GUYS攻撃隊とガッツ星人の激戦を、冷淡に見つめる女がいた。
「……」
数分後、復活したソルとガッツ星人の戦闘が始まる。その戦慄な光景を前にしてもなお、その冷たい目線は微動だにしない。
彼女はそこで、モニターの画面を切り替えた。その瞬間、その表情に笑みが浮かんだ。
その映像には、男子学生と思しき何者かが沙流学園の外へ駈け出して行く姿だった。
「次は、私と遊びましょうね……」
女は小さく笑い声をこぼして、携帯電話を手に取った。
「もしもし、私よ。そろそろ彼に、本格的に接触してちょうだい…」
第7話「3人の女」
「おはよう」
「おはようございます」
家を出ると、扉の前には零洸未来が立っていた。正直予想外である。
「何かご用でしたら、待たせてしまったようですね」
「そういうわけじゃない。私の気まぐれだ」
自然と肩を並べてアパートの階段を降り、歩き続ける。
……わざわざ私を訪ねてきた真意が見えない。何のつもりだろうか。
「あの――」
「今日のお昼休み、その、一緒にご飯を食べよう」
「それは構いません。喜んで」
「そ、そうか。ならいいんだ」
いつもと様子の違う零洸と並び、私たちは学園へ向かった。それから私たちは終始無言のまま、学園まで来てしまった。微妙に居心地の悪い時間だった。人間と良好なコミュニケーションを取れないのも、私の経験不足が原因だろうか?
教室に入り、私は気を取り直して、隣の席の早馴に声をかけた。
「おはようございます、早馴さん」
「……」
今日の早馴は無視か。人間の女は非常に面倒だ。個体差があるといっても、面倒な方向に多岐であるように思えてくる。
「レオルトンさん、気にしなくていいですよ」
そこに、訳知り顔で杏城がやって来た。
「何か、事情を知っているのですか?」
「事情というか……」
「一昨日っ! 私、目が覚めたら何故か資料室に居たんだから!」
「あのお泊りの時ですか」
ガッツ星人との戦闘は二日前。昨日の朝になって学園生は家に帰され、その日は休校日となった。もしかすると私が気絶させたことを言っているのだろうか。
「それだけならいいけど! なんで!? なんで目覚めたら顔が埃まみれなのっ!」
「それはお気の毒に」
「お気の毒、じゃないわよ! あそこに連れ込んだの、ニルでしょ!」
「それに関しては、昨日メールで説明したじゃないですか。あそこで頭を打って倒れた早馴さんを助けてもらおうと先生を呼びに行ったのですが、生憎私はそこで先生方に捕まってしまって……」
打って倒れた早馴さんを助けてもらおうと先生を呼びに行ったのですが、生憎私はそこで先生方に捕まってしまって……」
「それは分かってるもん。でも、なーんか白々しいんだよね、ニル。まぁどうせ、あの時の私の気持ちなんて分からないでしょ…!」
「白々しい……まさか埃の白さと掛けたのですか? なんと高度な日本語技術でしょうか」
「違うからっ! 私、そんな気利かないから!」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。1人で居たところを、一応助けてもらったのでしょ?」
杏城がいさめてくれたおかげで、早馴は渋々ながらも文句を言うのを止めた。
「それにしてもレオルトンさん、本当に外人さんか疑ってしまいますわね、そのお上手な日本語を聞いてしまうと」
「ニルってホントに外人? エセ外人でしょ?」
「私は生粋のアメリカ人ですよ」
「きっと、大変なお勉強の結果ですのよ。レオルトンさんってすごいですわね」
「ありがとうございます」
「違う違う。多分外人顔の日本人だって。何か英語しゃべってみてよ」
早馴が悪戯っぽい笑みを浮かべながら、私を見る。
「Exactly,I speak Japanese,but I am native American. I come to Japan just for study of Japanese culture. By the way, I've been talked Japanese since in America. So It's result of long turn trainning, not my learning skill. 」
訳(私は生粋のアメリカ人であり、日本文化の学習のために来日しました。ちなみに、日本語の勉強は在米の頃から続けていましたので、決して覚えが早いわけではなく、長期間の学習の結果です)
もちろん、英語もマスターしている。こんなこともあろうかと。
そしてなぜか、それに杏城が続いた。
「It is splendid. However, it is said that Japanese has the usage etc. of a slight word compared with English, and it is serious to use for foreign people. When I went to study to Australia before, I heard that the friend at the country also said like that.」
