次回は第一部最終章ということで、某有名宇宙人が登場予定です。
ご期待ください。
朝になった。
私は雪宮の尋問を中断し、GUYSの交信やコンピュータ上のやり取りの傍受に集中していた。
雪宮がGUYSの監視員に攻撃したせいで、私の周辺の監視が緩むことは無かった。
「いつまでこうする気?」
雪宮はまるで他人事のように、私に問いかける。裸で立たされたまま拘束されているにもかかわらず、全く疲弊している様子もない。
「貴女が仲間のことを話してくれるまでは」
「それは永遠に無い」
「強情ですね」
情報を吐かせたいが、いつまでも雪宮を拘束しておく訳にはいかない。どうしたものか。
その時、家のインターフォンが鳴った。
GUYSか? このまま無視するのも手だ。
しかしインターフォンは絶えず鳴り続ける。一体誰だ?
「声を出さずに待っていてください」
万が一私が窮地に立てば、雪宮の正体もGUYSに伝わるようにしてある。それを分かっている雪宮は、黙って頷いた。
私はリビングと廊下を仕切る扉を閉め、玄関の前に立った。
「どちら様ですか?」
「私です! 隣の美少女、長瀬唯ですー!」
なんだお前か。私は鍵を開けた。
「おはようございま――」
「わ、私……
「……丸焼きは料理の内に入りますかね?」
扉の向こうに立っていたのは、長瀬唯ではなかった。見知らぬ少女がひどく赤面しながら、涙目になっている。
「ちょっとニルセンパイ。冷静にツッコまないでくださいよっ」
長瀬が、少女の横からひょっこりと顔を出す。
「やはりあなたでしたか」
「流石わたし!期待度No1!」
「この方は?」
「私の大親友、北河夕花です!」
北河という少女は、長瀬と同じクラスの女子生徒だそうだ。長瀬と仲が良いと聞いて、どんな騒がしい娘かと思ったが、真面目そうで好感の持てる印象だった。
「この人はニルセンパイ!私のお隣さんなの!すっごく面白いんだよ~」
「えぇ……よくわかんないよぉ」
「じゃあニルセンパイ! 一発芸お願いします!」
「芸を披露した記憶はありませんが」
「まぁまぁ、細かいことは気にせ――むむ!?」
長瀬が鼻をくんくんとしながら、私に近づいてくる。
「唯?どうしたの?」
北河が訝しげに長瀬の肩に手を置くが、彼女は意に介さない。
「……ほぉ、ニルセンパイ。何だかお部屋の奥からあまぁーい香りがしますねぇ」
「はて、何の匂いでしょう?」
こいつ…雪宮の存在に気付いたのか?
だとしたらこいつの嗅覚は犬並みじゃないか。
「へへへ~しらばっくれても無駄ですよ。昨日、女の人を連れ込んでましたな?」
「そんなことは断じて――」
ガラガラガラ
リビングの方から、窓が開かれる音がした。
「も、もももしかして……その女の人がまだ中に?」
北河までもが長瀬の言葉を真に受けている。
「2人とも、大人しく待っていてください」
私は半ば強制的に扉を閉め、部屋の中へ戻った。
リビングに通じる扉を開けると、先程まで拘束されていたはずの雪宮が消えていた。代わりに、空いた窓から冷たい風が流れ込んでいた。
「ニルせんぱーい!」
「……今行きます」
私は軽くパソコンの画面をチェックした。GUYSの監視員が動く気配はない。雪宮の奴、察知されずに上手いこと逃亡したようだな。
取りあえず雪宮の追跡は後回しにして、今は学園に向かおう。
「お待たせしました」
「遅いですよぉ! 彼女さんは大丈夫でした?」
「そんなものいません」
「まぁまぁ照れなさんな! さてさて、学校に行きましょー!」
長瀬は何事も無かったかのように、北河の手を引っ張って通学の途についた。今日は機嫌が良いのかどうか知らないが、彼女はとにかく寄り道をする。犬を見つければ撫でに行くし、赤子を見つければ声をかけに行く。老人がいれば、進んで荷物を持ってやっている。
