァァァァ!!!」
早い。間抜けな叫び声だが、人間はなかなかに足が速いようだ。1メートルは離されてしまったか。
だがこの程度、圧倒的に追い抜くことも可能だ。しかしずば抜けた身体能力を晒すのは今後の事を考えると得策ではない。(こいつ人間か?などと疑われたら困る)
ならば、ここで私が取るべき行動は――
「ゴール!」
杏城がゴールを告げる。
[嘘…」
「信じらんない…」
同じくゴール地点に集まっていた女子たちは、結果に驚きを隠せずにいた。
「結果は!?」
草津がこめかみに汗を浮かべながら大声で言った。その姿はさながら爽やかなスポーツ選手だが、動機がくだらなすぎて失笑ものだ。
「引き分け、ですわ」
「っ!? 本当か?」
草津が驚くのも無理は無い。出来るだけ奴に合わせて走ったのだ。
「スロー映像でもあれば分かりませんけど、わたくしが見る限りは」
「まぁ、その程度の誤差などどうでもいい」
「引き分け、ですか」
「そうだな、ニル=レオルトン。だったら2回戦だ! そこの美少女ぉ! ……返事が無いぞ、愛美ちゃん」
草津は再び女子の集団の中へ入り込み、そこから一人を選んで私のもとに連れてきた。
「ちゃん付けしないでよ、気持ち悪い。てか、なんで私?」
「そう気張るな。絶対に勝ち負けがつく競技にしてくれ」
「めんどくさいから、ジャンケンね」
「ジャンケンだと?真面目に決めてくれ」
「じゃあ、じゃんけんプラスあっちむいてほい」
「よかろう!」
今の判断の違いがよく分からないが、まぁいいだろう。
「いいでしょう」
私に断る理由は無い。何であろうと軽くこなしてやる。
「いくぞ……レオルトン」
じゃんけん程度に力み過ぎだろうとは思うが…奴も本気という証拠だ。あえて指摘はしない。
「じゃん!」
「けん」
「ポォォン! ――あっちむいてほいぃっ!」
「……」
「……くっ、ふははははははっ!!俺の勝ちだぁぁぁ!!」
「……参りました」
草津は着ていたTシャツを脱いで放り投げる程に喜んでいるが、これは私が仕向けた結果だ。私の動体視力をもってすれば、人間の動きなど止まっているように見えるのだ。
ここで負けておけば、もう私が今後注目されることは無いだろう。それに、この草津という男が悔しがってさらに荒れる姿は見ていられない。
「ふぅ、これで女の子は俺の姿に感動し、周りに群がって―――」
「レオルトンくんすごーっい!」
「運動も凄くできるじゃん!」
「ますますカッコいい!」
私はあっという間に女子勢に囲まれてしまった。
「ぜひ我が陸上部に!」
「弟子入りさせてくれぇぇ」
そして男子からも、やじではなく賞賛の声が上がった。負けてしまったのにこの扱いはなんだろうか。
「ちょ、ちょっと待て。何故だ…どうしてこんなことに!」
先程まで勝利をかみしめていた草津は、絶望の表情を浮かべて地に膝をついた。
「だって草津って顔イイし、色々凄いんだけど…」
「言動がキモチワルイんだよね」
「がーん」
草津は女子生徒たちの言葉にショックを受けたのか、気絶したようにぐらりと地面に倒れた。
その身体は、後ろに立っていた樫尾が支えてやっていた。
「いやぁ、なかなかやるじゃねぇか、レオルトン」
「いえいえ」
「謙遜しなくたっていいぜ。ああ見えて草津の身体能力は異常だ。奴の足の速さも全国でもトップクラスらしいしな」
「それは本当ですか?」
「おう。それと引き分けたお前もすげぇよ」
……しまった。
まさか草津がそこまでの男だったとは。無難な能力を示すはずが、裏目に出たか。
「レオルトン!」
勢いを取り戻した草津が、再び私の正面に立った。
「まだ何か?」
「この決闘、勝者はこの俺だ」
「ええ。感服しました」
「しかし、俺は結果的にお前に負けた。真の勝者はお前だ、レオルトン。だから――」
「だから?」
「今日から親友になってもらうぞ!」
「え、ええ、どうぞ」
「ふっははははは!!今日からよろしく頼むぞ、我が大親友! 心の友!」
よく分からないが、妙な難癖を付けられるのが終わったのなら良しとしよう。
それにしても人間とは実に面白い。
見かけによらず良心的な者、社交力のある者、うるさいただの馬鹿――挙げると切りが無い程の個体差が存在する。
これほど個体間の差が大きい生物は相当珍しいと思われる。
どうやら私の人間観察は手応えのあるものになりそうだ。
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深夜1時、GUYS・JAPANフクオカ支部。
「はぁ……今日も疲れたなぁ」
「まったくだ。相変わらず平和だっていうのに」
2人の隊員が、夜間巡回に当たっていた。
「だよなぁ。そうだこの後――」
突如、片方の隊員の意識が飛ぶ。
「ん?どうした? おいっ! しっかりしろ!」
もう片方の隊員が、倒れた相方の身体を揺り動かすが、彼はぴくりとも動かなかった。
「――はどこだ」
「え」
隊員の背中に、銃口が押し当てられる。
「光の戦士“ソル”はどこだと聞いている」
「そ、そんな奴は知らないっ!」
「ならば死ね」
「そんな――」
銃声が、薄暗い基地の廊下に響いた。
―――第2話へ続く