5枚の羽根を模したエンブレム。
紛れもなくそれは、異星人と怪獣からこの地球を防衛するGUYSの実戦部隊『CREW GUYS』の隊員である証である。
「レオルトン、助けに来た!」
零洸未来は、GUYSの一員だったのだ。
「レオルトン、その場を離れられるか?」
「分かりました」
私は、動かないグロルーラから目を離さないまま、ゆっくりと距離を取る。グロルーラは追おうとはしなかった。
「武器をしまえ。お前は包囲されている」
そして零洸の言葉通り、周りからGUYSの隊員たちが次々と現れ、グロルーラを中心に円形の布陣を組んでいる。彼らはCREW GUYSとは異なる灰色の制服と防弾チョッキを身に付け、そのいずれの胸元にもGUYSのエンブレムが描かれていた。
「零洸隊員、あまり前に出過ぎるな」
しかしただ一人、オレンジ色の戦闘服の男が混じっていた。彼がおそらく、CREW GUYSの構成員であろう。
「日向副隊長。GIG」
「恐らくこいつはグ――」
零洸に日向と呼ばれた男が何かを言おうとした瞬間、グロルーラが右腕を振り上げた。
「撃て!」
日向の一言で、隊員たちが一斉に射撃を開始する。私は急ぎ、グロルーラから離れた。
光線銃――たしか従来のトライガ―ショットを改良した新兵器“スプレンディッド・ガン”と言ったか――から放たれた光線は、グロルーラの肉体を確実に削っていた。
「肩を狙え!腕を落とすんだ!」
日向の指示で、光線がグロルーラの両肩に集中した。何かが砕ける音と共に、奴の両肩が爆散し、両腕が地面に落ちて砕けた。解けた氷の地面から立ち上る水蒸気によって、グロルーラの姿は見えなくなった。
「射撃を止めるな!」
日向が叫ぶ。しかし射撃第二波は無い。
「ぐわぁ!」
「ごふぇっ!」
4人の隊員が、一気に倒れる。最後に倒れた隊員の後ろに、グロルーラは立っていた。破壊されたはずの腕は、いつの間にか再生していた。そして、周囲の気温が急激に下がる。白い冷気が彼女を中心に広がり、隊員たちが持っていた拳銃が一瞬で氷づけになった。
「何!?」
零洸はじめ、生き残った隊員たちの気が取られた隙に、グロルーラは高く跳躍してその場から姿を消した。彼女は建物の屋根を飛び石のように踏みながら、どこかへ消えていった。
「逃げられたか……」
零洸は悔しげに、夕焼け空を見上げた。
そして彼女は、こちらに視線を向けた。その表情は、何かを問いたげな感じだった。
第10話「見えない謀略」
冷凍星人 グロルーラ
登場
「うぅ……あれ?」
「目が覚めましたか?早馴さん」
「ニル……ここどこ?」
病院着姿の早馴はベッドからゆっくりと上体を起こすと、きょろきょろと辺りを見回した。
「ここは久瀬病院です。GUYSの方に運ばれたんですよ」
「そっか……怪人に襲われて」
「ええ。急激な体温の低下で意識を失っただけで、後遺症も怪我も無いようです。かなりの時間眠ってはいましたが」
窓から見える町の色は、すでに暗い。グロルーラとの接触から6時間ほど経過していた。
「それより、ニルは大丈夫なの!? 私が行った時、お腹抑えてなかった?」
「平気です」
私はシャツの裾を上げて、腹を見せた。ダメージは残っているが、自己再生によって一見分からないくらいにカムフラージュをしていた。それに包帯を巻かれていて、素肌はあまり見えていない。
「きゅ、急に脱がないでよ!」
「あ、すみません」
「でも……本当に良かった」
彼女は、急に私の手を握った。彼女の手は震えていた。
「どうして、泣いているのですか?」
「死んじゃうかと思った……!」
早馴は私から手を離し、涙をぬぐいながら背を向けた。
「目が覚めたか」
気づくと、病室の出入り口に零洸が立っていた。
「未来――」
「愛美!」
零洸は飛びつくように、早馴の小さな身体を抱きしめた。
「み、未来ってば…」
「あんな無理をして、何かあったらどうする!」
「ご、ごめん」