北河はもう慣れているのか、長瀬の行動に振り回されず、落ち着いて付いて行ったり行かなかったりする。
「レオルトンさんは、アメリカから来たんですか?」
「はい。留学目的で」
「私の友達に帰国子女がいるんですよ」
「え!? 誰誰!」
猫を追い回していた長瀬は、ようやく私たちに追い付いてきた。
「
「ぜーんぜんしらなかったよ!」
「よく英語の宿題見てもらってたでしょ」
「あれー? そうだったかな」
「もう、唯ちゃんったら。そうだ、私は日直だから先に行くね」
「お気をつけて」
北河はうやうやしく一礼し、小走りで先に行った。
「また後でー! 今日の放課後遅れないでねーっ」
長瀬はぶんぶんと手を振り見送った。それからは、私たち二人だけの登校だ。
「あ、最初に言っておきますね。夕花には手を出したらあかんですよ」
「そんな邪な気は最初からありません」
「夕花のお姉ちゃん、怒ったら怖いんですから。ニルセンパイ女たらしだから心配だなぁ」
「人聞き悪いですよ」
「だって、うちの学年じゃすごく噂になってますよ? 転校生のイケメン先輩は年齢問わず手を出すって」
「だ、誰がそんな噂を……」
「普通にみんな見てるじゃないですか。ある時は愛美センパイをお姫様だっこし、ある時は夜道を未来センパイと並んで歩き、ある時は雪宮センパイとデート、ある時は可愛い後輩2人に囲まれて登校。もう両手どころか両手足に花ですねっ」
「長瀬さんも花に含まれていますよ。それでよろしいのですか?」
「……あ」
長瀬はゆでだこのように顔が真っ赤になった。
「……て、照れますね」
「今更ですか……」
「あわわわわっ! ホント今更気付いちゃいましたよ! 私までニルセンパイの花になっちゃってましたぁ! せ、責任とって下さいよおばかぁぁぁ~」
こうして彼女は一人、暴走して走り去っていった。
彼女が見えなくなってから、不意に後ろを振り返る。
やはりそうだ…気配がない。
今日の朝から、私の自宅周辺に居た監視員が、私に付いて来なくなった。GUYSの通信では何の情報も無かったが、恐らく直接の指令で私の監視解除が言い渡されたのだろう。少し集中して周囲を探りながら歩いたが、私をつけるような動作をする者は居なかった。
ひとまず、問題はクリアと言っていい。
しかし、また別の問題が浮上してきたな…
第11話「転校生の恋愛事情」
雪宮との対決から2週間が過ぎた。ニル=レオルトンとして生活を始めてから、はや2ケ月である。ペダン星人に始まり3体の宇宙人を相手にしたが、その内2人は私の正体を知っていた。
何者かが裏で糸を引いている可能性がある――私はそう考えざるを得なかった。
「よ! おはよう、レオルトン」
同じクラスの男子生徒が、私の肩を軽く叩く。色々と考えるうちに、もう校門近くまで来ていた。
「おはようございます」
「あのさ、今日また数学のノート貸してくんね?」
「喜んで。後で渡しますよ」
「さんきゅー!」
彼は別の友人たちと駆け足で、校門を抜けていった。
敵の正体を考えることは重要だが、こうして何不自然なく学生を演じることも重要である。そもそも私の正体が知られたのは、学生としての潜入技術の拙さが原因かもしれないのだ。
「レオルトン君、おはよっ!」
今度は女子のクラスメートだ。
「おはようございます。今日も笑顔が素敵ですね」
「あ、う、うんっ」
男女問わずに学生らしく、きちんと親切に接するよう心がけよう。きちんと人間たちに馴染むのだ。
「ニルくんも、格好いいよ?」
「ありがとうございます」
もちろん笑顔も忘れない。
「ま、またねっ!」
彼女は顔を真っ赤にして走り去っていった。
これで良い。私は何処から見ても、普通の男子学生だ。
それから数人のクラスメートとも挨拶を交わし、昇降口で靴を履き替え、校舎に入る。