訳(ご立派ですわね。でも日本語は英語に比べて微妙な言葉の使い方などがあって、外国の方は覚えるのが大変だと言いますわよね。かつて私がオーストラリアに留学した際に、留学先の友人もそのように言っておりました)
そこに草津が飛んでやって来た。
「Hey!! I will not be being defeated about the skill of English. And, Ami and Ayano. I love You 」
訳(ふん、俺だって英語の腕前なら負けていないぞ。そして愛美、逢夜乃。君たちを愛している)
「はいはいはい。もう自慢は結構ですよー」
早馴はふてくされて、机に突っ伏した。
「お上手ですね、お二人とも」
「恐縮ですわ」
「HAHAHA! オレに出来ないことは無いからな。そうだAMI! 何ならこの俺が付きっきりで英語を教えて進ぜよう」
「何言ってますの? 愛美さんには必要ないですわ」
「どういうことですか?」
ソルと繋がりのあるかもしれない早馴のことは、なるべく知っておきたい。私は遠慮せず杏城に聞いた。
「愛美さん、昔はアメリカ育ちだったんです」
「そうなんですか? 早馴さん」
「まぁね。もう英語忘れかけてるけど、さっきのは全部分かった」
早馴と英語とは、妙な組み合わせだ。英語の授業の度に面倒くさがっていたというのに。
「おっと、次の授業は紫苑先生の授業ではないか! じゃあな」
草津は自分の席に戻っていった。どうやら授業の予習を始めたらしい。
「草津さん、張り切っていますわね」
「変態だからね」
早馴が呆れた表情で草津を見送った。草津は意に介せず一心不乱に、時折にやけながら教科書を熟読していた。
「おはよう、みんな」
そこに紫苑レムが入室した途端に、草津はじめ男子一同から謎の熱気が発された気がした。やはりいつも通りの反応だ。他の生徒たちも、早々と自分の席へ戻っていく。
「みんな、申し訳無いのだけれど、今日は自習にさせてね」
「今なら死ねる気がしますよ……先生ぇ」
草津が頭をかきむしって悶え始めた。
「埋め合わせはきちんとするからね? それから、ニル=レオルトン君」
「はい」
「ちょっと来てもらえるかしら? 大事なお話があるの」
「分かりました」
教室を出て行くまでの数歩、男子一同の鋭い視線が背中に突き刺さったが、気にはしない。
「後で滅してやるぅぅぅ!」
あまりにも悲痛な草津の絶叫だけは、どこか哀れに思えてしまった。
私は紫苑に連れられ『生徒相談室』という部屋に連れてこられた。担任との二者面談などに利用すると、以前零洸から聞いたのを覚えている。
「座って」
「はい」
「あんまり固くならないでね? 別に叱りつけようってわけじゃないのよ」
「すみません。少し緊張してしまって」
「あら、どうして?」
微かな笑みを浮かべながら、整った彼女の顔が私を覗き込む。
なるほど、これなら男子生徒がこの教師に夢中になるのも頷けるというものだ。
客観的に見て、彼女の容姿は美しかった。薄く塗られた化粧はそれを一層高めてはいるが、それが無くとも彼女の美しさは変わらない気がする。
「……それで、お話とは」
「一昨日のことよ」
「一昨日? あぁ、一昨日は貴重な体験ができました。友人と一夜を共にするのはあまり経験がありませんので」
「とぼけちゃダメよ」
「はい?」
「あの夜、どこへ行ってたの?」
「どこ? それはもちろん、体育館に居ましたが」
「そうだったかしら? あなたのクラスの男の子に聞いたけど、見てないって言ってわよ?」
「GUYSの戦闘を見るのに夢中で、皆さん興奮していましたから……勘違いでもしているのでしょう。私は体育館に居ましたよ」
それを計算して抜け出したのだ。あの混乱の中では、普通どの男子生徒も「わからない」と答えるはずだ。鎌かけに引っかかるつもりはない。
「そうかもしれないわね。でもね、私見ちゃったのよ」
「見た?」
「あなたが、校庭にいたところ。それから、学園の外に出て行ったのもね」
「それは――」
「なーんちゃって。嘘よ」
「嘘? 何故そんなことを?」
「前にも同じようなことがあったでしょ? だから、もしかしてまた出て行ったのかと鎌をかけてみたの。ニルくん、好奇心旺盛そうだからね」
「驚きました。身に覚えがなくて」
「ごめんね。お話はそれだけ」
こんなくだらないことで呼び出すなと言いたくなったが、ここは抑えよう。
「それだけで呼び出すなって、怒らせちゃった?」
「いえ。お話できて楽しかったです」
「ふふっ、お世辞なんて、もっと大きくなったら覚えなさい」
紫苑は人差し指で私の額を小突いた。デコピン、というものだな。
「そういえば、今日はどうして自習なのですか?」
「今から出張なの。ばいばい」
授業の際などではあまり見せないような、若干子供じみた笑顔を残して彼女は部屋から出て行った。
一教師として、生徒である私の行動を気にかけていたのだろうか。結局彼女の真意は分からなかったが、彼女の妖艶な姿だけは、何故か頭にこびり付いたままだった。
―――その2に続く