「まぁ、零洸さん。元はと言えば、私が悪いので」
「そんなことは、無い」
零洸は努めて冷静に、早馴から腕を解いた。
「今ドクターがいらっしゃるから、私とレオルトンは一旦出よう」
「分かりました」
「愛美、ゆっくり休んでいるんだ」
「うん」
私たちは2人で、病室を後にした。
「紫苑先生も怪我をされたそうだな。ここに居るのか?」
「はい。先ほどお見舞いに行ったのですが、軽い怪我で済んだようです」
早馴のところに行ってやれと、気を遣われたくらいだったしな。
「ところでレオルトン、キミに聞きたいことがある」
病室のドアを閉めると、零洸がそう言った。それから私たちは、二つ隣の病室に入った。そこは私が休まされていた部屋である。
「身体は平気か?」
私はベッド、零洸は備え付けの椅子に座った。
「もちろんです。顔はまだ痛みますけど」
私は、湿布を張った頬を指でなぞった。
「そうか。とにかく無事でよかった」
「制服は、買い直しですね」
私たちの目線が、ぼろぼろになった制服に向かう。机の上に丁寧にたたまれているものの、もう洋服の体をなしていない。白いシャツには“赤い”血が付着している。
「実は少し聞きたいことがあるのだが……いや、先に色々と報告しておこう」
「学園の件ですか?」
「そうだ。生徒たちの洗脳を解除するため、GUYSと警察の合同技術班が出動した」
「一体誰があんなことを?」
「まだ詳細は掴めていない。しかし技術班が到着した時には、既に全ての生徒が洗脳を解かれていたそうだ」
「それは良かった」
「重い怪我を負った者も特に居ない。君を車で助けた紫苑先生も軽傷だったようだし」
「それを聞けて安心しました」
純粋に私だけを狙った犯行だったと解釈すべきか、はたまた別の目的があったのか。
「ところで、聞きたいことが他にもあるのだが」
「どうぞ。何でも聞いてください」
「ありがとう」
その時、病室のドアをノックする音が聞こえた。
「失礼します」
見覚えのある女が姿を表した。
「星川隊長」
零洸が席を立とうとするが、星川という女は小さく笑みを浮かべて、それを制止した。
「ニル・レオルトン君。私の名前は星川星良(ホシカワセイラ)。CREW GUYS JAPANの隊長を務めています。以前お会いした時は、ホシナセイコと名乗っていたけれど、あれは偽名だったの。ごめんなさいね」
「以前会った?」
「そうよ。ガッツ星人襲来の際に、私が沙流市周辺を独自に調査していたの。その時にたまたま駅で会ったのよ」
口を挟んだ零洸に、星川は説明した。零洸は一瞬訝しげな視線を私に送った。
「それで、レオルトン君。単刀直入に聞くけれど、あなたはあの宇宙人を知っているの?」
「いいえ。ただ、グローザ星系人グロルーラと名乗っていました」
「グローザ星系人 グロルーラね…」
「はい。あのグローザムと同種でした」
零洸はGUYSメモリーディスプレイの画面を見ながらそう言った。
それにしてもグローザムとは、懐かしい名を思い出した。
奴はウルトラマンメビウスに敗れた宇宙皇帝の配下“暗黒四天王”の1人だった。私の同胞もその一員だったはずだ。
「その件については改めて話しましょう。ちなみにニルくん。宇宙人に関わらず、自分が誰かに狙われるような心当たりはある?」
「いいえ」
それからいくつかの質問がされたが、終始星川は私の真意を見抜こうと、穏やかながらも鋭い眼光を放ちながら私を観察していた。
「じゃあ最後の質問ね。貴方、実は宇宙人でしょ?」
「なっ!」
私よりも先に、零洸が声を上げた。
「レオルトン、まさかキミは――」
「私はただの人間ですよ」
「ふふっ。からかってごめんね。でも意外と多いのよ?宇宙人が人間に憧れて、この星で人間として生活していることって」
「そうなんですか。それは驚きです」
「時代は変わったわ。これまで以上に、あらゆる異星人が地球に来訪している。彼らは友好を求めることもあれば――」
