読んでくれた方すみません。お口直しにこちらをどうぞ。
雪宮悠氷は、一糸まとわぬ姿でバスルームに立っていた。
シャワーの蛇口をひねる。心地よい水が彼女の身体を伝った。
「……」
彼女は、自分に課せられた使命を思い出していた。
何度か接触した“彼”――これまで対峙してきた相手とは、どこか異質な印象を彼に感じていた。
「そんなことは、どうでもいい」
彼女は蛇口をひねった。
「現れる敵は、全て倒すだけ」
第9話「冷徹な襲撃者」
冷凍星人 グロルーラ
登場
学園正門前、13時5分前。
「待たせた」
先ほどの零洸に対して、雪宮は私服でやって来た。すらりと伸びる白くて長い足が印象的なショートパンツは、客観的に見て似合っている。
「いいえ。今来たところです」
最初は無駄に時間をとられる1日だと感じていたが、先程まで零洸の新たな一面を観察できたことは、結果的に有益だったと考えられた。この女との時間も、何か実のある人間観察をしたいものだ。
「どこへ行くのです?」
「ついて来て」
すたすたと早足で歩いて行く雪宮について行くと、たどり着いたのは一軒の喫茶店だった。客は数人しか居ないが、なかなか雰囲気のいい店だ。コーヒーの心地よい香りが空気に混ざって漂っている。人間は科学技術や知能面では遥かに劣っているが、快楽追求に関してだけは我々の惑星よりも大きく進歩している。
「いいお店ですね」
「座って」
雪宮は私を奥の4人席へと向かわせ、何故か自分はその隣に座った。向い側に座ればいいものを、不思議な女だ。
「いらっしゃいませ」
「アイスミルクティー」
私はメニューを一瞥し、雪宮に続いてコーヒーを注文した。それから数分後、飲み物は揃ったが、それまで雪宮が口を開くことは無かった。
「あの――」
「何処へ行く」
「そうですね……どこか行きたい所はありますか?」
「お前の行きたい所でいい」
「そもそも、今日の集まりの目的はなんでしょう?」
「デート」
そこは譲らないのか。
「……分かりました。では、映画などはどうでしょう?」
「分かった」
こんな調子で決まり、黙ったまま飲み物を飲み干してから喫茶店を出たわけだが、我ながら不用意な提案をしてしまったものだ。じっと映画を見ているだけではこいつの観察などできないし、何より映画にはあまり良い思い出が――
「ん?どうしました?」
雪宮は急に立ち止った。道の真ん中で止まって欲しくないのだが。
「私たちは互いを知らな過ぎる」
「確かに、そうかもしれませんね」
今更かと言ってやりたい。
「ですからデートというのは――」
「触れていれば」
「え?」
彼女は急に自分の腕を私の腕に絡めてきた。これではまるで、本当のカップルだ。
「あの……」
「触れていれば分かるかもしれない」
「……そうかも、しれませんね」
もう下手に彼女の奇行に口を出すのは止めよう。きりがなさそうだ。
それよりも、彼女を探る方が先決だ。雪宮はガッツ星人の騒ぎで怪しい動きをしていた。
彼女だって私について知りたいのであれば、自分も何か答えるはずだ。
「雪宮さん、出身はどちらで?」
「外国。スウェーデンという国」
「私も外国出身です。って、名前で分かりますよね。ははは。雪宮さんの名前は日本のものですね」
「ハーフだから」
「なるほど」
一応筋が通っている。鼻筋の通った綺麗な顔立ちは説得力を高めるし、青みがかった銀色の髪も外国人の血が混ざっている証拠か。
「日本へは留学で?」
「剣道がやりたかった」
「雪宮さんお強いですよね。この前都大会で優勝していましたよね」
「うん」
「……」
「……」
それにしてもこの女は自分からは何も話そうとはしない。ひたすら私に寄り添い、黙っているだけだ。もし私が普通の人間の男ならば、この状況でも舞い上がってしまうのかもしれない。
「お前は……暖かくない」
「すみません」
「でも心地いい」
「それって、性格的な意味ですか?」
「違う。こうやってくっついていると、冷たくて気持ちがいい」
私は宇宙人だから人間らしい体温は持ち合わせてはいないが、怪しまれない程度に装ってはいる。それでも冷たいと言うのは、一体どういうことなのだろう。
「……」
「雪宮さん?」
「……」
まさか…冗談ではないぞ。
「あの、寝てしまいました?」
「……すぅ」
彼女は寝入っていた。少し揺らしてみるが、全く起きる気配がない。くそ、もうやっていられん。
「あら? レオルトンさん」
「え?」
顔をあげると、私服姿の早馴と杏城が私の前にいた。2人が持っている紙袋を見るに、どこかでの買い物帰りと思われる。
しかしこのような状況を偶然目撃されたのであれば、私は運が悪すぎる。
「レオルトンさん……未来さんとご一緒だと聞いていましたけど」
「それは午前中の話です」
「とっかえひっかえだ……この女たらし」
2人はかすかには軽蔑するような視線を送ってきた。
「か、勘違いです」
「クラスメートとデートした後は、すぐ別の女のコとデートか~。しかも年上。モテモテね!」
早馴は汚いものを見るような目で私を見た。誰かにこんな目つきで見られたのは生まれて初めてだ。
「いえ、デートというわけではなくて」
「不純ですわ!」
杏城が悲しげに声を上げた。そうむきにならないでもらいたい。
「べーっ。スケベやろう」
2人は足早に離れていった。完全に印象を悪くしてしまった。
「……クラスメート?」
「起きてたんですか」