「……ニル=レオルトン」
私の背後から、無機質な声が届く。
「……雪宮さん。おはようございます」
2週間ぶりに見た彼女は、何事も無かったように私を見つめていた。
「……何か?」
「別に」
彼女は少しも表情を変えないまま、私に背を向けて廊下の先へ消えていった。
「あらー?レオルトン君、久しぶりっ」
今度は別の声が私の名前を呼んだ。
振り返ると、紫苑レムがにこやかに手を振りながら近づいてきた。
「紫苑先生、おはようございます。もう退院なさったのですね」
「おはよう。ちょっと前に退院していたのだけど、休みをもらって実家に帰ってたのよ」
洗脳された生徒から私を救った際の怪我は、見ただけでは何も分からなかった。
「あの時は本当にありがとうございました」
「いいのよ。先生として当然のことですから」
偉そうなことを言いつつも、彼女はわざとらしく胸を張っていた。
「ところでレオルトン君。きみって、雪宮悠氷ちゃんと仲良しなの?」
「仲良し、と言うほどではありませんが、一度休日に食事をしたことがあります」
「なにそれ、デートじゃない」
「デートではありません」
とはいえ、あの日雪宮はしきりに「デート」と言い張っていたが。
「それにしては、さっきは意味ありげな視線を交わしていたようだけれど?」
「……それは気のせいです」
「あらそう。ん? ちょっと目を閉じて」
「一体何故――」
「いいから。閉じて?」
私は仕方なしに、言われたとおりに目をつむった。
「動かないでね……」
紫苑の顔が近づいて来るのが分かる。
彼女の吐息が、かすかに私の鼻にかかった。
「うん、もう大丈夫」
目を開けると、紫苑の顔は既に離れた所にあった。彼女は右手の指先で、何かをつまんでいる。
「まつ毛、目の下に付いていたわ」
「それはご親切に。ありがとうございます」
「もしかして、ちょっとびっくりした?」
「はい。接吻でもされるのかと思いました」
「ふふっ。冗談はよしなさいな。じゃあね」
彼女ははにかんで手を振り、職員室の方へ歩いて行った。
それから私は、階段を上って2階の教室に向かった。教室の扉に手をかける頃には、もう登校時間のぎりぎりの時刻である。
「おはようございま――」
「おはようございます。レオルトンさん」
教室の引き戸を開けると、目の前に杏城が立ち塞がった。
「少し、お話しよろしいですか?」
彼女はひきつった笑顔で、私の席まで付いて来た。
「お話しというのは――」
「これ、見て下さる?」
杏城は一枚の紙を私の机に置いた。『執行委員会定例会議議事録』となっている。
「その一番下の部分ですわ……」
彼女はなおも、引きつらせた笑顔を崩さない。
私は書類の冒頭と中盤を読み飛ばし、最後の「学園内の風紀について」という項に目を通す。
「これは……」
「お読みになられましたか?」
「一体、どういうことですか」
「それは、わたくしのセリフですわ!」
彼女の両手が、私の机を叩く。
「私には、身に覚えがありません」
「じゃあこの目撃証言は、一体何ですのよ!」
彼女の指が、ある文章を指す。
「2人とも、一体どうしたの?」
杏城の背後に、早馴が立っていた。
彼女は、杏城が指差している紙を覗き込んだ。
「えっと、これは――」
「……3丁目のスーパーで、1年生の女子生徒と一緒に買い物をしていた……休日、公園で3年生の女子生徒と仲睦まじく並んで座っていた……校内でクラスメートをいやらしい手つきで抱きかかえていた……2年生のニル=レオルトンが、女子生徒との過剰かつ不純なスキンシップを取っていると結論付けるしかない……何これ」
早馴は呆れたように、私と杏城に目を向ける
「文面の通りですわ! 昨日の委員会の会議での一番の議題はこれなんですの…!」
杏城はわなわなと震えながら、目を赤くして私を見た。