「多くの危険な宇宙人が、この星を狙ってやって来る」
零洸は、まるで敵を目の前にするような険しい顔つきで、病室の窓から外を見た。
「悲しいけれど、それもまた事実ね。さ、未来隊員。私たちは基地に戻るわよ」
「GIG」
零洸は椅子から腰を上げた。
「零洸さん。今日は本当にありがとうございました。命を救っていただきました」
「礼には及ばない。これが私の責務だ」
2人のGUYS隊員は、病室を後にした。
それから間もなく、私の携帯が鳴った。零洸からのメールであった。
『キミ自身病み上がりだというのにお願いするのは申し訳ないのだが、私が学園にいない間は、愛美やみんなのことを頼む。特に愛美は、今日のように無茶をすることが多い。くれぐれも気をつけて』
彼女にとって憎むべき宇宙人の私に対して、友達を守ってくれ、か。
しかしこの意味は大きい。地球を守る組織の人間から信用を得られれば、ますます人間としてこの世界に溶け込むことが容易となる。私は早速、早馴の病室に向かった。念のため、早馴が私の正体に疑問を持っていないかどうか確認するために。
「早馴さん、いらっしゃいますか?」
彼女の病室の扉を叩くが、反応は無い。しかし扉に外出札はかかっていない。もう一度ノックするが、何も返ってこなかった。
まさかグロルーラやその仲間に連れ去られたんじゃ――
「早馴さん!」
「な――きゃぁーっ!」
扉を開けた瞬間目に入ったのは、下着姿の早馴だった。
「こ、このど変態!! 早く閉めてよ!!」
「はい」
「ちょっと、何で入ってくるのよ!」
「扉を閉めろと言われたので」
「てか、こっち見るなぁ!!」
早馴はピンク色のブラジャーを手で隠しながら涙目になっていた。
早馴が何故こうも騒ぎ立てるのか理解するのに、つい時間をかけてしまった。私の同胞たちは被服だとか恥じらいだとかいう慣習や感情を持たないのだ。私もまだまだ人間としての思考回路が定着していないな、と反省する。
「絶対振り向かないでよ」
「はい」
私は背を向けた。私がこの病室から出て行かない状況に不自然さを感じるものの、早馴が何も言わないならこの場にいよう。彼女には聞きたいこともあった。
「早馴さん、どうして今日は学園を休み、私の家の近くにいたのですか」
「学校はサボった。今日寝坊しちゃったからさ」
布擦れの音がする。
「ニルは、なんであんな奴に狙われたんだろうね」
「分かりません」
「分かるわけないよね。あいつらが考えてることなんて」
冷たい声だった。
「もう、こっち向いていいよ」
私の前に立っていた彼女は、既にブラウスもスカートも身につけていた。
「早馴さん、今日は本当にありがとうございました」
私は深々と頭を下げたが、早馴は笑って、頭を上げてと言った。
「本当に、良かった」
「ええ。早馴さんが居なかったら、私は――」
「もう、失いたくないから」
早馴が、恐ろしく真剣なまなざしを向けながら、そう言った。
「早馴さん、それは一体どういう意味ですか」
「……ごめん、なんでもない」
早馴は、壁にかかっているブレザーに袖を通す。
「一緒に帰ろっか」
「……そうですね」
早馴と私は、連れ立って病室を出た。途中のナースセンターで帰る旨を伝えると、看護師はGUYSに連絡して迎えを呼んだ。私たちは3つ下の階に下りて、病院の出口を抜けた。GUYSの車は既に近くに待機していた。
「ニル、気をつけてね」
「はい。早馴さんこそ」
私たちはそこで別れ、それぞれ別の車で送られる。私はワゴン車の後部座席に乗り込んだ。
「大変だったみてぇだな、うい」
運転席に座る男が、無駄に大きい声で話しかけてきた。彼もCREW GUYSの一員のようである。
「ええ、まぁ」
「まぁ生きてるならいいじゃねぇか、うぃうぃ」
「そうですね」
「じゃあ、飛ばして帰るぜ!!」
すさまじいマフラー音と共に、車は駆け出した。
―――その2に続く