「離れたくなかった。だから寝たふり」
「そうですか」
例えばの話、この女がソルで、私を宇宙人と疑っていれば、私と関わることで正体を見極めようとするのは理にかなっている。
しかし彼女からは何も聞いて来ない。それどころか、ただくっついている始末。
まさかこの女、本当に私に好意を持って――
「もっとお前を知りたい」
待て。今特定の女子と関係を持つのは、私の目的においては不適切だ。私は特定の人間を観察するのではなく、多くの人間たちから学ばなければならない。ここはやんわりと断りの意を――
「あそこへ行こう」」
雪宮が指差すのは―――
「知らないの?あれはラブホ――」
「しっ! こういうことは大きな声で言うものではありません」
「むごむご」
皆まで言わせる前に口を手で塞いだが、近くの木陰にいた女子中学生2人が興味深そうにこちらを見ている。
「どういうつもり」
「何がどうなったら、私たちがラブホテルに行くことになるのですか」
「そういうものだと聞いた」
誰にだ。
「話が飛躍しています。行ってどうするんですか?」
「互いを知るために」
それでは性的な意味でしか分かり合えんだろう。
「とにかく、あそこへは行きません。が、私の家で良いでしょうか?」
先程の女子中生が「きたー」とか「アツーい」とか「キャー」とか言っているが、無視だ。無視。
取りあえず私の家に彼女を連れて行った。これ以上私たち、いや雪宮の珍言動を周りに晒したくなかったのだから、仕方ないのだ。
「つまらない家ですが」
見られたくない物は仮設で作った隠し部屋に押し込んである。私の技術をもってすれば怪しまれないように隠し部屋の一つや二つは造作も無く作れる。
「ここに一人で?」
「もちろん。両親はUSAですが――」
ピンポーン
「…誰でしょうか」
宅急便か、何かの請求か?
「どちら様で――」
「夜ご飯の材料を買って参りましたーっ!!」
勢いよくドアが開かれ、隣人の長瀬唯が姿を表した。ポニーテールに結ばれたベージュ色の髪が、尻尾のように揺れていた。
「今日は気合入れて、私が夜ご飯を作ってあげちゃいます! 前はニルセンパイに作ってもらいましたからねっ!」
「……誰?」
雪宮と長瀬の目が合う。
「あれれ?ままままさか――」
『同居?』
2人の声が、重なった。
「断じて違います。長瀬さんとも雪宮さんとも一緒には住んでいません。私は孤独な一人身です」
「怪しいとは思ってたんです! こんなイケメンが一人で寂しく住んでるなんて、信じられませんでしたからねっ」
「違うんですよ。今日は一緒に――」
「デート。ラブホテルではなくここに――むごむご」
私は雪宮の口を再び押える。
「全て、何もかもが勘違いなのです。行く所が無くて取りあえず私の家に来ただけです。それから、長瀬さんとは夕食をご一緒する約束をしていただけです。同居ではありません」
「ふーーーーん。ま、お米一粒ぐらい信じてあげます」
長瀬はにやにやしながら、私と雪宮の顔を見比べた。
「雪宮さん。この女の子は長瀬唯さんといって、私の隣の部屋に住んでいます。たまにこうして、夕食をご一緒することがあるんです。それだけです。同居ではありません」
「そう」
雪宮は興味無さげに頷いた。その時、長瀬が何かに気付いたように声を上げた。
「そうだ! お二人とも、今日は一緒に夜ご飯を食べましょうよっ! ニルセンパイの手作りで」
「さっき自分が作ると言ったではないですか」
「え~美少女二人に振るまってくださいよ~」
「……分かりました」
「材料はこれ、どうぞっ」
「ありがとうございます。しかし夕食時まで、時間が大分ありますね…」
「こんな時は……」
長瀬は一旦自分の部屋に戻ったようだ。そしてすぐやって来た。
「テレビゲームっ!!」
彼女は4人対戦が可能なゲーム機を持って来ていた。
「私は構いませんが、雪宮さんもいいですか?」
「うん」
「じゃあそれで時間を潰しましょう。長瀬さんも上がってください」
「お邪魔しまーっす」
今日起こったことに関しては、一つだけ学んだことがある。
女という生き物は、面倒である。
「今日は楽しかった」
「こちらこそ」
夕食後、私は雪宮と共に夜道を歩いている。長瀬に無理やり行かせられたのである。『女の子を1人で返らせるなんて、ニルセンパイは鬼畜ですかぁ!?』と言われたのだ。
「あの子も楽しそうだった」
「雪宮さんに懐いていましたね」
彼女の社交性は非常に高い。この無口な変な女にも、あっという間に懐いてしまっていた。
「雪宮さん、おうちはどの辺ですか?」
「沙流駅のすぐ近く。ここからはバス」
「そうでしたか。送りますよ」
「いい。バス停までで」
我々はバス停に着いた。しかしバスが来るまで少し時間があった。私たちは何を話すでもなく、通り過ぎていく自動車に目をやっていた。
「お前は、友達が多い」
突如、彼女が口を開いた。
「昔から、ここに来る前から?」
「まぁ、そんなに変わらない気がします。しかし特別友人が多いわけではないと思いますが」
「そう」
それからまた、私たちは黙った。
しかし今度は、彼女がずっとこちらを見ている。
「あの、何か私の顔に――」
私の言葉が終わる前に、バスがゆっくり走って来て、停車した。
「帰る」
雪宮はそれだけ言って、振り返らずにバスに乗った。
窓越しに見える彼女の姿が、バスと共に離れていった。
―――後編に続く