「わたくし、レオルトンさんがそんなつもりで女性と接しているとは、全く思っておりませんわ! でも……こうして他の生徒から誹謗を受けていると知り、居ても立ってもいられなくなりましたのよ!」
杏城は目に涙を浮かばせながら、まくし立てていた。教室中の視線が彼女に集まっている。
「わたくし、このままレオルトンさんがいわれの無い中傷を受け続けるなんて、放っておけませんの!」
「逢夜乃、ちょっと落ち着いて、ね?」
早馴がやれやれといった感じで杏城を自分の席に座らせた。
「ニル」
「はい」
「このドスケベ女好きぽんち」
「ぽんちとは」
「ふんっ」
早馴は怒ったように鼻を鳴らし、そっぽを向いてしまった。
2週間前、長瀬との会話の中で浮上した問題が、ついに現実化してしまったようだ。
これは何らかの対策が必要だな……。
「そういうわけなのですが」
「それは自慢か貴様ぁぁぁ!!」
草津の叫び声に、食堂に来ている人間が一斉にこちらを振り向いた。
昼休み、私は草津、樫尾、早坂と食事を共にするついでに、例の問題について話してみた。
「落ち着け草津。真面目に聞いてやろうじゃねぇか。なァ?」
樫尾は歯軋りを立てて息を荒げる草津を、なんとか押さえ込んでいた。
「そうそう。ニルくんからの相談なんて、なんだか新鮮だものね」
早坂の言う通りだ。人間に悩み相談をすることになるとは思ってもみなかったが、人間関係のトラブルは人間が一番の専門家だからな。無駄ではないはずだ。
「で、話を戻すと、要はいつの間にか自分が女たらしになってたことが、問題なわけだよね?」
早坂の言葉に、樫尾も草津も悩む様子も無く、言い返す。
「まァ早い話が、これは原因がお前にあるな」
「貴様のような誠実の欠片も無い男には、天罰が下されるのだ」
「草津君も似たような感じだけどね……」
「早坂の戯言はともかく、事態はお前が思っている以上に危険だぞ。一部ではお前のことを『色狂いのアメリカン』と罵る者までいるのだ」
「色狂いだなんて…」
早坂が哀れむように私を見る。
「どうすれば、その汚名を返上できるでしょう。女たらしだと言われるのはもう嫌です」
「どうすれば、か」
樫尾は今度こそ考える素振りを見せた。
「……一途な男だと思わせられればいいんじゃねぇか?1人の女しか愛さねぇ男だってな」
「樫尾さん……ぷっ」
「て、てめェ早坂!なんで笑いやがった!」
「ご、ごめんなさいごめんなさい! だって、樫尾さん顔真っ赤だから……」
「後で覚えていやがれェ」
「樫尾、なかなか良いことを言ったじゃないか」
草津がにんまりとして樫尾を見る。
「そ、そうか?」
「ああ! レオルトン、お前は的を絞れば良いのだ。それ意外には弾を撃たない。それが鉄則だ」
「つまるところ、誰かとお付き合いしろと?」
一瞬、こいつは何を言っているのだと困惑したが、たしかに良い方法かもしれない。1人の女性と交際するのは、一般的な人間の行動規範に合致する。
「でもそういう理由で彼女を作るのはどうなんだろう? あんまり善良じゃない気が…」
「違いねェ。本当に好きになった女ができた時にしか使えない手だ」
しかし早坂と樫尾は賛成しかねるようだった。
「ふん。レオルトンに好きな女がいれば問題なかろう。どうなんだ?」
「そんな人、今の私にはいませんよ」
この先そんな人間は現れない。
私は人間ではないのだから。
「ふははは! ならば解決法は決まったな。貴様はもう金輪際女性と話すのを止めれば良いのだ! そうすれば自ずと俺の時代が帰ってくる」
「草津くん……それで他の女の子が草津くんになびくとは、限らないよ」
「そんな馬鹿な! みんな照れ隠しで俺に厳しく接しているはず。違うのか早坂!」
草津は早坂の両肩をわし掴みにして、身体を思い切り揺さぶった。
「相席、良いだろうか?」
振り返ると、そこにはお盆を持った零洸が立っていた。彼女の後ろには早馴もいる。
「もちろんだ! おすすめは俺の隣の席だぞ!」
2人は草津を避けるように、空いた席に座っていった。
「隣、良いか?」
「もちろん」
零洸は迷わずに私の席に座った。まだ私のマークを外す気は無いのだろうか。
「ところでキミたち、もう少し食事中は静かにできないのか?」
「未来よ。お前は何も分かっていないぞ。俺たちは親友レオルトンの将来について熱い議論を交わしていたのだ」
「それ、今朝の話でしょ?」
零洸と草津の会話に、早馴が割って入った。
「別に気にしなくて良いんじゃない?」
「愛美。これはレオルトンにとっても、俺にとっても重要な議題なのだ」
「なんで草津に関係あるのよ」
「レオルトンが女子生徒の間で人気があることは、5万歩譲って認めるとしよう。しかしだな、レオルトンにとってそれは窮屈であろう。もっとこの男に、自由な恋愛をさせたいのだよ、俺は!」
「何度も言うけど、ニルくんの代わりに草津君がモテることは無いと思うけどなぁ」
「早坂ぁ! 貴様は黙っていろ!」
「ニルは、好きな人とかいるの?」
早馴が、皿に乗った卵焼きを箸で割りながら、聞いてくる。
「私にはまだ」
「……ふーん」
早馴は私をじっと見ながら、卵焼きを口に入れていた。
「そうだ、ニルくん。せめて好きなタイプを公言してみたらどうかな? そしたら好きな人がいることを仄めかせると思わない?」
早坂の提案に、意外にも他の者も賛成し始めた。
「好きな女性のタイプですか?」
そんなこと考えたことも無かった。しかし人間として生活する以上、そういったことも考えなければならないのか。人間というのは難しい生き物である。
「私は……そうですね」
正直分からん。ここは、一般的にまともな女性像でも挙げておこう。
「真面目で、芯の強い女性は良いと思いますが――」
「真面目、芯が強い……ぱっと思いついたのは、零洸さんかもね」
早坂の言葉に、場が一瞬凍りついた。
「え、えっと……何かまず――」
「ゆ、許さんぞレオルトン! 貴様に未来は千年早いわぁっ!」
「ニルみたいな、その、女たらしは、未来はダメ!」
草津と早馴が立ち上がり、猛抗議する。私自身呆気に取られてしまった。
「お、落ち着かないか。まだレオルトンは何も言ってないぞ……」
零洸は努めて冷静にそう言うが、何故か動揺している。さっきからおかずの豆を箸で拾い損ねているぞ。
「おい貴様。結局、お前は未来が好きなのか?」
草津がテーブルを越えて、思いきり私に顔を近づけてくる。
「ですから、好きな女性のタイプの話であって、恋愛感情云々の話ではありません」
「その通りだ。まだ彼は私が好きなどと、一言も言っていないだろう?」
「ま、まだとは何だ未来ぅ!!」
「草津……少しキミは落ち着いたらどうだ」
それから間もなく、昼休みが終わりに近づいてきたため、私たちは揃って教室に戻ることにした。草津は何故か意気消沈しており、樫尾におぶわれる始末であった。
「そうだ、レオルトン。今日の放課後時間はあるだろうか?」
食堂からの帰り道、零洸が唐突に声をかけてきた。
「時間はありますが、何かご用ですか?」
「次のロングホームルームで使う資料の作成を先生に頼まれているのだが、庶務の君に手伝ってもらえと言われているんだ。良いだろうか?」
「分かりました。喜んでお受けします」
零洸め、まだ私をしつこく監視する気だろうか。まぁ良い。こんなことでぼろを出すなど――
「それ、私もやる」
「本当か?愛美」
「うん」
何故か早馴も、放課後の手伝いを申し出てきた。
「早馴さん、私一人でも充分――」
「いいのっ。私も、何となくやりたい気分なの」
早馴はむくれた表情をしているものの、何故か顔を赤らめていた。
放課後となり、私と零洸、そして珍しくも早馴が私の机を囲んで作業に取り掛かる。
「飽きてきた」
しかし昼休みに見せたやる気は何処へ行ってしまったのか、早馴は早々に文句を垂れている。だが放り出さずに根気よく続けていたのは意外であった。
「レオルトン、学園は慣れたか?」
突然零洸が話しだす。
「そうですね。皆さん色々と良くしてくれましたので」
「友達もすっかり増えただろう」
「ええ」
「愛美とも仲が良いしな」
「ちょ、急にびっくりするなぁ」
早馴はたじろいて、ホチキスを落とす。
「何か変なことを言ったか?」
「う、ううん」
早馴は窓の方に顔を向けた。
そんな彼女の様子を、零洸はどこか愛おしげに見つめていた。
「零洸さん、何だか嬉しそうですね」
「私が?」
「ええ。とても素敵な笑顔をしていますよ」
零洸は自分の頬に手を触れた。
「……そうか、そうだな」
零洸は、照れたような顔をしていた。
「……ふーん」
「どうしました、早馴さん?」
彼女はいつの間にか、私と零洸の顔を見比べていた。そして小さく鼻を鳴らした。
「何でもないっ。もう早く帰りたいから、とっとと終わらせよっ」
何故か早馴は機嫌が悪そうに、作業に没頭した。私も零洸も、理由が分からず首を傾げるばかりだった。
「最近さ、2人仲良いよね」
17時過ぎ、私と早馴は2人で並んで歩いていた。零洸は家の方向が違うので、途中で別れた。私の監視をする気が有るのか無いのか、よく分からない女だ。
「2人?誰のことです?」
「未来と」
「私が?」
「うん」
早馴は先ほどの不機嫌を引きずっているのか、素っ気ない言い方ばかりしていた。
「普通、だと思いますが」
「てか、ニルはみんなと仲良いもんね。モテるし」
「それ、実は今気にしてます」
「うそつけっ」
少しだけ、彼女は笑った。
「本当ですよ。正直に言いますけど、別に女性に好かれたいと思って行動したことなんて一度もありません」
「本当かなー?」
「神に誓います」
と言った私の顔を、彼女は覗き込むように見つめてきた。
「……大げさ」
彼女はまた、笑った。
「知ってる? ニルのファンクラブが学園にあるんだって」
「ファンクラブ? アイドルや芸能人の熱狂的ファンが徒党を組むあれ、ですか?」
「私、勧誘されたことあるよ」
「どうしてでしょうね」
「ニルのせいですっ。この前恥ずかしい格好、私にさせたから」
私は以前、早馴を保健室に運ぶため、彼女を抱きかかえて校内を歩いたことを思い出した。
「私は、学園の全ての人に良く思われたいとは思いません。近くに居る、仲が良い人達にさえ信じてもらえれば」
私は人気者になりたいわけではない。深く分析をするための、数人の人間とさえ交友を深めることができれば、それで充分なのだ。無駄に人間関係を広めても、非効率なのだから。
「……だから、未来とも仲良しなの?」
「昼休みのお話しなら、色々と勘違いですよ。私は零洸さんに恋愛感情を抱いているわけではありません」
「でも、最近ずっと一緒にいるじゃん。タイプだって言ってたし」
「タイプも何も、好きになるとすれば、一番長く近くに居る相手だと思いますよ。強いて言うのであれば、それは早馴さんではないですか?」
早馴は急に立ち止まる。
「早馴さん?」
私は振り返り、俯く彼女の顔を覗き見る。
「み、見るなぁ!」
手で顔を隠そうとする彼女の頬には、赤みが差していた。まるで湯でだこである。
「違いましたか? こうしてよく一緒に帰っていますし、席も隣ですし」
「そ、そんなの、分かんないよぉ……」
早馴は顔を抑えたまま、私を追い抜かして速足で歩いて行ってしまった。
「待ってください」
「うるさいっ」
私は何か、怒らせるようなことを言ってしまったのだろうか?
人間の感情と言うのは、まったく分かりづらいものである。
―――12話に続く